⑨
じっと少女を見る。
「覚えておりませんか? ウェインザー子爵家のミザリーです」
どうしたもんかな。とぼけるしかないけれど。
「ごめんなさいね。人違いではないでしょうか? 私の名前はドロシードロッセルです。ミザリー様。ウェインザー子爵様がこの辺りを治めておいでなのですね」
「どういうおつもりでそのような事をしているのか、私には計りかねます。しかし貴方の匂いまで誤魔化せるものではありません。ドラッベンラ、ヴァーナヴィー公爵令嬢様」
「ミザリー様。ギルドマスター。……どうなさったのですか?」
お前がギルドマスターかよ。可愛い顔してやり手だね。
「ルチル。随分酔っぱらっていますね。シタラさん、ごきげんよう」
ルチルの顔が少しばかり苦い。なるほど、ルチルがおいらに近づいてきたのは、ミザリーの命令か。探りをいれていたのだろう。
「ごっごきげんようミザリー様」
無理するな。シタラ。
「貴方が何をしたのか、私は忘れておりません。今すぐに私と共に来るか、出頭なさってください」
椅子から立ち上がり、ミザリーに向き直ると、男二人が少女の前に出て来た。
「ミザリーお嬢様。ミザリーお嬢様? 私の名前はドロシーです。ドラッベンラ公爵家のご令嬢様とは縁もゆかりもありません。それでも、貴方がた貴族が出頭しろとおっしゃるのであれば、私は出頭しなければいけませんね」
「あくまでもシラを切るつもりですか」
前に出て来たミザリーお嬢様が見上げるように睨みつけて来た。顔が近い。ちゅーしたい。ちゅーしていいかな。いや、ダメなんだけどさ。
席からコップを取ると、頭に御酒をかけられた。酒の匂い、髪と皮膚を流れる。
「覚えていますか? 貴方にこうされたのですよ?」
いや、正確にはおいらじゃない。おいらの名前を利用したどっかのご令嬢がやった。
「ひどいですね。初対面の方に、よくこのような事ができますね」
頬が飛んだ。平手打ち、頬が、はじけた、感じが、した。叩かれた。頬を。全身にカッと血液の回る感触。スイッチの入った感触。怒りって奴。心は燃えても表は氷。
「白々しい……エルフリーデは? エルフリーデは何処なのです‼ あの方は何処にいるのです‼」
「何の事かわかりかねます。落ち着いてください。私はドラッベンラではありません」
「この匂い‼ この匂いを‼ 私が忘れるわけがない‼」
「そう言われましても」
「あくまでシラを切るつもりですか‼ シタラ‼ シタラさん‼」
「はっはははい‼」
「審判を‼ 女神の審判をかけなさい‼」
「そっそれは……」
「やりなさい‼」
「わっわかりました」
シタラがおいらの前に立つ。
「明星の女神の名の元に、汝、我が前で決して嘯くなかれ」
言葉に意味は無い。ただの暗示だ。
無駄だ。シタラのレベルでは女神の審判だろうとおいらに言う事を聞かせることはできない。
ダンスパーティだった。ダンスパーティで、着飾ったお嬢様が、田舎者だと馬鹿にされ、ドレスを汚され、泥を顔に塗られた。その時、おいらの、ドラッベンラの名を使って悪事を働いた令嬢方がいる。
それを否定しなかった。ただエルフリーデを使って、少女の顔を袖拭い、世話をしたのを、覚えている。エルフリーデはおいらに仕えているが、おいらの命令で動いているわけではない。と、周りには知らせている。
エルフリーデはドラッベンラに虐げられていて、無理やり命令をきかせられている少女という設定だ。エルフリーデはウラで勝手にドラッベンラに虐げらた人達を助けている。
「言いなさい。シタラ‼ 言いなさい‼ 問うのです‼ この方がドラッベンラかどうか」
「はっはい……。女神の名の元に、貴方はドラッベンラであるか否か答えなさい」
おー、空気の振動のような言葉の振動のような体に伝わってくる波動。
「いいえ、私はドラッベンラではありません。夜と闇の女神の名の元に、わたくしは、ドロシードロッセルです」
