第54話 謀反

 天文19年(1550年)10月、織田家中では優良な種籾を塩水選で選別し、旧北畠家の伊勢国や九鬼家の志摩国でも稲の間を開けて植えたことから害虫被害も最少で済み、また多少の渇水時期はあったもののロックフィルダムのおかげでそれも乗り切り今年は豊作であった。

 豊作で浮かれる中、伊勢地方の仕置きも終わり、いわゆる戦後処理の挨拶と親父殿のご機嫌伺い・・・親父殿は波切城で建てた病院での療養後、体調を取り戻したので那古屋城に在住している・・・に行く事になった。

 ただ、傅役の平手政秀さんから


「大殿は那古屋城に戻ってからしばらくするとまた体調を崩された。

 それに若殿が大手柄を立てて、後継者に確定したことから信行が謀反をたくらんでいるのではないか。」


との報告も受けている。

 名護屋城下では廻船問屋『尾張屋』が俺の宿舎だ。

 今で言う社長室で尾張屋の決裁書類を眺めている。

 眺めているだけで信行謀反について考えている。


 原因とすれば、俺が天文16年(1547年)に桑名新港を足掛かりに桑名港を中心とした一大拠点を伊勢の国に造り上げたことが始まりだ。・・・う~んそれに新規事業の貨幣鋳造が上手くいって経済の中心になりつつある。・・・う~んただ金食い虫が大砲の製造と蒸気機関の開発だ・・・前話ではまるで上手くいっているように書いたが知識のある人がいるが戦国時代だぜ!能力の問題がある。徐々に技術や能力が備わって来てはいるが・・・。


 話を戻して今年、伊勢の国から俺を追い出そうと攻めてきた北畠家を返り討ちにして織田家の支配地に加え、さらには志摩半島を領地とする九鬼水軍まで手に入れて織田家水軍の強化を図ったこと、それに隣国の伊賀の忍者集団まで傘下に入った事で親父殿の嫡男で尾張の大うつけとあなどっていた俺が次期当主としての地位が盤石化しつつあるのだ。


 史実でもそうだが、それに対して信行はこれまで織田家の決裁書類を親父殿と連名で書かれていたものを、俺の台頭に焦ったのか最近では信行が単独で出し始めたのだ。・・・これこそ謀反の表れである。

 何度か史実でも信行は謀反を企てついには永禄元年(1558年)織田信長に誅殺されるのだ。

 母の土田御前に溺愛され、折り目正しく見た目は俺同様美男子・・・う~ん自分で言うかな!?・・・だ。


 信行に付いているのは林秀貞兄弟と権六(柴田勝家)だ。

 俺の傅役は当初、平手政秀さんと林秀貞の二人だったが何時の頃からか林秀貞は俺の事を

「尾張の大うつけ」

と陰でののしるようになり信行派につくようになって俺の元から離れていった。

 その林秀貞兄弟については今のところ目立った行動は行っていない。

 ただ権六は猪突猛進型で猛将と誉れは高いが、思料にやや欠ける所があるために俺に対して歯に衣着せぬもの言いで罵ってくるのだ。

 俺が那古屋に着くと直ぐ権六自らが


「煙草好きの若様に、手に入れた良い煙草の葉がある。」


と言って金の袱紗に包まれた、煙草を送ってよこした。

 物をもらう間柄ではないがと煙草の中身を見ると・・・大麻だった。

 俺と出会った時の信長は大麻中毒で他人に寄りかからなければ歩けない、着物もきちんと着れない状態になっていた。・・・う~ん信長を大麻中毒患者に仕立て上げたのは権六か!今度もまた俺を中毒にして尾張の大うつけとあざ笑うつもりだ。

 それよりも何よりも俺を排除するために以前から手を打っていたという事だ。

 信行からの宣戦布告と取ることもできる。


 登城日、俺は織田家特産になった絹で出来た紋付の羽織袴に身を包み那古屋城に向かう。

 俺の後ろには腰元姿に身を変えた根来の楓他10名のくノ一で、親父殿に土産の拳銃仕様の火縄銃や銀の茶碗類とである。

 那古屋城門で傅役の平手政秀さんや息子の五郎右衛門が迎える。


 親父殿と拝顔の儀だ・・・昨年の当主会議の時よりも顔色が悪い俺が大麻中毒されそうになっているのと同様に毒物など飲まされているのでは?

