第5話 桑名新港

 塩硝の生産地を求めて織田家水軍が津島港から出港した。

 一本マストに二枚の帆が張られ竜骨によって如何にもスマートな・・・この時代の他の人から見たらヘンテコな・・・形状をした織田家旗艦の尾張丸が快調に波を蹴立てて進む。

 この時代の関船は上陸用舟艇のような形で、今見られるような船首が鋭角に尖っていない。

 そのうえ尾張丸の船首の水面下には衝角という敵船の船底に大穴を開ける鉄のあぎとが潜んでいるのだ。

 尾張屋とは名乗っているが、その張られた帆にはご丁寧に織田家の家紋、織田木瓜が黒々と刺繡されているのだ。

 船首に立った俺が見据えるのは目指す桑名港である。


 当事交易港として有名なのが大阪湾に面した堺の港で、一方は海に面し周りを深い堀によって囲まれたであり、有力商人が集まるによって政治が行われていた。

 桑名の港も同じようなもので、尾張丸に乗り込んだ政秀さんが『尾張屋』の大番頭として桑名での土地買収をその会合衆と交渉してもらう事になっている。


 ところで俺だがまさか桑名で織田信長を名乗ることは出来ない、それで尾張屋の若旦那

『尾張屋清兵衛』

と名乗ることにしてその交渉の場に参加する予定だ。


 最初は穏便に金の力で土地の買収をするので、関船に兵士を乗せた『木曽丸』『庄内丸』『扶桑』『愛宕』の4隻は海上に待機してもらうことにしている。

 他の関船よりも一回りも大きく織田木瓜の家紋を帆に刺繡したヘンテコな船が桑名港に横付けされた。

 ヘンテコな船を見ようと子供や大人が集まり、そのうち偉そうにした役人と会合衆の代表の男もやって来て


「船に乗せろ。」


と言うのだ。

 役人は北畠家から派遣された代官で、船の検閲をするという。

 会合衆の代表の男は


「桑名港の代表の越後屋だ。」


とだけ名乗ったが、役人は


「敵対する織田木瓜の家紋を上げてよく入港出来たものだ。

 要件を言え。」


と高圧的に言いやがる。・・・ムカッとしたがここは大番頭の政秀さん大人の対応で役人や会合衆代表の越後屋に対して


「桑名港で取引がしたい。それで積み荷を陸揚げして保管する倉庫が必要なので土地を売って欲しい。」


と穏便に申し込んだが、回答は俺の思った通り


「NO」


だった。

 当然だね環濠都市・・・塀に囲まれた矮小な都市国家・・・では買い求められる土地は無い。

 それに織田木瓜の家紋を上げた尾張屋などに桑名港では寸毫すんごうの土地を売る気はない。

 それに新規参入者の尾張屋には織田家が付いている、そんな尾張屋に収入面で桑名の会合衆が負けては面白おもしろくないのだ。


 それならばと桑名港から離れてもいいので海に面する広い土地を買い上げたいと申し込んだら、これなら


「OK」


だという、この当時は何処でもそうだが町や都市から一歩外に踏み出せば昔の日本の原風景よりもっとさびれているのだ。

 代官の男も会合衆の代表越後屋も


『そんな場所では、そう簡単には蔵や店それどころか肝心の港を造る事も出来ない。

 それにある程度出来たところで桑名港から兵を出して壊してしまえばよい。』


と高を括っていたのだ。

 売ってもらった場所は、思った通り員弁川いなべがわを越えて、桑名港から約4里(約16キロ)ほど南の地(今の四日市)周辺で海に面した3(約12キロ)里四方の土地が手に入った。


