第18話 根来の楓の呟き
私は「根来の楓」と呼ばれる「くノ一」女忍だ。
私の両親は紀伊の国の根来寺・・・現在の和歌山県岩出市根来・・・で生まれた。
根来と聞けば忍者集団と思われますが、この時代で国友村に並ぶ鉄砲鍛冶集団が住んでいたのです。
天保12年(1543年)に種子島に鉄砲伝来し、根来寺在住の国人衆の一人の津田監物なる者が現在の1億円(1貫が12万円程だから約840貫)でその火縄銃を購入して根来寺周辺に鉄砲鍛冶集団を誕生させたのです。
紀伊の国は根来寺等のように国人領主の力が強く戦国大名は生まれなかった。
根来寺も寺とはいえ広い領地(荘園)を持つ国人領主だったのです。
織田信長と対立する一向一揆を起こした一向宗の寺も広い領地(荘園)を持っておりその財力と管理、他からの侵略を排除する必要もあって僧兵が生まれていったのです。
紀伊国内という小さな地域で群雄割拠して小競り合いが多くなり、それを生き抜くすべとして鉄砲鍛冶集団が生まれ、忍者の技術者集団が生まれていったのです。
近くには根来忍者のライバルとなる伊賀や甲賀、柳生家等があり高い技能を要求されたのです。
私の両親も根来忍者の出身であり特に高い技能を有していたのです。
その技能をかわれて北畠家に金で雇われ、忍者の草として美濃国に潜入させられたのです。
両親は未開の土地を購入して田畑を耕して、その土地に馴染みそのうちに兄や私が産まれたのです。
美濃国内で私が産まれた頃はまだ土岐家が守護大名でした。
土岐家を追い落とした斎藤道三の台頭は享禄3年(1530年)ころからで、両親は北畠家から
「斎藤道三の様子を探るように。」
との指令を受けたのです。
運よく土岐家と斎藤道三との小競り合いの際に農民の父親が道三側に雇われ、敵の名のある武将を討ち取ったことから道三の覚えがめでたくなったのです。・・・と言ってもこの時代は半農半兵で普段は農民だがいざ戦があれば兵士となってかり出されるだけなのです。
道三に父親の覚えが良くなりさらに運が向いたのは、私が産まれた時を同じくして道三の娘、帰蝶様が産まれたことでした。
私の母親はそれで帰蝶様の乳母として屋敷に上がったのです。
これで私と帰蝶様は乳母姉妹というやつになったです。
私も母親と一緒に屋敷に入ったのですが、乳母姉妹の帰蝶様をある意味で呪っていたのです。・・・私の大事な母親を取られ、身分の関係から私はないがしろにされて育ったからです。
私が2歳になるかならないかの時
「もう乳母は必要ない。」
と母親と共に屋敷を追い出されたのです。・・・
ただ、乳母になったことで我が家が土地ももらい、裕福になって住む家も屋敷と言う程の広さと立派な門を持つ家になったのです。
私の父も何人かの配下を持てるようになり、父の配下になる為に根来寺の実家からも何人かの家族が引っ越して私の屋敷の周りに住みついたのです。
その中でも古老の爺様と婆様が忍術の修行の師となって私達を教えていたのです。
爺様は寺の住職で私の両親が開墾を始める前からあった山中にあった荒れ寺に住み暮らしはじめ、その寺で子供達を教えたのです。
その山寺に行き帰りが大変だった。・・・歩いて登るのではなく駆け上がらされるのだ。
私はまだよく歩けもしないので、3歳上の三郎兄が手を引いて登った。・・・三郎と言っても長男(嫡男)で代々当主が「根来の三郎」を名乗るのです。
寺での修行も大変だった。・・・ほんの2歳児の私もハイハイの稽古と言って手や足に袋を付けられて本堂を歩かされた。・・・掃除をさせられていたのだ。
作られた美濃和紙は私達の習字の練習に使われたりするが、木彫り細工や布と共に斎藤家の居城に持っていき金に換えられる。
このように何でもさせられた、身分を変えて他国に潜入するには、ある程度の技術を習得していないといけないそうだ。・・・付け焼き刃ではすぐメッキが剥げて捕まってしまう。
午後から武術の稽古で剣術、槍術、弓術それに手裏剣などの投擲術も教わった。
私も上手く歩けるようになると山を駆け上がらされ、7歳になると赤子を背負って山を駆け登った。
一緒に駆け上がる兄の背にも赤子が背負らせれている。・・・私の弟と妹だ。
その後も産まれた私の従兄妹たちも背負わされた。
私が12歳になると私に御館様(斎藤道三)から
「娘帰蝶の遊び相手になって欲しい。」
と声がかかったのです。
帰蝶は11歳で旧主土岐一族の土岐頼純の元に嫁ぎその1年後には死別して道三の元に戻されてだいぶ気落ちしていた。
それで一応乳母姉妹の私に白羽の矢が当たったのです。
私が最初に目通りを許されて見た帰蝶様は私より背が高くて胸が・・・私より大きい!・・・同じような年齢なのに何となく悲しい事実です。
それに長い黒髪に細面で赤い唇が扇情的な女の子です。・・・この当時の女性美はしもぶくれで細い目ですが、この方は細面でアーモンド形の綺麗な目をした人です。
帰蝶様の遊び相手になったことから習字や舞踊、茶の湯まで教わりました。
帰蝶様も薙刀や小太刀を良く使い、私も相手をよくさせられました。・・・前の夫と死別して出戻ったのが悔しかったのか、稽古は激しくて何人もの侍女どころか小姓までもが怪我をさせられたのです。
相手させられた方も主君の娘と言う気づかいと遠慮で怪我をしてしまったのです。
私は全力で戦い、程よいタイミングで負けを譲ってあげていたのです。
帰蝶様も亡き夫を思い出すことがあるのか時々フイッと館の外に出ていくのです。
城の塀に囲まれた場所ではあるのですが何があるかわかりません。
私はそんな帰蝶様を陰からお守りしていたのです。
そんなある日のこと帰蝶様が館を抜け出して、城の石垣に向かって歩いていたのです。
私の目の隅に動くものが見えた!?
