十七番目の中間線。

 サンショウモドキ全体から煙があがっているのを眺めた。

 よさそうだーね。

 漂ってくる良い匂いをサイコオーラで封じ込め、背中、襟元から尾までを一直線にナイフで斬り開く。白い身が花開くように顔を覗かせ、尻尾の先端までは火が通っていないのを視認して、先端から余分をもって切断し水の中に落とす。他の生き物に食べてもらう。尾はゼリー状。脂かな。無害化された毒が脂となって滴っていた。

「できたのですか?」

「できたはできたけれど、貴方が食べられるかどうか……」

 解して取り出すと、背中の身はササミ状。ラクリアに腕を出させ肉を肌につけて様子を見る。おいらじゃ参考にならない。

「どう? 痛い?」

「少し熱いですね」

「それは……熱いってこと? 痛いってこと?」

「それどっちも同じじゃないですか……何言っているのですか? 普通に熱いです。あとちょっとベトベトしてます」

「……それ下ネタ言ったほうがいい?」

「……さいてい。最低‼ 最低‼ 最低‼」

「場を和ませようとしただけなのにー」

「不用意な下ネタはただただ不快です‼ 恥部です‼ うー‼ 不潔‼ 安易な下ネタに走って男心を和ませようとしたってそうはいきませんよ!? 私はそんな軽い男じゃありませんからね。エッチなのはもっと雰囲気と場所を選んでください」

 変な所で箱入りだよね。そのうち乙女じゃなくて丈夫(ますらお)とか言いそう。


 火の通りは十分。ヴェーダラの目で眺め寄生虫などの有無を確認。

 少し待ち様子を見ていたけれど、ラクリアの皮膚が溶けるなどの様子も無い。次に少しだけ口に含んでみる。柔らかい繊維質で、しっとりとしたササミだ。触感も悪くない。けれど表皮の裏側、脂の多い部分はブヨブヨしていて美味しくないね。肉にも色んな部位があるからね。鑑定しながらじっくり食べるかね。

 ラクリアにも少し口に含ませる。

「飲み込まないでね。咀嚼して」

「はい」

 口に含んだラクリアはゆっくりと咀嚼していた。口に含んだ瞬間に瞳孔の開きが見られる。美味しいか不味いかのどちらかだけれど吐き出さないし、眉を顰めたり苦い顔をしたりしないので大丈夫と判断する。

「舌の痺れなどはある?」

「大丈夫です。これ、美味しいですね」

 ラクリアに吐き出させ、少量を口に含み咀嚼、飲みこんで見る。これでしばらく様子を見る。

 食べられる判定でも二次的な効果で下痢になったり、お腹痛くなったりはするから少し慎重になってしまう。寄生虫も食べられるなら食べられる判定になるしね。生きていても。

 しばらく様子を見て大丈夫そうなのでラクリアにも少量食べさせる。

 皮の表面を舐めてみたけれど……ブフォトキシン……を連想する。ブフォトキシンはヒキガエルが分泌する毒だ。

 おいら小学生の頃、兄に騙されてヒキガエルを舐めたことがある。味が似ている。

 ヤドクガエルの毒パトラコトキシンみたいな毒だと神々の加護がないと死ぬ。ラクリアが。こっちも微妙な所、パトラコトキシンみたいなものっていう判断しかできない。おいらは薬学者じゃないからね。


 ラクリアの様子を見るに、体を通っている回路、魔力が食物に影響を与えている。ヴェーダラの目で見ていると胃に入ったササミが解けるように分解されている様が見て取れた。

 アイアンストマックっておそらくこういうもの。おいらが回路をいじくったせいか……循環が早い。

「ラクリアってお腹壊したことある?」

「なんですよー?」

 なんですよーってなんだ。

「なんですよ?」

「なん……っごく、なんですか? お腹って」

「壊したことある?」

 食べているところを見られるのは恥ずかしいのか口元を手で隠し、咀嚼していたササミを飲み込んだ後、顔を赤らめてラクリアは答えた。

「……実はあんまり大きな声で言えた事ではないですが、私も含めてエルフってみんなお腹が弱い方なのです。内緒ですよ? だからみんな食は細いですし、肉なども好まないです」

