「シタラさんは、どうやらバロックさんの事が気になるようですね」

「べっべつに気になってません‼ 幼馴染なんです‼」

「歩きながら話しましょう。誤解もありますし、村の外で、このような事に気を取られていては、索敵もおろそかになります」

「馬鹿にして‼」

「馬鹿にしてません。行きますよ」

「待ちなさい‼ 何を企んでいるのですか!?」

 要は嫉妬なのだろう。自分の好きな相手に異性が近づいた。それだけで胸が熱くなって脳がオーバーヒートしてしまう。昔のドラッベンラの姿は、今のシタラのように見えていたのかもしれない。いたのだろう。王子も鼻で笑っていた。

 さぞ滑稽だっただろう。

 本気の好きを笑うなと人は言うけれど、実際はこんなものだ。


 「今、鼻で笑いましたね‼ 私の容姿がそんなにおかしいですか!?」

「貴方の容姿に何か問題でも?」

「聞いているのは私です‼」

「話に脈絡がありません。なぜ貴方の容姿の話に?」

「ブスだからです‼」

 容姿がコンプレックスなのかな。

「バロックさんはそんな事気にしませんよ」

「よく知っているんですね‼ 私より‼ どうせブスです‼ 貴方よりも‼」

「ふふふっ」

「馬鹿にして‼」

「貴方は十分綺麗ですよ。私よりも」

 じっと目を見ながら言うと、シタラは苦虫を噛んだような顔をして、目を反らした。

「嘘ばっかり」

「自分に自信が無いのですね」

 頭が冷えてきたのか、膝が震えていた。

 アドレナリンのような脳内物質が過剰分泌している。アドレナリンかどうかは判断できない。アドレナリンを検出できない。


 あまり、言い争いが得意ではない。戦いなどもおそらく苦手。いい子だなー。

 おいらの妹もそう。争いが苦手で体が震え、力がでない。そんな妹の姿は見たくなく、おいらは極力妹がその状態になるのを避けるよう心掛けた。人に暴力をふるえない優しい体質。

「自信を持ってください。貴方は十分綺麗ですから、バロックさんともうまく行きますよ」

「もういい」

「そうですか?」

「もういい」

 甘酸っぱいな。マクファッジの森に付いたら早速スライムの処理の仕方を教え――。

「うぇえええええん」

 急にシタラが泣き出した。

「あんまりです。こんな美人が相手じゃ、私、勝てない。勝てないよ。あああああああん」


 いきなりどうしたの。絶句と言う言葉があるけれど、少しだけ絶句した。言葉がでない。シタラは膝から崩れ落ちて、泣き出した。

 シタラの傍によって膝を折り、手を差し出すと、シタラは弱弱しくおいらを何度もたたきながら泣いた。なんだってんだこの状態はって話だが、なんだってんだこの状態はって話だ。

