十六番目のエルフの秘密

 外装を脱いで置き、サイコオーラを纏いパウンドスーツのまま水の中へ。

 意外と浅い。底は砂。体の周りに小さな魚のような物体が集まって来る。手で掬ってみると小さな黒い魚状の物体で、指で摘まむと消失して黒い極小の結晶だけが残った。

 ホロウにもし幼体があるのならば……ちょっと面白い仮説かもしれない。

 この小さな魚のような物体はホロウのようだ。残った黒い結晶は脆く、指で擦るだけで細かくなってしまった。塩の可能性がある。いいね。

 意識を切り替え水面を見る。

 ごめんね――ムカデサンショウウオを捕らえて首の骨を折り陸へ。

 意識はもう無いはずだけれど、手足が痙攣している様は何度見ても慣れないね。

「それを食べるのですか?」

 引き上げるとこちらを見ていたラクリアと目が合った。

「カニモドキ、白い奇妙な魚、サソリっぽい水生昆虫、ムカデサンショウウオの中からの四択。おすすめはカニモドキ、壁や天井にぶら下がっている奴。おっと、奇妙なスライムもいるから実質五択です。自由に選んで?」

「皮肉が好きなんですね」

 そんなつもりはなかったけれど。

「……これは皮肉じゃなくて冗談のつもりなんだけど」

 やばい。この人、真面目な人だ。人じゃなかった。エルフだ。いや、エルフは人なのかもしれない。人とエルフのハーフは生まれる。つまりエルフは人だ。危なかったー。

「馬鹿にされている気がします」

「ごめんね。高飛車なの。もっと褒めてくださってよくってよ」

 陸に引き上げたサンショウウオを小型ルーペで確認。

「もう‼ 褒めてません‼ すぐからかって‼ 何がよくってよですか‼ こっちがよくってよ‼ ですよ‼」

 意味がわかりません。何がよくってよなのだ。

 外装に手を入れナイフを引っ張りだし、腹の面にある尾の方、肛門と思わし場所からナイフを入れて、喉元まで腹を裂く。

 血を水で洗い流し、血が紫というか青い。食道と思わしき箇所を切断、続く胃や小腸などを破かないように除去。鰓のような形状の二つの臓器は肺かな。僅かな血液を採取してルーペで解析、内蔵の一部、鰓の一部、部位ごとに細かに解析する。こうやって解析してくれる人って少ない。化学式が表示され、そのまま唾液を垂らして部位ごとの反応を見る。

 内蔵の一部に猛毒あり。一部の肉にも毒が回っている。尾と血液の毒は火で無効化できるタイプのよう。ウナギの血液みたいな毒だーね。

 腹の中を綺麗にしたら陸に引き上げて思案する。さすがに生で食べるわけにはいかないし、毒のある部位を除去して蒸し焼きかな。このムカデサンショウウオ(仮)の食べられる部位は脳みそと脊髄と脊髄周り、肋骨部分の肉、あとは食べない方がよさそうだ。

 血液に毒はあるけれど、熱で分解するタイプなので火を通せば問題ない。


 アクレイターの巣を使って蒸し焼きにする。

 アクレイターの巣を崩して腹の中につめ、少量の木々なども追加。

「……エルフと人の恋愛っておかしいですか?」

 ついでに掴まえたカニモドキを数匹掴まえて腹の中に押し込める。

 鎮静剤を一本取り出して咥え火を点け、腹の中へ入れて、ひっくり返して閉じる。

「無視しないでください」

 白い煙が隙間から出ているので漏れないように閉じる。

「ねぇってば‼」

「えっ。なに? ごめん。何か言った? トイレに行きたいって? もう……端っこでしてよね」

 ちゃんと聞いていた。変な話しないでよね。

「違います‼ 誰がトイレって言いましたか!?」

「トイレはいいの?」

「……済ませます。聞かないでください」

「音ぐらい誰だってするでしょ」

「デリカシー‼」

 酸素が無ければ火はあがらない。しかし熱自体がなくなるわけじゃない。中の酸素を消耗するまで火は出るけれど、酸素を消費したらアクレイターの巣だけが熱だけを帯び続ける。

