なんか前方から上品そうなお嬢様と騎士っぽい男がやってくる。横から割って入った男がお嬢様とぶつかり、指輪をスった。すごーい。プロのスリだ。男がこちらに来たので指輪をスる。つうか騎士、おめぇは気付けよ。ハンドトゥハンドを併用する。

 お嬢様脇を通る時に、右手をわざとぶつけて、指輪を戻す。

「あら、ごめんなさい」

「いえ、こちらこそ」

「大丈夫ですか!? お嬢様‼ 貴様何者だ‼」

 うぅう、怖い。さてはコイツ、大した騎士じゃないな。それかよほど鈍感かのどちらかだ。


 「ごめんなさい。ぼんやりしていたの」

 このお嬢様、どっかで見たな。学園で見たわ。男爵家のご令嬢じゃん。なんでこんなとこにいんの。まぁいいか。

 騎士に剣を向けられて、手を上げる。

「さては貴様スリだな‼」

 スリならさっきもう通ったよ。

「おやめなさい‼ ホプキンス‼ いい加減になさい」

「しかし‼ 貴様‼ 両手を見せろ‼」

 両手を上げてみせる。何も無いよ。返したしね。

「なにもないでしょう? そう目くじら立てないで。じゃあ、一つ魔術を見せてあげるからさ」

「なんだと!?」


 お嬢様の前で両手を広げてみせる。そのままぎゅっと抱きしめた隙に指輪をスった。離れる。良い匂いがした。やっぱ女はいいよな。女は、柔らかいし良い匂いだしね。

「貴様ぁ‼」

「まぁまぁ、そう怒らないで。ほい、これなーんだ」

「あっ‼ それは‼」

「ふふーん」

 得意気に微笑んで、指の隙間から指を覗かせる。驚いたお嬢様の顔、にんまりしながらお嬢様に指輪を返す。

「身に着けている物を盗るなんて、すごいですね」

「お褒めの言葉、光栄至極に存じます」

 ペコリと頭を下げ、恭しくお辞儀する。

「くれぐれもお気をつけなさいな。お嬢様」

「ふふふっ。そうですね。これは一本とられてしまいました」

 可愛いな。やっぱ結婚するなら侯爵以下がいいよ。男爵か子爵がおすすめ。侯爵ぐらいになるとマジきついもん。権力が服着て歩いているみたいな。性格もきつければ当たりも強いしね。謝ったら死ぬと思っているのか、悪くても人のせいにするしね。おいらもそうか。

