十四番目のきれいごと。
三十七階層。
ラは纏っている限りエルフの体を守るようだ。その強度も悪くない。手に水の塊のようなものを纏って攻撃している。早くも実践しているようだ。
が、消耗戦には向かなそう……。本来なら休む場所の少ない遺跡内において消耗には備えないといけない。
特に体力。なるべく走らず歩き、なるべく怪我をしないよう注意を払う。血液は消耗品だ。食べ物だって少ないし、ホロを食べる事も視野にいれないといけない。おいら一人なら気にしなくていいけれど、ルシールにあんまり手の内を見せたくないのもある。
ルシールってなんか身分高そうなんだよな。エルフで身分高い人って野菜の名前が苗字に付いている。ラパンプキン、太陽のカボチャね。太陽とカボチャかもしれない。
次の階層の制御室を視野にいれつつ隣接している洞窟、空洞などを探す。
洞窟があれば壁を破壊して洞窟に入り、休むことも視野にいれる。
洞窟内は特殊な生態系が多く、大きな虫や水があれば魚、エビなどの食糧に対する期待値もある。代わりに有毒ガスや毒性の生物などの存在も念頭にいれなければいけない。
最悪また壁を壊して中で休むことになる。でも壁の中に食料の期待値は無い。ちなみに普通の冒険者は当然制御室になんか入れない。
最悪飲み水は壁の中のパイプから拝借すればいい。冷却設備に影響が出そうだし、熱湯かどうかはさすがにヴェーダラの目でも見分けられないな。
三十八階層。
オーガシェルだ。
ホロウのオーガシェルがいた。大きなカタツムリ、否、大きなアンモナイト状のホロウで、ただ中身が狂暴だ。口がらせん状で歯が乱立し、回転しながら吸い込むことで対象をかみ砕き、切り刻みながら飲み込む。
触手は軟状で打撃に強く、二本だけが異常に長い。殻は硬質で斬撃に強く打撃に弱い。
触手は斬撃が有効で殻は打撃が有効。触手は斬ってもすぐに再生する。効果が無いわけじゃなくて、触手を切り続けても時間はかかるが倒すことは可能だ。
殻を割ると臓器状の物が乱立し、手を突っ込んで魔石を引き抜くとあっさり倒せる。
もしくは振動系の打撃で魔玉を直接揺さぶると良い。
ラクリアはなかなか苦戦しているようだ。触手は打撃に強いから、鉛打ちとは相性が悪い。
燃えた手で攻撃しているけれど、オーガシェルは別に火が苦手というわけじゃない。
ラクリアから好戦的な印象を受ける。エルフの男性って基本おしとやかだけれど、意外と戦闘などの興奮する現象に対して積極的なのかもしれない。
ゴウ派って斬撃状の技が無いのかな。そんなわけないよね。
触手と戯れる男の娘の図。凝視したくねータイプの絵面だぞ。
後続が来たので銃を構える。反動吸収ガジェットを取り出して下部に装着。音がうるさくなるけれど仕方がない。
反動吸収ガジェットは魔力過多による許容量越え、オーバーパワーが銃に与える負担を減らすことのできるガジェットだ。
銃に描かれた回路、そしてトップスターに魔力を込める。残呪の霊銀を上部より込め、十分に魔力を込めたら、中腰で構える。これでも威力分散にはまだ足りない。
「ラクリア、下がって」
「えっ?」
応戦していたラクリアを下げて、引き金を引き、発砲する。
衝撃で、のけ反り、バク宙、背後に吹き飛びながら足が地面について擦れる。
耳が痛い。あんまり威力過多は使いたくない。音も大きいしね。
大砲のような衝撃のち、オーガシェルの殻を粉砕する。
パワーにはパワーをぶつけるんだよー。
命中精度が下がるんだよー。反動すごいし銃にかかる負担もすごい。威力は高い。
超長距離狙撃はワンチャンある。
でもオリジナルのコインガンにはほど遠い……。
パウンドスーツ、淑女の嗜み込みでこの反動がある。
自分の作ったものって短所ばかりに目が行く。
「すごい……これが人の兵器」
淑女の嗜みを装備したら、君の鉛打ちもこれぐらいの威力あるんじゃないかな。貸さないけれど。
ラクリアがいなければ、ブラックドッグに永遠と触手を齧らせる仕事をさせていた。それでどうなるかってそのうち触手を再生できなくなって移動もできなくなる。そんなオーガシェルをニマニマしながらつんつんするのが好き。
ヴェーダラの目で辺りを見回す。音に気付いた下層と上層のホロやホロウがこちらを警戒している。こちらを目指している者もいる。
一匹速度を上げてこちらを目指してくる個体がいる。ウェンディゴ……グレンデル。
ウェンディゴかな。ウェンディゴはホロウで雌個体だ。サキュバスの一種。幻覚を見せ誘惑し犯しながらバリバリと食べてしまうやべぇ奴だ。
グレンデルはゴブリン級ホロの亜種。
やっぱりウェンディゴの好物はエルフの男の子なのかな。
「なんですか?」
「何が?」
「こっちを見るので」
「ふんふん」
「ん? ……んー?」
オーガシェルから玉を抜き出すラクリア。
「ラクリアってさ」
