第39話 庶兄信広の窮地を救え

 天文18年(1549年)11月、当主会議を終えて俺は桑名新港に戻ると俺の傅役の(平手)政秀さんから急使が来た。

 急使の内容は


『今川が太原雪斎たいげんせっさいを主将にして約8千名の兵を引き連れて、庶兄織田信広が守る安祥城あんしょうじょうを攻めてくる。』


と言うものだった。

 史実でも天文18年11月に起こった後年「安祥城の戦い」と呼ばれた戦いで、それも丁度時期的に見てもあっている。

 この戦いでは安祥城を取られただけでなく庶兄信広までもが捕虜となり、織田家で捕虜となっている松平竹千代(後の徳川家康)との捕虜交換が行われる。


 それに史実通り安祥城を今川にとられると、史実には無いリベンジ戦で松平家から分捕った吉良大浜城や漁港が危なくなり三河湾の制海権が無くなってしまう事を意味する。

 また、これにより今川義元は駿河・遠江・三河の三国を支配して

『海道一の弓取り』

と恐れられ、永禄3年(1560年)5月に尾張家の領土に侵入した

『桶狭間の戦い』

へと続いていく事になるのだ。


 この安祥城の戦いに勝利すれば後年に起こる桶狭間の戦いを回避できるのだ。

 この安祥城の戦いこそ俺にとっては桶狭間の戦いと言ってよい!

 また安祥城の戦いはわりと短時間で安祥城を今川が落城させたはずだ。

 時間が無い!俺はその知らせを握るとヘンリー8世号に向かって走る。


 血相を変えて走り出した俺の後ろから河童や猿、半兵衛、光秀それに赤堀家の双子までもが走ってついてきた。

 ヘンリー8世号は黒死病(ペスト)の病原を運ぶネズミノミが退治され、船内を石灰や石灰水で消毒されている。・・・猫は使っていない猫にも蚤は付く!

