第40話 捕虜

 史実でも天文18年(1549年)11月に起こった後年

安祥城あんしょうじょうの戦い」

と呼ばれた戦いが開始された。

 安祥城に攻めかかる今川方の将兵8千名で、その総大将は黒衣の宰相と呼ばれ今川義元の右腕とも呼ばれる大原雪斎たいげんせっさいが務める。


 史実では、この戦いで安祥城が攻め落とされ庶兄信広も捕縛されてしまう。

 捕虜となった信広は、織田家に人質になっている松平竹千代(後の徳川家康)との人質交換がされて織田家に戻ってくるのだが、これによって三河地方への織田家の力が減少して苦しい状態になり、逆に力をつけた今川義元は織田家へと攻め入る

「桶狭間の戦い」

へと続くことになる。


 この安祥城の戦いに勝利すれば桶狭間の戦いが回避できる!

 この戦いこそ俺にとっては桶狭間の戦いと言っても良いのだ。


 この窮地を救うべく俺は小早に鹵獲ろかくしたヘンリー8世号に積まれている20ポンドの鋳鉄砲を積み込み矢作川を遡上して安祥城に攻めかかる今川方を砲撃、その砲撃の一弾が何と今川方の総大将大原雪斎を倒した。

 総大将を倒されたことからいわゆる「崩れ」を起こして優勢に攻めていた今川方が敗走を始めた。

 彼等は安祥城を攻めるために、安祥城に最も近い場所を渡河地点と定めて小舟を利用して浮き橋を設けた。

 その浮き橋を爆破されて追われる今川軍は武器や鎧を投げ出して裸で矢作川を渡って逃げ出し、そのうえ総大将の


「黒衣の宰相を見捨てて逃げた!」


のだ。

 俺はそれを見逃すことなく船長に命じて船を黒衣の宰相を置き去りにした河川敷に横付けする。

 俺は副長と船員10名を連れて、黒衣の宰相の身柄確保に向かう。

 大盾の上に僧衣姿の武将・・・間違いない!黒衣の宰相



だ。

 右肘付近からの出血が酷い。・・・砲弾により右上腕をもぎ取られたらしい。

 これでは失血死してしまう。

 小早に直ぐ乗せ、ヘンリー8世号に直ぐ引き返すように命じる。

 ボーズンのジョンが


「戦時は船医の手伝いをするのですは。」


と言って手早く血止めと新たに包帯を巻いていく。

 時間との勝負だ。

 ヘンリー8世号には女船医のグランベルや医師見習いの桜子そしておかよがいる。

 川の流れと艪を漕ぐ力強い兵の力で瞬く間に三河湾内にいたヘンリー8世号に辿り着く。

 小早を横付けしてすぐに黒衣の宰相を盾ごと船に上げる。

 黒衣の宰相の怪我の状況を見てグランベルは険しい顔をしている。

 緊急手術が始まった。


 その緊急手術が行われる間に安祥城の戦いは大きく推移した。

 庶兄信広を救いにきた親父殿信秀と平手政秀さんが加わって今川軍の追撃戦に転じた。

 主将の太原雪斎を失った今川軍は何と松平(徳川)家の居城岡崎城まで失った。

 その岡崎城主に庶兄信広がおさまった。

 親父殿は庶兄信広に


「敵将太原雪斎を打倒したのは信長が使った大砲なるものだ。

 まだこれは秘中の秘だ。

 一切の公言を禁じる・・・良いな。」


と言って口止めをさせた。

 庶兄信広にすれば信長の手柄を認めれば信長に岡崎城を手渡さなければならなくなる・・・うなずくしかなかった。


 信長の手柄になる大砲の砲弾、鉄球の塊は密かに根来の三郎の手によって片付けられて、そのうえ火縄銃による戦果との噂が密かに流されたのだった。

 

 大原雪斎の緊急手術は終わった・・・何とか命を取り留めたものの、血を失い過ぎた・・・危険な状態が続く。


「輸血か・・・?」


グランベルと桜子そしておかよが妙なものを見る目で見ている。俺声に出てた!?


