第78話 降家話の周囲の反応

 皇女松様が急激に勢力を拡大している織田家へ降家すると言う噂話が瞬く間に広がっていった。

 最初のうちは皇女松様の織田家への降家これは松様が望んだと言っても、公家衆からの反発も激しく成人前の7歳児の戯言たわごとと軽んじられていた。

 ただ現状において織田家の勢力拡大は武力でも経済力でも目を見張るものがあり京都の町の防波堤として存在していた浅井家をその織田家が攻め滅ぼしてしまったのだ。

 浅井家が治めていた近江の国・・・京都に近い湖(琵琶湖)を有する国・・・からその浅井家が無くなってしまったのだ。

 これは織田家が京都とは指呼の間にまで攻め上ってきたことを指すのだ。

 さらには先にも書いた将軍足利義輝の流した


「尾張の第六天の魔王が京の町に攻め込み、火の海に変えられる。」


との噂で京都の町中は持ち切りとなり、恐慌状態に陥り


「尾張の第六天の魔王を何とかしてくれ」


と公家衆だけでなく五摂家も天皇家に泣きついたのだ。


 天皇家も公家衆も松様に一縷いちるの望みをかけて同年輩の織田家嫡男奇妙丸(織田信忠)との婚約の打診を行いこれを内々的にではあるが了承させたのだった。


 内々とは言え天皇家の皇女松様と織田家嫡男の織田信忠との婚約が天皇の肝いりで決定したと言っても良い。

 しかしこれに本願寺の坊官下間真頼しもつましんらいに成り代わった兄一郎が一部公家衆を煽って反発させた。

 その煽りに躍らせれて特に反発したのは俺に討伐令を発した将軍足利義輝で


「織田家の元服もしない息子に皇女をやるなら俺によこせ。」


と皇居まで行って騒いだそうだ。・・・どうも将軍様は酒乱癖があるようで、相当お酒をきこしめしたらしい。・・・ところで第13代将軍足利義輝、天文5年(1536年)生まれなので弘治2年(1556年)では20歳である。

 ついでだが将軍足利義輝の在位は1546年から1565年の間で、10歳で将軍職に就いたことになる。

 その義輝は、塚原卜伝の兄弟弟子である北畠具教きたばたけとものりを俺が討ち取った事から敵討ちのつもりもあって俺に討伐令を発しているのだ。・・・その時も具教の弔い酒をたんときこしめして、酔った勢いで俺への討伐令をお書きあそばしたようだ。・・・バッキャロウ!!


 ただ彼の気持ちもわかる。

 一見、将軍として奉られているように見えるが配下の者は面従腹背めんじゅうふくはいで、名指しで出した討伐令も上手くいっていないので、鬱憤うっぷんの分だけ酒量が増えたのだ。

 義輝より7歳児の松様だが、その意思は固く


『何としても織田様の元に嫁ぎたい。

 正式な取り決めは来年の姫初めに。』


と親書まで書いてよこした。

 その親書、驚いたことに7歳児とは思えないほどの達筆であった。・・・花押まで書かれた見事なものでそれを侍女が持ってきた。

 持ってきたのは京都にある俺が出資している

『京屋』

と言う古書店だ。・・・この店は天皇家に鉛筆や色鉛筆を贈った際に是非出店して欲しいとの許可が下り、さらには美濃屋の女主人おしのからの話では美濃屋は京都にも古くから出店しているのでその伝手で京都の町の御所近くに古書店京屋を出すのを手伝ってもらったのだが、あくまでも俺が100パーセント出資の店だ。


 絹織物問屋として有名になった

『尾張屋』

についても美濃屋の女主人おしのに手伝ってもらい古書店の『京屋』を出店した同時期に京都にも支店を出している。・・・こちらは尾張の名前もあって織田家出資の店だと京都の大概の人が知っている。


 京都に書籍問屋『京屋』と言う店を出したのは高い文化を誇る京都において貧乏公家衆が多数所持している古書を買い付けることによって、その高い文化の散逸を防ぐ為でもある。

 『京屋』の地下には凸版印刷所が設けられている。

 『京屋』で買い付けられた古書がこの地下室において印刷製本されて、織田家の居城である名古屋城に送られ、さらには城下に出来ている将官大学や桑名の医科薬科大学、志摩半島の一角にある波切城下の工芸工業大学の図書館に並べられていくのだ。


 実はこの古書店に御忍びで皇女松様が時々来店して御所の宝物庫にある珍しい古書を置いていく、買い上げと言うよりも借り上げで2冊ほど写本を造ってから松様に出来た写本の1冊と少なからぬ額の借り上げ代(御所の運営資金になっているようだ)を渡している。


 最初に御忍びで現れた松様については、3歳になった祝いに外出を許されて京都の町をそぞろ歩くうちに京屋に立ち寄ったのだ。

 丁度俺は親父殿の名代として松様の3歳の祝いの品を持って京都の京屋にいる時で俺が応対した。

 童女ではあるが身分の高そうな衣装と10人以上の女官や武官に守られていることなどから高貴な身分であると察したが、この当時は朝廷から公家まで貧乏だった。

 その貧乏公家の一助になるだろうと借り上げ代金や写本を渡した。・・・後で公家娘ではなくお忍びで出歩いていた皇女様だったと聞いた時は驚いた。

 写本も時々


「写本は要らない。」


と言って置いて行くので写本の買い取り代として多額の金銭をお付きの女官頭に渡している。


 そんな事をしているうちに皇女様に書籍問屋京屋の真のあるじが、大富豪尾張屋清兵衛であることが口を滑らせた手代(従業員)からばれ、また尾張屋清兵衛が実は織田信長だとばれるのはそれ程時を要さなかった。