 シタラはバロックが好きで、おいらがバロックを狙っていると勘違いして、一人錯綜し、パニックを起こしたと考えるのが妥当だろうか。


 「シタラさん。私とバロックさんは、貴方が思っているような関係ではありません」

「うそだぁああああ。一緒に寝たんだあああ」

「寝てません。妹のローザは部屋に泊まりましたけれど」

 妄想癖やばくね。これがメンヘラって奴ですか。思った以上にやばい奴で草、などと供述しており、脳内で展開されております。


 しばらくすると、嗚咽はゆっくりとしたものに変わっていった。

「ひっく、ほんとうに? ほんとうに狙ってない?」

 これぐらい強かな方がよかったのだろうか。狙ってやっていないとしたら、これはこれでありなのだろうか。狙っているとしたらあざといな。

「狙っていませんよ。そもそも一昨日会ったばかりですし、言葉を数度交わした程度です」

「スン……ぐずっ。わかった。ごえんなさい」

「誤解が解けたようなら良かったです。立てますか」

「立てない」

「わかりました。しばらく待っていてください。スライムの核を採集してきますので」

「うん」

「シタラさんて、年いくつ?」

「十二だけど?」

 今どきの若い子って発育がいいなー。十六ぐらいだと思っていた。

「その年で、村を出て、神官としてしっかり働いているだなんて、シタラさんはすごいですね」

「うん……」

 結構いいところのお嬢様なのかもしれない。町長の娘ってところかな。

 箱入りなのだろう。


 ブルースライムの核を三十個、グリーンスライムの核を二十個ばかり採取して、戻るか考える頃には日が傾き始めていた。

 涙で滲んだシタラの頬、目の下にはクマがあり、良く見ると肌も痛んでいる。

 一昨日からバロックとおいらの事で眠れなかったとすれば、可愛いものか。


 夕方のオレンジ。木々の間から差し込んできて眩しい。まるで薄明光線。天使の梯子、木漏れ日だけれど。

 色とりどりのオレンジ、青く、紫、オレンジ、黄色、滲んで、滲む。


 この森は豊かだ。

 木の根元にはペルテヌゥスマッシュルームが自生していた。

 エリンギのようなキノコだ。肉厚で焼くと美味しい。採集しても良いかギルドに確認しよう。取れるようなら取りたい。

「歩けますか?」

「うん」

 よろよろと立ち眩むシタラの様子。緊張が緩み、眠そうでもあった。

 寝不足で探索になんか来るなよと文句の一つも言いたいところだけれど、幼馴染なのに、なぜあの四人とパーティを組んでいないのかが良く分かった。シタラだけ、まだ子供だからだ。体力もない。十二歳で成人だと言っても、それは社会的な面であって、子供が急に大人になるわけじゃない。大人であると認められるだけだ。

「仕方ないですね」

 屈み、背中を向ける。

「暗くなったら大変です。早く帰りましょう」

「……うん」

 シタラをおぶさり、帰路に付く。背負って初めて気づいたことだが、コイツ、むっちゃ胸でかいな。びっくりしたわ。

 女同士だとこういうとこ気が緩むよね。背中に胸が押し付けられて大きいのがわかる。鎮静剤を一本吸う、外装からエルフリーデに一本取り出してもらい口に咥えた。

 中身が男だとこういう時不便だ。前かがみになることなんてありはしないけれど。


 これだと籠が持てないな……。

「籠背負ってね」

「おーもーいー……」

「一番重いのは私よ」

「ぶぅ」

「索敵はしてよね」

「それも私なの?」

「なんなら攻撃するのも貴方よ」

「えー。じゃああなたは何するの?」

「貴方を背負って、帰るとこ。将来はバロッタ「バロック‼」バロックさんとパーティ組むのでしょう? 最低限の歩き方ぐらいは覚えなさいな」

「みんな子供扱いする」

「子供だからよ」

「もう十二歳だよ‼」

「十二歳はまだまだ子供」

「もう大人です‼」

「権利上ではね。貴方はまだまだ子供よ」

 そういうところがまだまだ子供だ。

 索敵はもちろんおいらもする。こういう時、エルフリーデは便利だ。外装の中で銃を握らせる。


 魔法の鞄の中に、魔法の鞄が入るのかという難題がある。この世界において答えは入るに分類される。しかし、魔法の鞄の中に入り、魔法の鞄を裏返したらどうなるのかという迷題がある。

 空間の中で空間が膨らみ、合わせ鏡のような異空間が複数できるのではないかという答えの一つがある。鞄の中にある一つの部屋が無限に増え続け、その中の物も無限に増え続ける。中に人がいるとしたら、他の次元という名の元に、人すらも増え続ける。しかし合わせ鏡のように増える鞄の中に、一つだけ無いものがある。それは取り出し口だ。取り出し口より先の空間が、そもそも無い。出口は最初の鞄の一つにしかない。他の住人は、永遠に鞄の中に閉じ込められる。

