プロローグ④

 教会を見たいと父親に直談判しようかと考えて、朝食に備える。

 生産職はある。生産職は三つ、付与、錬金、製薬の三つ。

 付与はその名の通り付与、錬金は鍛冶と彫金その他、製薬は回復薬とか。

 付与は誰でも習得できるけれど、錬金は火と秘密の神と契約しないと習得(チート)はできない。製薬は水と濁りの神と契約しないとダメ。

 鍛冶と彫金が錬金に分類されるのは、金槌などを一切使用しないから。生産職は神の力により材料を中空で成形、合成、製造できる。製薬も同じ。


 実質付与しか習得(チート)はできないけれど、付与は良い。

 製薬と錬金は契約をしていなければできないわけじゃない。

 代わりに道具が必要になる。スキルレベルとかは契約が無ければ関係無い。チートを使わないのであれば、金槌などの道具は使う。

 今後追放に備えて強力になりたい。ていうか普通に男との恋愛は嫌……グースカ。

 もんもん、むんむんしていたらいつの間に眠ってしまっていた。

 父親との会話を考えると心臓がどきどきする。父親と会話するだけなのに緊張する。まずは早朝ランニング。朝から辛い。六歳児だけどこんなに走らないとダメですか。ダメですか。

 貴族の嗜み、ですか。走るのが貴族の嗜みですか。うぇー。

 やっと終わった頃には足が小鹿みたいにガクガクしている。気持ち悪い。ベタベタとした服を脱がされて、全身をくまなく拭かれる。オイルを塗られる、からのお着替え。


 押し出されて食事処、父親が食べ終えるのを待ちます。朝からの運動で酸素不足、気持ち悪い、でもお残ししたら料理人が処罰されるかもしれないー。

 まずは手を上げます。父親が気づくまで待ちます。

 父親気づいた。

「ん?」

 お父さまがナイフとフォークを置くのを待ちます。口を拭いています。こちらを見ました。

「発言をしてもよろしいでしょうか」

「あぁ。許す」

 許されました。

「将来を見据え、教会を一度見てみたいのですが、よろしいでしょうか?」

「その必要はない」

 一刀両断される。

 父親がナイフとフォークを持ったのでもう発言は許されない。キレそう。キレそう(強調)。

 お父さま、六歳児です。わがまま聞いてください。


 午前中はお稽古。色々吐きそう。失敗したらどうしようという緊張を感じる。今日も鞭で叩かれる。からのお昼。一人でカチャカチャしたいけど、音を立てたらマナー違反。使用人が常に傍にいて監視されている。

 スープをスプーンですくうのにスープがお皿に当たって音が出たらマナー違反って何なの。この人達はぼくをどうしたいの。

 料理も、美味しくない。美味しくない。すごい料理なのはなんとなくわかる。素材の味がなんたらとか、健康に気を使ってとか、わかる、わかるけど美味しくない。

 ぼくの舌が変なのですか。ぼくの味覚が変ですか、そうですか。文句ばっかり言うね。食べられるだけいいでしょってもうキレそう。


 午後からは洗脳。もうこれ洗脳だよー。これ後六年も耐えるのかと思うと、辛くて涙が出て来た。しかし、ぼくが泣こうが震えようが、使用人たちは決して慰めてはくれない。

 怪訝な顔をしながらも、普段通りにし、普段通りに仕事をこなし、普段通りにお風呂に入り、普段通りにオイルを塗られ、普段通りにベッドに沈みむ。

 偉い人がこんなことを言っていたのを思い出す。

 どんな辛い時でも寝れば大丈夫。寝れば大丈夫だ。本当でござるかぁ。

 どうやって教会に行こうかと、悩んでも答えが出なくて困ってしまった。

 なぜだか妹のセリフを思い出した。

「お兄ちゃん、女に幻想持ちすぎ。あのね、大体の可愛い女なんて、若い時はその辺のイケメンと遊びまくって、年を取ったら金持ちと結婚するんよ。だから女は信用しちゃダメだよ」

