第20話 赤堀家騒動

 天文17年(1548年)桑名との戦いに勝利し、翌年斎藤道三の帰蝶さんと結婚した俺は天文16年(1547年)にあった信長初陣のリベンジ戦を画策しているのだ。

 そのリベンジ戦を安心して遂行するには桑名新港付近を治める豪族の赤堀家との和睦が必要なのだ。


後顧こうこうれいをつ。』


と言うやつだ。

 桑名の戦いに勝利した事により織田家が海側の桑名港と桑名新港、山側の桑の里を支配することになった。

 その織田家の三つの支配地の間に赤堀家が挟まれたような状態になり、赤堀家が危機感を感じて緊張がさらに高まっていったのだ。

 これでは俺が軍事行動を起こそうとすれば赤堀家側が


「織田に攻め込まれる、その前に攻めてやる。」


と勘違いして攻めてくることが容易に予想されるのだ。

 前回の桑名の戦いについては海戦であり、赤堀側はもっと日数がかかると思っていた。

 ところが、桑名新港を一昼夜で造り上げた一夜城のように、この戦いも実質一日で決着を見たために赤堀家は手出しができなかった。

 そのうえ赤堀家の大事な双子の馬之助と左馬之助さらには双子の傅役の政秀さんまで俺の手元で食客(捕虜)として桑名新港の城内に住んでいるからだ。


 夏も終わり秋風の吹く中、俺は革製の袴に陣羽織背には大太刀を背負って馬に跨り、その赤堀家に道案内を兼ねて赤堀家の傅役の政秀さんとともに向かう。

 赤堀家では昨年は害虫被害、今年は水害で大凶作が続いたようだ。

 田畑にはいまだに流れ込んだ泥水だけではない流木や瓦礫が残されている。

 沼のようにぬかるむ曲がりくねった道を進む。

 掘っ立て小屋のような農家が途中何軒かあったが、人の姿が見えない。

 田畑の水害の後始末に出ている人も見かけない・・・?

 そう思いながら進んで行くと赤堀家の城・・・城とゆう程立派なものではなく一寸ちょっとした門がある館程度のものだ。・・・が見えてきた。


 すると門から立派な鎧兜を着て武装した爺様が二十人程の腹巻程度の鎧を着けて槍を持った兵士を引き連れてわらわらと現れた。・・・う~ん武器を持って出てくる兵士の数が一寸少なくない?それに兵士が年寄りばかりだ??

 俺は馬上から目上(明らかに年寄り)の人に話をするわけにもいかず、ひらりと飛び降りた。

 すると甲冑姿の爺様・・・赤堀家の双子によく似ているこの方が現在の当主様だ。


「敵の信長が一人で立ち向かって来るとほんまに御主おぬし

『尾張の大うつけ』

だ!

 皆の者、れ!政秀!ぬしも切りかかれ!」


わめく。

 俺は爺様から言われてあたふたしている政秀に俺の愛馬の手綱を渡す。

 政秀さん手綱を受け取ってしまい、そのうえ俺の一睨みで震えあがった。

 それはそうだ俺は赤堀家の馬之助や左馬之助の剣の師匠でもあるから俺の腕前は良く知っている。

 俺は愛刀の大太刀を背から引き抜くと爺様の命令で腰だめに槍を抱えて


「ワアアー!」「ワアア」


と大声を上げながらぬかるむ道を駆けだした兵士に向かってゆっくりした足取りで向かって行く。

 敵兵の先頭を走る一人目が足を止めて槍で俺を突こうとする。

 俺はその先頭を走る兵士の槍を持つ左手の手前一寸(3センチ)の所を上から切り飛ばし、全日本剣道連盟居合の五本目「袈裟切けさぎり」の要領で下から左手の上腕付近を切り飛ばす・・・う~ん飛んでいない!刀を峰に返して腕をへし折ったのだ。

 俺の流れるような動さで次々と雑兵10人が持つ槍の穂先を切り飛ばされ、折られた腕を抱えこんでその痛みでのたうち回っている。

 残りの兵は一瞬何が起こったか解らず、気が付けば仲間がのたうち回っているので城(館)内に爺様を残して逃げて行った。


 俺は背に大太刀を納めると雑兵の穂先が切り飛ばされて杖になった槍を持って爺様に近づく。

 爺様震える体で何とか腰に下げた太刀造りの刀を引き抜く。


「天誅!」


等と騒いで真っ向から切り下してくる。

 俺の頭から足元まで真っ二つにする勢いだ!

 しかし俺も切られてやる義理は無いので

『スィ~』

と後ろに半歩下がる。

 爺様の剣は勢いそのままに大地に

『ズブリ』

と突き刺さる。

 俺は大地に突き刺さった爺様の剣の峰を足でぐいと踏むと

『ズブズブ』

とさらに突き刺さり俺は


「失礼。」


と言って穂先の無い槍で爺様の甲冑の鎧の胸を軽く突く。・・・石突側には地面に突きさつ為に尖った金具があって危ないだろう。

 爺様太刀の柄から手を放して泥沼の道に腰を落として、泣きそうな顔で俺を見る。

 俺は


「赤堀家の爺様、俺の家来になれ。」


と一睨みすると

『コクコク』

と頷いた。

 すると門の陰に隠れていたのか馬之助や左馬之助によく似たおかっぱ頭の女の子が駆けてきて爺様に抱き付いて


「おじいちゃまをいじめるのメッ!」


等と言うよこの子・・・先に手を出したのは赤堀家の爺様だぞ。

 おかっぱ頭の後を追いかけるように出てきた女衆に包帯になるような布を頼む。


 前世で俺は柔道部の友達がいた。

 その友達の親父殿が外科医師で接骨もやる、その関係その親父殿から接骨の仕方を教わった・・・仕方も教わり今世では骨継をやっているが、俺に刃を向けたものを無償で治してやるほど俺は御人好しではない。

 それで爺様にこの付近に接骨医か骨継がいないか尋ねても


「医者や薬師等はこんな片田舎にはいない。」


と答えるだけだ、腕が折れた状態で片輪かたわになると生きていけない戦国の世の中だ。

 仕方が無いので俺は折れて腕を抱える雑兵の腕の骨継をする。・・・ほんと俺は呆れるほどの御人好しだな!