 空間拡張における恐ろしい逸話の一つだ。


 途中ラッツェルハウンドの群れが索敵ラインに引っかかり、回り道をした。この状況ではさすがにダルすぎる。

 村を視認し、ギルドに戻るともう夜の帳が降りていた。これからスライム薬を作るのかと思うとドッと疲れが出て来た。気がするだけだけど。

 村の入り口でシタラは背中から降りて、籠を受け取った。後ろをついてくる。

「遅かったわね」

 受付嬢がこちらを見つけて声を。

「貴方、いつ休んでいるの?」

「休みが無いのがこの業界の嫌なところよ」

「残業代出る?」

「残業代? なにそれ美味しいの?」

「まぁ素敵」

「冗談は良いけれど、これから薬を作るのかしら?」

「ギルドは一日休まず営業でしょう? 夜勤と交代?」

 そう言うと受付嬢はあからさまにため息をついて。

「交代があるのがこの仕事の美点の一つよ」

 そう言ってくたりと笑った。


 「一度夕食を頂いてから薬を作って納品しようと思うのだけれど、貴方は時間、大丈夫?」

「ルチル。ルチルよ。名前を憶えてよね。言ってなかった私も悪いけれど。少し待って。もう少しで交代の時間だから。シタラ、貴方もお疲れ様。一緒に夕食にしましょう」

 シタラは眠そうに船を漕いでいた。体力が無いのだろう。

「お姫様は寝る時間らしいわ」

「ふふふっ。立派なお姫様だわ」

「……ぅう」

 眠くて反論もできないか。

「あ、バロックさん」

「え!?」

 急に目を開いてきょろきょろ見渡すシタラの姿が、あまりにもキラキラとしていて、思い出したおいらの青春が、おいらの過ごした学生時代が、どちらも灰色のように思えてしまって、いいなぁ、キラキラしていて、羨ましいと素直にそう思ってしまった。


 「いないじゃない‼」

「見間違えだったみたい」

「もー‼ からかって‼」

「ほーら。綺麗なお姉さんが奢ってくれるって、お姫様」

「お姫様じゃない‼」

「綺麗なだけじゃないお姉さんが奢ってあげますよー。お姫様」

「二人とも嫌い‼」

「今日はダーリンが迎えにこないわ」

「ダーリン!?」

 シタラが私の服を掴みながら凝視してくる。

「バロックさんじゃ無いから安心してよね」

「うぅう……」

 外食を食べられるところが、宿か露店しか無いので、結局は一度宿に戻ることになった。ルチルに手料理でもいいのよと言ったら、ルチルに苦い顔をされてしまった。どうやら料理が苦手なようだ。


 「あっ‼ やっと帰って来た‼」

 宿、食堂へ入ると少女と目が合った。飲み物を運び中なのか、こちらへ来て、よろけてしまって支える。

「ほら、先に飲み物置いてきなさいな」

「はーい」

「いらっしゃい。ごめんなさいね」

 女将さん。

「いいえー。まだ人が少ないですね」

「貴方が来たから、これからもっと増えるわ」

 おいらが来ると増えるのか。

「増えるまでに席に着かないと夕食にありつけなくなりそう」

 ルチル、の言葉。

「食材が無くなる前にどうぞ」

 四人席を確保して貰い、席へつく。

「すみません」

「いえいえ、とんでもない。ゆっくりしてくださいね」

「お姉ちゃん‼ 今日も頑張ったよ‼」

 少女が抱き着いてきて、頭を撫でる。随分汚れていた。

「あっ、すみません‼」

 女将さんがそれに気づいて、言ってきたけれど。

「気にしないで」

 制して少女の頭を撫でた。


 「今日も一日頑張ったのね。偉い偉い」

「これからが稼ぎ時よ‼」

「まだ頑張るのね」

「へへへ‼ また後でね‼」

「えぇ、またね」

 料理は選べない。材料に限りがあるからだ。大量の料理を作りそれをみんなで食べる。今日は鍋物だ。モツ煮、と言えばいいだろうか。肉やらモツやらが大量に入った丼が目の前に置かれて、それをつつく。強烈な匂いだけれど、美味しい。それとお酒が運ばれてきた。


