第64話 今川家との戦後処理

 天文24年(1555年)3月、織田家旗艦の海進丸が志摩半島にある波切城で進水式が行われた。

 その海進丸には何と口径41センチ主砲が前後に1門づつ載せられていた。

 口径41センチの主砲は大正8年(1919年)に進水した旧日本軍の戦艦長門の主砲と同じ口径であり約370年も先駆けて造られたものだ。

 その主砲の有効射程距離は約30キロにも及び、単なる鉄の弾ではない榴弾や焼夷弾まで撃ち出すことが出来るすぐれものが搭載されたのだ。


 海進丸の進水式に合わせるかのように、将軍足利義輝の発した討伐令をきっかけとして今川義元が庶兄信広が守る岡崎城に攻めかかり、斎藤道三の元嫡男斎藤義龍が謀反を決起した。


 俺は義父の斎藤道三よりも庶兄信広の救出を優先し、岡崎城を空き城にして攻めかかった今川軍を招き入れ、城ごと今川軍の将兵を焼き殺そうとしたのだ。

 これにより今川軍は敗走して浜松城へと向かった、俺は浜松城を通り越して今川義元の居城今川館(駿府城)を目指し、41センチ主砲の放った焼夷弾によって今川館は燃え盛り、今川義元の嫡男氏真は降伏した。

 氏真の降伏の条件は


「織田家に今川館を譲り渡し、人質として氏真の娘を差し出す。

 そのかわり家臣の安寧あんねいと氏真自らは正室早川殿(北条氏康の娘)とともに北条家へ行く事を願う。」


と言うものだ。

 前にも書いたが、氏真は和歌をたしなみ、蹴鞠けまりをこよなく愛した教養人として知られているが戦国武将としての気概が本当に無いようだ。


 俺としても今川家との戦いを早く終わらせ斎藤道三の救出に行きたいのだ。

 俺は氏真の条件をのみ、氏真の娘を乳母と共に人質として受け取り海進丸に乗船させた。

 後の仕置きは池田恒興に任せて今川館から今度は反転して南下、今川方のもう一つの拠点である浜松城を目指した。

 今川方の残る最後の拠点浜松城も海岸から約4キロの場所に築城された。

 この距離は海進丸の41センチ主砲にとっては餌食といえる。


 浜松城が見える洋上で追いかけてきた親父殿が乗艦するヘンリー8世号と合流し、海進丸はその浜松城を砲撃できる位置まで向かう。

 海進丸の41センチ主砲が浜松城に向けられる。

 41センチ主砲に焼夷弾に変わって榴弾(焼夷弾とは違って弾体内に炸薬さくやくが入った物)の装填が終わり浜松城の城門に向けて発射された一弾が見事に浜松城の城門が吹き飛ばした。


 城を守る堅牢な城門がたった1発で吹き飛んだのだ、これを見て押っ取り刀で今川義元から竹竿に笠を差した使者が海岸線に送られてきた。

 その使者は先鋒を任された今川義元の重臣朝比奈泰能で、差し出された今川義元の書状の内容はいわゆる無条件降伏であった。

 城門を主砲で破壊されただけでほぼ無傷の浜松城内には敗走する今川軍を追走してきた庶兄信広と根来の三郎の手によって武装解除が行われた。


 戦いがあれば戦後処理が必要だ。

 俺は合流した親父殿と共に白装束姿の今川義元と重臣朝比奈泰能と武装解除された浜松城で戦後処理をすることになった。・・・俺が庶兄信広を安祥城の攻防で救い、後年

「今川崩れ」

と言われるこの戦いに勝利した。


 これで史実では今川義元が駿河・遠江・三河の三国を支配して

「海道一の弓取り」

の名声を受けて永禄3年(1560年)5月19日に起こした

「桶狭間の戦い」

を本当に完全に回避することが出来たのだ。


 しかし目の前の白装束姿の今川義元さんや朝比奈泰能さんを見ると、同席する俺の傅役の平手政秀さん同様に死にたがっているようだ。

 確かに二人とも敗戦の責任を取る為の死に装束らしい。


 シーンと静まり返ったその場に煌びやかな衣装をまとった今川氏真の娘とその手をひく黒衣の宰相太原雪斎が現れた。

 太原雪斎は白装束の今川義元も朝比奈泰能の前にを低くして座ると


「今川の御館様、我は先の安祥城あんしょうじょうの戦いで片腕を失い織田の若様に捕らえられ、今日まで生きて織田の若様の手伝いをさせていただきました。

 織田家は若様の指導で他国が飢饉による飢餓、疫病で民が苦しむ中、織田家のみが毎年豊作で、民が疫病で苦しめば病院なるものに入れて無償でその治療をされているのです。

 民にとっては織田家の領地が極楽浄土でその証拠に領地内では一向一揆も起きていないのです。

 どうかお二人も織田の若様の力になってはくださいませんか?」


と言ってさらに頭を下げた。

 煌びやかな衣装をまとった今川氏真の娘が


「お爺様。」


と一声あげて敗残の将で意気消沈の今川義元に抱き付いて泣き出した。

 孫娘をあやす今川義元に俺は


「人質のこの娘と俺の弟の織田秀孝を婚姻させ今川秀孝として次期今川家当主に据えたいのだが。」


と提案する。・・・織田秀孝は天文10年生まれで今年、弘治元年(1555年)で15歳になるが、この年の6月26日に、庄内川の松川の渡し付近で叔父織田信次によって無礼討ちに会い非業の死を遂げている。