 それでも桑名の会合衆は儲けようと二束三文の土地を桑名港の土地並みと言う法外な値段で尾張屋に売り払った。

 実際にその土地に行くと赤堀家と言う土豪が領地を支配していた。・・・う~ん桑名のかたり野郎!それでも桑名との証文を持って赤堀家と交渉だ。

 武力は使いたくない。・・・う~んここでも同じような金を払ってやっと土地を手に入れた。


 この土地は海藏川と三滝川の間にある中州のような土地だ。

 赤堀家としては明らかに織田家とわかる織田木瓜を掲げた尾張屋に好き勝手に行動してもらいたくは無かったので、川に挟まれて行動が制限される土地を売り払ったのだ。

 俺としては好都合だ。

 さっそく海上待機の木曽丸、庄内丸、扶桑、愛宕の4隻を買い上げたその土地に呼び寄せる。

 待機中の各船には船の漕ぎ手以外に60名の兵が乗っているので合計240名がその地に降り立って整地を始める。


 俺の乗る尾張丸が積んでいるのはパネル工法、つまり壁や床、屋根等をもう造り上げ後は組み立てるだけの資材だ。

 これで木下藤吉郎(太閤秀吉)が行った墨俣の一夜城のように城が瞬く間に出来上がるのだ。

 兵士や荷物を降ろした尾張丸以下の関船は津島港に戻り建築資材や大工等の職人、さらには当分の間の食料を運んでくる予定だ。


 俺の弟の信包と秀孝と同年の赤堀家の幼子二人がヘンテコな俺の船を見たいと海辺に遊びに来た。

 当然赤堀家の傅役を名乗る重臣が付き従う・・・俺のやる事へのスパイでもある。

 さっそく整地されて土台が出来たところでパネル工法で一部屋が出来る。

 俺は赤堀家の二人の幼子に


「危ないからこの部屋で菓子でも摘まみながら見なさい。」


と言って呼び込む。・・・俺の方が赤堀家の重臣より上手だ。これで赤堀家の幼児を人質に取ったぞ。・・・ニヤリ!


 この部屋を中心に

『カンカン』『ドンドン』

と大工が釘を打つ音や槌を打つ音が響くたびに次々と四角い部屋が継ぎ足されていく。

 幼子二人と傅役の重臣は出来上がる建物を見渡して驚いている。

 幼子二人は


「凄いあっと言う間に家が建ったね!」「建ったね!」


と言って喜び、二人を連れてきた傅役の重臣は


『し!しまった!これでは逃げられない』


と思ってほぞんだ。

 あっという間に立派な城が出来上がる。

 その城を守るように塀が次々と出来上がった。

 これだけでは守りは完璧ではない。

 海藏川と三滝川を利用して出来上がった一夜城を守るようにしてほりった。


 赤堀家は攻めるに攻められない、俺に赤堀家の幼児二人と傅役の重臣を人質に取られてしまったからだ。

 それに桑名港側は1ヶ月後で建築途中を襲えばよいと考えていた。

 俺には初陣の際に付き従った兵が800名程も残っているのだ。

 残りの兵も昼夜分かたず運航している関船に乗ってこの地に降り立って戦力は強化されている。

 その他にも大工や石工、養蚕や絹織物の専門家、それにパネル工法の資材、当面の食料等も運んでもらっているのだ。


 海藏川と三滝川の間の掘りに水を流し込んで海に浮かぶ浮島のような出城の基礎を僅か2週間程で造り上げてしまった。・・・桑名に対抗する尾張家の環濠都市

『桑名新港』

があっと言う間に出来たのだ。


 あっという間と言ってもやはり時間はかかる。

 桑名新港が出来上がり始めたころ往来する尾張屋(織田家)の船の航行を邪魔をしようとして桑名側の関船と尾張屋の関船が衝突する海難事故が起きた。

 衝角を備えた尾張丸の進行を妨げようと桑名側の関船がいきなり横切ったのだ。


『ドスーン』『バリバリバリー』


と音がして桑名側の関船が真っ二つに裂けた。

 尾張丸の後続の関船が桑名側の荷物や乗員をすくい上げた。

 桑名の偉そうな役人が押っ取り刀で桑名新港に駆け付けて


「桑名の越後屋の船を壊したのだから積み荷や船員を返せ、それに修理費も出してもらう。」


等と要請してきたが、俺が丁度居合わせたので


「話にならん!いつでも相手するぞ。」


と回答した。・・・これで桑名側と緊張が高まって行った。

 それで桑名新港の工事はさらに加速された。

 また尾張丸の衝角のが衝撃的で尾張屋の持ち船の船頭が率先して竜骨を持った船の改良と衝角の取り付けを希望して船大工の仕事が増えた。


 桑名新港の出来上がったやや台形の浮島の四隅には見張り台が設けられる。・・・海側の見張り台は直ぐに灯台としての役割も担っていった。

 桑名新港の形状もまさしく環濠都市と言われるもので、その中には塀と同様にパネル工法で荷物の保管としての倉庫3棟と尾張屋の事務所と称する陣屋や、兵士が寝泊まりできる長屋等が次々と建設されていく。

 手狭になれば同様の方法で広げれば良い。・・・これには


「やってくれたね尾張の大うつけ!」


と同じようなセリフだが、親父殿は敵地に土地を手に入れたと純粋に喜び、土田御前と信行や権六(柴田勝家)はののしった。

 罵るのは桑名港も赤堀家も同じだ。

 ただ赤堀家の二人の幼児と赤堀家にいては針の筵の傅役の重臣が桑名新港によく遊びに来た。

 赤堀家の二人の幼児の名前は「馬之助」と「左馬之助」で、傅役の重臣は「政秀」と言う名で俺の傅役の平手政秀さんと同名だ。・・・う~ん苦労しそう。


 織田家の桑名新港と津島や熱田の港を尾張屋の関船が商売の為に行き来し始めた。

 尾張屋の実際の商品の搬出搬送にあたる番頭には名護屋城下に住む商人が勤め、商売も軌道に乗ってきた。

 俺の指揮下以外の関船までもが桑名港ではなく桑名新港に入港し始めたのだ。

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