シタラとルチルのほっとした表情と、ミザリーの開いた瞳が、震えている。
「そっそんな!? 嘘!? そんな‼」
「これでご理解いただけましたか?」
「……いいえっ。いいえ‼ まだです‼ 貴方がシタラ以上に寵愛を受けている場合があります‼ 貴方達、彼女を拘束しなさい‼」
「ギルドマスター‼」
ルチルが擁護にまわってくれそうだけれど、ルチルを手で制す。
「それで納得していただけるのなら、かまいません」
「あくまで‼ ……あくまでシラを切るつもりですか‼」
よほどおいらが嫌いなんだな。
「その余裕がどこまで持つか見ものですね」
「どうぞ? 神名決闘でもいたしますか?」
頬を平手で叩かれた。
神名決闘とは神の名の元に行われる決闘の事だ。お互いが望む物を賭け、勝者が望む物を手に入れる。そしてその決闘は神の名の元に行われ、絶対に履行される。
手首に鉄の輪を付けられた。魅了の輪でも拘束の輪でもない。
この世界に置いて対象を奴隷化するのに使う道具は三つある。これらの道具は遺跡より発見された完全なる輪を元に、人が再現したものだ。
遺跡より発掘された一なる輪は、人の手で作れるものではなかった。
この一なる輪は曲者だ。首に付けるもので、対象の意思を完全に破壊し、従わせる。例え一なる輪を外そうとも、一度つけられた対象の意識が戻ることは無い。完全に精神を破壊してしまう。おいらがヴェーダラに首輪模様をつけて貰ったのは、完全にこれ対策だ。
この一なる輪を基準として作られた道具がある。
魅了の腕輪、制約の腕輪、束縛の首輪だ。
魅力の腕輪は装着した対象の脳内麻薬を操り、所謂興奮状態や発情状態を促すもので、主に右腕にはめられる。
次いで制約の腕輪。制約の腕輪はこの脳内麻薬の分泌するタイミングに条件を付けることができ、主人の前にいる時だけ、その効果を発揮するように制約を設けることができる。
又主人に対する攻撃を抑制することができる。
最後に束縛の首輪だ。
制約の腕輪にて、定めた制約を破ると首が絞まる。
これら三つの道具を持って、奴隷化がなされる。
奴隷は主人に強制的な好意を抱き、制約と束縛により、腕輪を外すことも逃亡することも、主人を攻撃することもできない。
これらを製造するには、それぞれ一つのトップスターと回路と腕輪を構築できる錬金師が必要だ。
魅力のトップスターは淫魔より、制約のトップスターはゴーレムより、束縛のトップスターは植物系の魔物より手に入る可能性を持つ。
さらにこれらはこの世界における婚礼にも使われる。
この世界でのエンゲージリングとは制約を持って製造される。
二つの指輪は連動しており、お互いにお互いがいる時にしか脳内物質が分泌されないなどの効果や、制約を与えてくる。
このエンゲージリングは庶民に出回るものではなく、主に貴族たちが扱うものだ。
なにがヤバいって、エンゲージリングは対となるエンゲージリングを持った者にしか性的興奮が起こらず、他者では快楽を得られなくなる。さらに指輪を付けたら二度と外せず、指を切り落とすしか外す方法が無いなどの制約のかかったものまで存在する。
……この指輪の中には、人が製造できないものもある。
本当に心を通わせた者同士が身につけた時効果を発揮し、片方が致命的な傷を負い、死亡した場合、片方を犠牲にして死をなかったことにする。
完全なる一。一なる指輪。心から本当に愛するものを犠牲に、完全なる人間を作り出す指輪。この世界でもっとも残酷な指輪の一つ。
残った者は不老不死となり、神に近しい者となる代わりに、愛する者を失ったという未来永劫晴れることのない苦しみを背負う。おいらはこの指輪だけはつけたくない。
別名、ニーヴェルンリング。ニーベルングの指輪。
忘れたり、新しく恋人を作ったりすればいいというそんな生易しい話じゃない。
心の底から相手を愛していなければこの指輪は発動しない。一時期の感情なんかではなく、生涯、魂をかけた相手を失うことで発動する呪いの指輪だ。
