十二番目、だが男だ。

 制御室に戻り穴を見る。底まで見える。

 普通の人がここから登るのは道具なしには無理そう。ロープなどの痕跡も見られない。落ちた、と見て間違えないのかな。

 エルフが真下に通りかかった。

「おーい」

 声をかけてみる。

 エルフはビクリとして、おそるおそる辺りを伺う素振りを見せた。

「ねぇ‼」

 もう一度声をかけるとまたびくりとして辺りを見回した。

「上‼」

 ぱっと上を見たエルフと目があった。こけた頬とやせ衰えた体、エルフの目がおいらの目を見た。

 口を開いて、何か言おうとしているのに、声がでないのか、見上げるだけ。

「大丈夫!?」

 そう問いかけると、エルフは可愛い顔をくしゃりとして泣き出してしまった。


 「あっあぁ……」

 エルフはそう言った。そう言って首を振る。腕を組んで辺りをぺたぺたと歩き、穴の中をさ迷っていた。そして床にへたり込み嗚咽を漏らす。何かよほど辛いことがあったのかもしれない。

 とりあえず降りてみる。

 サイコオーラを伸ばしゆっくりと降りる。

 へたりこむエルフの隣に足を落として辺りを見回す。歪な壁の部屋。ヴェーダラの目で壁周りを確認。天然の洞窟、穴のようだ。遺跡ができる前からある地層に開いた穴かな。この穴を使って下層に下るのは無理だ。

 明かりは上部の穴からのみ。差し込む光しかない。僅かな光。上を見ると白くて眩しい。差し込む光から影に入ると途端に空気は冷たくなった。少し寒い。

 壁に近寄り触れると硬い。堆積物か押しつぶされ、長い年限で石化している。

 ヴェーダラの目の中には、巨大な生物の頭部の化石が見えていた。この空洞、巨大な生物の頭の中だ。

 大きい。露出しているのは並んだ牙だけ。牙だけでも相当な大きさがある。牙は乳白色、撫でると表面の土埃がぽろぽろと落ちた。

「ふっふっ」

 埃を吹く。

 すごい――それしか言葉が出てこない。水の流れる音が聞こえ地面はわずかに濡れている。床と壁の間に隙間があり、長い年月のうち水が下部より流れ出て出来た空間のようだ。


 ガスなどは溜まっていない。空気より重いガスを懸念していなかった。エルフがいるから大丈夫だと思い込んでいたけれど、空気より重いガスが溜まっていたとしても、この下部の隙間より水と一緒に下へ流れていただろう。あぶなかったー。

 化石になっても牙は硬かった。一本貰っていっちゃダメかな。掘り出すには岩盤を削る必要がある。

 ヴェーダラの目で観察した時、エルフは何か苔のような物を食べていた。壁に指を這わせるとまとわりつくような少しの粘り、藻のようなものが壁に付着しているのを確認。

 緑というよりは茶色の藻類……かな。目先にもってくるとだいぶ泥臭い。藻類は厳密には植物ではない。だからなんだって話だけれど、バクテリアを食べる種類もいる。微細藻類……の集まり、その可能性はある。調べれば特殊な栄養素などの発見があるかもしれない。けれど今できるはずもない。エルフの食性は人間よりやや草食気味。エルフが食べて大丈夫ということは人が食べても大丈夫だということ。