「それじゃお嬢様、わたくしはこれで」

「はい。お気をつけて」


 その場を後にする。なんかホプキンスとか言われていた騎士が、お嬢様に甘すぎるとか、なんとか言っていたが、イラり。

 朝が過ぎているのでギルドに入っても人少ない問題。

「あら、今日も遅い出勤ですね」

「お休みなさそう」

「ふふふっ。この仕事では仕方ありませんよ。でも交代制なので夜はちゃんと休んでいるのですよ」

「恋人とデートする時間も無さそうね」

「むう」

 受付嬢は頬を膨らませて、軽くグーで叩かれた。いてーな。

「何か依頼あります? スライムとか、いると、ありがたいんだけど」

 受付嬢の猛攻を手で押さえている。

「そうですねっ。少し遠いですがっ、なかなかっ、やりますね。北東のマクファッジの森に大量のスライムがいますよ。狩に行きますか?」

「いくます」

「では依頼を作成、受理しますね。宝玉は持ち帰ってください。完全歩合制ですので、玉を持ち帰りいただければ現金に還元します。玉が無ければノー報酬です」

「んー。ありがとう。そういえば貴方は何処で寝ているの?」

「ギルド職員はこのギルドに寮があるの。お風呂付です」

「それはいいですね」

「ギルド職員は年に二回ある試験を教会で受け、合格すればなれますので、よろしければ参考にどうぞ」

「勉強は苦手なほうなの。貴方が何処で寝ているのか知りたかっただけ」

「職員への御手付きは、メッです」

「あら厳しい。このままじゃ斬首にされちゃうかしら」

 また叩かれた。

 ひらひらと手を振ってその場を離れると、職員さんも笑顔で送り出してくれた。


 村を出たらサーチアイを使用。

 誰かついて来ている。かもしれない。気のせいか。行く方向が同じなだけかもしれない。歩き出すと、ついて来る。誰やねんと草陰を覗くと少女が見つかったって顔をした。宿屋の少女だ。名前はまだ(聞いてい)ない。だってそんな自己紹介とかしなかったし、名前は猫かもしれない。

「こーら。何しているの?」

「えへへっ」

「えへへじゃありません。村の外は危険なんだから」

「お姉ちゃんについて行っちゃダメ?」

「理由は?」

「将来冒険者になりたいから‼」

「ふーん。なんで?」

「遺跡で船を見つけたら、貴族になれるって聞いたの。そうしたら、家族が楽できるでしょ‼」

「それはまぁ、そうだけれど。私、全然遺跡に行かないわよ? スライム狩るし」

「うん。お姉さんぺーぺーなんでしょ? あんまり危険なところにはいかないと思って」

「そういうところはしっかりしているのね」


 普段ならダメって言うところだけど、まぁいいかと思った。外装からコインを取り出して少女に持たせる。

「ダメ?」

「親御さんには内緒なのね?」

「絶対反対されるもん」

「じゃあダメ」

「いいよ? どうぞー」

「あらいいの?」

「勝手についてくもん」

「あっ、卑怯者。じゃあ一つ約束して、絶対に目の届かないところへ行かないこと。私の前を歩くこと、私の装備を着ること、わかった?」

「いいの!?」

「後で私、貴方の両親に怒られるんだからね」

「大人になったら、その分、私が返してあげる」

 それ何年後かな。二年後ばったりあっても忘れられてそう。

「帰ったら、耳掃除してちょーだい」

「えへへっ。いいよ‼」

「ひざ枕ね」

「あまえんぼさんだね」

「この年になると癒しが欲しいのよ」

「あははっおばさんみたい」


 外装の中から防御力が高く特殊効果のある外装を取り出して普段着の上から着せる。

「絶対に脱いじゃダメだからね」

「はーい」

「じぁあ、この盾も持って」

「そんな重いの持ってたら動けないよ?」

「持って見なさいな」

「あっ、軽い。大きいのに軽いね」

「あんたの身長じゃ、大きく感じるだけよ」

 なでなでと頭を撫でてやる。これ、絶対おいらがコイツの親に怒られるENDを迎える気がする。今すぐ逃げたいピーポーなんですけど。ぱっと行ってぱっと帰ってこよう。

 三十分ぐらい歩くと森に到着。サーチアイにも反応があり、スライムがいた。


 スライムの核とアルテミシアの葉があればスライム薬が作れる。スライム薬は夜寝る前に飲むと次の日の体調がいいし便通もいいのだ。

 ブルースライムは回復作用が、グリーンスライムは解毒作用が強い。スライム薬は飲んですぐ傷が回復するような奇跡のアイテムではないが重宝する。

 ブルースライムとグリーンスライムは好戦的ではない。比較的おとなしい。しかし敵対した場合に使用してくる体液噴射はやばい。トップスター持ちだと体が真っ二つになるし、目に入ったら目が溶ける定期。


 だから仕留める時は素早く核を体から抜き取る。

 少しぬめっとするけれど、そこは我慢。

「手を出しちゃだめよ。絶対にダメだからね。見てるだけよ」

「はーい」

 早速一匹のブルースライムから核を抜くために手を伸ばす。うわっ、隣に変な虫がいる。触りたくないな。指輪をスッた要領で核をスる。核が抜けるとスライムの体はデロリと地面に広がっていった。広がったスライムの体液に触れた隣の虫がパニックになりこちらに来たので、思わず核を押し付けて潰してしまった。

