七番目に彼女は丘を降りた。

 丘を望む一等地。

 そこに大きなお墓が一つ立っていた。

 あまりに立派な様相とはかけ離れて何処か寂しい。

 そんなお墓の前に少女が一人立っていた。

 手に持った小さな紫の花。指先は少し震え、目元からは雫が垂れ、それをもどかしく思うように花から片手を離して目元を拭う。

「あなたが、死んでしまうなんて、わたくし、まだ信じられませんわ」

 言ってしまった言葉に、死を強く実感する。

「本当に、申し訳なく、思っていますのよ」

 言葉が途切れ途切れなのは……。

「今回の事……はぁはぁ。ふぅ……どうやらわたくしのお母さまが関与しているようですの。貴方のお母さまも……それを見破れなかったわたくしにも落ち度はありますわ。これでも、これでもね。あなたのこと、認めていましたのよ」

 公爵家第一位で何不自由なく育った中、ドラッベンラだけが頭痛の種だった。ドラッベンラだけが不遜だった。それを煩わしく思い、それを疎ましく思い、だからこそ、いざいなくなると心に穴が開いたように苦しい。

 仲間など必要ないというその態度、劣る実力をあらゆる手で補う手腕、孤独ではなく孤高なのだと言いたい事は言い、言わなくていいことまで言う。

 思想こそ違えど同じ立場の女の子だった。どんな手を使ってでも自らの存在を知らしめる。その堂々とした姿が己をまた奮い立たせる。この子にだけは負けられない。思想も教養も態度もすべて負けられない。


 パンが無ければお菓子を食べればいいじゃないと、わけのわからない事を言い出し、施しだと貧しい子供達にクッキー菓子を投げつけていた。それに激高したものだ。

 材料が同じなのだからパンもクッキーも無い。

 庶民は貴族の道具だと言い放ったドラッベンラのその言葉に激高したものだ。でもそれはある意味的を射ていた。ふつふつと肌で感じていた事実でもある。

「こんな時代でなければ、身分など無ければ、私達、きっといい仲になれたと思いますの」

 そう言ったら、貴方は笑うかしら。

 そう言ったらきっと。

「貴方が私に傅くのなら考えましてよ? 金品を貢ぎなさい」

 金品を貢ぎなさいってあきれてものも言えない。ダイレクトすぎる。直接賄賂を要求しないでという話。その憎らしい笑みが容易に想像できて笑ってしまう。

 身分や思想、政治など関与しない普通の女の子だったのなら、きっといい友達になれたと思うのだ。ユエニファと私と、ドラッベンラ、そしてエルフリーデ。

 不遜なあなたの我儘に私が反発してユエニファが宥めエルフリーデが笑う。そんな姿を想像して不思議な気持ちにもなる。

 嫌だと言っても手を繋いで、四人手を繋いで歩くのだ。

「わたくしは、貴方とは違う思想で、この世界を、貴方と仲良くなれるような世界にしてみせる。だからそれまでお別れですわ。ドラッベンラ」

 迷ったら、迷いがあれば、ここに来るのだろうなと少女は思ってしまった。

 あの堂々とした不遜な態度が脳裏に浮かび、答えを導き出してくれると思うから。

 花をそっと添え、少女は立ち上がると、振り返り、丘の景色を望む。

「もう行きますわね」

 歩き出し、思い出したように少女は顔だけ振りかえった。

「そういえばわたくし、ソルジャーとしてバッティングのスキルを覚えましたの。次はあなたが失禁する番でしてよ」

 あの時、追放された時、ドラッベンラは何も言わなかった。少し疲れた表情をして、目の下には化粧が滲み、涙の痕だと……馬車に乗る時、笑っていた。少し微笑んでいた。その笑みは、今まで見たどの彼女の笑みよりも妖艶で美しいものだった。

 あの笑みが、トゥーラの瞼の裏に焼き付いている。目を閉じれば見えるその光景を余韻に、少女は一人、丘を下って歩き始めた。

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