 平和な使のつもりが荒っぽい使になってしまった。

 雑兵達は骨を接ぐとき口に木を咥えさせているが


「ギャーッ」


等と言って痛みで気を失うが、命を失うより良いだろう。

 骨継作業、添え木をして三角巾で腕を固定する。

 おかっぱ頭の女の子は爺様の陰に隠れて、口に木をくわえさせられた見知った小父おじさん達が痛がる腕を無理やり引き延ばされて気を失うのをブルブルふるえながら見ていた。

 小さな子には拷問でもしていると思ったのだろう、地面にあった小枝を手に取ると泣きながら


「小父さん達を虐めないで。」


と言って向かってきたが、女衆に


銀杏様いちょうさま、治療しているので、お止めなさい。」


と言って抱き止められた。

 そんな一幕もあったが何とか骨継作業を完了した。


 場所を変えて真白な衣装に着替えた爺様と対面だ。


「降伏したのだから、我の命と引き換えに皆の命を救ってくれ。」


と言うのだ。・・・ほんと死にたがっていけない!

 隣の部屋から香の匂いが漂ってきた。

 俺は香の匂いに嫌な感じがして隣の襖を開けるとそこは仏間で真白な衣装を着た女性が同じような白衣装の銀杏様と呼ばれた幼子の胸に短刀を突き付けようとしているところだった。

 俺は大太刀を鞘ごと抜くと発止と短刀を持つ女性の腕を打つ。

 短刀は俺の一撃で取り落とされた。


「お前らは馬鹿か!命を取ろうとする者の腕など治すか阿保め!!」


と怒鳴ると爺様もその女性も泣き崩れた。

 その仏間には顔に布を被せられた一人の男が布団に横たわっていた。

 その男の事を聞こうとしたところで、俺の大声を聞いた政秀さんがあたふたと駆け込んできた。


「御屋形様。信長様には馬之助様、左馬之助様共々大変お世話になっております。

 どうか信長様とともに赤堀家の繁栄の道を進みませんか。」


と涙ながらに爺様にしがみついて懇願しようとしたところで仏間に布を顔にのせられて眠る男に気が付いた。


「御屋形様こ、これは?」


「城代家老が裏切って一向宗に走った。

 それを止めようとした息子が切られ、兵が出て行った。」


と言うのだ、確かに俺に向かってきた兵士の数が少ないと思った弱ったものだ。

 この付近にある一向宗の寺・・・荘園を持つ大寺院・・・が二ヶ所あった。

 昨年は害虫被害、今年は水害と赤堀家は不作どころか大凶作が続いているのに領民から年貢を搾り取ったが赤堀家を支配する北畠家に納める量には足りない。

 桑名港の失態が響いて桑名港分の年貢が上乗せされて取り立てがきたらしい。

 仕方が無いのでその一向宗の寺の米を取り上げようとしたことから一向一揆に発展したらしい。・・・領民を飢えさせたのも問題である。


 それでも俺は向かって来る一向一揆の宗徒に対抗する為に先ずは武器でも無いかと赤堀家の蔵を見ると作物や酒が一杯詰まっているが武器類のたぐいは入っていないではないか。

 米がこんなにあっても取り上げるだけ?本当に弱ったものだ。

 今回の件の原因はどうやら高い租税で食えなくなった民衆と加賀の国と同じようにこの赤堀家の領地を一向宗の国にしようと思った僧侶の思惑が一致した事だと判明した。


 外が騒がしい、どうやら二ヶ所の大寺院に潜り込んでいた老兵が戻って来て


「一向宗の住職が

『仏敵赤堀家を倒せ!米蔵を開放させろ!』

と門徒衆に呼び掛け

『南無阿弥陀仏』

と墨で大書した筵旗むしろばたをたて、武器を磨かせている。

 寝返った城代家老を主将に押し立てて向かって来るのは翌早朝だ。」


だといのだ。

 一向一揆も戦である。

 俺は赤堀家の爺様に


「女子供だけを連れて逃げるぞ。」


「段取りはこうだ。

 女子衆は米蔵の米を使って飯を炊け、御馳走を用意しろ。

 準備が出来たら夜陰に乗じてここから一番近い桑名新港まで逃げるぞ。

 政秀さんはここに残り残った男衆で、一向一揆の門徒衆と戦わず酒や御馳走を振舞え。

 よいか門徒衆とは今は闘うな。」


と告げる。

 大量の飯や御馳走が大皿に盛りつけられ、攻めてくる者の数を考えて笹の葉を切らせて皿替わりにさせた。


 全て準備が整った、夜陰に乗じて女子供まで馬に乗り不安そうな政秀さんに前世の第二次世界大戦でマッカーサー元帥がフィリピンを去る際の名言


「I SHALL RETAURN(私は必ず戻る)。」


と言って赤堀家を後にするのだった。

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