 お前も女なんやで……。

 そんな女になりたくないし男は嫌。

 お前はそんな風にならないでねと頭を撫でたら。

「男が悪いんよ。男が」

 お前は一体何なのだ。兄としては複雑だったよ、我が妹よ。


 次の日、朝ご飯に変わった料理が出た。変わった料理だなと思いつつ、食べていたけれど、使用人がいつもの料理じゃないことに気づいて、料理を作った人が処罰された。

 賄いの料理を間違えて器にもってしまったって、謝る機会すらなく、別にまずくもなかったし、毒が入っているわけでもなかったけれど、その使用人は手を鞭で散々打たれたのち追放されてしまった。庇うに庇えず、結局何もできず、窓から見ていた。腕を押さえながら出ていく使用人は、目が合うとぼくを睨んで家から去って行った。

 あれは、きっとぼくを怨んでいる。憎んでいる。

 聞ければいいけれど、ぼくが声をかけただけで使用人が処罰されてしまう。


 そんなこんなであっという間に半年が経過してしまった。

 人間不思議なもので、三カ月もすると生活に順応する。何も感じなくなる。心を殺す術を覚える。ぼくがぼくであることに変わりはないけれど。

 朝早くに起き、使用人に世話をさせ、朝の運動、使用人に世話をされる、父と朝食、お稽古、軽い昼食、洗脳、お風呂、夕食、オイルを塗られ、飲み、おやすみ。

 なんとか神と契約を結びたいとは思うものの、日々に忙殺される。

 そんなこんなしている間にも、ミスをした使用人が容赦なく鞭で打たれて追放され、また新しい使用人が入ってくる。

 父は最近夜会に参加しているらしく、帰ってこない日も多い。社交も仕事のうちではあるし、九歳になったら新しい母が来るから、今から出会っているのかもしれない。


 ヴァイオリンの弦が切れて、頬と指が切れた。

 道具の管理人が処罰されてしまう。ついでにおいらも鞭で叩かれた。

 料理を少し摘まみ食いした使用人が処罰される。

 あらゆるミスが許されない。父や私がそう望むのではなく、システムがそうなっており、父はそれを黙認しているようだった。使用人のことは使用人で決めれば良いと。


 詳しいことは知らされないのでなんとも言えないけれど、各班に分かれているようだった。父親の身の回りの事をこなす班が一番上にあり、次にぼくの身の回りをこなす班、その下に屋敷の管理をする班、料理をする班、雑用をこなす班などがある。

 父の世話をする班が一番偉くて、次にぼくの班の人、この人達が、さらに下の班を管理する。父の班は男女混合だけれど、ぼくの班は女性のみ。続く班は役割ごとに男女混合。

 使用人は恋愛禁止が暗黙の了解だけれど、こっそりとする人はいるらしい。いいな。

 ぼく恋愛したことない。まぁ後二年半後に強制レ〇プされるけれど。

 そのうち何かある。不満が何処かで爆発するのだろうなと思っていた。多分、おそらくだけれど、うちの班の人達から出る。うちの班は二番目に偉くて、ぼくが大人しくしているので仕事も楽、ミスをしなければ古い人から当てられる。


 使用人の中にも色々な人がいるのは当たり前で、ミスをしない人間など存在しない。

 要はずる賢くて気の強い人たちが、気の弱い人達を追い出して上に上がって来ることもある。現に数人、気の強い人たちがいる。

 父親の使用人はぼくの使用人とは違い、厳格な家柄の人達のようだ。

 父は公爵だけれど、ぼくは別にその娘というだけで何の肩書もない。その差を作っているのだと思われる。とは言っても貴族の令嬢であることに変わりは無いらしい。


 もともと公国だったけれど、王政が敷かれたので現在は領地になる。

 うちは王政に反対した人たちと戦って王に貢献したので格式が高いらしい。すげー。

 でもダチィとかプリンシパルとか言われてもね。というかここはエゲレスではねーずら。

 女性に継承権は無いので、おいらにこの公爵家を継ぐ資格は無い。父親が息子を設けるか、おいらの旦那が継ぐかの二択だけれど、父親はヴァーナヴィーの血を引いていないし、おそらく後者が優先される。ぼくの子供が男なら家を継ぐことになるだろう。

