プロローグ ドラッベンラ
十二歳になったし、神と契約したし、王子にもあったし、社交界にも出たし、婚約もさせられたので学校にも入学する。
中等部からだけれど。
学校は初等部から入学する者と中等部から入学する者がいて、中等部から入学する者の方が大体貴族としては格上。この辺のドラッベンラの情報は結構省かれていて傍若無人という噂があったので、傍若無人に振る舞っておいた。とりあえず各下は見下し、一般人の中から優秀な者もあがってくるのでとりあえず選民思想をやっていたら、同じ公爵令嬢からはゴミを見るような目で見られるようになった。やっほい。
王子というアクセサリーを身に着けた私は偉いのだ。
この頃にはエルフリーデを従者として従え、とりあえずエルフリーデにも傍若無人に振る舞っておいた。私の、ぼくの印象最悪で草。
中等部は一番辛かった。それは傍若無人に振る舞ったからではなく、普通に競争が激しかったからだ。貴族としての上下、そして実力の上下、幼い頃から専属の家庭教師をつけられている上層令嬢達はどうしてもあらゆる面で抜きんでてしまう。
そうした令嬢を起点に派閥が起こり、派閥同士の争いがはじまり、ライバルがいれば向上するとはいうものの、女の園のそれは陰険で陰湿で苛烈だった。
遺伝子的な才能はそれこそどうしようもなく、自分が上に上がれないのならば、他を引きずり下ろせばいいと考える人間もいる。コンプレックスと劣等感と優越感と逃げ場のない衝動とストレス。
行方不明になった生徒が数人いるし、これ、自殺の暗喩。
権力が無く、容姿の良いものはそれこそ格好の的だった。
顔に傷をつける、穢す、犯す、脅すは常とう手段。
できるだけエルフリーデで阻止する。エルフリーデはおいらの威光があるので文句を言われない。おいらは最強装備≪王子≫を身に着けているので誰も何も言えない。
策略も多い。自分のお家(いえ)のために立ち回る。自分の都合の良いように物事を勧めたい。そのためなら人を殺すことも厭わない。ぼくも何度か狙われた。特にマルグリーダ。
ぼくに対して積極的にかかわってこようとする。
悪い事は大体ぼくの策略となっているけれど、ぼくが策略を巡らせたことは一度もなく、ほとんどは返り討ちにしただけ。否定しないのが悪く、否定しても信用して貰えるのかと言えば否。
当然ドラッベンラを持ち上げようとする人達もいたけれど、悉くあしらっておいた。だっておいら追放されるしね。その分エルフリーデではいい人を演じておいた。ぼくに対する評価はクソだけど、エルフリーデに対する評価は良く、他の令嬢が私に話しかけてくることはなかったけれど、エルフリーデには仕えないかと引っ張りダコだった。
人に好かれるコツは、否定しないこと、悪口には同意しないこと、人を悪く言わない事、人を良くも言わない事、話しを聞くこと、自分の考えをあまり言わない事、落ち込んでいる人には飴を与え、甘やかし責めない事。誰にでもミスはあると支える事。少しドジで一番ではないが、勉強もほどほど、出来れば上の中、運動もほどほど、できれば上の中であることだと思っている。印象は大事、清潔で整えていて物腰が柔らかい事。
前半はだいぶ頑張らないとダメだけど、後半はぼくが整えてあげるだけ。
ドラッベンラという対比がいるのでエルフリーデが好かれるのは楽だった。
そして十四歳になると、いよいよヒロインが現れる。
第一印象としては、地味すぎる。ヒロインは設定どおり地味だった。髪はぼさぼさだし、そばかすはあるし、でも心根は優しくて明るくていい子、巨乳。抱き心地良さそう。
対立しないとダメなんだぞ。
王子はそんな地味なヒロインの、容姿ではなく心に惹かれていく。まぁ容姿が良くても性格がね。ぼくが言えたことじゃないね。そうだね。容姿が良くても性格最悪なドラッベンラと比較するとね。もう対比がえぐい。
正直もう≪しきたり≫とか格式とか、礼儀とかマナーとか無理。