「はい?」
「ウェンディゴって好き?」
「逆に聞きたいのですが、ウェンディゴが好きな人っています?」
「うーん」
「なんですか?」
世界に一人は好きな人間がいるかもしれないので否定はできない。
一枚じゃさすがに無理……今は二層上、一層上の階段前通路、直線路で狙う。
「ちょっとね」
マッピングディスプレイ、予想進路、誘導進路をなぞり、ウェンディゴをロック。
この通路なら数回のゆるかなカーブを描くことで目標に到達できる。大きなカーブは二つあるかな。
反動吸収ガジェットを抜いて消音ガジェットを装着。
夕霧の霊銀を十枚持ち、装填してあったコインを抜いて込めなおす。
対象との距離をチェック。ラグを意識、通路に入る十秒前で初弾を想定。
十秒前……五秒前……一秒前……初弾ファイア。
スキル十連射――同じモーションで最速十連射撃。
一発約一秒遅れるとみる。実際はコンマ。三発目の発射で初弾が目標へ到達。初弾は命中……した、かな。撃ち終わったら、ヴェーダラの目で見る。横目でマップ確認、対象のマークを確認、弾を再装填、構え――対象は、沈黙。
「びっくりした……急にどうしたのですか?」
「ウェンディゴが出たーよ?」
「え!? 何処ですか!? 私の後ろへ下がってください‼ 私が対処します‼」
「大丈夫なの?」
「人間よりは免疫があります‼ 何処ですか!?」
「上層通路、対象は沈黙」
「……倒したのですか?」
「だと思う」
「スキル。神の加護、ですか? 玉を回収しましょう」
「待って」
「はい?」
おかしい。ウェンディゴの体が消えない。
夜術書を召喚する。
しおりの挟んであるページを開いて魔力を通す。
現れた黒い犬。ブラックドッグ。
ヴェーダラの分体を出したいところだけれど、ラクリアの前でヴェーダラの分体を出したら倒れそう。いつの間にかいなくなっていた。と思ったらパウンドスーツの内側に広がっていた。覗くと数個の目玉がギョロギョロとこちらを見た。ホラーだぞ。
「術ですか」
ラクリアのセリフに目配せで肯定。
現在おいらはエルフリーデと同化中。エルフリーデに発動してもらっていた夜術を自分で発動しなければならない。
犬をウェンディゴへけしかける。マップを見ながら上層へ誘導。ヴェーダラの目で透かしながら動向を見る。
足に噛みついた所起き上がった――やっぱり死んだふりか。倒すには威力が弱かったかな。魔力量の調整をミスったか、大きな曲がり角二つで威力が落ちたのかもしれない。
夜術書のいくつかのページを抜粋。本から解き放たれたページがいくつか宙に舞い、強化された無数のブラックドッグが出現して上層へ駆けだす。
足に噛みついていたブラックドックが引きはがされた。サルのような威嚇をはじめる。両手を激しく上下に振り、その場で何度も飛び上がり両足で地面を叩く。
伺うウェンディゴの様子――コイツ、もしかしたらホルダーかもしれない。ブラックドックを見てニヤついている。
ウェンディゴがブラックドックに横を向けて歩きはじめた。手をだらりと下げ足が地面については離れて、つま先だけで歩くように。
何か幻術の類を使用しているのかもしれない。
不可思議な術だ。こういう時木星の加護が欲しい。木星の加護があればホロウの術を真似できる。
およそ二十体のブラックドックを召喚したら本を消し、駆けだしたブラックドッグを見送る。ついでに外装から鎮静剤を取り出して口に咥えた。淑女の嗜みで指を擦り火を灯す。
ヴェーダラの目の中では犬とサルの戦いが始まった。
「もしかして、アトゥって結構強い?」
横に来たラクリアにそう言われた。
「そんなわけないでしょう? そこそこの中堅よ」
「何の神に加護を貰っているの?」
「夜と闇の女神」
「そうなんだ。メジャーなの?」
「ある意味メジャーだね。知らない?」
「そうですね。あまり神には詳しくなくて」
「体を穢された人間が良く契約するのよ?」
ニマニマしながら揶揄するようにそう告げると、ルシールは驚いた顔をした後、顔が徐々に赤くなり、歯をむき出しそうに……その後急に悲し気な顔をしておいらの服の裾を掴んで来た。
「無理して言わなくていいですから……」
エルフリーデが貴族に嫁として狙われなかった理由はある。夜と闇の女神と契約していると大体的に公言しており、皆の前で穢された体であると宣言していたからだ。望まず穢された人なんて五万といる。そう言う人達がやり直せるような筆頭に仕立て上げたかった。そんなうまくいくわけもなく、賛同してくれた人も確かにいたけれど、敵になった人の方が多かった。大きなお世話って奴。実際には穢れそのもので、穢されるような存在じゃないしね。やっぱり偽善ではあった。見透かされたんだろうね。
「ごめん、からかっただけ」