 お酒はタルごと買って、コップを樽に入れて直接すくう。

「今日のお酒や料理は私のおごりだから」

「ゴチになります」

「ゴチになります?」

「ご馳走になりますって意味。シタラ、食べる前に綺麗なだけじゃないお姉さんにお礼いいなさい」

「ルチルよ」

「ルチル、ありがとう。そこの人、小言うるさい」

「あらごめんなさい。私ってほら、なんて言ったらいいのか、バロックさんに好かれるほどお上品だから」

「好かれてない‼」

 立ち上がったシタラの体が机を浮かす。

 食器が一瞬に宙に浮き、傾きそうな皿を手で掴まえる。


 ルチルがシタラを見上げ、シタラもさすがにまずいと思ったのか、静かに席に着いた。

「ルチル、ごめん」

「いいわよシタラ。食糧を無駄にしたらさすがの私もキレそうだけど」

「ごめんなさい」

 あんまり<<しゅん>>としないでよ。

「いいのよシタラ」

「あなたに言ってない‼」

「さすがにからかいすぎよ」

 ギリギリ歯を鳴らしそうなシタラを横目に、からかいすぎたとルチルと目を合わせて少し笑った。

「だってっ、せっかくの食事ですのに雰囲気が重いんですのよ? 私そう言うの耐えられませんの。わかってくださいまして?」

「ふふふっ。貴方って、ほんと、最高だわ。シタラ、良く噛んで食べなさいね」

「二人で子供扱いして‼」


 ルチルがタルにコップを入れて豪快にお酒をくみ上げて寄越してくる。冷えてなさそうだとは思っていたけれど、やはり冷えてはいなかった。結構強いお酒だ。

 モツとお酒でかなり胃にきそう。

「良い飲みっぷりね。もういっぱいどう?」

「遠慮しておくわ。貴方はこの後休みだろうけれど、私はこの後、シタラさんと製薬なんだから」

「シタラでいい」

「えー? 明日でいいじゃない」

 それでいいのか受付嬢。依頼を終えていないから報酬もまだだよー。


 「シタラはお酒飲んじゃダメよ」

「えー? もう子供じゃない‼」

「十四歳になってからいいなー」

「ルチルの意地悪」

「あっ、バロックさん」

「もう騙されないんだからね‼」

 鎮静剤に火を付けて口に咥える。一度吸ったら、コップの上に置いて、モツの丼に口を付けて汁を飲み込む。うっめぇな。手の甲で口を拭う。


 「あれ? シタラじゃないか。珍しいな」

「えっ!? 嘘!? ばっばばばろっくしゃん‼」

 昨日の短髪の男がテーブルの脇へと歩いて来た。傍にはローザと優男。

「こんばんは」

 ローザの声。

「やぁ、みんな」

 優男の声。

「こんばんは。皆さん今帰って来たのですか?」

 そう言い、バロックを見ると、バロックは頷いた。隣のローザがおいらを見ている。目が合うと、反らされてしまった。優男は相変わらずにこにこしていて優し気だ。いいパーティだの。お互いがお互いをわかっていて、気遣えるパーティだの。