これが死ぬまで続くのかと思うともう無理、ほんと無理。ほんと辛い、ほんとに無理。奴隷に失礼かもしれないけれどある意味奴隷だよ。格上には絶対に逆らえないしね。
学園には王家を筆頭に、六つの大公爵関係者がいて、みんなもともとは小国。
逆に言うと六つの小国を、王家を中心にひとまとめにしている。
一つの王家、六つの公爵、そして明星の女神などの神々を崇拝する教会関係者。
王家、教会と続き、六つの公爵が続く。
公爵にも順位があり、ヴァーナヴィーは上から二番目。
ヴァーナヴィーの他は。
ログズリー。三位。
ゲシュペンスター。四位。
アウーナストロゥーム。五位。
ロンバルディ。六位。
トゥーラトゥーラ。一位。
トゥーラトゥーラとヴァーナヴィーだけ女子枠で、あとは攻略対象。トゥーラトゥーラの公爵令嬢にはすでにゴミを見る目で見られている。ノブレスオブリージュを体現したような令嬢様なのでもう修復は無理だね。
辛うじてエルフリーデのおかげで暗殺されていないまである。
おいらの使徒レベルはもう7なので返り討ちだけど。公爵令嬢がゴミみたいな目で見てくるからおいらもゴミを見る目で見てやったらビンタされた。最低コイツ。左も叩けよー。
左も差し出したら左も叩かれた。お返しに頭突きしたら、憎々し気に見上げられたので、もう一度頭突きしたら失神した。失禁したのはぼくのせいじゃない。違う違う違う、そうじゃなーい。ぼくのせいじゃなーい。
王子が現れたらとりあえず散財的な言葉と格式と甘える声を出して軽蔑され、ヒロインと王子が一緒にいたらとりあえずヒロインを叩き軽蔑され、下の貴族が虐められていても無視し、軽蔑される。逆にすごくないかな。悪役令嬢って逆にすごい気がする。自分を犠牲に他者の好感度をブチあげる。理想の敵じゃまいか。共通の敵すぐる。
ある領地で盗賊団が街を占拠した。
王子を筆頭にヒロインなどが召還され、ぼくは呼ばれてもいないのについていった。
頑張って足を引っ張りました。
ヒロイン以外の苛めに加担するとさすがに刑罰が重くなりそうなのでドラッベンラとしては無視で、エルフリーデを使ってこっそり助ける。ヒロインもエルフリーデでこっそり助ける。例え苛めに参加したとしてもエルフリーデでこっそり助けるからもうエルフリーデがヒロインに攻略されるんじゃないかと思った。
おいらも相当ポンポコだけど、ヒロインも割とマジでポンポコポン。
太陽の乙女、ひだまりの乙女とは言うけれど、温もりがあまりにもぬるすぎる。
そして十六歳、運命の日。高等部一年最後の社交界、ついに婚約破棄された。
度重なる試練、ヒロインと王子、攻略対象達が降り積もる雪のように信頼と心を積み重ねていくのを眺めていた。追放される身分としては涙腺ものだ。
関係ないけど父親に、お前の育て方を間違えた。北の修道院で一からやり直すんだと言われた。ていうかほとんどお前のせいだぞ。父親をお前とか言っちゃダメなんだけど、ヒロインと関わったことで愛に目覚めたのか、それとも今は亡きおいらの産みの母を失った悲しみから解き放たれたのか、父親の目がキラキラしていてイラッとした。
ヒロインに攻略されるのは自由だけど、嫁と息子がいるの忘れるなよー。
というわけで北の修道院に向かう途中、暗殺者に襲われたと思ったらマルグリーダだった。しつこいよー。エルフリーデは散々一緒の馬車に乗るのを止められていたけれど、一緒に行かないわけにはいかないし、おいらだし、ヒロインの攻略対象から告白されそうになったり、ヒロインがグイグイ来たりとマジでポンポコポンなので焦った。まごまごしていたらおいらのエルフリーデが何時の間にか結婚してそうなので、どうにかこうにか一緒の馬車に乗った。
暗殺者が来るという情報は入っていたけれど、まさかマルグリーダとは思わなかった。
トゥーラトゥーラのご令嬢がマルグリーダの主人と言うことなのだろう。可愛い顔してやることがえぐいね。頭突きしたのが良くなかったのかもしれない。やっぱり頭突きが良くなかったかな。
