十三番目の使徒
「それでエルフの攻撃術の話だけど」
「攻撃術はいくつかあります。私はゴウ派ですが」
「ゴウ派?」
「ゴウは体に纏ったラを武器にする武術派のことです。逆にセイ派があります。セイ派は人で言う術を主体にする派閥です」
ルシールが軽く握った拳が熱を帯びていく。
「これで拳を打ち込むのがゴウです」
「意外と肉体派なのですね」
「……私はセイ派も嗜んでいます」
なぜかルシールはムスッとしてそう言った。華奢な女の子にムキムキだねって言ったら怒るのと同じなのかな。その言葉で怒るのかどうか知らないけど。
デッドラインから抜けた犯罪エルフと殺し合った事がある。
デッドラインは基本的に男性で構成された執行部隊で、記憶の限り少なくとも彼が使った術の数々はゴウ派と異なる。
おそらくエルフの女性が主に扱うのがゴウ派、男性が使うのがセイ派と思われる。
「ちょっと打ち込んでみてよ」
「かまいせんが」
手の平を軽く殴ってきた。受け止めると熱い。熱を抑えているのだろう。
「熱で相手を焼くのですね」
「はい」
「では、これはできますか?」
「どれですか?」
手の平を出させて、鉛打ちをする。鉛打ちは前世でじじぃ(祖父)に教わったものだ。
祖父はおいらに厳しかった。でもそれはおいらを嫌っていたからじゃない。おいらの容姿が、おいらの体と心が将来様々な問題を生むのではないかと考えていたからだ。
おいらは祖父たちにとっては忌み子のそれだった。
祖父は妹には優しかったけれど、おいらには厳しかった。
そしてしこたましごかれた挙句、奥義の一つとして叩き込まれたのが鉛打ちだ。
祖父は若い頃、世界を回って武者修行していたらしい。もともと古武術を受け継ぐ家で、でも儲からないからと空手を教えていた。
大陸に渡った時、頸という技を習得しようと頑張ったけれど、祖父には頸が使えなかった。
頸の才能が無い。
そこで祖父が頸の代わりに編み出したのが鉛打ちだ。
打ち込んだ拳が鉛のように重いという意味合いからつけたらしい。ちょっとダサいよね。
「これが鉛打ちです」
コツは打ち込む時、少し体を地面から浮かせる事、そして地面に降ちる重力を拳に乗せて打つこと。普通の打撃と違って、体重と重力が乗っていて重い。
ルシールが拳を手で受け取るが、拳はルシールの手の中で止まらず、重さで沈むように頬へ到達して、ルシールを後ろへ転ばせた。
「きゃっ」
「これは鉛打ちです」
「ひどいです‼ 本気で打ちました?」
「ゆっくり打ちましたよ?」
鉛打ちの利点はある。鉛打ちは、体重の重さを持っている。体重40㎏の女性が打っても、単純に言って40kg+αの重さを持った打撃が繰り出せる。
問題はある。いくら重さのある拳を打てても、打ったほうにもその反作用がある。
拳を鍛えていなければ拳を痛める。拳どころか腕や肩も痛める。
妹が鉛打ちを使い肩の骨が外れるという怪我をした。
鉛打ちの極意は、この反作用を逃がすことにあると思うけれど。
鉛打ちの反作用を逃せるようになれば、大半の打撃の衝撃を筋肉を使って地面に逃がせるようになる。
「ラゴウに似ていますね」
「打ってみてください」
ルシールが脱力しておいらの前に立ち、一瞬にして体勢を変え、拳を繰り出してきた。脱力からの筋肉を利用した打撃。いい空手だ。繰り出された拳、腕を使い拳を反らし、威力を殺す。腕が伸びきれば拳の威力が消える。若干のスクリュー、ちゃんと拳を回している。コークスクリュー。ジャイロ効果を持った拳だ。
纏ったラがらせん状に動く。おそらく着弾点を熱で破裂される技だ。爆弾みたいな感じ。かわしながら、反転し、裏拳――鉛打ちを乗せる。この鉛打ち、別に拳でなくてもいい。手を開いていてもコツを掴めば重さを乗せることはできる。
顔はやめて肩へ。体重の乗った平手の甲はルシールを横へよろめかせた。足も細いし、本調子じゃないしね。体重は推定40kgと推測する。
「反撃するなんて聞いてないです‼」
「すみません、つい。ラゴウと鉛打ちはどうやら根本から違うようです」
「そうですか?」