 やべ……余計な殺生をしてしまった。悪いけどおいら変な虫は寄ってきたら殺すことにしているのだ。申し訳ない。

 この世界の虫はまだ種すら判別されていないものが多い。

 潰したら体液で皮膚が溶けたとか、変な寄生虫がいて寄生されたとか洒落にならない。クジラが最終宿主のアニサキスだって口内から摂取すれば体内で生きて激痛を引き起こす。


 核を眺める。ブルースライムの核は黒くて円状、いくつもの溝がある。大きさは十円玉ぐらい。スライムは特殊な生き物だ。言うならば光と一緒。動物にも魔獣にも分類されないけれど、両方の性質を持っている。核があるのに黒くなく、色があり、肉体がある。

 少女が手の中を覗きこんでくる。

「なにそれ?」

「スライムの核だよ。見たことない?」

「無い」

 おいらはヴェーダラの加護で守られているから問題無いけれど、少女は大丈夫だろうか。

「そういえば、貴方って契約結んでいる?」

「契約って?」

「神様と」

「うん。明星の女神様」

「そっか。じゃあ、大丈夫だね」


 明星の女神の加護も契約者を守るので、スライムの体液に触れても大丈夫だろう。スライムの体液の中には沢山の微生物がいて、スライム本体よりも危険だ。スライムに触れるだけならば問題無いけれど、口に含んだり、触れた手で目に触れると炎症を起こしたりする。

 胃に送るだけならば問題無いけれど、口の中にある傷口より体内に侵入されると厄介。

 核を手の上に乗せて見せる。

「触っていい?」

「いいわよ」

「硬いね」

「一応鉱石みたいなものだからね」

「何かに使うの?」

「お薬の材料になるのよ」

「そうなんだ。すごーい」

「そういえば、将来は冒険者になりたいんだっけ」

「そうだよ。伝説の使徒リヴィア様みたいな強い冒険者になるの」

「そっかー。じゃあ、せっかくだから、スライムがどんなものか教えてあげる」

「うんうん」


 「スライムはね、動物にも魔獣にも分類されないのよ。魔獣ってわかるかな?」

「そこまで子供じゃないよ。それぐらいわかる」

「この核を抜き取ったり、壊したりすると死んじゃうの」

「へぇーそうなんだ」

「スライムは種類がいっぱいいるからね。基本はこのブルースライムよ。赤いスライムと白いスライムは危険だから近づいちゃダメ。わかった?」

「青いスライムは弱いの?」

「うーん、どんな生き物も、基本は油断しちゃダメ。ちょっと離れててね。見せてあげる」


 少女から離れて、青いスライムを見つけ、少女の方を振り返る。少女はおいらを見ていた。

「いい? そこから見ててね」

「うん‼」

 青いスライムを叩くと、青いスライムはしばらく震え、のちに体液を放出した。体液は線を描いて直進し、手で受け止める。テリトリーがあるから手が切れることはない。なかなか強い水圧だ。

「ほら、見て見て、防御本能としてこうして水圧を飛ばしてくるの」

「へぇー。痛いの?」

「うーん、私は平気だけれど、貴方は危ないわね。食らってみる?」

「危ないんじゃないの?」

「素で食らったら、多分、結構痛いわね」

「今はいいかな」

「フフフッ。怖いのね」

「怖くないもん‼」

「はいはい」

「ほんとなんだから‼」

「わかった。わかったわ」


 スライムは特殊な生態を持っている。

 スライムの体は核で統制されているけれど、核が無くなってもドロドロの体は数日間生き続ける。司令塔がなくとも体は生き続けるという特性がある。

 一見単純な構造に見える彼らの体は非常に複雑な構造をしており、培養もできる。

 スライムの核から指令が送られているのでこの体はスライムとして機能しているのではないか。おいらはそう定義をつけた。培養した綺麗なスライムの体に人の血を一滴垂らすと、スライムの体の中で血は毛細血管状に広がり、循環する。スライムの体があたかも血液の役割を補助するかのように。


