第47話 炭鉱

 鉄鉱山が手に入ったのはよいが、鋳造の為に鉱山から産出された鉄鉱石を溶かし出して銑鉄を造らなければならない。

 たたら製鉄と言う方法もあるが、この時代の日本国内でたたら製鉄が見られたのは中国地方以南までであり、鍛造が主体であったためにそれらの地域でもあまりたたら製鉄は見かけないのだ。

 たたら製鉄より効率よく銑鉄を造り出す反射炉という技術がキャサリンが乗るヘンリー8世号によって伝来したのだ。

 反射炉は江戸末期になってやっと伝来し、静岡県の韮山反射炉等が有名だが・・・反射炉か!これを使わない手はない!

 反射炉を使うとして問題は火力だ。

 木炭や尾張領内で採れる亜炭(石炭の前段階)では火力が知れているので、石炭か石炭を蒸し焼きにしたコークスの方が火力がある。


 それでは優良な炭鉱が何処にあるかというと伊勢国の隣、紀伊半島で紀伊の国に薬師炭鉱(旧三重県南牟婁郡紀和町、現三重県熊野市)というのがある。

 なんとこの近くには金や銀それに銅まで産出された紀州鉱山もあるのだ。

 先にも述べた大宝3年(703年)に紀伊の国から朝廷に銀が献上された際の鉱山がこの場所のようだ。

 紀伊の国は有力な戦国武将が出てこなかったために、群雄割拠した状態で根来寺と同様に、南牟婁郡周辺は世界遺産として名高くなった熊野那智大社を始めとする熊野三山と呼ばれる神社や花の窟神社が支配していた。・・・薬師炭鉱や紀州鉱山は地図的に見ると花の窟神社が支配していたと思われる。


 この宝の山の南牟婁郡は伊勢の国や九鬼家の支配する志摩の国からもほど近い。

 鉄鉱石を戦略物質とするにはこの宝の山の攻略する必要もある。

 俺は親父殿に


「紀伊半島で花の窟神社が治める地域に金や銀それに銅を産出する鉱山がある。

 この鉱山を手に入れることが出来れば明国から輸入している

『永楽通宝』

を織田家で造り出すことも出来る。」


と説得して親父殿を主将、俺とこの当時は深田城主の叔父の織田信次を副将にして薬師炭鉱と紀州鉱山のある南牟婁郡付近を伊勢の国から奪い取ることにした。

 薬師炭鉱と紀州鉱山を奪取できれば、今度は奪還を防ぐ為にその付近を守るための砦を展開し領主として副将に据えた叔父の織田信次を領主にする事になっている。

 ところで、副将に据えた叔父の織田信次は弘治元年(1555年)に弟秀孝を無礼討ちした人物なのでこれで回避されるはずだ。・・・秀孝を直接手にかけたのは信次の家臣の洲賀才蔵と言う人物である。


 話がまとまれば俺も親父殿も動きは素早い、俺は旗艦ヘンリー8世号に乗船し、ヘンリー8世号を先頭に『尾張丸』『木曽丸』『庄内丸』『扶桑』『愛宕』の改造関船が織田木瓜の家紋を入れた帆を張って、一路花の窟神社付近を目指す。

 親父殿と叔父の織田信次は兵約5千人を引き連れて沿岸沿いの陸路を使い途中から山中に分け入り薬師炭鉱や紀州鉱山に向かう。

 俺の乗るヘンリー8世号の優雅な3本マストが花の窟神社付近の洋上に姿を表すと花の窟神社の荘園を守るために寺院と同様に僧兵を雇っているのでその僧兵どもがワラワラと海岸線に現われた。