 違うならエルフが食べても大丈夫な種類なのか、それとも食べる術があるのか、それとも……。

 食料などは見当たらない。これを食べていたのだろうか。というよりも荷物が見当たらない。

 肩を掴まれて振り向くとエルフがおいらを睨んでいた。

「げんきゃく?」

 おいらの体にぺたぺたと触れながらそう呟く。

「大丈夫ですか?」

「ぅえ!? げんきゃく!?」

 幻覚って言ってるのかな。

 どれだけ幻覚なのだ。おいらが幻覚なのだ。

「幻覚ではありませんよ?」

 身体はそれほど汚れていないが、服は擦り切れてほとんどがほつれ、要所要所に白い肌が露出していた。それにしてもやせ細っている。

「あっ!? あ!? いっ……‼」

 何か喋ろうとしているのに、喋れず、エルフはただおいらの肩を弱い握力で掴み、縋り付くようにしがみ付いて来た。よほど人が来ないと思われる。

「大丈夫ですよ? それにしても、良くこんなところにいますね? 私は人間ですが、エルフの方、大丈夫ですか?」

「あっ‼ あっ‼ あぁ‼ ……っ」

 エルフはいきなり白目をむいて倒れてしまった。失神したようだ。


 元は可憐なエルフだったことが伺える。

 おいらの故郷にあるエルフの似姿そのままだ。

 ただやはり……ついている。

 エルフを抱えてサイコオーラを纏い、上部の穴より制御室へ。横に寝かせ目覚めた時の準備、食事の準備をする。と言ってもクッキーぐらいしか無い。

 しばらく食事を取っていないのなら、こんなクッキーでもお腹を壊してしまうかもしれない。外装の中に手を入れて適当な衣類を敷き、その上にエルフを寝かせ寒くないように上からも衣類をかぶせる。衣類は洗っていないので、少し臭いかもしれないけれど我慢して貰う。やっぱり臭いのかエルフの鼻が広がったり縮まったりと臭いに反応していた。

 鎮静剤を出して火を点ける。淑女の嗜みで指を鳴らせば火花が散る。

 鎮静剤は精神を沈める効果と共に、体の痛みも和らげる効果がある。

 外装の中より鍋を持ち出して冷却室へ。煮えたお湯を汲み、クッキーを入れてふやかす。エルフって干し肉食べても大丈夫かな。食べかけの干し肉を握力で握り潰して細かくし、鍋の中に入れてかき混ぜる。