「食べてる途中に聞いてごめん」

「わざと言ってます?」

「あらごめんない。可愛いお顔が……そのなんて言ったらいいのかしら?」

「わざとやってますね‼ 不細工って意味ですか!? 食べている時の私の顔は不細工って言いたいのですか!?」

 誰もそこまで言ってないよ。

「声が大きくてよ。その様子ではまだまだ立派なマスラオとは言えませんね」

「ぐぬぬぬぬ‼」

 マスラオって通じるんだ。

 とんび座りしたラクリアは眉を潜めて頬を膨らませてしまった。フグかな。

 本来のエルフはきっとなんでも食べられる。でもお腹の律が乱れていて弱っていた。こうして律を正し魔力分解するようになれば、きっと何でも食べられるようになる。ラクリアからはもう排泄がなくなるのかもしれない。水分放出で尿は出るだろうけれど。


 しばらく様子を見て、大丈夫そうなので、念のため聖浄水を飲みながら食べさせる。聖浄水は浄化の星術が施された水で、腐らないし生物的ではない毒を分解してくれる。致死毒でも聖浄水があればお腹を痛めて熱が出て苦しむぐらいには和らげてくれる。今はラクリア限定だけど。

 2ℓしかないからここでは貴重だ。もう3分の1ぐらいしか残ってない。

 こうして考えると、父親のドラッケンが子供のおいらを外に出さなかったのも理解できる。十二歳まで加護の得られない貴族の子供は守られなければならない。

 貴族の威信、そして十二歳以下ならば十分に毒殺ができてしまうこと。ある意味で都合のいいシステムだ。家にある程度の防衛力が無ければ子供が死ぬ。

 うーん、そう思うと、父親はやっぱりいい奴だったのかな。

 今のおいらは苦味を感じても毒自体の効果が無いから味や匂いでの判断はできない。さすがに渋かったり、シュウ酸カルシウムのような痛みだったりしたらわかるけれど。

 おいらが令嬢だった時、結構毒物は盛られていた。いい思い出だね。

「ここの水は飲料に適してないから飲まないようにね」

「そうなのですか?」

「生き物の排泄物が溶けだしているから」

「もう‼ 私‼ マスラオなんですよ!? 今ご飯中ですよね!? 今ご飯中ですよね!?」

「うん「怒りますよ‼」」

「うんこって言おうとしただけなのに」

「怒りました‼」

「もう落ち着いて。そうよね。マスラオだものね。わたくしが悪かったわ。許して」

「むぐぐっ」

「お願い」

「今回だけですからね‼」

「あのね。一応言っておくけれど、これ、大切な事だからね。別に他意があってうんちって言っているわけじゃないから。排泄物から菌が水に溶けだしているから、この水は危ないよって説明なのね」

「この水を飲むとお腹を壊すから飲まないようにでいいじゃないですか」

 そうだよねー。

「そうだね」

「それにご飯中です」

「そうだね」


 サンショウウオモドキには背骨がある。脊椎動物だ。でも骨が妙に柔らかい。襟足辺りの背骨(頚椎)にナイフを入れると、大量の水分が零れ落ちた。

 脊髄……しっとりしていて美味しい。骨もコリコリしていて美味しい。水分も取れる。ちょっと塩気があり、ねっとりとしている。ウニと肉とコンニャクを合わせて食べているみたい。ピーマンの肉詰めが食べたくなってきた。