「あぁ、今帰って来て、ギルドに報告したところ。隣、いいかな?」

「えぇ、でしたらここにどうぞ」

 せっかくなのでシタラの隣、おいらの席を勧める。

「え!?」

 シタラの驚く声にびっくりとしてしまった。

「いやいやさすがに悪いよ」

「皆さんは、シタラさんと同郷なのですよね。せっかくですので、みんなで席を囲って食べましょう」

「そいつはいいや」

「ありがとう。ドロシーさん」

 優男が肩に手を置いてきて、あんまり嬉しくないな、と心の中で思ってしまったが、ローザが優男の手を掴んで、離した。

「あぁ、ごめんね」


 「いいえ、お気になさらず」

 社交辞令だぞ。

 六人席に移動し、シタラ、バロック、おいら、ヨシュア、ローザ、ルチルの順に座った。

 シタラの正面にヨシュア、バロックの正面にローザ、おいらの正面はルチルだ。

 みんな思い思いに食事をはじめ、バロックとヨシュアはシタラとローザを交えて故郷の話をしていた。シタラはガチガチにかたまって話どころではなさそうだったけれど。


 おいらはルチルと会話をしつつ、そこそこバロックやローザと話を、たまにヨシュアと話をした。シタラがやたらおいらを見てくる。バロックとお話しなさい。

「こんな事をいうのは失礼かもしれませんが、ルチルさんてこことは、ちょっと場違いな雰囲気がしますね」

 そう言うと、ルチルは木のジョッキに入った酒を豪快に飲み干し、強くテーブルに置いた。

「ふぅ……。別にいいわよ。左遷されたのは事実だし……。貴方こそ場違いじゃない?」

「そうですか? 田舎生まれなので、結構馴染んでいると思ったのですが」

「浮いているわよ。全然浮いてる」

「そう?」

「そう‼ 本当は貴族なんじゃないの? それか隣の魔導兵出身でしょ」

「そうなの。実は貴族なのよ」

「本当に!?」

「嘘に決まってるでしょ。隣の魔導兵って?」

「なによもう。魔導兵知らないの?」

「えぇ」

「隣のアウスターヴ魔導共和国の強化人間のことよ。幼い頃から魔力との親和性を高める回路を体に埋め込んでいるの」

「そんな人たちがいるのね」

「そうとうヤバい奴らって話だけれど、うちとは同盟関係だからね」

「そうなのね。それより左遷されたの?」

「そうよ‼ 悪い?」

「聞いちゃいけなかった?」

「別にいいわよ。出世するのに、不正を見逃せって言われたの。見逃さなかったのよ。それでここにいるわけ」

「あら、誇らしいじゃない」

「はぁ……埃じゃご飯は食べられないわよ」

「私は尊敬するわよ」

「……そんなによいしょしないでよね。私の話より、貴方の話、聞かせてよ。故郷は何処なの?」


 前もって考えていた当たり障りのない答えを述べる。上手な嘘のつき方には色々あるけれど、おいらは確認できない嘘をつくのが上手な嘘のつき方だと思っている。確認できてもフォローできる嘘も良い。ダメなのは嘘だとバレる嘘だ。嘘に嘘を重ねるのはダメな奴。

 確認するとバレる嘘はつかない。それは正直に言った方がいい。

 それが嘘つきの正しい生き方だと思う。正直者だという嘘つきの生き方だ。


 「私、ずっと山奥の田舎で暮らしてきたから、こうして人里に来るのは初めてなの」

「へぇ……意外。お金も持ってそうだし、装備もよさそうだし、商家の娘当たりだと思っていたわ」

「まぁ、商家ではあるわね。そこまで大きくないのよ。父が行商をやってたってだけ。両親が亡くなったから、こうして出てきたのよ」

「それは、悪い事聞いたわ」

「お互い様よ。あっそう言えば、聞きたい事があったのよね」

「なになに?」

「マクファッジの森にある資源は自由にとっていいのかしら?」

「……コイバナとかじゃないわけ?」


 コイバナと言うワードが出ると、なぜかバロックとローザの体が刹那に硬直した。

「悪いけど、私、父意外の異性にあったのってこの村に来て初めてなの。だからあんまりピンとこないのよ」

「そっそういうのは気にしなくていいと思うぞ。俺も、恋愛はまだしたことないしな」

 バロックが話に入ってきた。

「へぇ、意外ですね。バロックさんは異性にモテそうなのに」

「そっそうかな」

「お兄ちゃんがモテるわけないでしょ。そういう話ならヨシュアの方が多いんじゃない?」

「いやー、私もあんまり恋愛の方は……」

「村では結構告白されていたじゃない」

「だいぶ、年上の方にですけどね。人妻とか……ははは」

 笑えてないよ。ヨシュア君。


 「ヨシュアさんは母性をくすぐるタイプなんですね」

「いや、ほんとね、あんまりいい思い出がない」

「あらぁ? ドロシー。もしかしてヨシュアみたいなのがタイプ?」

 ルチルが意地悪そうにおいらにそう言い、おいらは少し笑ってしまった。

「そっそうなの?」

 ローザがなぜそんな不安にそうなのか、もしかしてやっぱりヨシュアが好きなのかもしれない。


 「残念ですがヨシュアさんに私ごときはもったいないです」

「なっ!?」

 ヨシュアがショックと言うような表情をして、なんだこの気まずい雰囲気は。

「バロックさんはどうなのですか?」

「おっおれ!? 俺は、そう、俺は」

 おいらをチラチラ見るな。おいらが好みなのか。まぁドラッベンラはいい女だ。ルチルとシタラの顔が強張っている。

「やっぱり胸が大きいのがいいのかしら」

 ルチルはシタラとは違った意味で悩んでそう。

「お兄ちゃんはどうせ年上で胸の大きい子が好きなんでしょ」

 ローザが半眼でそう言い。

「なっ!? 何てこと言うんだ‼」

 バロックは顔を真っ赤にして立ち上がった。

「年上……?」

 シタラの頬がヒクヒクしている。

「ローザ‼」

「うっさいうっさい‼ 事実でしょーが‼」

「こんなところで言う話じゃないだろ‼」


 コイバナってもっと盛り上がるものだと思っていた。実際は気まずいだけだった。

「話戻るけど、マクファッジの森で資源を回収するのは大丈夫なの?」

「そうね。物によるわ。鉱石とかそういうのは勝手に採掘しちゃダメよ。資源調査の依頼で調達するのはいいけれど。そういう資源て、村で管理するものだから、勝手に取ったら反感を買うわ」