 蒸し焼きにしている間、水に入りサンショウウオモドキの胃の内容物をあらう。カニモドキと思わしき体の陰影とサソリモドキっぽい溶けかけた甲殻が見て取れた。

 ついでに水をルーペに垂らす。

 カニモドキに毒は無い。このサンショウウオモドキに毒を与えている食べ物はサソリモドキっぽい。

 ルーペの反応を見て顔が少し渋くなってしまった。やっぱりこの水は飲めないな。生物の糞から多量の大腸菌が入り込み繁殖している。

 サイコオーラを纏っていなければ、入ってはいけない水だ。

「……人とエルフの恋愛っておかしいですか?」

「もうトイレはいいの?」

「……うー‼ トイレの話はやめてください。私、男なんです。恥ずかしいんです」

 顔を真っ赤にしながら服を両手で掴んでこっちをグッと睨みつけてくる。子供みたい。

「はいはい」

「……おかしいですか?」

「とりあえず横になりなよ。先は長いんだから、体はしっかり休めて」

 置いて行かれたくはないでしょうと言う言葉を付け足そうとして、足さなかった。

「……わかりました」

 ラクリアが横たわり、灯す植物の明かりだけが光源で、そこだけが優しかった。

「横になりました」

「それはどっちの意味? 寿命? それとも種族?」

 水からあがり、展開しているサイコオーラを脱ぎ捨てるように水気をとる。

「両方です……」

 ラクリアを含め、エルフの有用性を考えると、人間がエルフを欲しがるのが良くわかる。容姿はいいし空気を清浄するし明かりも出せる。一家に一台エルフなのも頷ける。

 ただそれはエルフの意思を無視する行為だ。

 その負の面は大きく、過去人間とエルフが友好を結んだ時も、人は簡単にエルフを裏切ってしまった。エルフを奴隷にしてはいけないという条約がありながら、エルフでなければいいのでしょうと、捕らえたエルフの耳の三分の一を切断し、これは人だと言い放った。

 この時の人とエルフの戦争は約300年近く続いたらしい。人の王が過去の遺恨は水に流そうとエルフに持ちかけたが、エルフは受け入れなかった。

 人は代替わりし過去の過ちを忘れるけれど、長い時を生きるエルフは覚えている。

 エルフの時、人知らずというコトワザもあるほどだ。

 戦争は停まったけれど、以後も友好条約が結ばれることはなく、そのまま。

 また時が経ち、人はエルフを奴隷にしている。この時代背景は設定でも見た。

 昔に比べればエルフと人の溝は結構埋まったのかもしれない。

 近代の教会からエルフに関しては特に厳しくなってきているし、ユエニファー、ヒロインの存在もある。ユエニファーは奴隷制度を嫌っている。

 ただ……やっぱり自由にするとなると奴隷がいいわけで、完全になくなるのかと言われると、今の世情では無理だ。人間同士でも奴隷をつくるもの。


 「どうしてそんなことを聞くの?」

「貴方は、どうなのかなって、思いまして」

 透明な宝石で出来た枝のようなものから弱い明かりが灯っていた。触れると柔らかくしなり揺れる。

「考えるだけ馬鹿らしいよ。エルフは寿命が長いし人間とは生きる時間が違うのは確かだけど、エルフが先に死なない保証なんてないよ。エルフだって死なないわけじゃないのだし」