 養子をとっても通常は継承権が無い。継げるのは原則直系男子のみ。

 父親は王家の人間で、血の連なりであるぼくはいるが、ヴァーナヴィー公爵家の正式な跡取りは存在しない。

 そう考えると、家の中が、自分の状態が、現在どのようなものになっているのか、形が見えて来たような気がした。あくまでもぼくの考えではあるけれど。

 王家はヴァーナヴィーの血が他の公爵家と交わり、他の公爵家が力を持つのを危惧しているし、他の公爵家もまた王家がヴァーナヴィー家を取り込み権力が増すのを危惧している。

 それを気に入らない他の貴族もいるわけで、そんな貴族の送り込んで来たスパイもいる。

 王家の力が増し、貴族が無いがしろになるのを恐れている。

 ヴァーナヴィーにはヴァーナヴィー家特質の力もある。ヴァーナヴィーの血を取り入れることで、王家はそれらを無力化、また他の貴族への流出を阻止し、他の公爵家はヴァーナヴィーの血が王家に溶け込むのだけは阻止したい。


 マルグリーダという女がいる。

 この使用人は男爵家の令嬢、でも王家とうちを快く思わない他の公爵家から送りこまれたスパイだ。この女を中心とした後二人か三人が、ドラッベンラが離れに移されたのをいいことに、使用人を増やし、他の使用人と結託してドラッベンラを犯し捕らえる。

 体を穢し、明星の女神との契約を阻止する。

 明星の女神は純潔の女神。契約できても純潔でなければ力が弱まり、それは不信に変わる。

 聖女、ヒロインは明星の女神から受け取れる力が大きい。それはモラルを伴い大きな信頼となる。

 もともとストレスと言う爆弾はあった。使用人たちはマルグリーダという起爆剤で爆発し、ドラッベンラを吹き飛ばす。マルグリーダは見事任務を遂行するのだろう。


 夜になり、体にオイルを塗っているのは、マルグリーダという女になっていた。

 気の強そうな顔、金髪碧眼、自分に自信を持っているのが伺える。

 すでに手の物が内部に入り込んでいるとみて間違いはない。

 ケツ触りすぎ。


 新しい母親も別の公爵家の令嬢だし、おいらの弱みを握りつつ、心を掌握するつもりなのかもしれない。この辺は設定に無いので推測に過ぎない。

 つうかケツ触りすぎ。どれだけケツが好きなのだこの女。


 色々やりたいことはあるけれど、今はどれもこなす時間が無い。ていうか一人になれないし、起きている間は飯食っているか稽古をしているかのどちらかだ。


 マルグリーダが来たからいよいよ味方がいなくなる。元からいないけど。陰キャにコミュ力求められても困る。

 設定知らなかったから、普通に頭おかしくなると思う。正しい情報を一切知らない状態で、状況から自分で正常を判断するしかない。ドラッベンラが我が道を行くのも頷ける。

 誕生日がターニングポイント、転機かな。誕生日のプレゼントにワンチャン教会に行かせて貰えるかもしれない。無理ならいよいよ脱走も考えなければいけない。その際に処罰を受ける使用人は何人になるか想像したくない。

 もっとも貴族の令嬢とかには変わりはないから、そこまで重い処罰は無いとタカをくくってやるしかない。


 結果から言ってダメでした。

 教会には行かせてもらえそうにない。外は危険だからダメだと言われた。誕生日ぐらいいいやろがい。その代わり、誕生日にはこの辺りで一番強い冒険者のパーティが招待されることになった。マジでどうでもいい。十二歳まで何が何でも教会には行かせない方針。もー。