存在するというだけでも鳥肌が立つ。
遺跡より発掘されるそれらは、人の手では作り出すことができない。
人の手によって作られるものでも、指輪のような小型化は大変難しくそう簡単に作れるものじゃない。
牢屋ってギルドにあるのね。ギルドの地下に連れていかれ、牢の中に閉じ込められてしまった。
鉄くさい。錆びた鉄格子、赤いのが血に見えて嫌だね。床は埃と、少しの虫。
おいらも少し前までは指輪を付けていた。魅力の指輪と制約の指輪、そして誓いの首輪だ。
それは王子も一緒だ。それでも王子はおいらが嫌いだというのだから、本当の心までは縛れないのかもしれない。それはおいらも一緒だ。
マッピングディスプレイは問題なく表示できる。
制約系の拘束具ならばスキルに制限を受けることもある。大抵は激痛がはしる。
人間が作った装備であるのなら、セーフティや抜け道も用意されているので方法さえわかれば自分で解錠もできるけれど、遺跡より発掘される遺物なんかは人の手じゃ解錠は無理。
淫魔は人類の天敵だ。見つけ次第殺して良い。よって魅力のトップスターの量は多いし、その威力も一般に手に入るものならば、そこまで強くはない。
娼婦が身に付けていたりもする。
これらは他者ではなく自らに効果があるので、禁止されてもいない。
ただやはり、扱い方には注意が必要だ。
足音がしたので見ると、シタラと、もう一人、神官がいた。おじいちゃんだ。
「ごきげんようドラッベンラ」
「もう様もないのね」
「あら認めるのですか」
「可愛い顔が台無しですよ。ミザリー様」
ドラッベンラの事がそこまで嫌いなのね。面識もほとんど無いのに。
「貴方のせいで‼ 貴方のせいでエルフリーデは‼」
「私はドロシードロッセルです。ドラッベンラではありません」
「何時までその減らず口が聞けるかしら。二人とも、やって」
「まぁまぁそう焦らず……ふむむ」
シタラが気まずそうにおいらを見ていた。
大丈夫よ。と口の動きだけで伝えると、シタラは深く息を吸い、そっぽを向いて静かに吐いた。考えすぎると頭が痛くなる。
「ではお嬢さん。真実を告げると誓いなさい」
神父様ではなく神官長様だったのね。
見習い、神官、神官長、神宮と官位があがる。助祭、司祭、司教みたいなものだ。ほとんどの人が見習いで契約をやめるため、神官に上がる人は少ない。そこからさらに優秀な者が神官長になり、神宮となるともうほんの一握り。神宮になるとレベル5。
これは神々が求めたものじゃなくて人が作った階級だ。
「誓います」
「ではシタラ」
「はい、神官長様」
シタラは見習いではなく神官。その年でレベル3だからだろう。3でも常人よりはすごい。十二歳ならなおさらだ。ヒロインは十二歳ですでにレベル5だったけれど、レベル5からはなかなか上がらなかった。奉仕がネック。
二人が前に出て来た。
「明星の女神の名を用いて貴方に問います」
おお、神々しいな。光の波動を伴った神言だ。
「「貴方の名を答えなさい」」
こいつはレベル5ぐらいの効果を持っていそうだ。レベル5だともうほとんど欺けないよ。
光を帯びた両手が現れて、包み込まれた。温かくて、優しくて、受け入れてしまいそうになるような。
うわー……女神様が出て来てしまった。
「お久しぶりですね」
世界が、一瞬にして、変わる。
暗くて広い空間に、無数の光を放つ点、背後に広がるは巨大な青い星。
手の上に乗り、巨大な女性がおいらを見下げていた。
「女神様……」
微笑む女神は、最良の母にも最良の女性にも見えて困る。
まさか女神様が直接出てくるなんて思わなかった。
「突然にこのような形をとったこと、まずはお詫びしないといけませんね」
かまいませんと、いいあぐねる。このタイミング、図って出て来たとは思えない。けれど、神の采配ならば、この事態になることを予見して現れることはできる。しかし、そうであるならば、シタラが最初に行った審判で出てこなかったのはおかしい。