 親父殿が咳き込み横に控えた土田御前が


「ささお薬を。」


と言って茶碗に薬湯やくとうをいれて飲ませようとする。俺は


「どうです父上、献上した銀の豪華な茶碗を使ってみては?」


と言って親父殿に銀の茶碗を差し出す。

 銀が毒物に反応するなど知らない土田御前は薬湯を銀の茶碗に入れると見事に黒く変色した。


「父上、飲んではなりません!その薬湯は毒ですぞ!!」


と告げると、土田御前が顔色を変えて


「何を申す!大うつけが!わらわが大殿を毒殺すると申すのか!」


等と声を荒げるが、親父殿が


「飲んでみよ、御前そこもとが飲んでみるのだ。」


と茶碗を土田御前に突き出した。

 わなわなとおこりのように震えた土田御前は


「もはやここまで、信行、権六(柴田勝家)討ち取っておしまい。」


と喚く、それに呼応して


「ウオー」


と権六が捩じり鉢巻きで大薙刀を担いで現れた。

 服装もまるで重臣ではなく山賊だね。

 顔は髭達磨で目は爛々と輝きまるで鍾馗様の武者絵から抜け出したようだ。

 鍾馗様でも流石に親父殿には手が出せないのか大薙刀を頭上でブンブンと振り回しながら俺と対峙した。

 俺、慌てることなく献上品の拳銃を手にするとためらうことなく鍾馗様の額を撃ち抜く


『ドーン』


という轟音が室内に鳴り響く。

 クタリと鍾馗様の権六(柴田勝家)が崩れ落ちた。

 腰元姿の根来の楓以下10名のくノ一が一斉に艶やかな着物を脱ぎ棄てて忍者の姿に早変わりする。

 さらには根来の茜が指揮する忍者集団が試作のレンコン式のライフルを持って室内に現われた。


 信行の横にいた小姓が太刀を抜こうとすると


『ダーン』『ダーン』


とライフル銃から銃弾が発射されてハチの巣にされる。

 これを見ては武装蜂起しようとしていた信行派の面々は抗うことも出来ず、武器を手放すしかなかった。

 土田御前が鉄砲の音に驚き白目をむいて倒れた。・・・う~ん以前にもこんな場面があって俺は尾張の大うつけにされたのだ。

 俺は献上品の香炉を信行に突き出すと


「亡くなった権六から俺へとこんな煙草(大麻)が送られてきた。

 この煙草お前に返すよ。」


 煙草(大麻)を香炉にくべると信行の顔を燃え盛る大麻の塊に埋めた。


「ギャー。」


という大声が室内に響き渡る。


「これでお前の顔と心が一致した。その顔で余生を過ごせ。」


と土田御前と信行を坊主頭にして放逐し、縁起の悪い那古屋城を破城して新たに今の俺には親しい名前の名古屋城を築城することにしたのだった。


 これで俺は織田家の名実共に次期当主になった。

 次期当主の最初の仕事が領内の観察だ。

 土田御前と信行そして権六(柴田勝家)だけが謀反に加担していたわけではない。

 信行派には林秀貞と弟の林美作守(林通具はやしみちとも)が有名だ。


 権六の叔父に当たる権左と言う名の男が代官として治める領地がある。

 この権左は戦では強いが粗暴な男で領民から度々苦情が寄せられている。・・・こいつの領地視察を行うとするか、権左には一人息子の権三という男がいるがこの男も甘やかせて育てた為か悪い噂しか聞かない。読みが同じ「ごんざ」なので同類なのだろう?