「美味しいね」

「そうですねー。私、幸せです。こんな美味しいものが食べられるなんて」

 苔なんだかアオミドロなんだか、そんな緑の藻ばかり食べていたら、何でも美味しく感じそうだと、それを言おうとして、地下での生活を思い出させそうでやめた。

 ついでに燃えて黒くなったカニモドキを拾い上げて食べる準備。

 細い足に食べる箇所は無い。胴体を真っ二つに割り内蔵などを取り出して足の付け根にある僅かな肉を食べる。一応脳みそも食べられるけれど、倫理的にはあんまりね。

 歯でこそいで咀嚼する。貝柱みたいな弾力があり、乾燥させたら良い出汁になりそう。

「ラクリアも食べてみる?」

「いいのですか? いただきます」

 ラクリアは口をモニャモニャと動かしてカニ柱を食べた。

「あむあむあむ」

 幸せそうに食べるね。


 食べ終えたら交代で眠りにつく。先にラクリアに眠ってもらう。

「悪いけど、やっぱり外装の中へ入って?」

「……どうしても入らないとダメですか?」

「その方がいい」

 一緒に中へ入る。ラクリアが中へ入ると、ラクリアの発動している術のおかげで明るかった。

「結構狭いですね……」

「頑丈にできているから心配しないで」

「そんなことは心配してません……ただ……やっぱり不安で、わかってはいるのですが、手足が震えてしまって」

「それでも外装の中で眠ってほしい」

「……わかりました」

 この黒衣の外装、実は外側からは破壊不可能だ。内側の空間を破壊しなければ外側を破壊することのできない次元防具。

「先にトイレいいですか?」

「また? もしかしておおき「それ以上言ったらどうなるか」そんなに怒らなくてもいいと思う。さすがにしつこかったとおいらも反省している」

 顔を真っ赤にしてラクリアは頬を膨らませていた。

 本当に恥ずかしいのだと思う。

「……ちなみに小さいほうですからね。マスラオは大きいのはしません」

 アイドルみたいなこと言い出した。


 外で要(用)を済ませ、寝るまで手を繋ぐことを条件に外装の中で眠ることを了承してくれた。ついでにラクリアの髪で不要な部分を切り整え、耳掃除などを行って身綺麗にする。

「えへっえへへ」

 エルフは耳の感度が良いらしい。耳掃除ついでに両耳を両手で解していたら、緊張していたラクリアはリラックスしはじめて、やがて意識を失った。外装の中なら外より静かだしゆっくり眠れると思う。

 銃とガジェットと空き瓶を持ち外装の外へ出る。ちょっとため息が出た。

                に。

 外装の傍に来ていた虫などを払う。人気(ひとけ)がないと虫などが寄って来てダメだね。

 ラクリアが外装の中へ入ったので洞窟の中は暗闇だ。おいらはヴェーダラの目があるから暗闇なんて関係ないけれど。

 洞窟の壁をヴェーダラの目で透かしてみる。なるべく匂いの出ない調理法を選んだつもり。壁の向こうに外敵となり得る生物の姿はなかった。小動物が少しいる。

 一酸化炭素中毒には注意が必要だけれど、ラクリア……ルシールがいるので大丈夫でしょう。この分なら外装の中の空気も浄化してくれると思う。

 ホロウがいなくなったので隠れていた小動物が出て来ていた。透けて見える。

 銃の整備を少し……修復ガジェットで歪みなどを修復する。

 パウンドスーツはともかく、淑女の担い手は頑丈だけれど、ほつれがないか確認し、付与律に欠けがないかを眺める。特殊な糸で構築された淑女の担い手は三層からなり、肌触りの良い内側一層、付与律の施された中間二層、頑丈な糸を紡いだ外側三層からなる。

 二層にある付与律に魔力を通して修復と形状を正す。それでも欠けるから二の腕から段々短くなる。これはどうしようもない。

 終わったら外装を払って纏い、後片付け。瓶に池の水を入れ、よってきたホロウの幼体をできるだけ捕らえて入れる。もしかしたらこのホロウから塩を作れるかもしれないと期待。