 塩クッキー干し肉ふやかしスープ……鍋。

 結構ふやかした方がいいかもしれない。

 スプーンをエルフリーデから受け取り、一口食べてみる。うーっうーん……なんだろう。パテ食べているみたいだ。ふやかし過ぎたフレーク菓子塩味風味みたいな。

 パテって肉とか魚とかすり潰したもの。

 塩味パテフレークフヤカシマシマシ。冷めたらやばそう。

 パッと目を開いたエルフと目が合う。

「起きました?」

 そう問いかけると、エルフは目を見開いて、ぽかんと口を開けた。そしてゆっくりと言葉が紡がれる。

「うめじゃない……」

 多分夢じゃないと言っている。

「大丈夫ですか? 起き上がれますか?」

 弱った手で体を起こそうとするエルフを支えて起こす。

「あっ……あなだわ」

「私はエルクトゥアトゥククと申します。クトゥとお呼びください」

「あっ……クドゥしゃん」

 お水を汲んで来ていなかったと、離れようとするとエルフの顔は歪み、衣類を掴んで離れまいとしがみ付いてきた。

「やっ‼ いやっ‼」

「大丈夫ですよ。喉が渇いていませんか?」

 首を振って強くしがみ付いてきて、よほど困っていたんだなと痛感する。あんな穴の中にいたら普通、こんななるよね。

「わだっわだぢヴぁ……あっごほごほっ‼」

「ゆっくりで大丈夫ですから。今はゆっくりお休みください。ご飯は食べられますか?」

 エルフの悪者だったらどうするんだと言う話だけれど、そしたらおいらが責任をもって殺す。

 怪しい料理の鍋を差し出すと、エルフはおいらを見上げ、おそるおそる鍋の匂いを嗅いで、スプーンを持って、目の輝きが強くなるのを感じた。

「ゆっくり食べてください。ゆっくりですよ」

 指がうまく動かないのか、スプーンを上手に持てず、スプーンを持って口に差し出すと、口に含む。

「んっ‼ ウェ……ええええええ」

 やべっやっぱり不味かったかもしらん。泣き出したエルフに困惑し、泣きながらエルフがスプーンを持とうとするので、すくい差し出すと食べる。食べるみたいだ。

「ゆっくり食べてください」

 食べにくそうだな。エルフの後ろに回り座り、背後から包みながら食べさせる。

 随分と体が冷たい。エルフは人間を嫌う、けどこのエルフは大丈夫そうだ。

 急いでがっつこうとするエルフを制してゆっくりと時間をかけて食べさせる。

「うっぷ……」

 エルフは吐き出しそうになり顔を青くして床に盛大に吐き出した。こちらへ向かず、向こうを見てくれていたのが幸いだ。

 胃が受け付けない。やっぱりあんまり食べ物を食べてこなかったのかな。

「胃が受け付けないかもしれません。ゆっくり咀嚼して呑み込んでください」

 汚物を処理し、ご飯を食べ終えたらまた横にする。

 離れようとすると服を掴んで不安そうな顔をし首を振って嫌がる。

「やっ‼ いやっ‼ はなっ‼ やっ‼」

「わかりました」

 手を握って横で添い寝する。おいらに甘えるように身を寄せて、エルフは離れまいとしがみ付き、気が付くとエルフは眠っていた。

 青白い血の気の引いた顔、食事を取ったからかじょじょに赤みを帯びていく。


 それから二日ほど、エルフの食事と添い寝を繰り返した。

 濡らした布で体を拭う。良く言うきめ細かな肌ってこういうのを言うのかな。背中を拭いているけれど産毛もほとんどない。汚れがそこまでないのは、エルフの魔法によるものかもしれない。耳の裏が白い毛でフカフカ。エンシェントエルフではない。

「わだっわだぢは」

 会話がおぼつかないのを不思議に思っていたけれど、どうやら名前はラクリア、ルシール、ラパンプキンと言うらしい。

 エルフの魔術体系は人の魔術体系と異なる。

 エルフは自然の信奉者。そのもっとも大きなものが太陽だ。

 古代エルフ語において、太陽はラ。

 特殊な音質で唱えられるラという音は熱を帯びて温かい。

 トーは月の事。エルフ達の魔術言語でトーラは太陽が月を照らすようにという意味になる。エルフは自身で魔力を持っているので、これら言語が意味と現象を持つ。

 エルフの踊り、舞はこれらの音を音楽に合わせて舞うことで、自然との調和を表すらしい。


 拙い言語を解読するにどうやらルシールは村に来た人間と駆け落ちしたようだ。

 エルフには粛清部隊デッドラインがいて、追手から逃れるためこの遺跡に入った。

 そこでルシールは言葉を濁らせた。

「言いたくなければ無理に言わなくて大丈夫です」

「あぅ……」

 ヴェーダラの目で無理やり真実を聞き出してもいいけれど。

「貴方は犯罪者、人を傷つけるような方ではないのですね?」

 一応これだけはヴェーダラの目で見て聞いておいた。

「はっあい……わたちは、いとを、いうつけません。ただ、ぞの、がけおちは、エルフにとって、ずうざいで……」

 私は人を傷つけません。駆け落ちはエルフにとって重罪と言っているようだ。

「そうですか。相手の方は?」

 そこでエルフは口を噤んでしまった。せっかくだから聞いておくかとヴェーダラの目で見る。

「ぞの、づきヴぁなされてぢまって」

「突き放されてしまって? なぜ?」

「ぞれが……ヴぁからなくて……わだち、がなじくて」

 面白そうなので全部聞くことにした。要約すると逃げ込んだこの遺跡内部で、安置、制御室を見つけたので入り、生活することにした。だがいざ初夜となり、股間を触られた途端、突き放されて、開いていた穴の中に落とされたらしい。

