第6話 山窩の村

 桑名新港で尾張屋の若旦那の仕事に飽いた俺は大太刀を背負い弓矢を持って養老山脈内に分け入り桑畑の選定と称して獣狩りの日々です。・・・この買い上げた3里(12キロ)四方の広大な土地を桑畑にしたとしても硝石(塩硝)製造の作業は秘密にしなければならない!

 それと、何せ今では兵士の奥さんや子供達まで駆けつけて千名近い人員が押し寄せたのだ食糧危機にもなるぜ!


 3里四方もの土地を買い上げたとは言ってもやはり二束三文の土地だ、田も畑も無い荒れ地である。

 それで手の空いた兵に田畑を開墾させる。

 ただその兵士達、大きめの樹木や動かせないような岩があればそれを避け、段差があればそこまでにする。・・・う~ん田畑が歪だ。これでは作業効率が悪い。


 それで前世の記憶の田園風景のように四角く耕させてはいるが・・・作物が実るのは来年度なのだ。

 温室を造るにしてもビニール等と言うものは無く、ガラスも無い。・・・なければガラス職人を雇えば良いと思うかもしれないが、この時代では勾玉まがたまのような装飾品が主で板ガラスなど作れる職人はいない、ガラス職人自体が珍しい。


 それよりも目前に迫る食糧危機打開の為に獣を狩りに山の中に分け入っている。

 それに今では俺は熊にはかないませんが猪を何とか獲ることが出来るのです。

 この時代は肉食を禁忌とされているが、那古屋城内でも獣の肉を焼き食らうあの

『尾張の大うつけ』

がする事だ、桑名新港でも獣の肉を食らう俺を最初は遠巻きで見ていたが、そのそばを通るごとに


「食うていかんか。」


と織田の正統な跡継ぎの若様に言われれば食べないわけにはいかない。

 そのおかげか?新桑名港では焼き肉を食べない者を探す方が難しくなった。

 俺が一人で養老山脈に入るのは黙認された。・・・この場で意見できるのは政秀さんだけだが優秀な分だけ親父殿から頼りにされて那古屋城に呼び戻されている。

 意見しようとする人は剣術の稽古と称して打ち据えてしまった。・・・う~んこれは不味いかも!?・・・本能寺の変で明智光秀に暗殺されたのもこんな事をしてたからだ。

 その後反省して意見する人と一緒に山に入ったら、その人達はすぐを上げてしまった。

 これにより俺が一人で山に狩りと言う装いで入り、硝石づくりに適した場所を探す事が黙認されていったのだ。


 硝石(塩硝)づくりが出来るような土地を求めて、4、5日も養老山脈を彷徨さまよってしまった?・・・俺遭難してる?やばいな!

 それでも弓に矢をかけて得物を・・・うんにゃ~蚕を飼う場所を・・・探していると、ガサガサと下草を掻き分けて猪が出てきた・・・うんにゃ~!熊が出た!!


 それもデカイ!ツキノワグマなのに体長は2メートル以上はある!

 矢を引き絞って熊の目に向かって矢を射る。

 熊の野郎、顔を振っただけで矢を避ける。

 剛毛で覆われているので弓矢が体に刺さることが無い。


 熊の野郎ニヤリと笑いやがった。

 巨体をドスンドスンと地響きをたてて向かって来る。

 素早く二の矢を引き絞って射るが、矢が剛毛に弾き飛ばされる。

 弓を捨てて大太刀を抜いて構える。


 熊の野郎も威嚇いかくの為か両腕を広げて立ち上がり

「グワーッ」

と大声を上げる。・・・立ち上がって腕を広げると3メートル以上にもなる化け物だよこいつ!

 牙が剥き出しになって恐ろしい形相だ。


 熊の野郎

「フッフッ」

と笑うような息を漏らしながらまたも俺に向かって来る。


 俺は正眼の構えよりもやや低く熊の野郎を迎え撃つ。

 熊の野郎は俺の大太刀が邪魔と見て、前足を振って振り払おうとする。

 それで熊の野郎の勢いががれた!・・・チャンス!!