 スライムは人の近くで長い間生きて来た生物だ。薬に利用できるけれど、トラブルももちろんある。

 スライムを誤って飲み、偶然肺に入るとスライム肺病と診断されるし、ホワイトスライムは人の鼻より体内に侵入して脳を食べる。

 上記は回復可能、下記の復活は難しい。これは例え蘇生が使えたとしても難しい。

 良くて記憶の著しい欠如と幼児化、悪くて植物状態。


 ブルースライムの核を十個、グリーンスライムの核を十個取ったら村に戻る。主人公だったらここで普段は会えないような強力な魔獣に遭遇するだろうけれど、残念ながら遭遇することもなく、村に帰還。二時間ぐらいだろうか。


 村に入ったら、少女から装備を返してもらう。あげてもいいけれど、今の少女では扱いきれないし、お金目的に襲われることもありえる。

「どう? 楽しかった?」

「うん‼ もう帰るの?」

「あんまり時間をかけると、貴方のパパとママが心配するからね」

「ごめんなさい……」

「フフフッ。あんまり変な事しちゃダメよ」

「わかってる‼」

 わかってないなこれは。


 ギルドに帰還、受付に行くと、朝会った受付嬢がそのままいて、やっぱり気まずい。

「あら? 随分早いのね」

 貴方に会いたくてね、とはさすがに言えなかった。

「ちょっとね。スライムの核、これでいい?」

 スライムの核を提出する。提出すると受付嬢はそれを小型のルーペのようなもので覗き込んでいた。鑑定アイテム。小型鑑定ルーペ。

「……確かに。状態が良いですね。全部売ります?」

「二個ずつ残してもらっても?」

「わかりました。八個ずつ買い取りしますね。銀貨四枚でいいですか?」

「それ聞くの? 銀貨四枚になりますね。じゃないのね?」

「意地悪いですね‼ 状態があまりにも良いので、つい。いつもの料金で買い取ってもいいものか、迷ってしまいました」

「かまいませんよ。ついでに製薬道具、貸してもらっても良いですか?」

「スライム薬を作るのですか?」

「そーだよ?」

「ただの美人さんでは無いのですね?」

「ただの美人かもしれない」

「少しは謙遜してください」

「貴方こそ、ただの美人では無いのでしょう?」

「ただの美人ですッ」

 言い切るじゃん。


 お金を払い部屋に案内して貰うと、まばらに人はいた。

「お薬作るの?」

 少女がまだついて来る。

「そーだよ? 一度、親御さんに連絡してきなさいな」

「大丈夫だよ」

「ほんとかしら?」

「いーの‼」

「こーら。ダメよ。一度戻って無事な事を伝えてきなさい」

「むう……」

「いい子だから行ってきなさいな」

「待っててよ? すぐ戻るから‼」

 子育ては大変だ。一応、サーチアイとマッピングディスプレイで少女を観測しながら、スライム薬を作る。タオルでブルースライムの核を包み、トンカチで叩いて大まかに砕く。結構硬い。砕いたら乳鉢っぽい器に入れ、棒でさらに細かく砕く。ここでちゃんと細かく砕かないと成分を抽出できない。


 アルテミシアの葉と水を入れ鍋にいれたらアルコールランプであぶる。大体40℃から60℃でじっくり葉の成分を抽出する。沸騰したら失敗。温度計が無いから、適当。小さな気泡が鍋底に付くくらいでランプを外し、冷めてきたらまたかざすのを繰り返す。水がゆっくり蒸発してきて、ドロドロになるので、コシながら瓶に入れて――少女が戻って来た。