エルフリーデでは悪党を殺したことはあったけれど、自分の手で人を殺したのは初めてだった。指が震えていた。性格も何もかも歪んでしまったかもしれない。
人を殺した。どんな理由であれ、それは許される事ではない。
それでも躊躇わなかったのは、マルグリーダが、人生をかけて殺しに来た事を察したからだ。この人は、この先、ずっと、ぼくの命を狙い続けるだろう。これまでのように。
今までも命を狙われた事は何度かある。その中にはマルグリーダも含まれていた。
再三忠告はした。次に来たら殺すとも言ってあった。それでもマルグリーダは来た。
エルフリーデに寄りかかる。アドレナリンが出ているみたいだ。胸に触れ、手の平の中で柔らかさを感じる。頬を寄せて、トップが頬に当たるのを感じる。
エルフリーデは前世の自分の姿を模している。理由はある。他人の姿を模すのはその他人が嫌だろうから、誰も嫌がらない姿にした。もっとも性別だけは違うけれど。
エルフリーデに御姫様抱っこしてもらって移動する。本当に疲れた。エルフリーデの唇に唇を寄せる。こんなことしてもエルフリーデに意思は無いので拒まない。這わせた唇の感触が脳を痺れさせる。それは人形やぬいぐるみの唇に、唇を寄せているのとなんら変わらない。
それでもそうせずにいられないのは、エルフリーデしか心を許せる人型の何かが傍にいなかったから。生物じゃなくても生物みたいな反応はある。ぼくの体は彼女を人として認識し、オキシトシンやセロトニンを分泌してくれた。
長かった。涙がぽろぽろでても、ただの自己満足でも、それでもいい。十年は長い。学園生活も、貴族も、恋愛もうんざり、きらきらしたのも、もううんざりだ。うんざりだけど、あの空間は確かに幸せな空間ではあった。
ヒロインなんか無視すれば良かったのに、それではあんまりにもアンフェアな気がしてしまったから。
過去の掛け替えのなかった時間、通り過ぎた時間は青春と言うにはあまりにも灰色で、今通り過ぎて来た時間は、戦いとストレスと競争に染まり苛烈で鮮烈で、懐かしいと言うにはあまりにも早い。
慕ってくる後輩を無下にし、友人(取り巻き)を良い人達を裏切り、怒らせる。
レベルがいくら高くとも、戦闘では無能で役立たず、それなのに文句だけは一人前を演じ、あきれられる。
庶民であるヒロインは本来正妃になることができない。最低がすぎると王子ルートの場合ドラッベンラが飼殺される可能性もあるので最低ラインぎりぎりを維持した。
ここから先はシナリオにない。進行上必要なアイテムは残してあるし、手をつけてもいない。ヒントも残してある。公式のチートアイテムも置いてきた。聖女は地味だけれど、悪役令嬢としての務めは果たしたはずだ。王子との仲も深まり、その他攻略対象との絆も深まっている。それこそハーレムルート確定かもしれない。
ぼくは、わたしは、おれは……悪役令嬢という役目が終わって、少し、ぽっかりと胸に穴が開いた。ぼくがここにいる意味ってあるのかな。それがぽっかりと穴を覗かせていた。ちゃんと演じられていたかどうか、もしかしたら素だったのかもしれない。
知識があるという引け目、ヴェーダラ様の使徒になったという本来はヒロインが契約するものなのにという負い目、それに属するヒロインやこの世界に対する義理は果たしたつもりだ。後は、もう、自由でもいいよね。
結局、結局……ドラッベンラを好きだと言ってくれる人はいなかった。例えドラッベンラが最低な人間だったとしても、最低を演じていた人間だったとしても、それがすごく悲しい。多分、ストックホルム症候群ってこんな感じ。
この世界には戦闘機(スカイシップ)がある。遺跡より発掘される強力な遺産。数に限りはあれど、戦争での戦闘は戦闘機が主流。でもドラッベンラのために、カッ飛んでくるスカイシップなど、ありはしないだろうな。
続くのは足跡、前を見れば、暗闇ばかりだった。
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