よく見るとうねうねと身体をくねらせた蛇・・・それも
蝮と呼ばれた斎藤道三、その娘が蝮に襲われる。
私の体が反応してしまった。
頭に
見事に私の簪は蝮の右目に刺さり、落ちた拍子にそのまま地面に
ハッとして振り返った帰蝶様と私の目が合った。
帰蝶様は私の手を握り
「楓は私の命の恩人ね。」
と言って、それ以後は
帰蝶様が落ち着きを取り戻したころから、隣国の織田家棟梁織田信秀の嫡男、織田信長様との婚約の話が出てきた。
斎藤道三は美濃国守護土岐家と争い、織田信秀はその土岐家を支援していた。
斎藤道三と織田信秀は天敵と言ってよい。
しかし土岐家が没落して斎藤道三が力をつけてきたことから、斎藤家と織田家の和睦としての婚儀であった。
尾張の大うつけと呼ばれる織田信長の元にいくら出戻りとはいえ帰蝶様が嫁に行くなど不思議ではあった。
力量的には互角であるが、地理的に見て織田家は広い平野(食の備蓄が容易)と海に面して良港(物流は陸路より海路の方が大量に運べる)を押さえている、斎藤家は山に囲まれて海に出る道は織田家が押さえていることからだ。
道三が油売りをして成り上がったように経済封鎖を恐れたことも原因だと思うのです。
あれよあれよと思ううちに帰蝶様は織田信長の元に嫁ぐことになったのです。
この和睦は私の両親の雇い主である北畠家には脅威に映った。
それに織田信長は北畠家の領地に桑名新港等と言うふざけた環濠都市を一夜で造り上げていたのです。
北畠家に取っては信長は不俱戴天の仇の間柄なのです。
北畠家から私の両親に
「帰蝶と信長が婚姻するらしい。
丁度良い事にお前の娘が帰蝶の腰元になっている。
婚姻の儀式の際に信長を殺せ。」
と指令が入ったのです。
私は帰蝶様の側付き侍女として婚礼の儀に参加した。
床入れの儀で私は帰蝶様の髪を
気を失った帰蝶様に
私は布団の上で信長が来るのを待った。
部屋の
浅黒く彫が深く、筋骨隆々とした私と同じような年頃の男がヅカヅカと入ってきた。
私は
『良い男ぶり!殺すには惜しいけど、両親からの指令だ!』
と思い、膝に置いた懐剣を抜くと
「亡き夫の敵!」
と腰だめにして突きかかった。
織田信長体を開いて私の突きを外すと、私の盆の窪に強い衝撃が走り気が遠くなり体がふわりと浮いて倒されたのです。
私が気が付くと押し入れの中で猿轡を嵌められて縄で縛られていた。
押し入れから私は信長に引き摺り出されて今度は大きな
『直ぐには殺されないようだ。』
と思って少し安心しました。
葛籠に入れられる際に信長の横に立つ帰蝶様が見えた。
「ごめんなさい。」
と帰蝶様に謝ろうとしたが猿轡で話せなかった。
私は暗い葛籠の中でも移動する振動が伝わり、私は何処かに連れて行かれると思っていたのです。
その途中で騒ぎ声が聞こえ、金属のぶつかり合う音や
「ぎやー」
と言う断末魔の声が聞こえ、私は地面に放り出されたのです。
この戦いは北畠家が信長暗殺がばれるのが嫌で織田家中に潜ませた兵を使って私を乗せた荷馬車を襲ったのです。
私の事を心配していた両親が私の兄達を使って私の救出に向かわせてくれて今度は北畠家と兄達の戦いになったのです。
そこに駆け付けたのが信長様と帰蝶様だったのです。
信長様が指揮する鉄砲隊の鉄砲が
『ズドン』『ズドン』『ズドン』
と火を噴き、乱戦なのに北畠の兵が次々と撃たれて倒れて行った。
北畠家の兵には降参する道しか残されていなかったのです。
兄達も同様で武器を投げ出し信長様に屈したのです。
私は信長様に洗いざらい全てのことを告げると帰蝶様が助け舟を出してくれて、私も許されたのです。・・・それどころか兄達も信長様に雇ってもらえた。
両親も許されて神族郎党すべて斎藤家にそのまま仕えることになったのです。
ただ私が許される条件の一つが信長様の妾になる事でした。
信長様の逞しい体に押さえつけられて私は花を散らしたのです。
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