 お前は男なのかと聞かれ、穴の中で見上げながら頷いたら、相手はそのまま何処かへ行ってしまったようだ。

 あーなるほどね。


 余った洋服を裂いて、タオルがわりに、お湯につけて搾り、エルフの顔を拭く。

 人間の世界ではエルフに女性がいないのは有名な話だ。

 正確には女性がいないわけじゃない。

 この髪の長い可愛らしいエルフが男の子なのには理由があり、それは人間のせいでもある。設定なんだけどね。

 エルフは人間にとって宝石と同じ。ある者は恋焦がれ、あるものはその美しい容姿を追い求める。権力者は自らの子孫にエルフの不思議な力を求め、神からの乖離を求める。

 人間があまりにもエルフを奴隷にするものだからエルフは考えた。

 また長命のエルフと短命の人が一緒になっても幸せになれない。

 その子供もまた、ハーフエルフという名の呪いを受けるとエルフは考えた。

 もともと純血主義のエルフがハーフエルフを忌諱していたと言うのもあるけれど、じゃあどうればいいかと言う話になり、エルフは男女を入れ替えることにした。

 いやなんでって言われても、そういう話らしい。

 らしいってにわかかって話だけれど、母の設定上ではそうだし、おいらが貴族だった時、エルフリーデとして助けた奴隷エルフから得た情報でもある。

 にわかはにわかだけれど。

 結論から言うとエルフの女性は剣や弓を持ち勇猛果敢に戦うようになり、エルフの男性は蝶よ花よとおしとやかに生活するようになった。

 その結果、長い年月の末、女性は男性化し、男性は女性化した。ただ、性器だけは元の通りだ。

 だから小顔、童顔、華奢なエルフを見たら、この世界においてそれは男の子だ。

 そして背が高く、筋肉のあるエルフを見たら、この世界においてそれは女の子だ。

 エルフの男性は魔術が得意で弓などを扱うけれど、狩などはほとんどしない。家事などの雑務をこなし山菜などを採る。

 エルフの女性は剣、弓が得意で狩りなどを積極的に行う。

 エルフの女性が子供を産むけれど、子育てをするのはエルフの男性だ。

 母乳を与えるのもエルフの男性だ。でもこれは特殊な薬を使って母乳が出るようにするだけ。

 エルフにおいての正常位は、人においての騎乗位になる。


 このルシールがなぜ駆け落ちした挙句、捨てられたのか、この話を踏まえると、相手の人間はルシールを女の子と勘違いし、ルシールもまた相手の男性を女生と勘違いして恋に落ちた。初夜にて人間の男性に股間に触れられ、ルシールが男性であることがわかり、男性はルシールを捨てたのだろう。

 問題はルシールが捨てられたのが何年前かという話だ。

 ルシールの相手の男性の名前を一応聞いてみたが、イザーク・ド・ハルフォニアと言った。

 ハルフォニアはこの国において皇族だけが名乗ることを許される姓。

 これが本当ならばイザークは先々代の皇帝の名前となる。先々代の皇帝イザークは晩年エルフを捕らえて囲っていたらしい。そのどれもが美少年だったとか、王家の恥部として文献に残っている。ちなみに本を書いたのがイザークの正妃というね。完全に恨まれているよね。

 その話はともかくそれが本当であり、ルシールと駆け落ちした当初のイザークの年齢が十六だったのなら七十年ぐらい前になるかな。

 七十年もこんなところに閉じ込められていたらそれはこうなるよ。

 エルフは浄化魔術が使えるし寿命も長い。

 最初はしばらく落ち込んでいたらしい。その次に怒りが湧いたのだけれど上る術がなく、またしばらくしたら誰でもいいからここから助けて欲しいと思ったそうだ。


 特殊な瞑想法と飲み水、藻類を食料に今まで生きて来たらしい。すげー。エルフすげー。もう一度、突き落したら、どんな顔するのだろうかと、やべぇ考えが脳裏を過ってしまったが、さすがにそれは楽しそうだけどやめておいた。

「夢、みたいです……。私、助かるのですね」

「助かるかどうかはともかく、クッキー、ビスケットは沢山ありますので、遠慮なさらず食べてください。ところでエルフはお肉大丈夫でした? 干し肉を入れてあるのですが」

「エルフの里を飛び出した私はエルフの教義からは逸脱しています。エルフは殺生をあまり好まないのでお肉などを食べることは滅多にありませんが、私はもうそのような事は言いません」

 エルフは祭事の際、肉を食べる。聞いた話だけどね。人里で暮らすエルフは普通に肉も魚も野菜も食べる。

「魚は食べるってこと?」

「そうですね……魚はよく食べますね。お魚、ですか。このクッキー? ビスケット? も大変美味しくて胸の詰まる思いです。このような美味しいもの、今まで食べたことはありませんでした。貴方には感謝しても足りないくらいです。クトゥ様」