 僧兵どもヘンリー8世号と距離があるのに弓を引き絞って矢を放ち始めた。

 それならば返礼の砲艦外交である。

 ヘンリー8世号の舷側にある15門の鋳鉄製大砲の砲門が開き


『ズドーン』『ズドーン』『ズドーン』『ズドーン』


と海岸線に現われた僧兵どもを打倒す。

 これに驚いたのか生き残っていた僧兵どもが蜘蛛の子を散らすように逃げ散った。

 花の窟神社の海岸線に上陸するためには喫水線の深いヘンリー8世号は使えないので、ヘンリー8世号に付き従う喫水線の浅い尾張丸他の改造関船を利用した。

 改造関船には60名の兵士が乗船していたので、総勢300名の兵士が上陸し僧兵が逃げ散った花の窟神社を俺の指揮のもと包囲する。


 花の窟神社から、かなり高齢な神官自ら奉納された神刀を片手に


「神の怒りに触れるぞ。

 総大将は誰だ。我は鞍馬流の使い手なり、総大将と一騎討を所望する。」


と立ち向かってきた。

 頼りにしていた僧兵どもがヘンリー8世号の艦砲射撃に驚いて逃げ散ってしまったのだ。残る手立ては一騎討しかなかったのだろう。

 神仏も恐れず、第六天の魔王と称される俺だ、俺は愛用の木刀を片手に鞍馬流の使い手と名乗る神官に対する。

 神官殿舞うように切りかかって来るかと思いきや足がもつれ、無闇矢鱈に神刀を振り回すせいで息が切れてしまった。

 ほんの数十分木刀で遊んでやったら大汗を掻いてへたり込んだ。

 俺はニヤニヤ笑いながら


「ほれどうする!?

 まだやるか?」


等と木刀を突き付けながら聞くと、意地でもと神官殿神刀を振り上げようとするが腕も上がらない状態だ。


「あいわかった。・・・降伏する。」


降伏するという言葉が小さくて聞き取れなかったので


「何だって?」


と聞き返したら


「降伏すると言ったんだ!この野郎!」


と大声で怒鳴った。

 神様の前で降伏の調印式が行われた。・・・ちなみに花の窟神社は伊弉冉尊いざなみのみこと軻遇突智尊かぐつちのみこと(火の神)を祀る。


 その頃親父殿と信次叔父は兵5千を連れて山中で迷っていた。

 歴史のある鉱山とはいえその当時は山中で山師自らが坑道を堀り、鉱物を運び出し、坑道に支柱をたて、坑道内の排水を行っていた為人口は少ない。

 それで炭鉱や鉱山を見落として彷徨さまよってしまったのだ。


 俺も高齢の爺様の神主を案内に仕立てて山に分け入ったのはいいが、高齢でどこに行くのかさえも忘れて迷ってしまった。

 あまり山に深く入らなかったので俺が高い木に登って花の窟神社を見つけたおかげですぐ戻ることが出来た。

 今度は爺様の神主に変わって若い巫女さんが案内してくれた。

 無口な女の子で爺様の神主の孫娘だそうだ。

 途中で彷徨っていた親父殿達を偶然見つけたので、親父殿達と薬師炭鉱や紀州鉱山に何とか着くことが出来た。・・・見つけた時に涙目で鼻水を垂らした親父殿や信次叔父さんに


「助かった。」


と言って抱き付かれても俺も巫女さんも大変迷惑だ!

 親父殿や信次叔父と合流したことから薬師炭鉱や紀州鉱山の周りに砦を作り、花の窟神社付近を拠点化に成功した。

 これで名張鉱山と薬師炭鉱等が手に入った。

 山師の下の鉱山労働者として今回の花の窟神社の戦いで敗れた僧兵千名や百地三太夫屋敷前の戦いで捕虜にした4千名の観菩提寺の僧兵を当てた。


 5千名もの捕虜が鉱山労働者としてだけ使われたわけではない、先に手に入れた名張鉱山から一番近い津の港までは約30キロ強、薬師炭鉱や紀州鉱山の方は花の窟神社付近まで約15キロ強の距離を鉱物を運ばなければならい。

