第79話 弘治3年・帰蝶
俺が浅井家を攻め滅ぼして領地を拡大し、京の都にもはや指呼の間に迫った事から朝廷側が俺に降家話を持ち込んできた。
それは朝廷側からは皇女松様と俺と帰蝶さんとの間に出来た一子奇妙丸(後の信忠)の元への降家話である。
俺が朝廷側と直接の交渉を行い弘治3年(1557年)の正月二日にお茶会という名目で皇女松様との面会及び降家ついての取り決めが行われることになったのだが・・・帰蝶さんが
「腹を痛めた我が子の話合い・・・是非にもそのお茶会に参加したい!」
という強い意志を持って乱入してきて、とうとう帰蝶さんと皇女松様の面会当日である弘治3年(1557年)正月二日を迎えたのだ。
正月の御挨拶とお茶会という名目で帰蝶さんは御所に住む皇女松様に目通りを願いでて許されて御所内に入った。
俺は帰蝶さん付きの小者として雪の降る中、拝謁の儀に使われる部屋の前庭に片膝を着いて座る。・・・この座り方いまでも見ることが出来る、それは全日本剣道連盟発行の全日本剣道連盟居合の4本目「柄当て」の居合膝での座り方で何時でも動けるが・・・う~んこれは少し距離が遠いか!
帰蝶さんと松様と面会が始まった。
雪が庭の木々や小石の上に静かに降り積もり、その庭を見ながらお茶を飲みながら
俺の頭には雪が降り積もり雪ダルマになりつつある・・・そこへ酒に酔った将軍足利義輝が乱入してきたのだ。
義輝の住む二条城と御所は間近であり、御所で義輝を止めれる者等いない。
義輝は日時は不明なるも
「御所で行われる歌会始に信長の名代として正室の帰蝶が出席する。」
と松永久秀や三好三人衆から聞いていたので、小者に御所内や帰蝶の動向を探らせていた。
その正室がなんと正月二日に事もあろうに信長の嫡男信忠の所に降家してまで嫁に行きたいと言っていた皇女松様と面会しているという連絡を受けたのだ。
義輝は松永久秀と三好三人衆から送られた正月の祝い酒をたらふく飲んでいたのも災いした。
抜身の
『骨喰藤四郎』
と言う禍々しい名の名刀・・・軽く振っただけで骨をも断ち切ると言われる妖刀・・・を手に持って御所に武芸者にあるまじき程の
『ドタバタ』
と言う足音も高く目通りをしている部屋に乱入してきた。
勝手知ったる御所内であり、いかに北面の武士が警備しているとはいえ酒に酔ってはいるが名にし負う剣豪将軍こと足利義輝を止め立てする者はいない。
帰蝶が皇女松様と拝謁している部屋の
「ここか!」
と言いながら
『バーン』
と大きな音をたてて開ける。
開けられた室内から、その当時の日本における最大都市京都においても一寸見ない美貌の女性が、キッと義輝を睨みつけると
「無粋な男よの?御下がり!」
と一喝した。
室内にはお茶を楽しんでいる童女の松様とその美貌の女性しかいない。
酒を飲んで乱入し、美貌の女性に一喝されて動揺したが、一喝した女性が憎い信長の正妻帰蝶とそれで知れた。
『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い!』
では無いが、俺憎しで帰蝶さんに手に持った骨喰藤四郎を振り上げて切りかかった。
義輝本人とすれば、少し脅せばすごすごと美濃に帰るだろうと思って放った一刀だが、酒乱と一喝された憎しみで心が乱れて目測が狂ってしまった。
実際に放った右袈裟への一刀は帰蝶さんの鎖骨を両断する鋭い物であった。
帰蝶さんへの鋭い一刀が放たれて、血飛沫をあげて倒れ伏す帰蝶さんの姿を見て我を忘れた義輝は止めをさそうとしたその時、皇女松様が両手を広げてこれを
酔って抑えが効かなくなった義輝の帰蝶さんへの止めの一刀は止めることも出来ずに帰蝶さんを庇った皇女松様の右目を切り裂いた。
これで、さらにうろたえた義輝は皇女松様の口までも封じようとした。
その時小者に装っていた俺は振りかぶった義輝の小手を下からすくい上げるようにして切り飛ばしたのだった。
俺は義輝が部屋に足音高く乱入した段階で腰を上げて室内に向かって駆け出したが欄干の手摺と庭からの距離がある。
俺は庭から部屋の中へと入ったが、それよりも義輝の太刀の振りが速く帰蝶を切られ、松様の右目付近も切り裂かれてしまった。
俺は腰に差した大太刀を抜きながら、松様に向かって太刀を振りかぶった義輝の右小手をすくい上げるようにして切った!
「ガァー、痛い、痛いよ!」
等と切られた右手を抱え込んで痛みで騒ぐ義輝の頭を峰打ちで黙らせる。
俺は素早く
帰蝶さんはいきなりの理不尽な死に抗うように瞼を見開いていた。・・・それを見て俺は獣のように叫び滂沱の涙を流していた。
俺は帰蝶さんの遺骸を抱えるとフラフラと玄関に向かって歩いた。
その時俺の着物の袖を握り義輝の持っていた骨喰藤四郎を振って周りから駆け寄ろうとする者を牽制する松様がいた。
玄関を出て馬車に乗り込もうとした際に松様は俺の着物の裾から手を放し
「
この様な醜い面になってはその方の嫡男とは婚儀は出来ぬ。
妾の代わりに凶刃に倒れた帰蝶さんを
と申して首を垂れ、御所内へと駆け戻ったのだった。
そこから先は記憶が
帰蝶さんは天文3年(1534年)生まれの俺の一つ下で今年22歳の若さでこの世から去ってしまったのだ。
義兄の圓角上人が上げる読経を聞きながら涙が止まらなかった。
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