 壁のブロックをはずして外へ出る。

 空気の違いを感じる。気持ちの問題なのかもしれない。遺跡の中は明るくて洞窟とはやっぱり違う。

 ヴェーダラの目で下の階層(三十九階層)を眺める。壁にびっしりと青いナメクジのような生物が張り付いているのが見えた。マッピングディスプレイに表示する。

 銃を構え、改めて辺り一面を念入りに見通して安全確認。

 次の階に注目。表示されたマップ情報を視認する。

 正確にはナメクジじゃなくてトカゲだ。アオミノウミウシに似ている。苔などを食べる珍しい草食のトカゲでおそらく知っている種類で間違えない。変異はありえる。

 名前はブルーバイト。このトカゲは大人しく見た目もメタリックだけれど、毒もないし温厚だ。食べることもできる。ただ寄生虫はいるから生で食べることはできない。

 ブルーバイトに寄生している寄生虫は人間にも寄生する。この寄生虫に寄生されると、体内においては神の恩恵でも殺せないので物理的に取り除くしかない。

 この寄生虫に名前はない。

 おいらが貴族だった時、このブルーバイトをペットとして飼育していた。王子とかめっちゃドン引きしていたし、なんならメイドもドン引きしていた。

 爬虫類は肉食が多い。草食で苔を食べるなんて飼って見ないとわからないよね。

 小型のトカゲって一般的に虫を食べるイメージがあると思う。虫が苦手な人は多くてね。だからメイドさんなんて見ただけで嫌な顔をしていた。


 アオミノウミウシってクラゲとか食べるし、ブルーバイトも藻類を食べる。あれ、藻類食べるなら草食じゃなくて雑食だ。今更ながらそんな事実に気が付いてハッとした。

 三十九階層にブルーバイトが繁殖しているのは、おそらく三十八階層、おいらの背後にある洞窟が関係しているとみる。

 壁の隙間より洞窟内の湿気が漏れ出だして下の階に充満し藻類が繁殖、その藻類を食べるブルーバイトが繁殖したのだろう。何処からブルーバイトが来たのかに関して言えば、人の荷物に紛れ込んでいたというのが一番しっくりくるかな。違うかもしらん。


 生き物の飼育(家畜以外)はぶっちゃけ趣味だし、飼う以上、生態を知らなければいけない。

 まだ令嬢だった時、亡くなった個体はいたので解剖はさせていただいた。その過程で寄生虫も見つけている。他にも穴あき病、皮膚病、ガンなどもある。動植物にも神の加護は効く。

 当たり前のことだけれど、人同様、動植物も病気にはかかる。適切な食物を与えるのはもちろんのこと環境も用意してあげないといけない。会話できないから把握するのは至難で、体の組成や体重などから日々与える食事の量や栄養素までしっかり管理しなければいけない。それでも病気にかかる個体はいて、人に飼われたからと言って動物が幸せになるわけじゃない。おいらに飼われていたブルーバイトは果たして幸せだったのだろうか。それは永遠の謎だ。

 人が望めば神の恩恵で動物を助けることもできるけれど、おいらがブルーバイトの怪我を治してほしいと神官に言ったら嫌な顔をされた。なんなら王子や周りの貴族にも嫌な顔をされた。

 病気に関して言えばウィルス性のものが多く、人用の薬を与えることもある。

 当然庶民には嫌な顔をされた。

 そんな動物を助けている暇と金があるのなら同じ人間を助けてくれって話だ。多分、おいらがその立場でもそう思う。

 だって今日の食糧もままならず飢えて死ぬ人がいるのに、その目の前でトカゲを幸せにするために金貨を積み上げるって理不尽に感じると思う。例え自分で稼いだお金でもだ。理性では納得できても感情では無理でしょう。

 民から徴収した税金を無駄に使っていると、トゥーラの令嬢に嫌味を言われたっけ。

 良く王は民のためにとか言っているけれど、あれは嘘だ。

 民は王や貴族に搾取されているって言うけれど、それはただ扇動されているだけ。

 そもそも土地が王家のもので、そこに住みたいって言うなら王家の条件に従わないとダメだよねって話。自分の土地の庭に勝手に住み着いて自分勝手にしますって言われたら、誰だって嫌だと思うよ。

 だから王家は尊重される。

 この世界の王家だけかもしれないけれど、前提としてそもそも王家の土地に、民が住まわせてもらっている状態だ。

 ここは私達の土地なのだから、住みたいのなら私達の提示した条件に従ってね。と提示された条件を住む人は飲まなければならない。嫌なら出て行ってという話だ。

 王を弑逆するというのは、土地を強奪する、強盗殺人をするという立場に等しい。それがどれだけ民のためであり、どれだけの民を救おうと、やっていることはただの犯罪行為で間違えない。それを裁く人間がいないだけだ。