「もう‼ 待っててって言ったのに‼」

「おかえり。大丈夫だった?」

「大丈夫だった」


 瓶を回しながら冷ます。ガラス瓶の中で、色が段々と落ち着いてくる。体感人肌ぐらい。良く砕いた核を入れ――少女がうずうずしている。

「入れてみる?」

「いいの!?」

「いいわよ」

 半分に折った紙の上に粉を落とし、少女がそっと瓶に入れる。ここでくしゃみをするのが鉄板のお約束だけれど、そんなこともなかった。

 くるくる回す。

「それやりたい」

「はいはい」

 回していると、グリーンの水が徐々に深い青色に変わって来る。スライム薬。ブルースライムリーフ。

「良い色」

「できたの?」

「えぇ、飲んでみる?」

「いいの!?」

「いいわよ」

 まずは自分で一口。

 ブルースライムリーフ、スライム薬は常温だとゲロまずい。今人肌ぐらいなので、お茶のように飲みやすい。ちょっと甘い。つるりと飲めてしまいそうだ。グリーンスライムリーフは苦い。


 「うん、いい感じ。どうぞ」

 瓶を渡すと、少女は、コクコクと飲み込んだ。

「不思議な味。初めて飲んだかも」

「体にいいのよ?」

「そうなの?」

「えぇ、でも飲みすぎるとお通じが良くなりすぎるのが難かなぁ」

「そうなんだ」

「そーだよ? 作ってみるぅ?」

「お姉ちゃん?」

「なぁに?」

「なんでそんなねっとりとした言い方するの?」

「そっそんな事ないでしょ? ちょっと変わった言い方しただけ。ほらっ、作ってみなさいな」

 別にねっとり喋ってないでしょう。

 少女に作り方を教えると、少女はおっかなびっくり作業をしはじめた。


 「温度はどうやって計るの?」

「小指を鍋に入れてみな。危ないから気を付けるのよ。ちょっと熱いと感じるぐらいが丁度いい温度よ。そうしたらアルコールランプを外して、煮だすのよ。火傷しないようにね」

「やってみる‼」

「沸騰させたらダメよ」

「お姉ちゃん小言が多い」

 なんだと。


 少女の作ったスライムリーフはやや薄い青色。原因はある。子供の力ではスライムの核をそこまで粉々にはできなかった。

「ちょっと薄いね」

「核を砕くのが甘かったのよ。初めてにしちゃー上出来よ」

「へへへっ」

 一応飲んでみる、僅かに甘いがおいらの作ったものより若干水っぽい。これでも効能はあるだろう。外装より小型鑑定ルーペを出して覗く。


 ブルースライムリーフ(弱)。

 体内に取り入れることで細胞を活性化、軽い疲労を解消し、軽い傷などに対する再生力を向上する。寝る前に飲むのが有効的。と表示された。


 おいらのスライムリーフの鑑定結果は以下の通り。

 ブルースライムリーフ(高)。

 体内に取り入れることで細胞が高活性化、疲労を軽減、解消し、傷の再生力を高める。寝る前に飲むのが有効的。さらに体内の異物を取り去り、腸内を清潔に保つ。しかし取りすぎると排泄物がゼリー状になる。

 ゼリー状って所謂下痢のこと。


 ブルースライムリーフを作る際に出たアルテミシアの葉のコシカスは石鹸の材料になる。

 ヤムの根とを煮て抽出物を作り、薄白く濁った液体にコシカスとグリーンスライムの核を砕いたものを加えて型に入れる。冷めれば石鹸だ。

 おいらが石鹸を作るのを、少女は面白そうに眺めていた。


 スライムという生物は人体に対して無限の可能性がある。

 人間の免疫機能をスライムの細胞は回避してしまう。貴族であった時に、スライムの細胞を使った培養実験を行っていた。ホワイトスライムは大変危険な生物だが、人体を補うほどの再生力を持っている。腕を失った男性の細胞を、核を取り除いたホワイトスライムの細胞に移植し、スライムの細胞が男性の細胞に馴染んたところで、男性の失った腕の付け根にくっつける。すると男性の腕の形に変化し、ゆっくりとだが、時間をかけて血管、神経を構築、腕としての機能を有するまでになる。さらに時間が経てば、男性の腕そのものとなった。