 ちょっと鬱憤が溜まって来て、ストレスからか、食べ物を吐く癖がついてしまった。

 どうしたもんじゃろのー。

 残念ながらマルグリーダに対する父親からの信頼が厚い。だってマルグリーダ普通に有能なんだもん。こんなの聞いてないよ。


 そういった訓練を受けて来たものが来たのだから、当然と言えば当然で、ほえーしか言えないよ。まぁおいらもマルグリーダのやり手なところは見習いたい。


 誕生日、冒険者のパーティが来て、食事などをして厳かに過ごした。

 ソルジャーの男が二人、スカウトの女が一人の三人パーティで、男の片方は若くてイケメン、もう一方は渋くてイケメン、イケメンしかいねーなこの世界。嫌になってきた。

 そしてスカウトの女性は整った地味めの女性だった。

 女性が回復役も担っているらしい。若い方とは幼馴染だって、許さんぞ、そんなの。

 関係ないけどドロドロした恋愛話って嫌いだ。

 主人公が地味メンでイケメンの幼馴染がいて、そのイケメンの幼馴染と付き合っている女の子を主人公が好きとか、ゲロ吐きそうだぞ。


 このパーティで言ったら、幼馴染同士付き合っているけれど、渋い方と女性が肉体関係あるみたいな。うえっぷ。おいらの内なる倫理観が拒否反応を起こすのでそんなことないよねと女の人の膝の上に座っておいた。正義感に強いのだ。嘘だぞ。


 女の人はめっちゃ震えていた。目が合うと反らされてしまう。唇めっちゃプルプルしていて、触れても良いか聞かれたので良いですと答えた。

 優しく頭を撫でてくれた。ゆっくりとお腹に手を回してきて、抱きしめてくれた。最近、誰かに甘えた記憶のない孤独な身の上なので、めっちゃオキシトシンが出た。女性の体に、包まれるような、埋もれるような、身を任せると、本当に気持ち良くて困った。胸が良い。胸の柔らかさが身に染みる。てか全体的に柔らかい。筋肉なのに柔らかい。癒される。

 そして頬が痛い。

 胸のペンダント、胸から下げられたペンダントを見て、目が点になる。

 簡易教会キタコレ。簡易教会ペンダントきたこれえええええええええええええええ。優勝、貴方が優勝です。おいらが幸せにします。

 簡易教会ペンダントに触れていいか聞いたら拒否される可能性があるのでもう握ってしまった。思い出の品だったら申し訳ないけど許してクレメンテ。


 願う。神に乞い願う。

 無我夢中だった。作法なんか知るわけもない。

 簡易教会ペンダントはアクセサリー装備の一つ。その名の通り、簡易な教会の役割を果たし、神と契約できる。ジンクスでお守りとして装備する人もいる。のちの最強装備(ヒロイン限定)という設定。戦闘中にロウを変更するという荒業ができるようになる。卑怯だそんなの。嘘だどんどんどこどーん。