「ほんの偶然です。たまたま波長があっただけですよ」
ほんとかなー……。
「ふふふ。よしよし」
頭を撫でられると何にもできないな。光で覆われているのに、目が痛くもなく、眩しすぎもしない。優しい光でほんのり温かくて、視界に映る体のラインに、寄りかかりたくもなる。
無礼な物言いをするわけにはいかないし、どう会話を切り出せばいいものか。コミュ力の限界を感じる。おいら、実はコミュ障だし。
貴族相手の社交辞令は散々習わされたけれど、もうあんまり使いたくないし、貴族の社交辞令を女神様に対してしていいものか、迷ってしまう。
「そんなに気を使わなくても大丈夫です。ドラッベンラヴァーナヴァー」
「今の私はドロシードロッセルです」
「あらそうなの? いい子ね。ドロシー」
「女神様が直接ご降臨なさるなんて、どうされたのですか?」
「そうですね。そうですね」
頷きながらナデナデするのやめてほしい。
「実はあなたにお願いがあるのです」
「嫌です」
「まだ、何も言っていませんよ?」
「嫌です」
「そう言わずに、聞いていただけませんか?」
「聞いたら断れない奴でしょ」
「そんなことはありません。聞かなくともそうなるように多少の誘導はします」
あー、これイエスでもノーでもダメな奴だ。どんなに拒否しようとしても、運命のようにまとわりついて誘導される奴。振り切るには同じ神様の力が必要。
「聞いてみるだけなら」
「ユエニファについてです」
「聖女様がどうかしたの?」
聖女の本名は、メイサ・ユエニファー・メランコリン。
「貴方のおかげであの子は無事です。無事、聖女としての役割を果たすでしょう」
「王家の加護になるってこと?」
「そうですね。あの子が中枢へ行けば、今の王家や貴族、権力体制に多大な影響を与える事ができます。そうなればこの国はよりよいものになるでしょう」
「そのために聖女を作ったの?」
「優しい子。貴方は本当に良い子ですね。私は聖女に、聖女の望むものを与えました。ただ王家や貴族社会に引き込んだのは私ではありません。私の影響があったのは確かですが、どうせ引き込まれるのなら最大限に、そう思いました。私達にとっては貴族も市勢も同じ子供。理不尽な現象をなるべく減らしたい。私はそう考えています」
「神々が優しいのは十分に理解しています。その穏健も」
「残念ながら私の加護にも限界はあるのです。私はあの子に、私の現身となってほしいと思っています。そう成長して欲しい。例え私の加護を失ったとしても、例え別の神に加護を願ったとしても、私の意思はあの子の中で生きている。そうあって欲しい。そしてそれを沢山の人に分けて与えてほしい」
「いい考えだと思いますよ」
「では、お願いしますね」
何をだ。
「何をですか?」
「ユエニファを助けてほしいのです」
「もう王都に近づきたくありませんし、この姿では近づけませんけど」
「それは心配いりません」
「無理です」
「していただけたのなら多少の融通はいたしますよ」
多少の融通ね。神様の多少の範囲を予測できなくて怖い。
「私でなくともいいはずです。影を使えばいいじゃないですか」
「……あの子にそんな器用な真似はできませんよ。それにもう十分に心を痛めています」
「ぼくだって心を痛めてますけど」
「では、そうですね。私のこの姿に、貴方は魅力を感じていますね。残念ながらこの体に性器はありませんが、気持ち良くしてあげることは十分にできます。貴方の傷を私が癒すのもやぶさかではありません」
なぜそうなる。逆に怖い。なぜそこまでおいらにさせたがる。
「どの程度かわかりませんし、これ、死ぬまで続く役目のような気がします」
「そうかもしれません」
「嫌です。ユエニファはみんなに好かれています。おいらの力など必要ないでしょう」
「あの子を守ってほしいのです。その宿命から」
「なんて?」
「やがて来る厄災よりあの子を守って欲しいのです。ラプラスの子」