 その関係で皇女様の侍女が親書を京屋に持ってきたのだ。

 織田家に嫁ぐ予定日を決める日が姫初めとは・・・う~ん!?大丈夫かこの子?柔らかい食を食べたのが姫初めというが男女の結びつきも姫初めだ。・・・信忠との婚姻だこれも良しか。前世では、この日は稽古始めと称して武道館で剣道の稽古をしたのも感慨深い思い出だ。


 皇女松様は考えていた


『信長には正妻の帰蝶がいるうえに、沢山の側室を設けてハーレムをつくっていることは周知の事実だ。

 それに降家したとはいえ私が、何の落ち度もない信長の正妻である帰蝶の座を奪うわけにはいかない。

 それならば一つ年下ではあるが、今回の浅井・朝倉・六角家合同軍が攻め寄せた際に勇敢にも初陣を行った嫡男の信忠の元に行けばよい。』


と・・・。


 皇女松様と嫡男信忠との正式な降家の取り決めの日は姫初め正月二日だから、今年も残り2ヶ月程しかない。

 今年は鉄砲鍛冶の国友村を手に入れ火縄銃の生産販売を目的とした武器卸問屋『近江屋』を立ち上げた。

 当然文化の中心である京都にも絢爛豪華な火縄銃を天皇家等に贈ったことから近江屋の支店を京都郊外で出す事を許されたのだ。

 近江屋の京都出店に伴って近江屋徳兵衛として貧乏有力公家に朱塗りで扉に家紋を金細工で飾った馬車を


「欧州の王侯貴族の乗る乗り物。」


だと言葉を添えて贈った。・・・家紋は取り外し可能なように一寸した工夫をしてある。これも鉄砲伝来と共に伝わったネジの応用である。

 

 俺の贈った馬車は物珍しさと、添えた言葉の御陰で京都の町中では馬車に乗る公家が爆発的に増えていった。

 俺の側室として有名になった如何いかにも欧州人で美貌のキャサリン嬢やグランベル嬢さらにはマハラジャのサーシャさんも王侯貴族の貴婦人らしい服装で時々王城(京都)内を馬車で乗り回している。

 そのキャサリン嬢やグランベル嬢はドレス姿でマハラジャのサーシャさんはインドの民族衣装サリーを着た扇情的な装いで馬車に乗る。

 この服装も話題となり俺が彼女達の衣装を真似た「欧州屋」という洋装衣装店を試しに出店したら貴族の子女が集まり押すな押すなの大盛況になった。


 それにこの馬車の方だが他家に贈る場合は自家の家紋を外して相手の家紋に取り替えることが出来るので贈り物としても重宝されている。

 そんな京都である、俺が馬車に乗って京都の町に来ても誰も関心を示さなかった。


 こんな下準備が済んだ所で美濃の岐阜城にいるはずの帰蝶さんが乱入してきた。

 何せ帰蝶さんと俺との間に出来た息子の嫁取りの話だ、帰蝶さんには松様からの手紙や経緯いきさつを話してはあったのだ。

 帰蝶さんが正月、京都で行われる歌会始に俺の名代で出席する事になったのだ。

 帰蝶さんが皇女松様を気に入れば嫡男信忠との婚約が成立する手筈てはずになった。


 年末雪降る中、京都まで馬車に乗って帰蝶さんが我が息子の嫁を見に行く。

 京都の泊まる宿は尾張屋の京都支店だ。

 実は俺も帰蝶さん付きの小者として京都まで来ている。

 邪魔をする強敵はこの京都では塚原卜伝から奥伝「一之太刀」を伝授された義輝くらいだ。・・・彼は強い!史実でも永禄の変、永禄8年(1565年)5月19日に起きた松永久秀と三好三人衆が京都二条御所に住む義輝を襲撃して殺害した。

 その際義輝は獅子奮迅の戦いをして襲撃者を多数返り討ちしたが、多勢に無勢、遂には四方から障子で押さえつけら突き殺されたのである。


 それに義輝だけではない、最近王城(京都の町)で力をつけている松永久秀と三好三人衆も最近では


「松様が織田家に降嫁すれば、ますます織田家が力をつける。

 それにこの王城(京都)での発言力を付ける事になる。

 降家には反対だ!

 松様を連れて行こうとすれば我々は武力を持ってこれを阻止する。」


等と言って息巻いているらしい。

 俺と帰蝶さんが尾張屋の京都支店に着くと松永久秀や三好三人衆の手の者が監視に入った。

 それ以外は特に目立った行動は無い。

 ただ二条城に住む義龍の元に松永久秀と三好三人衆から正月祝いの酒と


「皇女松様に織田の正妻帰蝶が正月の挨拶の目通りを願っている。」


との添え状が贈られていた。

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