 この世界の人間にアルトゥリストはいないよ。それも結局エゴだもの。

 人間に悪人はいないよ。ただエゴイストがいるだけ。共感性と未来予測ができないだけ。

 虐げられた人間がどんな気持ちになるのか共感できないし、犯罪の後にどうなるのかを想像できない。


 王は民のためにって言うけれど、それは都合の良い解釈を王家に擦り込んでいるだけ。

 結局は貴族の利益にしかならない。少なくともアリストリーナではそう。

 アパートに住んでいるけれど大家の条件には従いません。家賃も払いません。でも住みますって普通は怒られるし追い出されると思うよ。

 ペット不可なのにペット飼って、うるさい大家、お前が悪い、家賃も払わないって大家泣きそう。

 ……余裕ができたら、またペット買おうかな。

 ペットを飼うのはエゴだと思う。例えちゃんとしたご飯を与えたり環境を与えたり愛情を与えたりしたとしてもエゴだとおいらは思うよ。それを踏まえた上でおいらはペットを飼う。

 おいらもエゴイストだ。法律に触れないのならなんだってするし、法律に触れる事でも必要ならする。生きるためなら絶滅危惧種だって殺す。

 子供を助けるためなら信号だって無視するって言いたいところだけど、昔はそうだった。


 階層を下る――長い回廊は足元だけが妙にひんやりとして冷たかった。冷たい空気が下(した)に溜まっていて階層を下(くだ)っている。

 三十九階層に足の裏が触れた。

 上の階から見ていた通り、ブルーバイトで壁が埋め尽くされている。

 一匹を捕まえてルーペで確認。

 ブルーバイトで間違えない。掴まえると手の中でワタワタと暴れる。壁や天井に引っ付くのでなかなかに強い筋肉を持っている。爪の一部を採取、ルーペに乗せて組成を眺める。過去飼っていた個体とまったく同じ組成をしていた。

 外装に銃をしまいナイフを取り出す――遺跡においてこのブルーバイトの周りには、別の形で擬態しているホロウがいる。ブラックバイト。別名メタモルバイトだ。

 ブルーバイトで青く光る壁、黒いところはすべてメタモルバイト。

 このメタモルバイトは肉食。

 壁より剥離した個体を視認。飛びかかって来たメタモルバイトの胴と頭をナイフで分離する。

 一匹、二匹、こいつの厄介なところは数が多いところ。足元に這い寄って来た奴を踏みつける。メタモルバイトの嫌なところは玉も小さいところ。数は多いし玉は小さいし、倒したあとの回収も大変。ブルーバイトも踏み潰しそう。

 メタモルバイトがいることで、ブルーバイトが守られているという意味合いもある。

 飛んできたメタモルバイトを両断するのは難しい。速度が必要だ。宙に浮いているのに加えてメタモルバイトは軽い。ナイフが表面に触れても斬れる前に圧が勝り、半分ほど斬ったところで地面に落ちてしまう。

 思った以上に……速度が必要だ。腕をしならせる。スカウトのスキル、補整がなければ命中率は著しく落ちる。振るうというよりは鞭のようにしならせる。

 体全体で緩急をつけ、刹那の鞭と化す。

 ナイフの切れ味も問題。あんまり研いでいないから。研ぐのは苦手。

 ここのブルーバイトを捕獲するのもいいけれど、これから地獄に行くのにさすがに連れてはいけないね。


 ナイフをしまい銃を取り出し次の階層へ下る。

 四十階層――大部屋。番人、ガーディアンの残骸がある。本来いるべきガーディアンが壊れていた。歯車部品が散乱している。ここまで壊れたらさすがに復活できなさそう。壊れてはいるけれど、錆びの類が見られない。