ラプラスの子ってなんだ。
「死骸騎士がまもなく復活するというのはわかります。ですが今のユエニファなら問題ないでしょう。それにおいらの助けなんて拒否されます」
シナリオではドラッベンラ追放後、死骸騎士が復活する。死骸騎士は四人の騎士王でアンデット。この世界にアンデットと呼ばれるホロでもホロウでもない勢力が現れて大きな戦いになる。
「エルフリーデの言葉ならば聞くでしょう?」
「エルフリーデという人間はいないです」
「そんなに嫌ですか?」
「不可能です」
「貴方には可能なのですよ。ラプラスの子である貴方になら」
意味がわかりません。
「貴方だけが運命を変えられる。貴方だけがこの世界の道順を変えられるのです」
全面的にどうにかするのは無理だ。おいら一人では限界がある。それにユエニファの気持ちもあるし、こればかりはどうしようもない。
「ラプラス、ラプラスといいますが、女神様は、なぜおいらがここに存在するのか、知っているのですか?」
ラプラスとは、おそらくラプラスの悪魔のこと。この世界の一から十までを把握して動かしている者の揶揄だと思う。それはおいらの母親のこと。母親が綴った世界だからだ。
「それは私には答えられません。運命が作られ、歯車が回った。初めが生まれた時、終わりも生まれました。あとはその道順だけ。そして貴方はそんな歯車の一旦としてこの世界に生を受けました。それ以上でもそれ以下でもありません。貴方の存在は特別ですが、それだけです」
「おいらの母親がこの世界を作ったからですか? それともこの世界の存在をつづったのが母だったからですか?」
「……話をそらしてはいけません。どうあっても、私のお願いを聞いてはいただけませんか? 仕方ありませんね。えぇ、では仕方ありません」
目の前の景色が一瞬にして牢の中へ戻る。
「さぁ‼ 答えなさい‼ 貴方は何者なのです!?」
ちょっ、それは卑怯でしょ。女神の力がおいらを動かしている。振りほどくにはヴェーダラ様の力を使わなきゃいけない。ヴェーダラ様を呼ばなければいけない。でもこんなことでヴェーダラ様を煩わせたくない。ヴェーダラ様は優しいから、願えばしてくれるだろう。だからこそ、ヴェーダラ様をないがしろにしたくない。
「貴方はドラッベンラヴァーナヴィーなのでしょう!?」
「はっ……ぐ、い」
「やはり‼ やはり‼ やはり‼ ドラッベンラ‼ よくも‼ よくも‼」
ミザリーが睨みつけて来た。
「エルフリーデは‼ エルフリーデは何処にいるのです‼」
「エルフリーデなんて人物は何処にもいません」
ちょっと女神様。やめてよ。勝手に口調を奪うの、良くないと思う。
(本当に嫌ならばヴェーダラの力を使って振り切ればよいのです。私は貴方もヴェーダラも優しいのを知っていますから)
おいらは別に優しくない。これは本当のことだ。ヴェーダラ様の優しさに比べれば、鼻くそみたいなものだ。ただその優しさを勘違いしてはいけない。優しさには覚悟と、そして慈悲も含まれているということ。
「どういう事です‼」
「エルフリーデは私だからです」
「……どっどういうことです!?」
「エルフリーデは……ぐっぐぬぬ」
(強い意志ですね。まぁこれくらいで良いでしょう)
もう……それは卑怯でしょ。
(申し訳なく思っていますよ。あとはお願いしますね)
片手間でいいのね。可能な限りだからね。あと、この後おいら一旦逃げるからね。
(やり方は貴方にお任せします。貴方の願いを、私は極力受け入れますよ。いつでも。他に聞きたい事があるというのなら、教会にきなさい)
勝手なんだから。神様っていつもそう。
(私に性器はありませんが、交尾のまねごとをするぐらいならいつでもかまいません)
それは魅力的で喉から手がでそうになってしまった。誘惑されている。
でもこれ、神のブラックジョークだ。そもそもおいらにはツッコむものがない。
(ふふふっ)