 松川の渡しは尾張四観音の一つ龍泉寺(愛知県名古屋市守山区龍泉寺1丁目)付近である。

 叔父の織田信次は薬師炭鉱や紀州鉱山の管理をしており、今川家と婚姻を結べば流石にこれで織田秀孝は非業の死を回避できると思うのだが・・・?それでも今年いっぱいは出来るだけ俺の手元から放したくないのだ。

 今川義元も今川館にいるはずの孫娘を人質に取られてこの地まで来たという事は


「愚息氏真が今川館を手放したか!

 それも娘を人質に差し出し、己は妻の実家の北条などに頼りるとは。

 もはや今川家も終わった。」


と言って天を仰いで嘆息した。

 史実でも今川氏真は桶狭間の戦い後、今川家の当主となったが永禄11年(1568年)武田信玄による駿河侵攻に敗れて妻の実家に頼って逃げ出して今川家を終焉にみちびいたのだ。

 これで今川領内は織田家に支配されたことを意味し今川義元の進退窮しんたいきわまった。


「仕方があるまい。

 この場で仮祝言を上げよう。」 


と言う。・・・それを聞いて親父殿も政秀さんも大喜びだ。

 これで浜松城の城主を秀孝に定めて、後見役には実力のある庶兄信広にお願いした。

 ただ歴史を知っている俺は秀孝と孫娘を海進丸に乗せたままにしている。・・・う~ん軍艦による新婚旅行か!?旧帝国海軍の戦艦大和等は大和帝国ホテルなどと揶揄されるほどの軍艦だった。海進丸の貴賓室も空調などの設備は無いが中々の代物だ。


 今川義元の居城の今川館はすでに落城させているが、俺は今川義元に


「その方達は死ぬことは許さん。

 今川館をその方達に返還(駿河の国も戻してやる)する。」


と言う、今川義元も今までならば


『尾張の大うつけ』


あなどっただろうが、死んだはずの大原雪斎の言や、一つも二つも先を行く兵器の威力を見せられては従うしかなかった。

 俺に負けたとはいえ今川義元!武田信玄や北条氏康が攻めてきても今川館を守り切り防波堤になってもらわなければいけない。 

 それでも火傷で動けない今川義元さん達はしばらくの間、浜松城で静養だ。

 その間は俺の乳兄弟である池田恒興が今川館を九鬼定隆と共に守ってくれるだろう。


 浜松城内ではもう一つの出会いがあった。

 それは13歳になったばかりの犬千代(後の松平・徳川家康)と松平家の家臣団との出会いである。

 その中には犬千代の父親である松平広忠まつだいらひろただの姿はない。

 松平広忠は史実では天文18年(1549年)に24歳の若さで亡くなっているが、彼は同年に起こった安祥城あんしょうじょうの戦いに参戦して、安祥城に攻め寄せているところを小早に積んだヘンリー8世号の鋳鉄製の砲弾でひき肉に変えられてしまった。


 その事実を集まった家臣団から聞き犬千代にとっても複雑な思いであろう。

 父の死を知ったと言っても目の前にいる敗残兵の松平家の家臣団と手を組んで反乱すべき時ではない・・・と自重している犬千代君だ。

 それに松平家の主城である岡崎城は今回の戦で灰燼に帰している。

  

 ところで今川家からの戦後賠償金であるが、俺が燃やした岡崎城の復興代金と俺が燃やす為に使った焼夷弾の製造費用の合わせた金額の2倍を請求した。・・・まるで「マッチポンプ」だな!自分で起こしたもめごとでは無いが自分で火を付けて、その請求をする等・・・これが戦争だ。


 今川館も浜松城の金蔵や秘蔵の太刀や茶器等は押さえている。

 浜松城の金蔵の金で岡崎城の復興代金は御釣りがくるくらいだ。

 その金蔵の金を同席した根来の三郎に渡して


「岡崎城を復興させて岡崎城主に任命する。」


 安祥城の城主の根来の三郎には岡崎城の再建と岡崎城の城主も兼ねてもらうことになった。・・・う~ん犬千代君少し暗い目で俺を見すぎだよ。

 犬千代君の問題は置いて置き、義父斎藤道三の救出が先である。

 今川家との戦後処理・・・秀孝と今川義元の孫娘の仮祝言まで終わったところで、次の義父斎藤道三と廃嫡された斎藤義龍との争いに向かわなければならない。

 俺と親父殿は今川義元との戦後の調印をした浜松城から旗艦海進丸へと戻りヘンリー8世号を従えて名古屋城に近い津島港を一路目指していくのだった。

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