 エルクトゥアトゥククだから、クトゥね。

「クトゥでいいよ。ルシール様」

「ンフフ……そうですか? 私も、ルシールで構いません」

 ルシールが腕に絡みついてくる。これが女の子なら嬉しいけれど、残念ながら男の子だ。

「申し訳ありません……ただ人肌が恋しくて、こうしていてはいただけませんでしょうか?」

「今は体を治すことを一番に考えてください」

「……ありがとうございます」

 ルシールは制御パネルを弄れるらしい。古代エルフ語はエインシェント、ハイエルフに通じている。と考えていいかな。ルシール君。ちょっと気取っちゃった。

 とりあえず今の服装を着替えて貰い、簡易な上着と短パンを履いて貰った。

「何から何までありがとうございます……この御恩をどう返せばよいのか」

「気にしないでください。それに……なんといいますか。完全に助けるわけではありませんので」

 そういうとルシールは不安気な顔でおいらの袖を摘まんで来た。

「端的に言うとですね。ここは遺跡の三十五階層にある制御室ではないですか。遺跡から出るには上に上る必要がありますよね」

「はっはい……」

「私は下に用がありまして、ここからさらに下ります。ですので、貴方を上階まで送ることができません」

「あぅ……」

「ここでお別れです」

 そんな困った顔で上目遣いされてもね。

「私が一緒では、ご迷惑でしょうか?」

「貴方が万全な体力に戻るにはおそらく一週間はかかるでしょう。それまでは面倒を見る形でかまいません。ですがそののちは自力で上階を目指して頂くことになります」

「……うぅ」

 ルシールが涙を流しながら、おいらの服を摘まむから掴むへ変更して来た。

「そこを、そこっなんとかっなりませんでっしょうか。もうっ一人は、やです」

 七十年もこんなところに一人でいたらそうなるよね。

「……ごめんなさい。こうして助けて頂いただけも感謝すべきなのに、それ以上なんて」

「表層には人もいますし保護していただけると思います。十階あがるだけ、簡単、かんたーん」

 そう言うとルシールは口に手を当てて困惑したような表情を浮かべた。

「その、現在の、エルフと人の、関係は……?」

「あんまり良くはないね」

「うぅぅぅ……」

 意地悪したわけじゃない。現在もエルフと人の仲はあまり良くない。エルフの男の子を攫い奴隷とし貴族の子女の身の回りの世話をさせるのが流行っている。もちろん女性用メイド服を着せて。

