第17話 襲われた暗殺者

 天文18年(1549年)2月俺と美濃国の国主斎藤道三の娘帰蝶さんとの婚姻が行われた。

 その帰蝶さんとの床入りの儀式でなんと帰蝶さんの偽物に襲われた。

 俺を暗殺しようとした帰蝶さんの偽物は、帰蝶さんの側付き女中の楓であった。

 俺は暗殺者楓の裏、雇い主を突き止めるために尋問しようと思ったが、この那古屋城では耳目もあり、暗殺を命じた者やその仲間の者もいるのではと思った。

 それで俺は暗殺者楓を俺が領地として支配している桑の里に連れて行き、そこで尋問する事にした。


 俺は暗殺者楓を葛籠つづらに入れて運び荷馬車に乗せた。

 陸路では木曽川を越えたり時間がかかるため津島港から桑名新港までの定期船でいく事にした。

 那古屋城から津島港まで直線にして約10キロで、この地は尾張の国内なので滅多なことは無いと思っていたが荷馬車には5名もの警護の兵を付けた。

 その荷馬車と警護の者を置いて、俺は天気も良いデート日和だと帰蝶さんと先に馬で津島港に向かった。


 しかし、連絡船の出港時間になっても荷馬車の元帰蝶さんの側女中が着かない。

 俺と帰蝶さんは馬を速足で走らせたので1時間ほどで着いた。

 暗殺者楓を乗せた荷馬車は常歩で2時間もあれば着くはずなのにいまだに着かない。・・・到着予定よりも1時間ほど遅れている。

 とにかく様子を見に行くことにする。

 それで、津島港に常駐する兵を50名程集めた。

 集まった兵の中には今の時代では新兵器なのに前世の知識のある俺から見れば古色蒼然とした火縄銃を持った者も集合している。


 火縄銃は欠点が多い、雨の日が使えない事とライフリングが無い為命中率があまり良くない事だ。

 雨の日にも使えるようにする為には薬莢を使えばよい。

 前世で俺はライフル銃を分解した経験がある・・・ライフル部の女部長さん分解清掃は許してくれたが1発も撃った事が無い!・・・けれどその経験から薬莢で銃を撃つのが普通だと思っていた。

 薬莢が出来れば前装式から後装式に変えることができ、それに雨の日でも銃が使えるようになる、ただ雷管の開発が研究課題になるのだ。・・・これも美濃屋の女主人おしのさんの優秀な薬師集団に丸投げするつもりだ。


 命中精度を上げるライフリングによる回転を上手く使えるようにする為には弾丸の形状を球状からどんぐり状にして命中精度を上げなければ。・・・球状の弾丸では回転を与えたはいいけど野球のボールのようにカーブやドロップしてしまい命中精度が上がるどころか落ちてしまう。

 ライフリングをした前装(銃口から弾丸を入れる)式では発射薬の圧力がライフリングの隙間から逃げてしまい有効射程距離が落ちる。

 やはり後装式にすれば銃弾の口径とライフリングした銃身の口径が調整できて発射薬の圧力が逃げない。


 俺から見れば古色蒼然とした火縄銃を10人の者が肩に被いているが、この戦国時代ではそんな火縄銃でも10丁も有れば精悍なものだ。

 物は試しで弾丸だけでも球状からどんぐり状にしたものを渡してある。

 集めた兵50名の内45名が騎乗し残り5名が5台の荷馬車に乗って、早速捜索に入る。

 1時間も那古屋城方面に向かって捜索すると暗殺者の女性を載せた荷馬車が倒れ、その周りで闘争している集団がいる。


 戦っているのは武士の集団と小柄な忍びの衣装を着た忍者の集団だ。

 荷馬車を守っていた5名の護衛の兵と馭者は既に血溜の中に倒れてピクリともしない。

 小柄な忍者の集団は20名程で暗殺者の女性を守るように戦っている。

 襲いかかる武士集団は50名程で、武士集団を指揮する者の腰には北畠の家紋・・・笹竜胆紋ささりんどうもん・・・の入った印籠を下げている。


 北畠家か!?北畠とすれば我が領地内でそれも心臓部とも言える織田家の主城、那古屋城の周辺にこうも易々と侵入を許してしまったものだ。

 しかし戦っている如何にも忍者という装いをした部隊は何だ?

 暗殺者の楓を奪回しに来たか?

 帰蝶さんの方に振り向くと、暗殺者楓を守るように戦っている


「忍者部隊を助けて。」


とお願いされた。

 帰蝶さんが助けてあげてと言うし・・・それに諜報部員は必要だ。・・・決して楓を抱き上げた時のあの感触で・・・帰蝶さんが睨んだ・・・怖い!