「領地を視察に行く。」


と連絡を入れたうえで、権左の領地に数十名の配下の者と共に馬に乗って向かう、領地の手前で権左が迎えに来ており権左を案内にして領内を歩く。

 田畑の様子を見ると豊作だったことがうかがえるが領民の顔色は悪く、飢えているように見える。

 領内視察を終わり権左の館が見えてきたところで、一人の村娘が走り出て


「お願いでございます。お願いでございます、この訴状を読んでくださいませ。」


と『上』と上書きした紙に訴状を包み、青竹の先を二つに割った先に挟んであった。

 俺がこれを受け取ろうとすると権左め


「直訴は死罪じゃ。」


等と喚いて、刀を抜いて村娘を切ろうとする。

 権左は柄に手をかけ刀を抜いた。

 その刀を持つ右手首が切断され、刀を掴んだまま地面に落ちた。


「御ぬしゃ、我に刃を向けるか?」


と俺は一刀のもと権左の手首を切り飛ばした大太刀を権左の首に持した。

 権左が刀を抜こうとした村娘の直線上に俺がいたのだ。


「我に刃を向けた謀反じゃ!こ奴を縛りあげろ!権左の館の捜索じゃ!」


と後ろに控える部下に命令する。

 兵が瞬く間に権左を縛りあげて、残った兵士達が権左の館へ駆けていく。

 訴状を掲げた村娘に


「娘乗れ。」


と手を差し出す。


「はい。若殿。」


と言って俺の手を借りて、身軽に馬に乗る俺の前に飛び乗った。

 じつはこの村娘は百地の空で、俺が信行を放逐して領地視察までの短い間だが権左領内の領地の状況や年貢の状況、権左と権三の親子の悪行について調べてもらっていたのだ。

 訴状にはその概要が書いてある。


 権左の館に着くと俺の配下の者どもが館に押し入り、次々と書類などを持ち出してくる。

 俺の前には、年貢を横領した際の書類や書付、それに権六とのやり取りでできあがった謀反の計画書、大量の武具が山積みされている。

 そこへ、手首を切られて、出血で青白くなった権左と嫌がる村娘を強引にかどわかして凌辱りょうじょくしようとしていた裸の権三が引き据えられる。


「謀反を企て。

 年貢は4公6民とすると通達したはずが、ここでは以前の7公3民となっている。

 織田家に納める年貢を着服し、いたわるべき領民を苦しめあまつさえ婦女子を凌辱りょうじょくしようとするとは何たることか。

 その方ら両名は打ち首、首はさらし首にする。さらに私財及び領地は没収して直轄領とする。」


と申し渡した。

 その途端二人は押さえている俺の配下を押し倒して逃げようとするので、俺は愛刀を振るって二人の首を落とす。

 二人首はさらし首にされた。


 その場には権左の弟や叔父おじがいたが俺のあまりにも苛烈な腕前で権左親子の首を落とした事や族誅(親族も罰する事)を恐れて俺に従った。

 今までは悪党でも命を取らなかったのに、きびしい判決を言い渡し、俺自らが首を切ったこの顛末は各領地の領主に伝えられた。

 伝える文章の文末には


「此度は権左親子のみで事を収めるが、同様な仕儀が来年も続くようならば本人のみならず謀反とみなして族誅する。」


と添えて不逞ふていやからを震え上がらせた。

 今年は信行派の権左親子をスケープゴート(生贄いけにえ)にして全てに目を瞑るが、来年度はそうはいかないと脅しをかけたのだ。

 信行派である林秀貞と林美作守兄弟に対する牽制にもなったはずだ。

 年貢だけで生計を立てている他家よりも織田家は海運業や商売にも精を出しているので豊かなのだ。

 今までの7公3民などというバカ高い年貢は領民の生活を困窮させ、今世よりも弥陀の住む極楽を望み一向一揆へと駆り立ててしまう。

 筵旗むしろばたを立てられて一向一揆を起こさせられて領地をズタズタにされるぐらいならそんな阿保な領主は廃して年貢を軽くした方が良いのだ。

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