 エルフの男性って基本大人しいしおしとやかだ。

 それに恥ずかしがり屋で、それが良いかどうかは現在では判別できないけれど、古き良き女性そのものだ。三歩下がって後を付いて来るような輩となる。

 性も恥ずかしがりながら虜になってくれるらしい。

 男娼の件もある。エルフの男娼は高級男娼としてとても実入りが良い。

 エルフのアイドルユニットもある。

 貴族お抱えのアイドルユニット、ラトーラトラーラ、通称ラトラトはエルフ三人組のアイドルグループ。全員女性用アイドルユニフォームを着た男性だ。

 なんでこんな事を知っているのかって、おいらはドラッベンラとしてラトラトに意地悪をしていた。この件は王子からの評価を著しく下げる効果を持っていた。やったぜ。

 ドラッベンラとしてちょっかいをかけ、エルフリーデとしてはそんなドラッベンラからアイドルグループを守る役割を果たしていた。

 リーダーの男の娘、シシリーは可愛くて人気がある。ちなみにこの子はヒロインの攻略対象。シシリーは可愛いー。可愛いけれど男の子だ。


 おいらも人間なのだけれど、一応助けたことで信用があるのか寝る時になるとルシールは寄り添ってきた。あんまり警戒心が無いのかな。人間と駆け落ちするぐらいだしね。

 真実を教えてあげようかどうか迷ったけれど、今は体力を優先させ、また何処かで会った時、元気だったら言うことにした。

 ルシールがとりあえずくっついてくるのなんでなの。

「ルシールさん。人にあんまりべたべたしてはいけません」

「……いいじゃないですか。男同士なんですし……」

 男同士だとエルフはスキンシップが多いようだ。

 ルシールの様子から少なくとも七十年近く前までは完全に男女逆転していると認識する。

「適切な距離というものがあります。貴方は私を信用しすぎです。貴方はエルフで、私は人です。パーソナルスペースが大事です」

 あと男にベタベタされて喜ぶ趣味が無い。

「パーソ? パーソスペース? もしかして……匂いますか? それとも、私が嫌いですか? 忌諱してます?」

「そういうわけではありませんし、貴方は無臭です」

 忌諱してますってなんだ。

「じゃあ……やっぱり私、変ですか? 人から見て、変ですか? だから、置いて行かれたのですか?」

「別に変じゃないですよ。それが理由じゃないと思います」

 ルシールの頭を撫でたり、頬に触れたりしようか迷ったけれど、やっぱりやめておいた。

 おいらは男の頭を撫でたり頬を撫でたりしても嬉しくない。

「じゃあ……こうしていていいじゃないですか」

 不安なのかな。また捨てられる。置いていかれるのではないかと不安なのかもしれない。

 普通に考えて好きな人に見捨てられたら悲しいし傷つくよね。

 おいらでもここに七十年はさすがに辛い。そう考えるとあんまり無下にもできなかった。

「エルさん、良い匂いで安心するんです……いいじゃないですか、少しぐらい……。人間のせいなんですからね」

 人間のせいじゃなくてイザークのせいね。人間すべてがイザークみたいなわけじゃないからね。

「人間じゃなくて、イザークのせいね」

「それは……言い過ぎました」

 会話がちゃんとできている。それだけでルシールを良いエルフだと思う。

 赤くなった頬、傾けて斜め下に向けた視線、お腹の前でからめた指。

 そういえば思い出したけれど、エルフの子作りって男性から誘う風習がある。

 エルフの男性は基本ワンピースタイプでひざ下まであるスカートを履き、ズボンも履いている。そしてこの女の人に抱かれたいと思ったら、ズボンを脱いで、スカートをモモまでたくし上げて誘惑する。


 エルフリーデで一度エルフの求愛を受けたことがある。顔を真っ赤にしてこちらも見られず緊張で震えていて顔を反らし、スカートをたくしあげてアピールしてきた。

 エルフの女性はこれにキュンとするらしい。

 おいらは見たくねータイプの下半身だなと思っただけだった。

 この風習のせいなのか、エルフの女性はエルフの男性に比べて性欲が強いらしい。

「エルさんなのですね」

「クトゥさんて、少し言いにくいです……それに、ちょっとエッチです」

 エルフってやっぱり人間とは感性が違うんだなー。

「足をほぐすのでこちらへ向けてください」

「……はい」

 座り、伸ばしてもらった足に触れ、表情や仕草から痛みが無いか、しこりも見る。食事を取るようになったとはいえ、ここまで細くなると、そう簡単には元の状態には戻れないかもしれない。

 視界の隅のルシールが恥ずかしそうに股間の布を抑えている。

 そういうのいいから。

「痛いところある?」

「足の裏が少し……」

 足の裏の皮膚が硬くなっている。硬くなった皮膚を指で押して和らげる。

「いたたたたっ」

「痛覚はありますね」

「はいったったたたたっ。痛いって言ってるじゃないですかぁ」

「痛みがあるのは良い証拠です」

「もう‼」

 実は夜か昼かも判断できないけれど眠くなったら寝る。寝る時も腕を組んできて困る。よっぽど人恋しかったのだろうな。イザークの奴、連れ出したのならちゃんと責任とって村まで送り帰せって話。イザークの奴だなんて偉そうに言ってしまった。

 次の日、目が覚めるとルシールが土下座していた。

「どうしたの? 新しい儀式?」

「違います‼ お願いがあって‼ 助けてもらったうえに差し出がましいとは思うのですが‼」

 声でか。差し出がましいと思っているなら言わないのが筋ってもんじゃろもん。

 顔を洗おうと思って隣の冷却室に行こうとすると先回りされた。また土下座。

「もう……なに? お腹痛いの?」

「違います‼ どうしてお腹が痛くて頭を下げるですか!?」

「トイレ行くなら抱えるけど?」

「ちっ違います‼ 破廉恥です‼」

 トイレは生理現象だよ。破廉恥じゃないよ。

 そろそろおいらもトイレだ。ルシールがいた穴の隅で済ませている。窪みがあって水が溜まっており、ルシールもそこを前々から利用していた。やっぱり降りるってなると一人じゃ嫌がる。

 冷却室で顔を洗ったらトイレ。

 穴の中に降りて、要(用)を済ませる。

 ルシールは穴の中に入るのを嫌がる素振りは見せた。けれど他にトイレの場所も無い。おいらにつかまっている間は常に震えていた。暗所恐怖症や閉所恐怖症を発症しているかもしれない。