 勝った。そう確信した。これでうまくいかなかったらメンタルがベコベコ凹むかもしれない。胃液どころか吐血しそう。

 冒険者を引退して飲食店を経営するお姉さんと結婚する幸せな未来まで想像した。想像ならセーフ、想像ならセーフだ。


 真っ白な空間が広がっていた。屋敷の中じゃない――。

 ただ願った。ひざまずき、求める神の名前を呼び、希(こいねが)った。こんなに願ったことは無い。こんなに願ったことなんてないよ。もう鼻水と涙が出て来た。

「闇と夜の女神様……闇と夜の女神様」

 強く強く、ただひたすらに祈った。お願いします。お願いします。お願いします。

「我を呼ぶのは誰ぞ。我が名を呼ぶのは誰ぞ」

 これほど願ったことはない。

 顔を上げても良いだろうか。

「小さき子。我を呼ぶとはなんと哀れな。顔を上げなさい」


 顔を上げる。黒い仮面で目元が覆われた、黒髪の女性。女性を模したもの。銀と白を混ぜ合わせたようなドレスに、黒いのに白と見間違う光沢の長い髪。

 闇と夜の女神。名もなき夜と闇の女神。

「どうか、加護をください」

「私の加護が欲しいのか。哀れな子。光の加護を求めなさい」

「私には、ぼくには貴方の加護が必要です」

「私の加護が欲しいのか。何処までも哀れな子」

 息が苦しい。ただ契約するだけではだめ。ただ契約するだけではダメだ。失敗するかもしれない。想像すると思ったよりも苦く、鈍痛のように頭を叩く。


 立ち上がり、間違えてない。間違えてないよね。これでいいんだよね。立ち上がり、女神様に向かって歩く。女神様の目は見えていない。なぜなら疑似の姿だから。

 真っすぐに、女神様がぼくを観察するように佇む。佇む女神様の、お腹の、ドレスの中へ、怒られないだろうか、拒否されないだろうか、一挙手一投足に視界が反応して、ビクビクしながら、触れて、暗闇の中へ、入った。


 強烈な異臭、えずく、顔を背けたくなり、胃が吐き出されるのではないかと思われるほど、強烈に、えずく、カエルみたいな泣き声、もらいゲロを拒否できないかのように。我慢しようとすればするほど口から漏れる。

 その臭いから来るえずきは、容易にぼくの胃袋をひっくり返した。

 口から吐しゃ物が出て、焼けるような喉の痛み、呼吸もおぼつかない。吐しゃ物の異臭なのか、この場の異臭なのか判断できない。

 触れた地面はぬめぬめしていてコールタールのよう。それでも歩かなきゃいけない。ここを歩かなければならないのなら、吐こうが汚れようがどうでもいい。

「ほう、我が寝屋に来るとは」

 およそ人ではない何かがいた。これが神様じゃないのなら、これの呼び方をぼくは知らない。


 無数の口があった。無数の目があった。蛇のような巨体だった。全身の毛が逆立ち、失いそうな気を保つ。

「ぼくろ、げいや゛ぐ、じでぐだざい」

 かろうじて発した言葉に自分で驚く。

 無数の目がぼくを見ていた。無数の口が開閉していた。その姿を見ただけで全身の毛が逆立つ。フォビア系の拒否反応が全身を覆いつくす。皮膚が溶けている。ぼくの皮膚が溶けている。

 おえっおえっと間抜けな音を喉から出しながら、瞬きも忘れてぼくはそれを見ていた。

「げいや、おえっ、ぐじでぐだざい、うぇえええおおお」

 それはじっとぼくを眺めていた。

「では口づけをしなさい」

 過呼吸を通り越しておかしくなりそうだ。前のめりに、こけて、目が、染みて、痛くて、滲んで、それをぬぐおうとするものだから、余計に染みて、もうぬぐうのもやめて。


 恐怖で体が痙攣する。ぼくにはどうすることもできない痙攣が起こり、痙攣したいわけでもないのに、痙攣を止められない。なんで震えるのだ。自分で自分に怒っている理不尽なぼくがいる。

 びちゃびちゃと不快な音が聞こえる。死ぬ。体が後ずさりしようとして、それから離れようとして、必死に言い聞かせる。どうせ死ぬ。これで契約できなかったらぼくは死ぬんだ。

 必死に言い聞かせる。


 こんなゲロまみれで申し訳ないと思い、ぼくはそれに口づけした。せっかくなのでべろちゅーした。口の一つに舌まで入れて、舌が焼けるんじゃないかと思うほど痛いけれど、神様とキスするチャンスなんて二度とないかもしれないので舌も入れて舐めまわしておいた。

 契約してくれなかったら怨む。これでは誠意が足りないかもしれない。むちゅむちゅとこれでもかとキスをしておいた。硬くてねばねばしていて、臭くて、痛くて、最悪で、ぼくもゲロまみれで、鼻水出ているし、もうめちゃくちゃだけど、おしっこまで漏れている気がして、口の隣にある両端の口の中に手を入れてがっしり掴んで離さないように握ってキスしまくった。

「……契約しましょう」

 その言葉だけで、ぼくの意識は途切れた。

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