 ラクリア達、エルフはどうやって強くなるのだろうとラクリアの体をヴェーダラの目で観察する。

「見送る事になってもですか?」

「恋愛をしようがしまいが結局はどちらかが見送る事になるよ。これは宿命だしね。もしラクリアがこの先、もし人を好きになったとしても諦めなくていいと思うよ」

「……どうしてです?」

「そんなの小さい事だからだよ。将来的に相手が先に死ぬから傷つきたくないってだけでしょう。でもね。愛する人に一生を看取って貰えるなんて、こんな幸せな事って滅多にないよ。確かに愛する人を失うことで傷つくかもしれない。でも生きている限り、やっぱり傷つくんだよ。残された者は辛いと、おいらの口から軽々しく言えることではないけれど、それで愛し合っているのに遠ざけるなんて馬鹿げている。とっとと結婚して子供でも作ればいい。寿命の長さを言い訳にしないで。どんな人やエルフと愛し合おうが死別の覚悟は必ずあるもの。ラクリア、貴方だって寿命が長いだけで死なないわけじゃないのだから。それにね、その人がどんな人であろうと、出会えた事だって奇跡に近いよ。それで愛し合えると言うのなら、愛し合った方がいい」

「……そう、ですね。そうですね。参考にさせていただきます」

「あと種族に関して。人間とエルフは子供ができる。これが全てだよ。まぁおいらは結局の所、エルフではないからね。エルフの事はやっぱり口だけになっちゃうけど」

「フフフッ。……そうですね。でも……私も人ではないので……人の事はわかりませんし、お互い様です。……なんだか安心してきました。……少し、やすみ……」

 ラクリアは眠るのではなく意識を失ってしまった。病み上がりで無理をさせたかもしれない。

 人が成人してから恋愛し死ぬまでの期間を約五十年程度だとすると、エルフにとっては本当に僅かな時間なのかもしれない。確かに愛する人を失うのは辛い。でも世の中には不慮の事故や事象で亡くなる人や子供はいっぱいいる。その子達よりも辛い事なんて事はないよ。その悩みや辛さが贅沢な辛さであることを認識するべき。強制じゃないよ。

 そして……ここまでが綺麗ごとだ。


 現実は残酷だよ。

 ハーフエルフには問題がある。ぼくはこれをラクリアに伝えなかった。伝えるつもりもない。愛があれば大抵の生涯は乗り越えられるよ。でもそれとシステムは別の話。

 ぼくら人も、そしてエルフも愛では乗り越えられない構造と言う名の障害がある。

 例え両親から愛されたとしてもハーフエルフは構造上幸せにはなりにくい。

 それは気持ちでどうにかなる類のものでもない。

 ハーフエルフは人間やエルフよりも体が大きい。身長は二メートルを超える。これは種族間ハーフにおいて起こる現象の一つだ。

 ハーフは体が両親よりも大きくなる。ライオンとトラの間に子が出来た時、その子は大きくなったという。それに近いかもしれない。

 エルフよりも人間よりも優秀になる確率は高い。でも彼らは繁殖能力が著しく低くなるか、または持てない。ハーフエルフ自体が新人類だから。

 そもそも人とエルフの子供が生まれること自体が稀。どちらも女性側の負担が大きい。

 赤ん坊の内から大きくなるからだ。普通の女性であるのなら赤ん坊に全てを奪われて命すら取られかねない。

 美談はいいけれど、現実の構造は美談では取り消せない。

 この問題は、構造自体をどうにかしなければ改善しない。


 ↓ここは憶測。要削除場所。

【 昔の事を当事者ではないぼくが言えた事ではないけれど、故郷において進んだ科学を持っていても出産時に子供や母親が死亡することはあった。

 中世や江戸時代なんてこれよりもっとひどいと思う。これは憶測に過ぎないけれど……。

 この世界においても出産時に三人に一人は亡くなる可能性がある。十人中三人は死産になる可能性がある。

 中世などの古い時代の近親相姦などによる血が濃くなるなんて話を、おいらは眉唾物だと思うよ。統計もないし衛生面上においても近親相姦による事象なのか、病気やウィルスによる事象なのか判別できないはず。

 ぼくは親知らず(奥歯)が生えなかった。顎が小さくなったから親知らずは構造上邪魔になったのだろうね。つまり親知らずが生えない、生えると言うのは優性遺伝、劣性遺伝の関係になったのではないかとおいらは推測する。劣性遺伝って構造上不要になったから劣性になっただけだと思う。遺伝はそんな単純じゃないと思う。DNAはもっと複雑で難解だと……おいらが言えたことじゃないか。おいらも所詮にわかだ。専門の人じゃない。研究データーもない。口で言っているだけだ。】