 そのヘンリー8世号に乗る予定の水兵はボーズン(水夫長)のジョンが鍛えあげている。

 俺はヘンリー8世号のタラップを駆け上がりながら船上にいたボーズンのジョンに


「出港用意!」


と大声で命じる。

 ジョンはニヤリと笑って


「出港準備!キャプテンを呼べ!」


と大声を上げる。

 騒ぎで、何事かと船長のキャサリンが船長室から顔を出した。

 俺は


「戦になる、急ぎ三河湾に向かって出港だ。」


 まだキャサリン、ペストの関係で丸刈りにした頭髪が伸びきっていないので羽の付いた帽子をかぶっている。そのキャサリンが


「織田家の旗を揚げろ!錨を揚げろ、ピットからもやつなを外せ!総帆を張れ!」


と次々に命令する。

 短い間だがボーズンのジョンに鍛えられた日本人船員きびきびと命令に従って行動している。

 高いマストにスルスルと何人もの兵士が網状の綱を使って登って行き、セイルの上を地面を歩くかのように歩き帆をまとめたロープを外して、帆を広げる。

 帆が風を受けて膨らみ出港だ。


 キャプテンの部屋では全員を集めて今後の戦いについての説明は・・・無理だ。

 船の操舵に必要な人数を除いて、全員を甲板に集める。

 俺は地図を示しながら全員に説明をはじめる


「安祥城を岡崎城側から攻め込んでくる今川軍をこの船の20ポンド砲で砲撃する。

 20ポンド砲の有効射程距離は2キロ前後、俯角を付ければやや距離は伸びるが吉良大浜の沿岸からでは安祥城付近には全く大砲の弾は届かない。

 そこで小早2艘にこの船の20ポンド砲をそれぞれ備え付けて、矢作川を使って安祥城近くまで遡上し取り囲む今川軍を砲撃する。

 三河湾に流れ込む矢作川は今川、松平家の領内を流れる川であり攻撃される可能性が非常に高く場合によっては全滅する可能性もある。

 それで決死隊を募る。」


 矢作川を遡上するには関船では少し大きいので、一回り小ぶりの小早を使用する。

 今回使用する小早2艘は全長10メートル、幅2,5メートルで40艇の艪を持ち帆走も可能なやつだ。

 矢作川の河口に着くまでには、安祥城を攻撃している今川方を攻撃するために船の前部にヘンリー8世号の20ポンド砲を積み込めるように改造しなければならない。


 今回の作戦の総司令官は言い出しっぺの俺だ。

 副官に明智光秀が名乗り出た、彼には1艘目の小早の指揮官もしてもらう。

 彼は俺に会うまでは俺の事を皆と同じように

『尾張の大うつけ』

と侮っていたが、2艘ものガレオン船を手に入れていたので俺のことを少しは見直したようだ。

 2艘目の小早の指揮官にボーズンのジョンが名乗りを上げた。


 砲術要員に女性ばかり10名が手を挙げた。・・・彼女達は鉄砲の名手でもあり暇があれば山や森に分け入って獣を狩っている。動かない的を撃つより動く獣を撃つ方が面白いという理由だ。そのおかげで桑の里周辺で暗躍しようとする素っ破(忍者)はいない。

 小早は関船より一回り小ぶりで40艇の艪を持つのだで、砲術要員の彼女達も艪を漕ぐので、2艘分の残り70名が選ばれた。

 猿(木下藤吉郎)、河童(久喜嘉隆)、軍師(竹中半兵衛)どころか赤堀家の双子も手を挙げていたがまだ元服前だ。・・・赤堀家の双子いつの間に乗り込んだ?それに戦は元服が済んでからだ。


 桑名新港から矢作川に向かってヘンリー8世号は総帆で風を受けて突き進む。

 後ろには大砲を載せるための改装作業をする小早2艘を曳航している。

 小早の改装を作業を続けるうちに織田家の家紋、織田木瓜が鮮やかに描かれた旗を揚げたヘンリー8世号が三河湾に入っていく。

 矢作川の河口まで来る間に大砲を載せるための小早の改装は何とか終了した。


 矢作川の河口で停泊したヘンリー8世号は今度は横に並ぶ小早をロープで繋ぎ止めて、ヘンリー8世号積載の20ポンド砲を小早の甲板に降ろす。

 揺れる船上で重い20ポンド砲を小早の甲板に降ろすのは至難を極めた。

 何とか2艘の小早に20ポンド砲をそれぞれ甲板に降ろして、次は火薬の樽や大砲の砲弾を降ろす。

 最後に俺を始め決死隊のメンバーが次々とヘンリー8世号から小早に乗り移る。

 小早の2艘の船長達にヘンリー8世号に乗り移るように命じるが


「この船の癖は俺が熟知している。

 大河とはいえ川を遡上するのだこの船を熟知している私達が行った方が良い。」


と2艘の小早の船長飯島・小村井と副官佐野・福島の4名ががんとして言う事を聞かない。


「よし船長は君達だ。

 これより矢作川から安祥城が見える位置まで遡上し、安祥城を攻撃している今川軍を砲撃殲滅ほうげきせんめつする。」


「若様了解!帆を張れ、櫓を漕げ!