 これだけでもどれだけ有用なのか。

 しかしホワイトスライムは人間にとって危険な生き物だし、明星の女神に仕える契約者たちがその手の奇跡を行ってしまうので、再生に関してはあまり意味がない。


 出来上がった石鹸を小型ルーペで覗くと鑑定結果が表示された。


 石鹸(良)。

 良質な石鹸。これで体を洗うと、老廃物や漂着している微生物を取り除くことができる。

 と表示された。

「これは食べるの?」

「これは食べられないね」

 石鹸は手間がかかるし、アルテミシアの葉のコシカスは量が少ないので石鹸を作るのは大変だ。行商は石鹸を持って来てくれるけれど、移動料金で割高になるし、量産するにはいかに沸騰させず、40℃~60℃を保つのかがネック。この世界で石鹸はリーフともども職人の手作りだ。


 ただ作れば売れるというわけじゃない。薬剤師の免許が無ければ売ることはできない。そして免許は国が発行している。製薬は水神マリーナの加護で簡略化、品質の向上が簡単にできる。水神の加護を受けた人が優遇されるのは当然で、工房なんて呼ばれるものを設立している。この工房が厄介で、伝統というものができている。

 簡単に言うと薬剤師の免許の発行は年二回、試験の合格者には制限ができあがっており、工房関係者しか合格できない。

 工房は権威でゴリゴリ、よそ者に厳しい、上下関係は最悪、一般人がどう逆立ちしても合格することはありえない。例え合格したとしても工房は受け入れてくれない。


 工房が受け入れてくれないのなら、自分で薬剤を売るしかないが、工房を恐れて買うものなんていない。どう足掻いても厳しいものは厳しい。マジで面倒。工房は貴族に囲われている。もう最悪で最低。末端まで石鹸すら届かない。元公爵令嬢のおいらが言うことではないけれど、つうか普通に考えて公爵家の令嬢は別に偉くない。親が偉いだけだ。侯爵令嬢なんてもうほんと嫌い。


 最低に最悪で最高に最低だ。

「お姉ちゃん、変な顔してどうしたの?」

「もともとこーいう顔なの」

「ふひひっ変な顔。これが石鹸なの?」

「髪は洗っちゃダメよ」

 この石鹸は一番簡単なもので、髪には使えない。キューティクルが大事じゃないなら使っても大丈夫だ。髪が絡まって根本からジョキンッと切らなければならなくなる。

 あとは適当にスライムリーフ六本と石鹸二個を作った。もう材料切れ。

 そうこうしている間に夕方だ。使った道具を片付けてギルドから退散する。使った瓶の代金をギルドへ支払う。

「上手にできましたか?」

「売れないのが残念だわ」

「ふふふっ。譲渡は自由ですからね」

 受付嬢が手を出して来た。

「キスしたほうがいい?」

「冗談。女の子にモテませんよ?」

「今度買い物に行きましょう? イケメンブロンドウーマンの話でもしながら。こんな感じの」

 隣の少女へと視線を向ける。

「へへへっ。良く出来てるでしょ。私が作ったのよ‼」


 ギルドで作った製薬や魔導具は一度ギルドに提出しなければならない。

「まぁ可愛いお嬢さん。貴方ってほんとちょーかわいいわ。この調子で頑張って頂戴ね」

「はーい」

 受付嬢がおいらを見る。

「イケメンブロンドウーマンはさすがに無いわッ。買い物は考えておきますね」

「このおねーちゃんこわーい」

「ねーっ」

「こっ怖くないです‼」

「ではお納めください」

 少女の作ったスライムリーフ一本と一個の石鹸を四分の一にカットして渡した。

「よろしい」


 もう夕方だ。稼ぎより出費がかさむ。とは言えエルフリーデが冒険者として稼いだ金はまだまだある。帰っても夕飯がない。我慢してもいいけれど、スライムリーフで我慢するかな。