「きっ聞かないでくださいよ!?」

「心配しなくても聞こえてる」

「破廉恥です‼ うぅぅ‼ 婿入り前なのに……」

 婿入り前ってなんだ。

「終わった?」

「向こう向いててください‼ でもちゃんといてください‼」

 はいはい。

「ちゃんといますよね!?」

「はいはい」

 ルシールが要を足したらおいらも要を足す。ルシールは律儀に壁の隅まで行き、屈むと反対方向を向いて耳を両手で塞いでいた。

 外装から出て来たエルフリーデのスカートの中で何時もの通り要を足す。

 終わったら持ってきた水で手を洗い、ルシールに声を、ルシールはほっとしたように顔を上げ、服を掴もうとするので避けた。

「なっなんで避けるのですか!?」

「ちょっと、手は洗ってよね?」

「洗いましたよ‼ もう‼ 失礼ですね‼ うぅぅ‼」

「あらそう? そういえば、ここの牙だけれど、貰ってもいいかしら?」

「……いいと思いますよ。古代竜の牙ですよね。誰の所有物でもありませんし」

「あらいいの? 牙を持ったら貴方を上に運べないかも」

「私そんな重くありません‼ 意地悪ですね‼ 置いて行ったら呪いますよ‼」

「おー怖い」

「本気ですからね!? 本当はここに入るのだって怖いんです……」

 随分元気になったものだもん。

 壁の一部を崩し、前歯の一本を掘り出した。一本といっても象牙のように長い。天然の回路が敷かれているように模様がある。虫歯の後かな。貴族に売ったらいいお金になりそう。

 採集が終わったら、牙を外装の中へ。ルシールを抱えてサイコオーラを使い、壁を掴みながらよじ登る。

 ルシールを下ろして冷却室へ向かう。

「あのぅ……それでお願いなんですけどぉ」

 鍋にお湯を入れてクッキー……ビスケットかもしらんを湯がく、というかふやかす。

「なに? もうこれは食べたくない? ダメだよ。これしかないし、貴方はまだ療養中。ふやかしたくないだろうけれど、ふやかさないとダメだよ」

「ちっ違います。私、それ嫌いじゃありませんし……」

「あらそう?」

 さすがにここ三日毎日のふやかしビスケット塩味が体に染みていた。

「つっっれてって……」

「またお手洗い?」

「違います‼ 地下に行くんですよね!? 連れていってください‼」

「できた」

 できた鍋を持って制御室へ。

「聞いてます?」

「聞いてるよ?」

 スプーンですくって差し出すと、ルシールは顔を近づけ、前に垂れて来た髪に気づいて手で押さえ、スプーンを口に咥えた。

「なんでついてきたいの?」

「……むぐもぐ一人じゃ不安なんです」

「そうは言ってもさー。安全の保障なんてできないし」

「ずっと地下にいるわけじゃないのでしょう?」

「そうだけど」

「……何をしに地下へ行くんですか?」

「地獄を観光しに行くけど?」

「……からかってます?」

「おいらにも色々事情があるの。どうにもならないの。暇だし」

 スプーンですくって差し出すと、ルシールは髪を抑えてスプーンを咥えた。美味しそうに食べるね。

「むぐむぐ、最後暇だしって言いましたよね。じゃあ、いいですか?」

「ダメって言っても勝手について来るのでしょう?」

「……そうですけど」

「おいら、この遺跡に少なくとも三カ月は滞在するつもりだから、エルフの里に帰りたいならさっさと上に上がったほうがいいよ。それに命の保証もできないしね。君、暗所が怖いでしょう? 狭いところも怖いんじゃない?」

「上に行ったからって命の保証なんてできないじゃないですか!? それに……もう一人は嫌です。他人は怖い。人間も、怖い。わかっていて地下で用を足させたのですか?」

「おいらも他人だけど?」

「あげ足を取らないでください‼」

 難しい言葉知っているね。

「おいらも人間だけど?」

「うぅう‼ 意地悪‼ 貴方は意地悪です‼」

「用を足す配慮は足りなかった。でもここだと地下以外で用は足せないし、目に見えるところに排泄物があったら嫌でしょう? 冷却室の水は汚したくないし」

「それでも毎回怖いんです……貴方が私を置いていくんじゃないかって。イザークと一緒で。イザーク、穴の上から私を見下げて、俺は女が好きなんだって言ったんですよ‼ ひどいと思いませんか!? 私が女に見えてたのかって話ですよ‼ 同性愛は別にかまいませんけどあのセリフはあまりにもひどすぎます‼」

「まぁ、それでこんな所に放置していくイザークはどうかと思うよ」

「そうですよね!? 最低です‼ 最低なんです……」

 イザークが百パーセント悪いけれど、そのイザークを選んだの、君だからね。とはさすがに残酷すぎて言えなかった。

「今、何考えてました?」

「次からはちゃんとした女の人を選ぼうね?」

「もう恋愛はいいです……」

 外装の中にいて欲しいけれど、さすがに暗所恐怖症と閉所恐怖症を併発していると思われるルシールを外装の中に押し込めておくのは難しいかもしれない。

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