「教えるので試してみてください」
言って聞かせ、やって見せ、やらせてみた。
ゴウ派が肉体的な武術の使い手なのはすぐにわかり、ルシールは鉛打ちの仕組みを覚えて実践してみせてきた。ただ……ルシール君、君さ。デットラインの構成員でしょ。おそらくセイ派を使わないのはゴウ派の方が苦手だからだ。
「不思議な打ち方ですが……これは私、これ、腕が痛いです。今の私ではこれは無理です」
「そっか。でも覚えておいて損はないよ。もし拳に水の塊を纏えるようになったら使ってみて。私、あんまり派手で音のある攻撃って好きじゃないの。乱暴だしね。対象だけを沈黙させる方が、周りへの被害も少ないし」
「ふふふっ。貴方は、エルフでも無いのに、エルフみたいな考え方をするのですね。拳に水ですか、それは可能です」
奥義なのに教えて良いのかって話だけど、別にいい。
奥義って言っても特別な技ってわけじゃないし、地味だから引き継がれるのかも微妙なところ。じじぃも自分の代で廃れそうな技だと言っていた。
そもそも銃や術のある世界で、これを使うなら剣や銃や術を使った方が素早く相手を沈黙させられる。拳で戦うのなんて特殊な戦闘時ぐらいだもの。
ただおいらは拳での戦いが一番得意だ。なぜならじじぃにしこたましごかれたからだ。
おいらが嫌いだからじゃないと信じてるぞじじぃ。あのくそじじぃマジくそじじぃ。
本気で来いって言うからぼこぼこにしてやったら嫌がらせでしこたま意地悪された。
あのじじぃぶっ殺してやる。思い出しても殺意が沸く。
応用はできる。棒術とは相性いいかな。
水を拳に纏うことができるとラクリアは言った。つまりゴウ派とは魔力を体に纏い戦う流派のことなのだろう。魔力は元素変化可能で例えば水を纏い操ることで拳を衝撃から守ったり、単純に間合いを伸ばしたりすることができる。
セイ派はおそらくラ・スーが基軸。魔力を植物の形に変化させ、そこに属性を付けて攻撃する流派だと思う。
王都にいたシシリーやグローリア、ヴィクトリアの三人はセイ派(推定)の術を使ってライブを盛り上げていた。
セイ派はエルフらしい魔術だ。ゴウ派は多分異端なんだろうな。多分……エルフの歴史が関係している。
「貴方は、変わっていますね」
「そうですか?」
「はい。人間が、みんな貴方みたいならいいのに」
人間も色々だしエルフも色々いるでしょうと言おうとしてやめた。おいらもいい人間かと言われればそんなわけもないしね。
「貴方が、女の子だったら良かったのに……」
不穏なセリフは無視しておいた。
そういえばさっき女は私の敵って言っていたような、つまりおいらを敵にしたいということなのか。嫌な奴なのだ。助けてあげたのに。
「ところで、この外装は中が空間になっていまして」
「はい。マジックバッグですね」
「バッグではないですが、ここに入れます?」
「はい?」
「ここに入れますか?」
「私が、ですか?」
「そうです」
「私が、その中にですか?」
「そうですよ?」
外装を広げて、内側の空間をルシールへ向ける。
ルシールはおそるおそる外装に触れ、顔を入れて、すぐに後ろへ下がった。息は荒く、胸の前で手を握る。表情は険しい。
「無理です……さすがに、怖い」
「そうですか。すみません。さすがに怖かったですよね。最悪この中で過ごしてもらおうかと」
「すみません……すみません」
ルシールは意味を察したのか、謝りながら涙を流して伏せてしまった。さすがにこの中に一人でいるのは今のルシールには苦しい事だったかもしれない。
「いいえ、気にしないでください。ところで、エルフが強くなるには何が必要ですか?」
「もう……私、泣いているんですよ。少しは慰めてください」
「そうですか。どうして欲しいですか?」
「頭をぽんぽんしてください」
なんかコイツ、妹に似ている。
エルフの強さは魂の強さらしい。魂の強さってなにって話……。
「エルフは沢山のものを受け止めて強くなるんです」
なにそのゆるっとした感じ。なんかないの。筋力とかレベルとか。ラの強さがエルフの強さだってわかるけれど、筋トレすると強くなるとかないのかな。