他人に受け入れられたいという願望がおいらにはある。
心の中で女神様を睨むと、女神様は微笑みを浮かべながら消えてしまった。
「エルフリーデは……あなた? 何を、そんなこと、嘘をついている……? 神官長‼ これはどういうことです!?」
「嘘に決まってるでしょ? おいらはドラッベンラじゃないっての」
「だましたのね!?」
「いえ……このレベルで嘘を付けるわけが」
「ドラッベンラがエルフリーデなわけがないじゃない‼ フフフッ、ドラッベンラ、逃げられると思わないですぐに王都に連絡して引き渡してあげる」
あげられてばっかりだなーもう。望んでないものまであげられても困る。
「あなた」
「はい」
ミザリーの指示で護衛がおいらの頭を金属の棒で叩いた。痛いな。倒れている間に拘束され、ため息をついた。すぐに王都から確認のための人達が来るだろう。引き渡されたらどうなるか。逃亡罪とか、関係ない罪とかなすりつけられて処刑されるか、嫁に出されるかのどちらかだ。どっちも嫌だな。
おそらく後者。
理由はある。ドラッベンナヴァーナヴィーはヴァーナヴィー家唯一の血筋だからだ。ドラッベンラの父親は婿養子。貴族の跡目を継ぐのは男性だから、女性であるドラッベンラの母、マリアンヌヴァーナヴィーはヴァーナヴィー家を継ぐことができなかった。
だから王家よりドラッベンラの父である、ドラッケンを迎えてヴァーナヴィー家を継いでもらった。母が亡くなったので、ドラッベンラはヴァーナヴィー唯一の直系だ。
継母も弟も、実はヴァーナヴィーの血を受け継いでいない。
ヴァーナヴィー家秘伝の薬も、三歳以下で母より母乳を授かったドラッベンラ以外に本当の意味では意味が無い。
ヴァーナヴィー家最大のフラグシップ、ガンシップ、そしてスカイシップであるストームドラゴンも血筋が無ければ意味が無い。
よってドラッベンラを殺すのは、公爵家としては実はとても難しい判断で、王家としては脅威の一旦でもある。
ドラッベンラが生きていれば公爵家はアーティファクト、武力を維持できるし、ドラッベンラが死んでいれば、王家は脅威の一つから解放される。
しかしながら、現在父親が王家の人間である以上、おいらの子供は王家に連なるものだ。
つまりおいらの子供は将来王族の末端となり、その武力は王家の力として振るわれる。
やっぱりこの体では、ダメなのかもしれない。逃げられない。方法を考えないと……。
神様は仕方ないとしても、学校が同じで少し触れ合ったというだけの子爵令嬢にバレるようならもう何処にも行けない。
(私に頼っても良かったのですよ?)
影から出て来たヴェーダラ様の分体が、そう囁いてくる。
ヴェーダラはその身に世界の穢れを背負っている。いびつな姿になって、醜くなって、それでも心は綺麗なまま。知れば知るほど、ヴェーダラ様に、心を裂かずにはいられない。
後で抱きしめさせてください。
(それは……かまいませんが、痛いですよ?)
皮膚が溶けてドロドロになるからね。
近くに遺跡はある。探して潜伏するしかない。
女神の誘惑に心が揺らぎ、ヴェーダラ様を考えるのに交尾が付随してきてしまう。嫌だな、もう。
(私に性器はありませんし……それはかまいませんが、かなり、痛いと思いますよ? 穴といえば口ぐらいしか……口に、入れます?)
それはそれで魅力的で困る。でもだからツッコむものがないんだってば。
そんな事しませんからと、ヌイを膝の上に乗せた。
しばらくは、遺跡生活かな。この際だから黒羽の外装に部屋でも作ろう。
牢屋の中で横になる。
事実は小説より奇なりとはいうけれど……それはおいらにとってもそうだった。この世界にいること自体が当てはまってはいるけれど。
ラプラスの子。原作者の息子って意味なのかな。だとするならば、確かにおいらはラプラスの子だ。
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