 神の力を用いればいいと思うかもしれない。

 でも神は肩入れしない。

 貴方が子を望むのなら、貴方の力で産み、そして育てるべきだ。

 神はそう言うだろう。

 その愛が本物だと言うのなら、見せて欲しいと望むだろう。

 神が与えたものを神は奇跡とは呼ばない。

 貴方にその奇跡を許したのならば、他の子供はなぜ死ぬのかと問われるだろう。

 万人に優しい神と言うのは、何もしない神様の事だ。

 だから……だからこの世界においても神様は直接人に何もしないしできる限りさせない。

 神にすがるだけでは人は成長しない。

 ……とは言っても、神にすがっているおいらが言えた言葉じゃない。

 おいらにこの正義を語る資格はない。

 それでも神の加護があれば母体は強靭になるし、出産時に母親が亡くなる確率はかなり低い。その代わり加護の無い子供の死亡率は変わらない。

 現実的な話。エルフと人は恋愛をするべきじゃない。その先に不幸になる確率の高い子供が存在するからだ。


 生まれたハーフエルフは通称エリンと呼ばれるようになる。

 エルフよりも優秀で体が大きくて早熟、強い。

 そんなのがいたら人やエルフはどうするのかって……残念ながら迫害を受けるし戦争奴隷にされる。それが現実。

 それに……統計があるわけではないけれど、ハーフエルフの寿命は十年だと言われている。ハーフエルフの研究日誌を見ただけだから本当にそうなのかと言われると書いてあったとしか言えない。一歳で人の十年分成長すると書いてあった。

 だから、エルフと人は子供を作らない。

 構造上の問題は愛では解決できない。

 本人が幸せかどうかは別。


 外装を羽織る。鎮静剤を取り出して一服。

 ……眠っているラクリアを観察。

 どうも寝ている間に辺りから自然エネルギーのようなものを吸収している。この自然エネルギーのようなもの、おそらく空気中にある魔力。それか魔力と同等のものだと考える。

 魔力を纏いながら手をかざすと、おいらの魔力を弱く引き付けているのがわかった。

 人が道具に律を付与するように、生物に律を施したものがエルフなのかもしれない。ヴェーダラの目で覗き込むと、体のあちこちに回路が組み込まれているのが見てとれる。

 令嬢だった時はエルフをじっくり観察するなんて出来なかったけれど、せっかくだから色々調べさせてもらおうかな。


 魔力を込めて手をかざす。そうすると回路を流れる魔力の中に乱れが生じ、光る植物の規模が狭くなりはじめた。

 これを踏まえてエルフを強化できないか思案する。

 ラクリアはついて来ると言うけれど、このレベルで安定するのは五十層付近までだ。

 ラクリアの本気を見て見ない事には何とも言えないけれど、全力を出さなければ倒せない敵が現れた時点で詰んでいる。だってそんな敵が雑魚として複数出て来たけどどうするのって話になる。良くて七十層辺りだ。

 強敵と戦えば確かに戦闘レベルはあがる。しかしそれは加護を貰っている人間の話だ。

 エルフに神々の加護はない。


 じゃあ地獄に行かずにエルフを上に送ってあげればいいじゃないと思うかもしれない。

 でもおいらは見返りの無いことはしたくない。ラクリアに対してそんな義理もない。

 自己犠牲もいいけれど、ぼくにとってはストレスだ。

 物語の主人公は自身を犠牲にするけれど、その代わりに沢山の人が支えてくれる。報われる。姫だって仲間だっていて、愛してくれるし気を使ってくれる。色んな異性に好かれる。

