第8話 高まる戦争の気配

 俺は北畠晴具きたばたけはるともが治める伊勢国の一角に桑名新港を前世の知識を駆使したプレハブ工法でまさに一夜城のように造り上げた。

 これは桑名港に派遣された北畠晴具の代官が俺に土地を売り払った失態であり、北畠家の寄子(戦国時代の主従関係)で桑名新港を領地とする地方豪族の赤堀家の失態でもあった。


 赤堀家は桑名新港建造の際に赤堀家の双子に様子を見に行かせたが逆に俺の捕虜(食客)として桑名新港に居続けている。

 そのうえ俺は山窩の民を苦しめていた大熊(山の悪神)を殺して山の中とは言え山窩の村の村長むらおさになって桑の里という山城のような防御拠点まで造ってしまいこれが更に赤堀家を圧迫した。


 桑名側も桑名新港が出来上がるのを黙って見ていたわけではない。

 桑名に派遣された代官と桑名の会合衆の代表の越後屋が結託して桑名新港と尾張の各港を行き交う尾張屋の船を邪魔しようとしたのだ。


 しかしその計画は頓挫とんざした。

 それというのも一度尾張屋の関船、竜骨に衝角しょうかく(体当たり用の装備品)を付けた尾張丸が桑名港の越後屋の持ち船の関船と衝突するという海難事故が発生した。

 この時代の関船には竜骨が無くてもろい。・・・和船に竜骨が導入されたのは江戸末期であり、それにその竜骨には魚の腹鰭のようなセンターボード(フィンキール)も付いていない。

 当然のこと越後屋の関船は衝角によって舟艇に穴が開き、竜骨で真っ二つになって沈んだ。


 この尾張丸と桑名の越後屋の関船の海難事故を巡って桑名側と俺とは対立関係にある。

 桑名側は


「今回の衝突事故は偶発的なものであり、積み荷の無償返還と船員の解放、及び沈められた関船の造船代を弁償しろ。」


と請求し、俺は


「海難事故は桑名側の故意による直前横断で責任は桑名側にある。

 その証人の船員の解放はしない。積み荷はそれ相応の対価を払えば返してやる。

 事故原因はそちらにあるのでこちらの船の損傷費用(関船の造船費相当)を請求する。」


と言って応じていない。


 年も改まった天文17年(1548年)正月、桑の里が里として出来て時々山頂から俺の支配下に置いた桑名新港を見下ろす。

 俺が造り上げた竜骨のある現代のヨット風の三角帆を上げた尾張屋の関船が出入りをしている。

 ヨット風の三角帆には尾張屋の出資者である織田家の家紋、織田木瓜が大きく刺繡されている。

 その尾張屋の関船が通るたびに桑名港を出入りしようとする船舶が避ける。


 織田家の関船と桑名港側の関船との海難事故以後は

「尾張の大うつけの化け物船」

と呼んで俺の船を恐れている。

 尾張の関船は次々と竜骨と衝角を付けた現代風のヨットの帆を持った船になっていった。・・・と言っても今のところ俺の配下の関船、尾張丸以下3隻だけだ。

 また尾張屋の船は風上であっても平気で帆を上げたまま進むことが出来る。

 他の関船が同じような真似をしようとすれば巨大な水圧で船自体がばらけてしまいさらに恐れられた。


 尾張の大うつけの化け物船にぶつけられるのが嫌で、桑名港を避けて桑名新港に立ち寄る船が増え始めた。・・・桑名新港付近でこの時代でも最高の機密事項である硝石造りをしなくてよかった。ホッ!

 しかし問題は硝石造りだけではない、桑名新港に立ち寄る船が増えたことは桑名港には収益が減り、そこを支配する伊勢国の国主である北畠晴具には税収入が減るという死活問題なのだ。