 ギルドのお姉さんに食事どうするのか聞けばよかった。

「ねぇねぇ?」

「んー? なぁに?」

「ご飯どうする?」

「んー。貴方はそろそろお家に帰りなさいな。私は適当に済ませるから」

 そう言うと少女の表情は凍り付いて、足取りだけはついて来た。帰りたくない理由でもあるのだろうか。あんまり聴きたくないな。

「なぁに? 帰らないの?」

「……だって、私、お父さんの子じゃないんだもん」


 知るかぁ。ほげぇ。そういう話聞きたくない。

「そんな顔しないの」

 顔を両手でムギュウと押し付けてやる。世の中知りたくないことが多すぎる。知れば苦しいのに、知らなくとも苦しい事ばかりだ。

 正論では人は救えないけれど、正論すら言えなくなったらそれこそ終わりだ。正論を言える奴がいる国はまだまだあまっちょろくて素敵だ。

 しょうがないから少女と二人で屋台に寄って食事を済ませた。


 今日もお風呂に入りたかったけれど、先約がいたので入れそうにない。せっかく作った石鹸が無駄だった。外装の中身を改造しようかどうか悩んでいる。そのためには次元操作系のトップスターがいる。


 おいらの外装の中は二畳ぐらいの部屋になっていて入れる。そこに回路を敷き詰めて、欲しい物が出るようにしたり、空間を湾曲させたり、繊維を強くしたりしている。

 どうせなら広い部屋にして、そのまま泊まれるようにしようかな。ベッドとかハンモックとか置いて。でも一つだけ懸念がある。攻撃を受けた時、つまり外装が壊れた時、中身はどうなるのかって話だ。これはしっかり対策しないと空間ごと圧縮されかねない。


 今日は休みだろうから、ゆっくりしていいのに、女将さんが部屋の掃除などをしてくれていて、娘がお世話になりましたと、夕食まで作ってくれた。

 屋台で串焼き食べて来たのに、少女と顔を見合わせて、にこにこ笑顔の女将の顔と料理を前に買い食いしてきましたとは言えなかった。

 いいえ、こちらこそと、スライムリーフを二本渡し、寝る前に飲んでくださいと告げた。

 気にしないようにしつつも、母を見る娘は、何処かギクシャクしているように思えた。思ったのは、おいらの勝手な思い込みかもしれない。

「今日も一緒に寝ていい?」


 寝間着に着替えた少女が部屋に入って来て、なんだかなとそんな感想を浮かべてしまった。人は親しくなればなるほど融通できなくなる。自分のやりたいことと、相手のやりたいことが異なってくるからだ。ただのデートでさえ両方が楽しめない。映画館に行きたい人と水族館に行きたい人がいても、両方には行けないのだ。どちらかが我慢を強いられる。

 それに気づくか気づかないかの差は大きい。うまく行っているのだとしたらそれは本当にうまく行っているか、それとも相手が我慢してくれているかのどちらかだ。大抵は後者だ。


 ローザは遺跡に遠征しているのかもしれない。遺跡発見依頼なら泊りがけにもなるだろう。

 子供に一度でも引け目を覚えさせると二度と甘えてこない。猫と一緒だ。一度敵対すると二度と心を許してくれない。そう、おいらは思っている。

「おいでおいで」

「えへへへぇ……」

「鍵は閉めてね」

「わかってる」

 カギを閉めた少女は近づいてきて、照れくさそうに私を見上げた。

「貴方は本当に私が好きなのねぇ」

「違うわ。貴方が私を好きなの」

「よくわかったわね」

「愛でる権利をあげます」

「うぅーじゃあ、たっぷり愛でちゃおうかな」

 お腹に手を入れて、傍に寄せる。本当のおいらは甘えん坊だ。小さい頃は母の後をいつもついていた。でも母はおいらの望むような甘え方はさせてくれなかった。


 全力で愛している。貴方が何より大事で愛していると、そう愛でられてみたかった。でもそれは、母親に求めるものではないのかもしれない。

 おいらは十年をやり遂げた。でもやり遂げて残ったのは未来への希望と虚しさだけ。そこには他人がいない。おいらがされたかった愛で方をしてあげよう。


 もしドラッベンナの母が生きていれば、ドラッベンナは幸せだったのかもしれない。そんなたらればに意味などありはしない。


 僅かな明かりの中で、頬を撫でたり、膝枕で耳掃除をしたり、背中を撫でたり、頭をなでたり、いい子ね、貴方は子供で、愛でられる存在なのよと、それが嫌というほどわかるくらい、愛でた。