 でもぼくが自身を犠牲にしても、ぼくに与えてくれる人や支えてくれる人はいない。

 自己犠牲は良い行いだと思うよ。でもぼくがそれをしてもすり減るばかりで自分を保てなくなる。


 地獄で作りたいものもあるしね。

 ぼくはこれを一刻早く作りたい。ぼくにとって必須のものだ。どうしても必要だ。確かに暇だから行くけれど。ぼくにとってそれはこの先絶対必要になる。

 だからぼくは地獄へ行く。この目的は変えない。

 どうしても作りたいものがある。それはラクリアにとっても悪くないものだ。

 自分に対する言い訳はここまで。目的はブレさせない。


 エルフの魔力吸収速度は一定。おいらの魔力を少量ずつ与えて魔力吸収量を多くしてみる。自己魔力量を増大させられるかもしれない。

 回路を調べてみる。頭から足の先まで。

 魔力の通り道、回路の意味を確認。

 この回路、血管と位置が重なっている。回路に使用されている言語、記号はルーン文字を彷彿とさせた。おそらく古代エルフ語。神々の言葉なのかもしれない。

 淀みがあり回路の途切れもある。特に右腕の回路がめちゃくちゃだ。

 肺の回路も淀んでいる。魔力の停滞と言うのか、回路が上手に機能していない。

 食道から胃にかけての流れも悪い。改善を試みる。

 食道から胃にかけて描かれた一節を、魔力を帯びた指でなぞり流れの改善を計る。欠けた個所、魔力線を血液に沿って継ぎ足す。多少回り道でも繋げられれば良い。


 ラクリアの体が跳ねあがった。

 目を開いて立ち上がり、地下水へ向かって走っていく。吐く音が聞こえた。傍により隣にしゃがみ背中をさすると、ラクリアは弱弱しい目でおいらを見た。

「すっすみません。急に吐き気が」

「ううん。大丈夫?」

「はい……」

 落ち着いたらラクリアを抱えて再び横にする。

「すみません」

 いいよ。おいらのせいだからね。

 一節の流れ、魔力が黄金を帯びて機能の改善がみられる。

 横になったラクリアの体に再び手をかざす。

 付与に関する一節の機能を改善する。注入した魔力で描かれた一節を炙り出し、丁寧になぞり回路の改善をはかる。

「あはっ……やっ……ん」

 変な声出さないでよ。

「あつい……」

 ラクリアがまた目を開いてまた地下水の傍に駆け寄った。また戻しているようだ。胃の中に内容物がないからか、黄色いどろっとした液体が水の中へ落ちていった。

「大変そう?」

「はぁっはぁ……いえ、今、戻したら、だいぶ楽になりました。お見苦しいところをお見せして。ふぅ……どうしたのでしょう。久しぶりに、美味しいものを食べたからでしょうか」

