第77話 降ってわいた降家話
弘治2年(1556年)の晩秋、浅井・朝倉・六角家の合同軍を打ち破りとうとう琵琶湖に面する近江の国の一部、浅井家の領地を手に入れたのだ。
この地はこの時代では超近代的な武器の火縄銃の生産地である国友村も支配下に置いたが、この合同軍を向かい打つ際に一向宗の坊主に
浅井家の領地を手に入れたことは目の前に広がる日本一の湖、琵琶湖を使った交易ができる。琵琶湖を使えば京の町とは指呼の間である。
その京の町では
「尾張の第六天の魔王が京の町に攻め込み、火の海に変えられる。」
との噂で持ち切りだ。
その噂を流している元凶が将軍足利義輝である。
まず武力で伊勢の国を制圧し、関東一の弓取りとの声も名高い今川家をも制圧してさらには美濃の国そして近江の国と勢力を拡大する織田家に対して武門の統領を称する将軍足利義輝にとっては目障りな存在である。
また織田家はそれだけではない経済力においても他を圧倒しているのだ。
史実でも織田信長の父信秀は朝廷重視の考え方を持っており、良港を背に経済活動を充実させて天文12年(1543年)に朝廷に対して4000貫(現在の貨幣価格にして約4億8千万円)も献上しているのだ。
俺は朝廷重視の考え方は親父殿(信秀)から受け継いだもので、この時代には無い鉛筆や色鉛筆をつくり出した際も朝廷や公家衆に配りまくった。
鉛筆などの開発を進めた時期に皇女松様が生まれたのでその祝いの品としてこれらの品々を贈った。
その際朝廷側からも求められて織田家出資100%の古書店『京屋』という美濃和紙や鉛筆、色鉛筆をも販売する店を京都の町で開業したのだ。
鉛筆や色鉛筆の次に開発したのが、以前にも書いた通り薬莢の研究中に生活に密着した燐寸(マッチ)をつくり出したことだ。
この燐寸(マッチ)については19世紀になってからやっと世に出たものだ。
火を起こすのにこの時代は火打石をカチカチと打ち合わせてやっと着火していた物が、何やら木の棒の先に着いた燐の部分を入れてある箱の側面と擦り合わせただけで火が着くのだ。・・・史実では最初の頃のマッチ棒の先には黄燐という毒性の強い燐が使われていた。この黄燐には毒性が強いために健康被害が出るうえに、さらに悪いことに不安定で自然発火する事もあるので現在も使われている赤燐に取って代わられていったのだった。
マッチは画期的な商品である。
マッチについては俺に対して討伐令を出した将軍足利義輝以外の京都に住む天皇家や公家に無償で配った。
これはいたく将軍家の誇りを傷付け将軍足利義輝の逆鱗に触れたようだ。・・・う~ん俺は右の頬をぶたれたら左の頬を差し出すような御人好しではない!
怒らせたついでにと言っては何だが、織田家が国友村を手に入れ、国友村に残った鉄砲鍛冶に命じて高級品として造り上げた銃身を彫銀で家紋をちりばめ、銃把までも螺鈿細工で飾りまくった火縄銃が出来上がってきたのだ。
この火縄銃に天皇家や五摂家の家紋を施して贈る事にしたのだ。
話題つくりである。・・・う~ん販売価格約100貫(時価1200万円以上)の商品を贈るのだ。
それにガレオン船で見つけたランプだ。
ようやく出来上がったランプにも天皇家や五摂家の家紋を施して贈ったのだ。
さらには火縄銃やランプだけでなく天皇家には5000貫(約6億円相当)を、五摂家には1000貫(1億2千万相当)にも及ぶ凄まじい量になる永楽通宝・・・織田銅貨・・・を献上したのだ。・・・う~んこれは米を経済の中心に置くのではなく通貨を経済の中心にするための遠望なる施策でもあるのだ。
怒っていたのはあからさまに無視された将軍足利義輝だけで、公家衆からは
「織田様から鉛筆や色鉛筆に続いてマッチ等という貴重な物を貰った。」
と言って喜ばれた。
先にも書いたが天皇家には天文18年(1549年)に皇女松様が生まれた時の祝いの品に開発したばかりの鉛筆や色鉛筆等を贈った。
この祝いの品を貰った皇女松様はいたく気に入りそれを見ると泣き止んだことから、毎年の誕生日ごとにそれらの品が求められて贈った。
皇女松様はその贈られてきた鉛筆や色鉛筆を使って絵や文字を書いているという。・・・う~ん最初のうちは幼児の描くものであったが今回は贈られて火縄銃を模写してきたのだが・・・う~んこの時代には在ってはならないものが描かれているのだ・・・火縄銃には無いはずの銃身の筒先に照星が、反対側には照門が描かれていたのだ。
俺はこの絵を俺と同様にこの時代に転生したサーシャに見せた。・・・う~ん実は以前から皇女松様の絵は幼児の描くものと軽く見ていたが、よく見るとオーパーツ的な飛行機や車の絵が描かれていたのだ。
火縄銃の絵から二人の意見は皇女松様も転生者ではないか?・・・まだ結論づけられないが転生者の可能性が高い、それで何とか俺の陣営に取り込みたいものだという話になっていた。
何はともあれ現在は皇女松様は7歳になったばかりで今回も贈られたランプや火縄銃等の珍妙な品々を見て喜んでいたと聞く。
その皇女松様の降家話が織田家に降ってわいたように舞い込んできたのだ。
こ・・これは俺の陣営に取り込みたいと思っていたので渡りに船である!
皇女の降家はこの時代では無くなって久しい。
ただ降家等が廃れたせいで行く場所が無くなった皇女の行き場所は尼寺くらいしかなくなっていたのだ。
生涯尼寺で暮らすぐらいならと織田家から贈られた珍妙な品々を天皇に手を引かれて見ていた皇女松様が天皇に
「織田家とはこのような珍妙な品々をつくり出すのか?
織田家にはわらわとよく似た年頃の
と願い出て何と織田家に降家が決まったという。
今更ながらではあるが
『降家』
とは天皇家の皇女殿下が天皇家以外の身分の低い家に嫁に行くという事だ。
天皇家側としても織田家が勢力を拡大して近江国の一角まで手に入れた巨大な戦国大名が出来上がり脅威が増してきたのだ。
いかに織田家が天皇家に対して朝廷重視の姿勢を示していても天皇とすれば脅威を感じ何とか縁を結べないものかと苦慮していたのだ。
織田家が生まれてすぐの皇女松様に贈り物をしたような家であり、今回も多額の献上品が送られたことから一つの光明を求めて打診したら二つ返事で了承してきた。
降家の先は織田信長の嫡男、奇妙丸こと織田信忠の元へである。
史実では織田信忠の正室(婚約のみで死んでも会っていない)は武田信玄の娘で松姫だった。・・・う~ん皇女松様と信玄公の娘松姫様か何処かで歴史が擦りあわされて調整されているのだろうか?
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