 一気に安祥城が見える地点まで遡上する。

 副官舵をとれ。」


 ヘンリー8世号から放たれた2艘の小早が風を受けて、みるみるうちに小さくなり矢作川を遡上していく。

 艪を漕ぐ必要が無くなった砲術要員の女性達は大砲と火縄銃に弾込めをしている。

 矢作川を遡上する事、約20キロの地点でようやく矢作川の左側(右岸:川上から川下を見て、右岸左岸を決める)に安祥城が見えてきたのだ。


 三河湾から約20キロ以上も離れた安祥城をヘンリー8世号に積んであった世界的に見ても珍しい鋳鉄製の20ポンド大砲を使っても直接には狙えない。

 それで三河湾に流れ込む矢作川を遡上して安祥城近くまで行って砲撃する事にしたのだ。

 遡上して砲撃地点からは直線距離にして安祥城まで約2キロ・・・有効射程距離ギリギリだ。

 この地点は安祥城に最も近い為か今川方の渡河点にもなっている。

 それというのも、今川方の手によるものだろう何艘もの小舟の間に縄を張り、板を打ち付けて繋ぎ止めた浮き橋が造られているのだ。


 この浮橋の爆破の準備を明智光秀させながら、残った全員で安祥城に群がる今川軍に大砲をぶっ放す準備を開始する。

 ここからでも黒い蟻のような今川兵が安祥城の周りを十重二十重と取り囲んでいるのが見える。

 ボーズンのジョンが大砲の弾が安祥城付近まで届くと見たのか頷く。

 船長が俺を見る、俺も頷くと


「放て!」


と船長が大声を上げる。


『ドン』『ドン』


と20ポンド砲が火を噴く。

 炸薬が仕掛けられていないたんなる鉄の弾の砲弾なので着弾時の派手さも無く効果も・・・効果はあるようだ着弾のたびに今川方の何人かが転げ回って騒ぎを広げている。

 再度


『ドン』『ドン』


と砲撃する。

 俺は敵の本陣今川家の家紋「今川赤鳥」の旗が見えた。

 俺はその本陣に狙いを付けるように命じる。・・・う~ん砲術要員の彼女達には見えていないようだ。

 俺は異常に目が良い!

 方向を合わせてやって一斉再射


『ドン』『ドン』


と砲撃する。

 見事本陣に着弾して旗印がへし折れた。

 もう一度


『ドン』『ドン』


と再射する。

 何か今川軍がバタバタし始めた。

 おや?!・・・今川軍が退却を始めた。

 総大将の大原雪斎たいげんせっさいにでも弾が当たったか、そうでなければ今川軍が逃げ出すはずがない。

 おいおいこっちに向かって物凄い勢いで逃げてくる。・・・渡河用の浮き橋があるのはここだから当たり前か。

 浮橋の爆破準備の済んだ光秀に


「爆薬の導火線に火を付けろ。」


と命じる。

 光秀は約20分後に爆破できるように導火線の長さを調整し火を付けてから小早に飛び乗る。

 20ポンド砲の俯角を変えて水平発射できるようにする。

 敵兵との彼我の距離が1キロを超えたところで


『ドン』『ドン』


と発射する。

 大砲の射線上にいた兵士は全て打ち倒される。

 2本の筋が入ったようだ。

 小早の錨を揚げさせて、爆破に巻き込まれないように撤退だ。

 砲術要員の女性陣が火縄銃を手に取る。

 小早の両舷側に盾を起こしてその間から銃口をのぞかせる。

 小早が矢作川の流れに乗ってゆっくりと下る。


 立派な身なりの騎馬武者達が浮橋を馬で

『ドドドドドドドドド』

と駆け抜ける。

 彼等は対岸にとどまり後続の兵を待つ。

 足の速い奴らから順に次々と浮橋を渡っていく。

 中軍、逃げてくる敵兵の中ほどに6人の男達が大盾を囲むように持ちその上に男が寝かされている。

 大盾から垂れ下がった腕は黒衣に覆われている。・・・う~ん黒衣の宰相大原雪斎か?

 彼等が渡河しようとした瞬間浮き橋の中央が


『ドカーン』


と爆散した。

 対岸に残された者は一度は爆発でひるんだものの、敵に追われて敗走する恐怖からか武器を投げ出し、鎧も脱いで裸になって泳いで渡りはじめた。

 黒衣の宰相を運んでいた男達も恐怖が伝染したのか、黒衣の宰相を見捨てて川に飛び込んで逃げ渡るのだった。

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