 歯車部品の積み重ね、その中からヘドロのようなものが溢れてきた。ヘドロが集まり蛇の形へと変わっていく。壁を覆っていた黒い小さな……蛾、を模したものが、体に集まり鱗と化す。

 スネイクメイカー。

 大きい。大物だ。こういう奴って珍しい原石を落とすんだよね。

 ゲーム上でもランダム要素はあって、同じ迷宮でも毎回変わった敵が出現していた。さすがにこの大きさの個体とは遭遇したことがない。

 レアならグラェスバイト鉱石群、アンニカバイト鉱物群――どっちもとっても良いもの。

 グラフェスバイト鉱石群は複数のトップスターの原石が混在する鉱石群。

 アンニカバイト鉱物群は化石からなるトップスターの鉱物群。

 両方一つの鉱石群で複数のトップスターを得ることができる。


 スネイクメイカーがこちらを視認している。こちらを敵と認識している。舌状の黒い……チロチロが可愛い。

 ゆっくりと鎌首をもたげ、タイミングは、波打つ流動、開いた口、横へ避ける。遺跡が軋む。まじやばくね。石ってさ、そんな簡単に割れるものじゃないじゃん。マジヤバくね。おいら、これ、避けなかったら、おいらこれ、ミンチじゃん。マジやばくね。

 良かったー。神様と契約していて。レベル9じゃなかったら即死だった。危なかったー。

 避けたついでに顔を蹴る。足の裏で顔の横をド突く。折り曲げた足が伸びて顔に当たると、蛇の顔が浮き、おいらの体も浮いて後方へと飛んでしまった。

 蛇の体がたわむ。鱗として張り付いた蛾が衝撃により波打ち、蛇より離れ、またくっつく。

 ホロウの体は不思議だ。黒い体は物質になっている。この体を構成する黒いものは何なのか。

 ホロウは虚ろって言ったけれど、これは建前だ。

 母はこういうのを説明するのを恥ずかしがるの、思い出した。

 名前の由来はおそらく、首無し騎士の伝承が残る場所の特定がなされていない海外の地名だ。小説原作の映画もあったはず。

 母はホラーが苦手だった。

 だから敵はホラーからとったものが多い。

 伝説の地を蠢く異形を模したもの。おそらくそれがホロウの正体だ。

 ホロウの体の構造はスライムと同じ。

 スライムが動物とホロウの中間だとする論文がかけそう。嘘、書けなさそう。

 スライムの体は液体で物質だ。ではホロウの体を構成するものは何なのか。魔力だ。

 そしてスライムが核を基盤として体を構築するように、ホロウもまた玉を基盤として体を構築している。両者はよく似ている。

 もしかしたらエリシュの女神は、スライムを元にホロウを作ったのかもしれない。

 スライムが先かホロウが先かって話。

 銃をしまい本を召喚する。エルフリーデがいないと本に自分で魔力を通さなければならない。エルフリーデがいることに慣れ過ぎてしまったのか、その手間をちょっと面倒だと思ってしまった。

 玉を傷つけないように攻撃するため、【掴む球体】ダークネスブーンを召喚する。

 手に取った本、何を発動したいのかイメージを思い浮かべ、本が開いてページがめくれる――突っ込んで来たスネイクメイカーを後ろに飛んでかわす。鱗の流れる様が目の錯覚を引き起こして対処を鈍らせる。

 くねらせた体、渦巻き逆立った鱗、流れは一定、動き、止まり、動き、止まり、緩急からなる速度が急激に流れて後手に回る。直線的な攻撃ではなく回転を帯びた攻撃を、鱗や運動エネルギーによる慣性物理打撃斬撃アタック。スネイクメイカーの体が思考速度を越えて動き、たまたま身を屈ませ、その上空を最後尾の尾が払い通り過ぎていった。運が良かった。

 あの鱗、かすっただけで八つ裂きになりそうだ。

「あっぶな」

 思わずそんな言葉が口から洩れる。長い体を使いとぐろを巻くことにより、複数の輪をつくり、複数の動きを使って視界から入る情報を混乱させてくる。

 本に通した魔力、ダークネスブーン。

 二度目の回転攻撃に、夜術を発動する。

 それは口のある球体を召喚する夜術だ。

 全容の察せられない黒い球体が目の前に現れ、スネイクメイカーを視認させる。ダークネスブーンから伸びた無数の手がスネイクメイカーの体を掴み、体をくっつけて移動を阻害した。