 外装より非常用の聖水を取り出して口をゆすがせ、水分も補給させる。

 再びラクリアを抱えて横にする。ラクリアの顔色は赤味を帯びていた。回路の巡りは血のめぐりも良くするのかもしれない。

 聖水を一口、口の中を湿らせる。

 再び横になったラクリアの回路を弄る。

 頭を膝に乗せ、両手をかざす。頭の回路は複雑だ。

 注入した魔力をゆっくりと動かして回路全体が繋がるように修正する。

「気持ちいい……」

「そう?」

「はい、ぽかぽかします。私、なんだか……」

 おいらの手を取って来る。

「とても満たされています」

 股間のテントが立っていて、波打っているのには困惑を覚えた。

 回路の改善は性的興奮に酷似しているのかもしれない。

 ひとまずはここまで。

 右腕の回路改善は時間がかかるかもしれない。

 そろそろサンショウウオモドキの丸焼きができるので、膝から頭をどけっ、頭をどけっ、このっ、はーなーれーろー。

「ぐぎぎぎぎぎっもう少し‼ いいじゃないですか!? 何か‼ 何か‼ お話し‼ お話てください‼」

「声が大きい」

 コイツ……なんてあつかましい奴なのだ。信じられないよ。膝枕って膝にかかる負担が大きいのに。仕事以外で膝枕を十五分以上してくれる女の子は天使だと思っている。


 ……この回路の乱れはおそらく生来のもの。正しく機能できない理由をおいらは知っている。二種類の回路が絡み合って意味を消失させているからだ。

 だからエルフは所々にある付与の一部しか使えていない。

 エルフ語が短い理由はこれかな。

「……じゃあエルフの秘密の話って知ってる?」

「エルフの私にエルフの秘密の話をするのですか?」

「じゃあ聞かない?」

「うー……会話。いじわるです」

 いちいち突っかかって来るねと覗き込むと、ラクリアは少し笑った。

「貴方が皮肉ばかり言うからです」

 エルフからすればエルフが人であり、人間は亜人だ。だからエルフが自分の事を人と言うのは間違えじゃない。でもエルフは人の事を亜人とは言わない。

「ホロウが出来た時の話って知ってる?」

「それは……人々が宝玉を求めたからじゃないのですか?」

「世間一般的に知られている話はそうだね。これはそんなホロウ達が生まれた時の話なんだけど。まだエリシュの女神が人を憎んでおらず、ホロウが存在しなかった時代、エリシュの女神には寵愛する一つの種族がいた。彼らの通称はバジリカ。エリシュの女神が作り出したエリシュの女神の子供達で、その容姿は大変美しい宝石のようだった」

「そのバジリカがエルフなのですか?」

「宝石のようなって言ったよね。君は宝石なの?」

「意地悪です‼」

「おいらは宝石だよ?」

「うぬぼれが過ぎませんか?」

「うっふーん」

「ぶふっ。ちょっと笑わせないでください」

 さすがに容姿の綺麗なエルフのラクリアでも自分を宝石だとは言わないようだ。

「それで?」

「そんなバジリカ族の中に一際美しいお姫様がいた」

「お姫様ですか……王子様ではなく」

 この世界のエルフだと逆転しちゃうよね。

「ある日、隣の国からやってきた人間の若者がその姫を一目見て恋に落ちた。若者は姫に愛されようと言葉や贈り物を贈ったけれど、姫は若者の思いには答えなかった。なぜならエリシュの女神を愛していたからだ。それでも人間の若者は姫を諦めなかった。若者は火の神に相談する。どうすれば姫を手に入れられるだろうと。火の神は答えた。では私がエリシュの女神の気を引こう。その間に軍を率いて制圧し姫を攫えば良い。若者は火の神の言う通りに軍を率い姫を攫った。それでも姫は頑なに若者を拒み、若者は誤って姫を殺してしまった」

「ひどすぎます‼」

「火の神によりバジリカ族に危険が迫っていると呼び出されたエリシュの女神は、自分が騙された事に気づいて激怒した。火の神もまさか若者が姫を殺してしまうとは思っていなかった。また人間達はバジリカ達を攫って奴隷としてしまった。火の神もまさか平等に扱わないとは思わなかった。エリシュの女神は激怒し、宝石、玉を怪物へと変えてしまう。それでも怒りは収まらず、人間達は窮地に立たされた。火の神は若者の首を切り落としエリシュの女神に差し出したがその怒りは収まらず、そこで神々は相談し死んだバジリカの姫を人間として転生させることにした。人間となって生まれた姫は、エリシュの女神に乞うた。どうか怒りを鎮めてくださいと。どうかどうかと姫は十年涙を流し続け、それでもおさまらず火の神の腕と足を切断し脳天に金槌を振り落としたところでようやく怒りはおさまった」

