第52話 蒸気機関

 巨大な鋳鉄製の41センチ砲の原型が出来上がったがライフリングが入っていないので命中精度は極めて悪い、生き馬の目を抜くような戦国時代では運を天に任せて砲弾を撃っていられる状態ではない。

 このままでは単なる鉄の塊になる。


 この41センチ砲は旧日本海軍の戦艦長門の主砲と同じものと考えれば砲弾が飛ぶ有効射程距離は約30キロもある代物だ。

 ライフリングが無い場合例えば100メートル先の的に10センチ程の誤差が出るとすれば、1キロ先では1メートル、30キロ先では30メートルもの誤差が出来ることになる。

 これも仮定の話で実際はもっとひどくどこへ砲弾が飛んで行くか分からない代物だ。

 出来上がった41センチ砲の前でウンウンうなっていたら


「気分転換にお茶でも飲みましょう。」


と言ってサーシャが薬缶を持ってきて湯を沸かし始めた


『カタ、カタ』


と鳴る蓋をサーシャが指差す。・・・う~ん?!そうか蒸気機関か考えてはいるのだが、しかし蒸気機関は早過ぎないかな?

 これについては俺とサーシャで協議だ、協議と言ってもベットの上で熱い愛を囁いた後の物騒な話し合いだ。

 この時もサーシャがミサイルの絵を見せながら


「命中精度を言えばこっちの方が手っ取り早いよ。」


等と言って俺を脅すので・・・蒸気機関よりそっちの方がやばいでしょう!・・・結局のところ俺が折れて


「蒸気機関は造るが保秘の観点から船に蒸気機関を載せるが、陸上を走る蒸気機関車は俺が許可するまで作らない。」


という事で、サーシャが主体となり開発をする事になった。

 サーシャが蒸気機関を造る要員として目を付けたのが俺の側室の一人根来の楓と俺が頭が良いので便利に使っている長吉君それに俺の弟達の信包と秀孝だ。

 天文19年(1550年)では早めの元服を終えた信包と秀孝は9歳で今で言えば小学校4年生程度だ。

 二人は元服の際に烏帽子親になった大原雪斎が学校長を務める将官学校に入校しているが俺の弟達だからお付きの人も多い。


 お付きの人が多いという事は他領の草(諜報員)が紛れ込んでいる可能性も高いという事だ。

 それに対抗するのが俺の側室の一人根来の楓である。


 急に本格的な蒸気機関を世に出すのは無謀であり、教養や素養の無い世の他の人には受け入れがたい事だ。

 それで俺や蒸気機関の開発メンバー等を集めて、サーシャが蒸気機関の始まりである

『ヘロンの蒸気機関』

を造って動かして見せる事にしたのだ。

 後学の為にとキャサリンやグランベル、桜子とおかよそれにお市と犬の双子の姉妹も一緒だ。


 ヘロンの蒸気機関とは、何と2千年も以前、西暦10年にヘロンと言う人が鉄球の中に水を入れてくの字の管を左右に差し込み、鉄球を火で温め発生した蒸気でその鉄球を回したのが始まりだと言う。


 俺がサーシャの助手を務める。

 水が沸騰して蒸気が管の先から出てくると鉄球がクルクルと回る。


 見ている人達の反応は薄い、キャサリンやグランベル等のこの当時の西洋の科学技術を知っている人物でもだ。

 一番喜んでいたのが新しい玩具だと思った信包と秀孝、それにお市と犬の弟や妹達だった。


 ここで俺が取り出したのが登山鉄道の開発の時に造った模型だ。

 水車の動力で登山鉄道が動いている。

 水車をヘロンの蒸気機関に置き換えて見たのだ。


「おおおぉ・・・・」


というどよめきが室内にこだました。 

 これを見れば蒸気機関の有用性は誰でもわかる。


 サーシャが俺の弟達の信包と秀孝を選んだことからかなりの人数を集めたが、その中にはやはり他国の草(諜報員)が紛れ込んでいた。

 ヘロンの蒸気機関の実験を見せた途端、信包と秀孝の付き人数名が不審な行動にでた。

 一人は伝書鳩を使い、一人は繋ぎと会っていたのだ。


 俺や根来の楓がそれを許すことは無い。

 伝書鳩を使った草は、俺が伝書鳩を鷹に襲わせて阻止し、伝書鳩を放った草は根来の楓によって葬られた。

 繋ぎと会っていた草は、俺が草を始末して繋ぎは根来の楓の従妹で毒使いで有名な根来の茜が追跡して葬り去った。


 残り数名の草が紛れ込んでいたが、草は自分の出自を決して明らかにせず、捕らえられたとしても歯に含んだ毒薬を飲むなどして自決する事から捕らえることなくその場で始末したのだ。

