第6話

今日、ぼくは図書館に行ってイアン・マキューアンという作家の『最初の恋、最後の儀式』という短編集を借りてきた。この短編集は近親相姦を初めとするエロティックな短編が詰まっていて、ぼく好みの作品集だ。イアン・マキューアンの書いたものをそんなにたくさん読んだわけではないのだけれど、この短編集の瑞々しさにはいつも惹かれる。それは多分、はったりでこうしたインモラルなモチーフを扱っているからではなく彼が本当に書かねばならないことを書いているからなのではないか、と考えてしまう。切実さと誠実さが胸を打つ1冊だ。


ああ、ぼくも昔はこのイアン・マキューアンのような作家に憧れて、箸にも棒にもかからない作品を書いたこともあったっけ。嘘というか虚栄にまみれた作品ばかりだった。別の言い方をすれば猿真似でメインストリームの作品に似せようとして、そして見事に失敗した作品ばかりだった。登場人物はみんなぶつぶつと自分自身に向けて独り言を呟き、そしてそんな自分の中に閉じこもった人たちが意味もなくエッチな行為を重ね、そしていなくなる。そんなものばかり書いていたことを思い出す。ぼくとしては大真面目に書いていたのだけれど。


もちろん、人は最初は誰かに似せて、というか誰かを意識して書き始めるものではないかと思う。ビートルズだって最初はエルビス・プレスリーのことを意識して演奏していたのではないだろうか。ただ、ある段階を経た時からそれではやっていけなくなるのではないかとも思うのだ。自分自身のコアにあるものをどう表現するか、それを真面目に考えないといけなくなる……ぼく自身、この「ドラウナーズ」でぼく自身の中の真実とでも呼びうるものを掘り起こしたいと思っている。それがあなたの心を掴めたら、と思っているんだ。


今日、ぼくはDiscordで友だちが初恋の思い出について語り合っているのを目にした。ぼくの中の初恋の思い出というものは特にない。周囲から人を恋するどころか、好意を持つことさえも禁じられたかのような環境に生きてきて、それでぼく自身もそんな命令を自分の内側で守ろうとするあまり初恋と呼べる甘酸っぱい感覚を捨ててしまったように思う。だからぼくには初恋はない。だけど……30代になってからぼくは3人の運命的な女性たちと出会った。その女性たちはぼくに恋をすることの素晴らしさを教えてくれた。でもそれはまた別の物語だ。

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