「ホロウが生まれたのにそんな理由があったのですね」

「怒りは治まったけれど、呪いが解けたわけじゃない」

「どうしてこの話がエルフにとって禁忌の話なのですか?」

「この時、バジリカを攫った種族の中にエルフも含まれていたからだよ」

「えっ!?」

「エルフはバジリカの血を受け継いでいるんだ。エルフの目ってもともと銀色なのだけど、バジリカの血を入れたことでブルーやグリーンになったんだよ」

「なんでそれがエルフの禁忌なのですか?」

「バジリカがエルフとの混血を望んだわけじゃないからね。激怒したエリシュの女神はエルフから神を取り上げた。だからエルフに加護を与えていた神様がいないんだ」

「え!? そうだったのですか!?」

「うん」

 タイトルはマルズの過ち。マルズの名前を言うとマルズに気付かれるから言わないけど。

「それ本当ですか? 作り話じゃなくて」

 まだ歴史の浅かったマルズにとって、この出来事は苦い経験だったと思う。軍神でもあるはずのマルズが実際戦いから遠ざかっている。

「信じても信じなくてもどっちでもいいよ。それ以降エルフはエリシュの女神に敬意と謝罪を示すため自然を神として崇めるようになったんだ」

 エルフは表だってエリシュの女神を崇めることはできなかった。それは自らの作り主を疎かにする行為だったからだ。エルフを作った神とエリシュの女神は違う存在。

 結局エルフは自身の神を失い、エリシュの女神にも呪いをかけられる。

 この話は複数あって、バジリカの姫ではなく王子に恋をしたとある国の姫が王に願い出て、王が王子に国に来るよう言ったけれど、王子が拒否して戦争になったとか、バジリカは負けて王子は王の前に連れ出され、王は服従を誓うよう言ったけれど、王子が受け入れなかったので殺してしまったとか、逸話は結構ある。


 エルフの神はエリシュの女神とは別。バジリカ族は別名うるさい種族。その名の由来は雷にある。

 エルフはバジリカ族の持っていた騒がしい力を欲しがった。

 つまりエルフにはもともと存在しなかった回路が混ざってしまっている。欠けた部分や流れに淀みがあるのはきっとそのせい。

 頭に流れる回路……魔力を流すと温かみを帯び太陽(ラ)の一節だとわかる。解読できるかもしれない。エルフの回路を解読できればラクリアを強くできる。

 バジリカにおける最大の呪文はサンダーバードだ。右手に宿る。つまり右手にサンダーバードの回路がある。エリシュの女神が与えたバジリカ最大の武器だ。

 おそらくエルフはこれを欲しがった。

 エルフを作った神は自身の作った美しいエルフを、バジリカを宝石として着飾りたかった。

 でも結果としてエルフは神の加護を失っている。

 それはエリシュの女神によりエルフの神に何かしらのアクションがあったと言える。

 ハーフは巨大化する傾向にあり、繁殖能力を著しく失うと言ったけれど……。

 ラクリア達はおそらく純潔のエルフじゃない。バジリカの血が混じっている。

 もしかしたら純潔の完全なエルフこそエンシェントエルフなのかもしれない。

 エルフにどのような罰や呪いがあったのかは神々のみぞ知る事。

 ただ本来は完璧な付与体である回路はめちゃくちゃ、エルフの出産率は統計としてかなり低い……。


 バジリカは優しかったと言われている。力を持ちながら力を捨てサンダーバードを人にも放たなかった。それは王国の持ち出し禁止欄の本にも書いてあったし、母の設定文にもあった。

 対話のみで対等に接しそのせいで絶滅した。悲しい話。

 攻撃されても戦わなかった。

 右の頬を殴られたから左の頬を差し出した。結果は絶滅だったけれど、その生きざまはとても崇高なもので、エリシュの女神の本質が伺えるものだと思う。

「アトゥってほんとにいい匂いです……すんすん」

 膝の上で甘えるように転がりにゃんにゃんしているこの可愛いエルフ、男なんだよ。


 右手の回路は複雑で難解。より淀み、より欠けている。サンダーバードが発動しないのならこの回路は機能していないことになる。淀みを無くすことはルシールの強さに繋がるかもしれない。

 油断した隙に無理やり頭をどかせて布を間に噛ませる。

「うー‼ うー‼」

 七十年近く人に触れていないはずだから人肌恋しいのはわかるけれど、おいらは君に触れていたくないよ。男は嫌。女の子がいい。

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