 頬を緩ませた少女の顔、目は半分閉じられ、口は少し開いて、動くのもまどろっこしいと言わないばかりで、なすがまま。隣でその様子を眺めながら、耳を撫でたり、耳の穴に優しく指を入れたり、肩を撫でたり。

「世界は冷たいけれど、だからこそ、人に優しくなきゃダメよ」

 これは、おいらの言えたセリフではない。訂正しようかどうか迷ったけれど、少女は眠ってしまっていた。目の淵から流れる涙の跡に唇を寄せると、やっぱりしょっぱかった。


 鎮静剤に火をつけ吸う。

 黒羽の外装で少女を隣の音から守る。

「お姉ちゃんが、お母さんだったら良かったのに」

「まだ起きてたの?」

「うん」

「馬鹿ね。貴方を一番愛しているのは、やっぱりお母さんと、そしてお父さんよ」

 そう言うと少女は苦い顔をして頷いた。


 不倫や浮気がなぜ楽しいのかって、それは嫌な事を夫や恋人が引き受けてくれているからだ。厳しい現実と、その厳しい現実から離れた遊び。どちらが楽しいのかってそれは後者が当然だ。勉強とゲームと言ったら、大抵はゲームの方が好きだろう。勉強はどんどん嫌いになり、ゲームはどんどん好きになる。

 嫌いな事を押し付けているのだから、嫌という気持ちが増えていく。そして逃れた楽しいという感情は、膨れ上がっていくだろう。

 でも、それは夫や恋人が、辛い事、重い事を引き受けてくれているから楽しいのであって、夫や恋人と別れて、不倫相手や浮気相手と一緒になった時には、その相手に辛い事と重いことを押し付けることになる。果たしてうまく行くだろうか。ぼくはうまく行くとは思えない。

 もしうまく行っているのなら、それは多分相手に尽くしているからだ。おいらはそう思う。もちろん、おいらの考えが正しいわけじゃない。あくまでもおいらの考えに過ぎない。


 重いのは嫌。それでもいい。逃げてもいい。

 でも現実は残酷だ。

 虫や動物の世界が残酷であるならば、祖先が同じであるぼくたち人間の世界も、残酷と同義なのだから。

 いつかどこかで、それと向き合わないといけなくなる。


 母親だったら良かったのに。

 おいらが母親だったのなら、今の女将さんと同じことを、貴方にしているはず。少女はおいらに似た誰かに、貴方が母親だったらいいのにとそう言うだろう。

 甘やかしているおいらの言えたことじゃない。

 母親に良く窘められた。人を馬鹿にするのはやめなさいと。

 馬鹿にしているわけじゃないのに、他人にとってそれは見下しているように見える。

 父もそうだった。

 言われたことに、はっと笑う。その声のトーンに母はたびたびイライラしていた。父の引き笑いの癖で、笑いの初めなだけだけれど、おいらもたぶん、そうなのだろうな。

 無意識に人を馬鹿にしているのかもしれない。友達ができない理由なのかもしれない。


 昔はよく、ぼくはただ……なんて言葉を口にしていた。

「もう寝なさい」

「手、握ってもいい?」

「いいわよ」

 それはたぶん、今も変わらない。自分を変えるのは容易じゃない。変わったつもりでも、相手にとっては変わっていない。誰かはぼくをうざい、きもい、変、と思うのだろう。それは仕方のないことで、ぼくにとっても変えようのないものだ。


 過去の自分は今のおいらだ。冷たい自分を今の自分で温めている。

 そのままおいらも横になる。目を閉じて、過去のおいらは、もう世界の何処にもいない。

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