 その鉱物を運ぶ道路も道路とは言えない人一人がやっと歩けるような獣道で曲がりくねっているのだ。

 道路の整備にこれの捕虜を使った。

 迂回していた渓谷に橋を架ける等して曲がりくねった獣道を出来るだけ真直ぐに整えていった。


 尾張にある大野鍛冶が作った柄の黒い通常の鍬より刃が広く厚みのある土木作業用の鍬を用いた土木工事専門の集団を黒鍬者と呼んだ。・・・今で言う工兵部隊が尾張の国では古くから存在したのだ。

 この黒鍬者の配下に捕虜を割り振ったのだ。

 問題は土木作業用の鍬の絶対数が足りない。

 それでも5千人もの捕虜がいるのだ。

 人海戦術で人一人がやっと歩けるような獣道を広げ、曲がった道を真直ぐにしていったのだった。


 また最初はこれら鉱山から出る鉱物を背負子に背負って獣道を運ぶのにも捕虜を使っていた。

 また人力では鉱物を運ぶ量はたかが知れているので、人から次は馬車になった。

 人一人が楽に歩けるようになった山道をまたもや捕虜を使って馬車でも鉱物を運搬できるように道幅を広げていった。

 馬車で鉱物を運搬し始めると道路のわだちが深くなる。

 道路の轍を修復しているばかりではいけないので、それが後年馬車鉄道になり、蒸気機関による鉄道へと変遷していくのだった・・・しかし当初の予定に反して背負子で運ばれた荷が一月の間でたった2回だ。


 最初の月は良いとして、翌月から捕虜の観菩提寺の僧兵のうち10数人をそれぞれの鉱山に送り込んだ。

 それでも鉱山からの鉱石量が増えないのだ。

 大量の鉱石や石炭が運び込まれることを見越して英虞湾あごわんの波切城周辺で反射炉を造り始めたのにどうしたものやら、業を煮やして俺自らが先ずは名張鉱山に視察に行った。


 まずこの時代の鉱山は手掘りで、人一人がやっと這って進む細い坑道が鉱脈に沿って掘られている。

 明かりもそのような坑道だ酸欠になるのを嫌い細い紙縒りからのわずかな光で鉱脈を掘る。

 山師の手伝いに送り込んだ捕虜の観菩提寺の僧兵達だが、暗くほとんど周りが見えない細い坑道で崩落の恐怖に震えながらの作業だ。・・・この短期間で精神に不調を訴える者が多い。

 これでは山師の邪魔になるだけだ。


 山師自身の持つ坑道を掘る道具も岩を砕く小さな鑿と金槌という御粗末な物だ。

 これでは産出量が増えないわけだ。

 戦国の世である、鉄は戦略物質で刀剣類に変わる事はあっても鋤や鍬等にはあまり使われない。

 これでは岩を砕く為の鑿と金槌も小さくなるはずだ。

 それに捕虜の観菩提寺の僧兵達の中にはき込む人が多いのも気になる。・・・鉱山病か?

 俺はこれら諸問題をかかえて桑名新港へと向かった。 

 

 桑名新港に戻った俺は、敗北した北畠家が雑兵どもに与えていた粗悪な刀や槍を急遽集きゅうきょあつめた。

 集めた刀や槍を溶かして新たに鉄製の鋤や鍬それにシャベルや鶴嘴に作り替えようとしたが、今まで鋤や鍬、鶴嘴を造ってくれていた鍛冶達までもが


「刀や槍を鋳つぶして鋤や鍬にするのだって、馬鹿を言っちゃいけないよ。

 刀や槍を鋳つぶしてまでもそんな物を造るようじゃ鍛冶師の名が泣くぜ。

 やっぱり織田の大うつけだ。」


等と言って言う事を聞かない、桑の里等で風呂釜を造ってくれた鍛冶師も


「他の鍛冶師もやるなと言うので、今回ばかりはご勘弁を。」


と言って話も聞いてくれない。

 よわって俺も


「う~ん、う~ん」


うめくばかりだった。

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