 ダークネスブーンは重さを持っているので蛇の体を捕らえその身を地面にへばりつけさせる。

 暴れるスネイクメイカーの動きは鈍くなり、ダークネスブーンは一度動きを封じるとさらに手を増やしてスネイクメイカーを拘束しにかかる。

 さらに魔力を込める――ダークネスブーンに玉を探させる。伸びた手はスネイクメイカーの体を弄り、スネイクメイカーを暴れさせた。

 見つけた手が玉を引き抜こうとしスネイクメイカーの体がのたうち回るように身をくねらせる。腕が切れて拘束が切れぬよう魔力を込め続け玉を思い切り引き抜いた。

 動きが鈍り、形を維持できなくなったスネイクメイカーの体が泥状に。顔が起き上がりこちらを見た。不意に目の前に落ちて来た尾。付け根から尖端までのしなりを見て反射的に出た腕が頭部を守る。いって。思わず変な声が心の中で出てしまった。

 守るため頭の上で組んだ両手と本にかかる圧と、圧が体を通り抜け足裏まで伝わる衝撃。へこんだ地面と刹那の突き抜け。腕から体を通り足の裏をぬけていく。

 びっくりしたー。

 威力のなくなった尾を手でずらし退ける。スネイクメイカーの目の力が揺らいでいき倒れ閉じられて消えていく。

 残ったのは玉を持ったダークネスブーンだけ。

 ダークネスブーンより玉を受け取ると、ブーンも消えていった。

 あんなこともあるのだなと初めての経験でびっくりしたのと共に、心がわくわくしていて自分が興奮しているのを強く感じた。

 受け取った玉。複数の透明な鉱石の塊、一番大きな塊の中に生き物の姿が見える。ピクシーだ。妖精が中にいる玉なんてめったにお目にかかれるものじゃない。

 そしてピクシーのいる鉱石にだけ回路が見える。

 何の効果か知りたい。玉を床に置き外装の中へ手を……エルフリーデがいないのを思い出し、顔を入れて中を覗く。

「ん……すごい。アトゥの匂いがしゅる。しゅきしゅき」

 ラクリアがとんび座りしておいらのパンツやメイド服に顔を埋めていた。それオーダーメイドの高い奴。何してんだこの人――マスラオはどうした。ちょっとそれ汚さないでよと思いつつ、小型鑑定ルーペを手にとって外装から顔と手を出す。

 改めて鉱石に向かって小型鑑定ルーペをかざす。

 アンノーン。と出た。

 もう一度かざす。

 アンノーン。アンノーンだ。効果の判明していない玉。

「うわーすごーいおたからー」

 思わずトップスターを持ち上げ、頬ずりしたり口付けしたりしてしまった。

 このトップスターを使うには鉱石部分と玉の部分を分離させなければならない。それも楽しみ。

 トップスターを眺めていると猛獣の鳴き声のようなものが響く。

 体が反応し声の主を探してしまう。玉を外装の中へ、壊れたガーディアンの部品、歯車をいくつか失敬させてもらう。別に使う用途は無いけれど小型の歯車を二つほど外装の中へ入れておいた。取れる時に取っておく。

 ヴェーダラの目で辺りを見回し下の階を見ると闘争が起こっているのが見て取れた。

 一つはアンテ族だ。アンテ族ともう一つは――自分の瞳孔が強く開くのを感じる。感じるだけで実際開いているのかは見て見ないと判断できないけれど。

 ただ強く興味があると感じた――ライオンハートだ。ライオンハートがいる。

 四足でケンタウロスのように動くドミナ種を見つけ、脳が活性化するような強い衝動に囚われていた。

 欲しい、あれ、あれ、ぼく欲しい。

 アテナイ神の加護を持つ異形のホロを見て、口元が笑んでしまった。

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