庶民の選択肢は狭い。錬金や薬学は貴族の権威でガチガチ。そこに庶民のつけ入る隙間なんてない。女性は特に……だから庶民でヴィーナス様の加護を受ける人間は圧倒的に多い。
それでも間違えはおきてヴィーナス様の加護を得られない人々がいる。もちろん加護はそれだけじゃないけれど、他の加護ってほとんどが特殊系や戦闘系に特化していて貰えても扱えるかどうかは別の話。それに他の神様には他の神様の制約もある。
ヴィーナス様を責めているわけじゃない。この国でもっとも苦労して力を裂いているのはヴィーナス様で間違えないからだ。間違えを犯すのはヴィーナス様のせいじゃないしね。
夜と闇の女神の加護は力こそ弱いものの万民に等しい。体は丈夫になるし、血液は少し穢れるけれど病にはかかりにくくなる。でもやっぱり自分だけを守る力だ。
この二つの関係はとても難しく、おそらく解決しない。
ぼくは、身を切り売りするしかない人達の地位を向上させたかった。
でも、そうはならなかった。ぼくなんかいらないって。余計なお世話だって奴。その通りだった。
「……もう‼」
ルシールが少しギクシャクしてしまった。ついてはいけない冗談だったのかもしれない。
「エルフは神とは契約しませんから……」
エルフは神と契約できないからね。
「そう言えばそれ、口に咥えているのってなんですか?」
話を逸らすようにルシールがそう告げ、この冗談があまり良いものでは無かったことを深く実感する。こういうところがダメだよね。
「これ? 鎮静剤だよ? 吸ってみる?」
口から離して差し出すと、ラクリアはおいらを見て、おいらの唇を見て、鎮静剤を見て、伸ばした手がおそるおそる。
「あぁ、ごめん、新しいの出すよ」
「それでいいです‼ もったいない‼」
そんな乱暴に取らないでよ。
「吸えばいいんですよね? はむ」
「火傷しないようにね」
「はっはっ喉がスース―します」
「体に悪いものじゃないから」
「そうなのですね。初めてのことばかりです」
ウェンディゴ、焦っている。一匹だと思っていたら後続から二十体が現れ、しかも彼ら黒犬には戸惑いがない。生殖行動の無い生物に催淫は効かない。生物ですらないしね。
足に噛みつかれ、腕に噛みつかれ、体を削り取られていく。腕を振っては払おうと、その指すら噛み砕かれる。初歩の術だろうとレベル9にもなれば鋼鉄でもかみ砕き削り取る。
喉元に噛みついて繰り出されるデススパイラルで胴と首が離れた。
玉とコインを回収させて戻らせる。
「ふふふっちゅー……ですよね」
ラクリア、長年あんなところにいたから、精神がちょっと不安定なんじゃないかな。精神に異常があるかもしれない。どうしよう。精神系の異常はさすがにおいらでも治せない。薬って言っても限界があるし。ヴェーダラ様の加護ってヴィーナス様とは真逆の加護なんだよね。みんなのためにある加護じゃなくて、自分のためにある加護だ。だから自分を強くするけれど、他人に対する配慮がほとんどない。
ヴィーナス様の加護がみんなで手を取りあって生きて行きましょうってコンセプトなのに対して、ヴェーダラ様の加護は俺が強すぎて他人がいらないって感じの加護だ。
そのためヴェーダラ様に加護を貰う時、全ての神様の加護を捨てなければいけない。契約を解除するとかそう言う話ではなくて、捨てなければいけない。
おでこに手を当てると、ラクリアは顔と視線をそらせて笑っていた。
やっぱり……脳みそに異常があるかもしれない。脳の異常はさすがにおいらでも……強力な気付け薬を後で作ってあげよう。
ブラックドックが返って来て、持ってきたコインを回収してコインホルダーに入れる。最後の一匹が持ってきた玉を受け取った。
目算縦七センチほど、横五センチほど。色は緑、黒く濁っている。透かすと回路が見える。
トップスター。
「綺麗……エメラルドですね」
「わかるの?」
「はい」
外装より小型鑑定ルーペを出して覗く。
引き寄せる者――トップスターの中にも種類があり、下級、中級、上級、銘入りがある。これは銘入り。銘は引き寄せる者。魔力を循環させることで、持ち主に幸運を引き寄せる。
幸運グッズ。魅了系のトップスターじゃないのは残念。
ラクリアに放り渡す。
「ちょっ、もう‼ 危ないでっ……わぁ綺麗。こんな宝石で指輪を作ったら綺麗でしょうね……」
「イザークとの婚約指輪でもつくったげようか?」
「ぐぐぐぐぐぎぎぎがががが‼ 私コレ‼ 怒っていいですよね‼ いいですよね‼ 怒りました‼」
いいよ怒って。ぼくは君に好かれる気がさらさらない。
トップスターもこのままで正常に使えるってわけじゃないからしばらくは御蔵入りだ。
ヴェーダラ様の加護を受けた時から、ううん、それ以上前から、ぼくは結局自分のためにしか生きられない。
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