「なるほど。ちなみにキノコなのですが」

「キノコとかならいいと思うわ。食べられるの?」

「ペルテヌスと言う種類のキノコが自生しているので、採って食べようかと」

「それならいいと思うわ。ただ、本当に食べられるキノコなの?」

「そうですね。試しにとってみるのもいいと思います。沢山自生しているようなら、村の特産にもなりますし」

「それはいいですね。ぜひぜひ取ってきてください。探索任務で受けてもいいですしね」

「そう。じゃあ取って来るわ。ところで、遺跡はどうでした?」

「え? あっあぁ……結構大きいかもしれない」

 バロックさんの端切れはよくない。

 

「戦争になりそうですか?」

 答えたのはバロックではなくローザだった。

「そこまでではないと思う。ないと、思いたい。ただ、小隊がいくつか迷子になってしまって、騒ぎになったのよね」

 分析はバロックよりローザの方が得意なのかなー。

 前衛のバロック、中衛のヨシュア、後衛のローザといった配置かな。指揮はローザ、バランスを取るのがヨシュアってところ。


 ローザの意見も意外と渋い感じだった。

「見つかったのですか?」

「見つかった。おかげで野宿するはめになりましたけどね」

 ヨシュア、真面目な顔もするんだ。いつもの優しい顔もいいけれど、真面目な顔の方が女の子にもてそう。実際モテるのだろう。憎たらしー。

「結構深そうですね」

「うーん、まだなんとも言えないけど……少し遠いし、しっかり準備はしておいたほうがいいかも」

「そうなのですね。ごめんなさい。なんだか暗い話になってしまって」

「いや、全然気にしなくていいよ。こちらこそごめん‼」

 バロック、いい奴だな。

 ほどほどでお開きになり、ルチルとシタラはそれぞれギルドと教会へ帰って行った。

 送りはいらないと言われたけれど、念のためバロックとヨシュアが送って行った。

 マッピングディスプレイで確認はしている。お風呂をどうしようか迷ったけれど、シタラが清浄の星術をかけてくれた。便利でいいね。

「負けませんから」

 シタラにそう言われ、可愛いものだと思って、頭をなでなでしたら噛みつかれた。可愛いものだ。


 部屋に戻る前に水を貰って、外へ。珍しく女将さんが外にいて、何か男と話をしていた。見ない顔の男。女将さんの顔、結構食いしばっている感じがする。男の方は半笑いで話していた。何処かへ行くのか。あんまり見たくない場面だと思ってしまった。おいらNTRとか苦手なんだよね。やめて欲しい。

 ルチルがギルドに到着したのをディスプレイから確認した。ギルド内ならば安全だろう。


 ローザと一緒に水で口を濯ぎ、歯磨きと寝る準備。一人でいると割と男に誘われる。性にルーズというか、貴族社会は貞操観念ガチガチだけれど、市勢はゆるゆるといった感じだ。

 貞操観念ガチガチなのは女性だけで、男は結構奔放だったかもしれない。娯楽もあまりないし、性が娯楽になっているのかもしれない。特に冒険者は命を切り売りする仕事だし、命の危機も強くて性欲も強くなるのかもしれない。


 ローザは今日、おいらの部屋に泊まるようだ。

「ダメ?」

 上目遣いは卑怯だぞ。

「いいわよ」

「ありがとう」

 部屋にまで訪ねてくる男がいて、強引に部屋に入ろうとしてくるものだからマジで困った。丁重にお帰り頂いた。ローザがいてくれて良かった。

 もう十年も連れ添ったけれど、この体は色々と問題がありすぎる……。今度神様にお願いしてみようかな。


 部屋にしっかり鍵をかけ、鎮静剤を吸い、就寝。今日は鎮静剤に火を点け吸い、匂いを部屋に充満させたので、ローザが発情することもないだろう。

 うとうとしていたら、部屋がノックされて、鍵をはずし、そっとドアを開けると、少女が枕を抱えて立っていた。

「一緒に寝ていい?」

 だから上目遣いは卑怯だぞ。

「いいわよ」

 断る理由もない。

 今日は隣の部屋が静かだった。いいね。


 今日は頑張ったのに、お風呂も入っていないのか、洗ってはいるだろうけれど、汗の臭いがした。お湯もない。実はおいらって、何もできないんだなと、せめて体を濡れタオルで拭いてあげた。そしたらローザが膝の上に頭を乗せて来て、ローザの耳掃除もしてあげた。

 スライム薬を飲ませ、二人を両脇に抱きしめて目を閉じると、あっという間に微睡み、起きたらみんなぐちゃぐちゃなのに、ローザも少女もすっきりした顔をしていて、その顔をみると、なんとなくいいねって思ってしまった。

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