 熊の前脚の振りを避けながら熊の野郎の右目へと太刀先を変えて、右目に向かって突きを喰らわす。

『ズブリ』

と右目に刺さり、そのまま熊野郎の前進の勢いと俺の突きの勢いで脳にまで剣先がおよぶ。

『クタリ』

と熊が崩れ落ちた。

 ピクリとも動かなくなった熊野郎を木から吊り下げて血抜きをする。 

 ただでさえ獣臭い熊野郎の肉だ、血抜きをしないと食えたものではない。


 熊野郎を木にぶら下げたところで、体が怠くなり気持ちが悪くなった。・・・う~ん、熱まで出てきた!人を殺したら精神的ショックを受けておこりのような症状になるという。

 それでも、この世界に来て初めて人を殺した時でもこんなことにならなかったのに。

 本当に熱で体が震えはじめた。

 どうやら熊野郎の悪い瘴気しょうきにでも当てられたのか


「う~ん」「う~ん」


言いながら地面を転げ回って・・・ヤバイ!ヤバイ!!

 こんな山の中で倒れるなど熊野郎以外にも人を襲う獣、狼や野犬もいる何とかしなければと思ていたが熊野郎の瘴気の方が強かったのか気を失った。


 満天の星を見ながら俺は気が付いた。

 気持ち悪さは消えて爽快な気分だ。

 火のはぜる音が聞こえる。

 心配した政秀さんでも探しに来たのかと、身を起こそうとしたところで


「気が付いた。」


と声をかけられた。

 それも女性の声だ。

 その女性が俺を覗き込んだ。

 美人だ!瓜実顔で黒い大きな瞳と少し厚めで官能的な唇が特徴の美人だ。

 頭には幾何学模様の鉢巻を締めている。

 思わず抱きしめたくなる美人だが・・・周りにも人がいる。

 獣の衣装に身を包み、腰には山刀を差している。・・・いわゆる山窩さんかと呼ばれる幻の放浪族だ。

 俺の周りにいたのは男女20名あまり、その中でも恰幅の良い男が


「山の悪神を倒した者よ、我々を配下にしてはくれないか。」


等と言っているよこの人・・・理由は如何にと尋ねると


「山の悪神は村を襲うので、毎年村の娘を生贄いけにえとして捧げてきた。

 今年は我が娘、桜子が生贄になる為に連れてくれば、貴方様が悪神を倒してくれていた。

 これ程の偉業を示された方なので村で歓待したい。」


と述べた。

 俺が倒したこの熊野郎、山の悪神と二つ名で呼ばれているくらいなので悪賢く村から逃げようとする者だけを殺して内臓を喰らってからその亡骸を村の出入口に投げ捨てておくそうだ。