ラを強めるにはどうすればいいか。生命エネルギーの強化か。
お母さん、エルフの設定は悩んでいたからなー。
「私はまだ本調子じゃないのですよ」
「足も細いしね」
「むっちりの方が好きなんですか?」
男はそもそも好きじゃない。
二日後、攻略(暇つぶし)を再開する。
制御室から出る際にラクリアが制御パネルを弄っていた。遺跡の管理はエルフの役目でもあるらしい。制御室に入る権限があるのだからそういう仕来りなんだろうな。といってもラクリア達エルフは遺跡管理システムが壊れていないか確認し、壊れていた場合にそれを直すコードを外部より入力するだけなのだそうだ。
三十六階層――またオークとゴブリンの巣窟だ。
エルフの男子が意外と武闘派すぎる……。ラを纏い、オークとゴブリンを殴っている。鉛打ちを習得してから喜々として殴っている。やべぇ奴にやべぇ攻撃方法を教えたかもしれない。頭蓋骨を粉砕している。陥没した頭蓋骨を見る。
アンテ種って文明的なものが無いのかもしれない。オークやゴブリンの持っている武器がこん棒などで金属のものがほとんどない。岩を直接投げてきたりする。これは彼らの神がテスカ神というのもあるのだけれど。
ゴブリンてもうちょっと頭良くてもいいと思うんだ。
石投げるにしてももうちょっと投げ方があるでしょう。投石器みたいに投げてくる。
ルシールのあまりものを銃で撃ち殺す。
「それが、銃ですか? 私、それあんまり好きじゃありません」
エルフが銃を嫌いな理由って正々堂々と戦い、相手と向き合い、受け止めた上で撃破する戦い方を好むからだと思う。エルフって自然の民だしね。優しい弱肉強食なのだろう。優しくはないかもしれない。
「あらそう?」
まぁ使うんだけどね。
「貴方は、私と同じぐらいの事、できますよね?」
マップを確認する。
「そうね。できなくはないと思うよ」
「どうして魂に向き合わないのですか?」
「その生き方、とても崇高だと思うよ。貴方に比べたら、自分は卑怯で憶病な戦い方だと痛感します」
「そこまで言ってませんけど……」
「でもこれが人間の戦い方です。人間は憶病なのです。優しく言うと怖がりなの。それにその戦い方は非効率。命を取るのに非効率なんて言葉は良くないとぼくも思うよ。でもね、ぼくは死にたくないし、いざという時体力が無くて倒れるなんてごめんだよ」
「人間の、戦い方、ですか……」
「人間はエルフと違って寿命も短いからね。死が怖いんだ。エルフはそこを理解してくれないからさ」
「エルフだって死は怖いですよ。長いから余計に。だからこそ後悔の無い生き方をするんです」
「その結果が駆け落ちなの?」
「それは‼ それは言わない約束です‼」
そんな約束してない。
それで穴に落とされて見捨てられていたら世話がないと脳裏に浮かびはしたけれど、さすがにこのセリフを言うのはやめておいた。反発されそうだし、激高しそうだしね。
「私は‼ 私は本気でイザークが好きだったんです‼ 愛していたんです‼」
初夜もまだだったのに本気もクソもないでしょ。そう考えて、おいらも愛なんて知らないじゃないかって思う。なんでおいらってこんな偉そうなの。ドラッベンラの癖が抜けきれていない。話し方も動作も意識も中途半端だ。自分とドラッベンラが混ざり合っている。
「何笑っているんですか!?」
ルシールの話を鵜呑みにするのならイザークが百パーセント悪いよ。
ぼくだって選んで間違えることはあるでしょ。
「だいぶ元気になったね」
「……もうっ」
むくれたエルフ、推定七十歳(以上)。
「……なんですか?」
「何も言ってないよ?」
「失礼です‼」
何も言ってないのに。
見た目も骨格も完全に女の子なんだけどね。
見ているとため息が出て鎮静剤を口に咥えた。
ゴブリンの死骸、飛び出た脳漿(のうしょう)、脳髄などは見ていてあまり気持ちの良いものではなかったからだ。
イザークへの鬱屈がゴブリンを殺している。
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