 鉄砲隊に織田領内に侵入した北畠軍を撃つように命じる。

 3人一組で火縄銃を次々と発射する。・・・習熟度に差があり弾込めに時間がかかることがあるが、そこは残った一人が間隙かんげきを埋めて常に3発の銃弾が発射される。


『ズドン』『ズドン』『ズドン』


と轟音が鳴り響く、その音がするたびに北畠軍の兵士が次々に倒れていく。

 まだ火縄銃は貴重品で戦場でもあまり使われていない。

 北畠軍だけでなく忍者部隊も、聞いたことも無い轟音に驚いて体が硬直してしまい火縄銃に対応できないでいる。


 次々に火縄銃が火を噴き北畠軍の50名中の半数もの者が打倒されると、武器を手放して降伏してきた。

 忍者部隊も暗殺者の楓が命じて降伏する。

 負傷者以外は全員縄で拘束する。

 5台の荷馬車と倒れていた荷馬車を起こして拘束した北畠軍の兵士や忍者部隊を分乗してもはや定期船は出発しており、那古屋城付近でこれだけ火縄銃を発射したのだばれている。

 それで仕方がない那古屋城に戻ることにした。

 倒れ(死亡し)ている北畠軍の兵士も収容した。この時代は腑分け(解剖)はしないだろうが倒れている兵士の体内から銃弾を取り出す事にしたのだ。

 銃弾の形状から何をしようとしているか推察されるのを恐れたからだ。

 俺は火縄銃を撃った兵士に命中精度等を聞いていると俺の横に立っていた帰蝶さんがうなづいている。・・・どうやら気付いた?


 那古屋城について金創医・・・この当時は外科的治療は金創医という一遍上人の時宗の僧が行い、従軍僧としても活躍していた・・・に腑分けして銃弾を取り出すように命じたができないという。


「仏になった兵士を切り刻めない。」


等と言うのだ。

 そう言う金創医も矢を鉄梃(バール)で引き抜き、鏃の返しで怪我が酷くなるのを気にもしないのに。

 仕方がない新桑名港の医科薬科大学に連絡して医師見習いを新桑名港から津島漁港まで別便を仕立てて急遽派遣してもらった。


 この時派遣された医師見習いは女性ばかり十名程で、その中には元山窩の村娘桜子さんや美濃屋の女主人おしのの次女おかよも混じっていた。

 俺が


「倒されている北畠家の家臣から銃弾を取り出して欲しい。」


と命じると桜子とおかよが


「腑分けをして解剖図を描いても大丈夫ですか?」


と尋ねた。・・・う~ん死体を見て今にも倒れそうな桜子とおかよコンビがこんなお願いをするとは!?麹菌こうじきんを顕微鏡で見ながら描いたこの影響か?


「やってみろ!」


としか言えないでしょう。

 医師見習いの中でも年長の女性が死体を切り裂き、その都度桜子とおかよが真剣に解剖図を描いている。・・・一箇所に二人では時間もかかるので、それぞれ別の部位を描いている。

 解剖図を描くのに使われているのは美濃屋の女主人おしの優秀な薬師が鉛筆に続いて造り出した色鉛筆だ。

 ついに色鉛筆を使った

『人体解剖図』

を桜子とおかよが描き上げた。

 この人体解剖図は安永3年(1774年)の解体新書(ターヘル・アナトミア)に200年以上も先立って書かれたことになる。


 解剖図もそうだが問題のどんぐり状の銃弾だ。

 身体から取り出された弾丸は見事に先の方が潰されている。

 火縄銃の特徴である先込め銃(前装式)、つまり火薬と鉛の弾を銃口から入れ木の棒(朔杖かるか)で銃身の底に火薬と鉛の弾を押し込むために潰れてしまったのだ。

 これを防ぐ為にはやはり基込め銃(後装式)薬莢を使った銃にする。・・・雷管が何とかうまくいきそうだと連絡を受けている。後装式の方法としては前世の散弾銃のように中折れ方式にするか?簡単なスケッチを描いて鉄砲鍛冶師に渡すか。


 さて話を戻す、暗殺者楓の尋問だが、楓達忍者部隊が嫌がっている、これはどうも那古屋城内に北畠晴具の放った間者(スパイ)がいるからだ。

 これではやはり那古屋城内では尋問できないので、見習い医師を乗せてきた帰りの別便に乗って新桑名港に向かった。

 これで先の予定通りに桑の里に暗殺者の楓や、楓を救出しようとした20名のちびっ子忍者集団と降伏した北畠軍の兵士負傷者も含めて40名を連れてきた。


 桑の里にある俺の養蚕屋敷の座敷で床柱を背にして俺が座る。

 俺の横にはやや険しい顔をした帰蝶さんが座り、二人の前に暗殺者楓が俯き加減で帰蝶さんの様子を見て、あきらめたのか


「根来の楓」


と名乗り


「私はどうなっても良い。救出に来た私の兄妹や従兄妹達20名の助命を。」


と懇願するのだ。

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