 この熊野郎も村の外での開墾や木の実や山菜を取ることは許していた。

 空き籠を背負って山に分け入る者と、逃げるための生活必需品を詰めた籠を背負う者の足取りで見極めるようで、重い荷物を背負って逃げ出す者を襲っていた。


 その後は桑の木を植えて蚕を飼うことについての話し合いの為に彼等の住む山窩の村に行く事にした。

 人里から離れた山窩の村は、放浪の民よろしく掘っ立て小屋だ。

 掘っ立て小屋の理由は他にもある。

 頑丈な家を建てようとする熊野郎が壊し回りにくるそうだ。

 山窩の村には村に残っていたものを含めて男女50名前後で皆が山の悪神を倒してくれたことに感謝して、山窩の村長むらおさである桜子の祖父からも


「信長様がこの小さな山窩の村ですが村長となり、山窩の村の民を導いて下され。」


と正式に配下になることを望んだ。

 加賀藩が五箇山で秘密裏に硝石(塩硝)を造ったように、俺もこのような秘密裏に作れるような場所を探していたので好都合だ。

 この山窩の村で一晩泊り、山窩の村娘桜子の案内で新桑名港に戻た。・・・何せ山の中で遭難寸前だったのだ、この地については俺よりも明るい。

 俺は本当に遭難寸前で場所が良く分からなかっただけだ。

 ほんの一山超えたところで、眼下に俺が二束三文で買い取り開港した桑名新港が見えた。・・・吹雪の山中で遭難して人家のほど近くで力尽きて倒れた話は良く聞くが俺も同じだったか。・・・う~ん恥ずかしい!

 険しい山を駆け下り桑名新港に着いた途端信長の傅役の一人の平手政秀が


「若ようもご無事で。」


と言って俺の手を取って泣き出した。・・・デジャヴ!初陣の時と全く同じだ。

 政秀さんは俺が遭難したとの連絡を受けて心配して那古屋から船に乗って駆けつけてきたのだ。


「若に何かあれば、この腹掻っ捌いて詫びても償うことが出来ません。」


等と言っているよこの人、ほんと腹切りたがるから


「すまなかったじい。」


これで涙を流して喜んでいる。

 政秀さん俺が偽物だと知っていても、本物の織田信長として接してくれている。

 政秀さんの後ろには政秀さんの息子の五郎右衛門さんと捜索隊の兵100人を従えていた。

 その人達も俺が無事で喜んでいる。


 政秀さんは本当に苦労を掛けているが初陣から6年後、天文22年(1553年)閏1月13日に信長(俺)との不和から自刃しているが、その政秀さんとの不和の原因の一つに、政秀さんの息子の五郎右衛門さん所有の馬を欲しがったこともあげられている。・・・彼等とは仲良くいきたいものだ。

 ただ政秀さん俺のなすこと全てが不満のようだが、最近ではクロスボウの開発や桑名新港を戦をすることなく手に入れた手腕を高く評価しているようだ。

 政秀さん俺の後ろから現われた山窩の娘桜子を見て頭を抱えた。


「若!道三の娘の帰蝶との婚約を進めている時になんてことを!

 この女は何者ですか?

 まさか!まさか?正室にそれは駄目です・・・側室・・・それも駄目です。

 帰蝶さんと結婚してから・・・。」


等と独り言のようにつぶやいて最後にはうめいている。

 政秀さんに


「山の中を彷徨さまよい歩くうちに大熊と出会いこれを倒した。

 この大熊は山の悪神と言う二つ名を持っており山窩の村を恐怖支配していた。

 この山の悪神と呼ばれる大熊を倒したことから、山窩の村人は俺に感謝して、俺が村を支配することになった。

 それで桑畑を山窩の村でも造りたい。」


と言った途端政秀さんが呆れた。

 桑名新港も山窩の村がある場所も伊勢国内にあり、赤堀家と言う土豪が支配しているとはいえ、当時の国主は北畠晴具きたばたけはるともである。

 伊勢の国内に桑名新港と山窩の村という二つの拠点をつくってしまうとい話だからだ。

 大うつけの大うつけたる所存である。


 この桑名新港から養老の滝で有名な養老山脈に分け入った山窩の村で塩硝の生産地である養蚕村を造る。

 山窩の村では聞こえが悪いので、桑名にほど近いので『桑の里』と名前を変えた。

 桑の里は桑名新港から約2キロ程で、名護屋城から直線距離にして約40キロはあるが海を渡ればほんの一時だ。

 俺を探す為の捜索隊100名がいるので、その人員を使って山窩の村を名実ともに桑の里にする。

 俺は一休みの後、山窩の村娘桜子さんを案内人にして五郎右衛門さん指揮下の捜索隊100名に桑の木や蚕を持たせて再度山中に分け入ることになった。

 目指すは当然山窩の村こと桑の里だ。

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