 それでも証拠は残る。

 伝書鳩の足に括り付けられた密書や繋ぎが持ち去ろうとした密書である。


 玩具の様な2千年も前に思いついた蒸気機関の原型であるヘロンの蒸気機関までは良いとしても、ピストン式の蒸気機関や蒸気タービンのように本格的に実用化されるものを渡してはならない。

 例えば今我々が目にするピストン式の蒸気機関は産業革命の起きた1800年代になってやっと姿を表したのだ。


 ピストン式の蒸気機関は蒸気の圧力を利用して吸入と圧縮をピストンを動かしての上下動を回転運動に変えるという画期的なものであるが、熱エネルギーを運動エネルギーへと変える為効率は悪い。・・・しかしこれはガソリン自動車の吸入、圧縮、点火、爆発のピストン運動へと応用されていった。


 蒸気機関のもう一つの方式が蒸気タービンである。

 風車の羽根に息を吹きかけると羽根が回る風車を思って欲しい。

 息を蒸気に変えても風車が回る。

 ヘロンの蒸気機関の鉄球を固定して、蒸気の吹き出し口に羽根を付けた丸い輪を被せるとその丸い輪が回る。

 この考え方が発展したのが蒸気タービンである。

 蒸気タービンは蒸気のエネルギーを効率よく取り出すために工夫がされ大型化されていく。


 実は蒸気自体もさらに過熱していくととんでもない高い圧力を得ることが出来る、ただその高い圧力に耐えきれずにボイラーが破裂することがあるのだ。

 破壊する程の高い圧力に耐えるボイラーの製作は鋼鉄製の大砲の技術が使われて、かなり高い圧力にも耐えることが出来るようになった。


 『ヘロンの蒸気機関』を発表後すぐにサーシャは大型で複雑になる蒸気タービンより先にピストン式の蒸気機関を造って見せたのだ。


 これにより織田家の産業革命が実現していくのだった。

 先ずは織田式ライフルの銃身内部のライフリングを造り出す為の旋盤が造られる。

 木工旋盤を造っているので、旋盤の仕組みはわかっている。

 木工旋盤にならった旋盤が組み立てられた。

 その旋盤に蒸気機関により生み出される巨大な力が加わりライフルの銃身内部が見事にかれていった。

 これが成功したことから次に10センチ砲の砲身内部を刳り貫く為の旋盤が造られて砲身内部にライフリングが削られた。


 ライフルや大砲にライフリングが施されれば試射どころかその実証実験をする場所がこの戦国時代ではいくらでもある。

 それは織田家に対して他領から嫌がらせの様な小競り合いや支配地域の豪族たちの反乱や謀反、圧政に苦しむ農民達の一向一揆が勃発するからだ。

 その場所に10センチ砲やレンコン式のライフル銃等を持って行くのだ。

 10センチ砲の有効射程距離は5キロなので目に見えない場所から攻撃できる。

 その見えない場所からライフリングをほどこされた10センチ砲が


『ズドーン』『ズドーン』


と砲撃して、サーシャの新型火薬だけではなくライフリングの深さ等の影響についても現場の実験が繰り返された。・・・敵方は実証実験の為に餌食えじきになるのだたまったものはでない。


 次に本命の41センチ砲を砲身内部を刳り貫く為の巨大な旋盤が造られて、俺が見守る中轟音を上げて旋盤が回り始めた。

 この巨大な旋盤に辿り着いたのが天文19年(1550年)から5年後の天文24年(1555年)であった。


 それに巨大な旋盤を動かす蒸気機関もピストン型からヘロンの蒸気機関の発展型の蒸気タービンへと改良され、さらに改善し巨大な物になってきていた。

 これも近代的な知識をようするサーシャがいるからこそできたのだ。

 そのサーシャが


「ねえねえ、地面を走り回る蒸気機関車は駄目でも、蒸気機関を積んだ船なら良かったんでしょ、直ぐ載せましょうよ。」


と言えば14歳になった信包と秀孝それにヘロンの蒸気機関を見て気に入って研究に加わっていた8歳になるお市と犬も


「面白そう造っても良いでしょう!」


と大合唱である。

 蒸気機関の蒸気タービンまで造ってしまったのだ

『毒を食らわば皿までも。』

である。


 蒸気タービンが出来上がる前年の天文24年に進水式を終えたポルトガルのガレオン船を基に桑名新港で造船していた海進丸は無理でも、その2番艦として造船中の海王丸からは蒸気タービンを積んだ船が造られることになるのだ。・・・天文19年では後日の話であるが今回はネタバラシという事でここまで。

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