 それに俺は最近では桑名側の関船が桑名港に入港しようとするのを阻止して桑名新港に入港させるようにしている。

 また地理的状況から尾張屋の関船が桑名新港と津島港や熱田港を行き来するだけで地理的に奥まった桑名港が封鎖されるようになるのだ。


 桑名港に派遣された代官は焦っていた。

 税収入が減り、その原因が尾張屋(織田家)なのだ。

 代官は北畠晴具には桑名新港について


「小さな漁村程度で尾張の商人が主に使って、その分だけ税収が減った。」


と書き送っている。

 しかしその欺瞞ぎまん(だます)がいつまでも続くわけではない。

 代官の地位が危なくなってきた。

 それで代官は桑名港の会合衆と額を集めて相談することにした。


「まさかこんな短期間に桑名新港などというものを造り上げ、桑名新港と尾張の津島港等に尾張屋の船が行きかうだけで桑名港が海上封鎖される。

 解除の為には打倒尾張屋、打倒尾張の大うつけだ。」


という議題である。

 持ち船を沈まされ、積み荷や船員を失った会合衆の筆頭である越後屋は


「ヘンテコな形をした関船はいいまのところ尾張屋では5隻中3隻しかいない。

 このヘンテコな形をした関船がこれ以上増える前に何とかしなければならない。

 現在桑名港にはこの場にいる会合衆の関船は6隻、小早にあっては20艘以上はある。

 それでも足りないと言うなら代官さん、世に名高くなってきた九鬼水軍に応援を頼んではくれないか。」


 反対意見もある、美濃屋のおしのである


「九鬼水軍によってうちの船が沈められて、お父ちゃんが亡くなった。

 九鬼水軍を頼る等死んでも嫌だよ。」


と訴える。それに対して越後屋は


「それでもおしのさん、このままでは桑名港はおしまいだよ。

 敵の敵は味方と言うではないか、打倒桑名新港を果たせばまた敵対しても良い。

 一時の辛抱しんぼうだよ。」


等と言って九鬼水軍を頼ることになった。

 戦には時間と金がかかる。・・・しかし桑名港側は時間をかければかけるほど収入(戦費)が無くなる。

 会合衆側の意見が一致したとして越後屋と代官は志摩半島にある九鬼水軍の主城である波切城に使者を派遣した。

 美濃屋のおしのはどうしても九鬼水軍に頼るのには反対であり、店の帳場に座って


『織田家の若様は尾張の大うつけと馬鹿にされてはいるが、大うつけならばこれ程の船舶を作り上げることは出来ない。

 私が行くわけにもいかないので、娘のおしんに織田家の若様の人物鑑定がてら新桑名港に使者として行ってもらおう。

 付き人には滅法腕の立つから来た手代の新吉を頼もう。』


等と考えていたが、立ち上がると


「新吉!おしんを呼んでおくれ。」


と店先にいた新吉に声をかけた。

 おしのとよく似て豊満な胸をしたおしんと手代の新吉が呼ばれ、何事かひそひそと話し合いが行われた。

 話し合いが終わってしばらくするとおしんと新吉は旅姿になって店を後にしたのだった。


 この二人は桑名新港と桑名港を分ける員弁川いなべがわで俺が設置した関所で捕らえられた。

 桑名で土地を買う際に会合衆の席には俺も出席しており、会合衆の中でも紅一点でこの時代では珍しいこぼれんばかりの巨乳をした女性がいた。

 俺は桑名とは緊張感が高まっているので桑名の会合衆が雇った忍者が送り込まれては困ると思い時々見回りに歩いている。

 そこで年が若いが巨乳・・・オッパイだけ見ていたわけではない、会合衆の出席女性とよく似た・・・女性が桑名側から員弁川を渡ってきた。

 俺が


「捕らえよ!」


と命じると5人程いた捕り手が杖で打ちかかるが、何と手代の若い男が捕り手の杖を取り上げて逆に打倒した。

 面白い、俺は奴の前に躍り出ると抜く手も見せず愛刀の大太刀で手代の杖を真っ二つに切り裂き刀を返して峰で打ち据える・・・いやできなかった。

 若い巨乳女性がオッパイをプルプルさせて・・・どうしても目がそこへ行く。


「やめて!」


と言って手を広げて止めたのだ。

 俺は「あぶねいな!」で手代は「お嬢様!」と言って若い巨乳女性の体を自らの体で覆う。

 俺は


「すまん!桑名の会合衆の関係者とみて捕縛しかけた。」


 若い巨乳女性が


「その通りよ。美濃屋の娘おしんよ」


等と答える。この場では不味まずい。


駕籠かごを用意しろ。」


と言うと・・・唐丸籠とうまるかご(罪人を運ぶ駕籠)を用意したよこの関所役人!


「馬鹿野郎!客人を連れて行くのだ。囚人を運ぶ唐丸籠などもっての外だ。」


 やっと織田木瓜の紋が入った立派な駕籠が用意され、おしのを乗せて桑名新港へとむかったのだった。

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