「輸血て何ですか?」


と三人で訪ねてきた。


「元気な他人の血を怪我人に入れてやる方法です。

 ただ、血液型と言うのがあって、それによって輸血が出来る人と出来ない人に分けられる。

 その判定方法は輸血を受ける側の人の血と輸血する側の血を混ぜてみれば良い。

 血がすぐ固まれば出来ない人、固まらない人は出来る人に分類される。」


と説明したら三人の目に♡が現れた。

 問題はその血液をどうやって血管に入れるかだ。


 この時代は点滴どころか注射器も発明されていない。

 ただ、注射器の概念なら竹で出来た水鉄砲や最近使われ始めた龍吐水、井戸水を汲み上げるポンプを示せばわかる。


 技術的な問題の一つが精密なガラス製の注射器の作製である。・・・顕微鏡や望遠鏡造り、次の課題である寒い冬を乗り切るために窓ガラスは重要であり、ガラス工房を那古屋城付近に建てて色々なガラスを作成させている。

 量産出来ていないが、親父殿(織田信秀)の居室からガラス戸のある部屋に暮らしてもらっているのだ。

 史実では親父殿は3年後の天文21年(1552年)3月に急死している。

 これをすこしでも先延ばしにするため、生活環境を変え食事に注意している。


 話がそれたがガラス工房の技術はかなり向上しているので注射器は出来そうだ。

 次の問題は注射針だ!細い中空針を造るのは現在の技術水準では困難だ。

 技術的に困難だからと言ってやらないわけにはいかない。

 桑名新港にある医科薬科大学が中心となり、ガラス工房や銀細工師が協力して世界で最初の注射器を作成するプロジェクトが立ち上がった。

 口さがない連中は


「尾張の大うつけが注射器などと言う水鉄砲の玩具を大枚をはたいて作るそうだ。」


と噂を広げられた。

 瀕死の重体の黒衣の宰相(大原雪斎)は桑名新港・・・漁港というより商業、軍港としての地位を確立しており桑名周辺ではすでに人口は優に1万人を優に超えて発展している。・・・の医科薬科大学付属病院の一室に入院している。

 半年後その宰相を俺は見舞った。宰相は


「うつけ殿か、どんな手妻(手品の事)を使ったか知らないが、我は右手を失い。

 虜囚りょしゅうき目にあうとはな。」


そういう彼の残った左腕には点滴針が刺されていた。

 今川方にしてもと頼む軍師を失ったのだ。


「黒衣の宰相殿、俺は貴公を人質に取ったと今川方には告げていない。

 その為か貴公は今川方では亡くなった事になって法要も終わっている。

 死人になった貴公、俺の下で働いてみる気は無いか。」


「馬鹿を申せ!この体でどんなことが出来るというのだ。」


「貴公の寝ているこの場所は、病院と言って、病気だけではなく怪我人や妊婦までもが通い治療などを受ける場所だ。

 この病室に若い医師や看護師が何人も出入りしていたと思うが、彼等は新しい医学を勉強するために医科薬科大学に通って資格を取っている。

 それと同じように将を育てる将官大学を建てたい。

 手始めにその将官大学の設立委員長と、設立後は学長をお願いしたい。」


それを聞いて黒衣の宰相さん驚いて俺を見つめる。


「手始めにこいつらを貴公の側に置いて鍛えて欲しい。」


と猿(木下藤吉郎)河童(久喜嘉隆)軍師(竹中半兵衛)そして松平竹千代(後の徳川家康)赤堀家の双子、まとめ役(傅役)として明智光秀を紹介した。

 黒衣の宰相さん


「やるとは言っていないが・・・面白そうだ。引き受けた。」


🕊🕊🕊ってやぱりやるんかい!


 黒衣の宰相さん臨済宗の僧侶でもある事から寺院が将官大学の基本となった。

 医科薬科大学も金創医が一遍上人の時宗からだから、どの大学も寺が基本になるのはこの時代の生活基盤に基づくものだから不思議は無いか。


 唐突ではあるが10円硬貨に刻まれて、皆が目にする平等院鳳凰堂がある。

 その建物は1千年の時を越えて現代に至っている。

 その伽藍がらんの中には高い技術に裏打ちされた阿弥陀如来像が鎮座する。

 西欧諸国の宗教美術に勝るとも劣らないものである。・・・う~ん思い出した、キリスト教の教会内の床に寄進と称して遺体が眠り床板を立派にしているのだが・・・その上を人がヅカヅカと行き交う等と言うのは俺の感覚では理解できないのだが。


 話がまたしてもそれてしまった。

 宗教は次代と共に生き続けると言いたかったのだ。

 また大学も紀元前7世紀にパキスタンにあったタキシラ僧院が最古の大学だという、やはり宗教が基本となったのだ。

 史実では庶兄の信広と捕虜交換された松平竹千代の軍学の師であった大原雪斎をこの世界では将官大学の学長になってくれたのは僥倖ぎょうこう(思いがけない幸運)である。

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