渡知郎おじさんと見世物小屋

家は昔質屋だった。とはいってもおじいさんが14歳の頃までだから、お話でしか聞いたことがないけど、面白い話を聞けたのでひとつ。


いつものように店番をしていると店に体格が大きいおじさんがやってきた。

「よう喜助(きすけ)、大きくなったな」

喜助とはおじいさんの名前。

「渡知郎(とちろう)おじさん!」

おじさんは親父の悪趣味な友人のひとりだ。

おじさんはたくさんの学校を行ったり来たりしている学者(?)らしい。行った先で変わった物を見つけたり宗教に首を突っ込んだりする変わった人で、親父の趣味仲間として月に一度は顔を出しにきていたようだ。

渡知郎おじさんが語る話は、田舎育ちの喜助にとって夢のような話ばかりで地元では聞けない都会(そと)の世界を聞かせてくれる人だったらしい。


渡知郎おじさん(以降、渡知郎)は世にも珍しいものがあれば顔を突っ込まずにはいられない性格で何度か捕まりそうになったりしたそうだが、起点を聞かせてその場から逃げる算段は親父でさえ呆れるほどだったらしい。

その日、渡知郎は世にも珍しい話を聞かせてくれた。


喜助の町には縁日になればたまにやってくる小さなサーカス集団…見世物小屋。当時を振り返ると、喜助は見世物小屋はこの世を忘れさせてくれるような不思議な人たちだったと後に語っていた。

渡知郎も同じような気持ちで見世物小屋に訪れていた。

人混みを避け、見渡せるような場所に移すと見世物小屋の団長と思わしき男がマジックショーを披露しているところだった。杖を振れば人は翼や道具なしに飛んだり小さな箱から何人も人が出て着たりと、歓声が響くたびに渡知郎は怪しいと眉間を寄せていた。

どう考えても物理的にありえないことが目の前で起こっている。どういう仕組みでこのような総がかりなことができるのか長年祭りごとを見てきたが、自分の頭では理解できない数々の出来事に渡知郎は正体を探ろうと行動に出た。

「周りに田舎ものならとにかく、俺の目はごまかせねぇぞ」と粋がった渡知郎は、自分のスケジュールをずらしてまで、そこの団員たちを見張ったそうだ。


15人ほどの団員たちは、縁日が終わると小さな小屋へと入っていった。小屋は15人が入るほど広くはなくせいぜい3人ぐらいまでしか入れないほどの小さいテントだった。どう見ても15人も入るにしてはおかしい。

人が消えているのか? それとも別の小屋に移動したのか? 小屋の周辺を探るも窓や出口は見当たらない。不思議に思い、小屋の中へと入ろうかと戸惑っていると団長らしき男が出てきた。その後、見張っていると男以外誰一人として出てこない。しらを切らして小屋を覗くがそこにはなにもなかった。誰一人として道具もなにもなくなっていた。

あの男に何かあるかもしれないと、男の後を追ったが、完全に見失ってしまった。

「くそうぅ。たしか次の公演は隣の町だと言っていたな。今度こそこの手で握ってやる」


渡知郎は汽車の時間を調べ、男が乗るまで辛抱強く待った。男が乗ったのは汽車を調べて数日後のことだった。男に見つからないように車両を放して乗り込み、席を探す振りをしながら男の向かいの席に座り眠ったふりをした。しばし男は窓の外を見つめていたが、だんだん眠気に襲われたのか男は帽子で顔を隠すように眠り込んでしまった。

(しめた!)

と男の隣に置かれていた小さな荷物を勝手に調べだした。

荷物の中は思ったほど普通の品々ばかりで、服や財布、朝刊と当たり前のものばかりでこれといって興味をそそぐものは何も見つからなかった。なにもないと元に戻していると、ふと男の手には葉巻のような筒が握られていることに気づいた。

(これかもしれない)

男の手から抜き取ろうとしたとき、駅に止まる合図の汽笛が鳴った。

(まずい!!)

男が起きると思い慌てて席に戻り、寝たふりをした。

男が起きると同時に渡知郎も今起きたかのような芝居をしながら男の後に続いて汽車から降りようとした。

そのとき渡知郎は初めて命の危険性を感じたという。

男は渡知郎に振り向きざまに「次、後を追えば殺すぞ」と耳ともとで囁き、汽車から降りて行った。

渡知郎は身動きがとれないまま、次の駅に着くまでその場から動けなかったという。

その後、男の行方を探したが、結局何も突き止めることはできなかったそうだ。


横で話しを聞いていた親父がぽつりと「これは化かされたんだな」と言った。

「その葉巻とやらとってきたら、高く買ってやったのによぉ」と笑ったが、

「おれは金が欲しいんじゃねーんだよ。真実が知りてぇんだ!」と怒るおじさんに、「化かされたんだよ」と、らちのあかない会話がしばらく続いた。



この話を終えた後、喜助おじいさんは、自身が40歳の頃に渡知郎おじさんは事故で亡くなってしまったと言っていた。なんの事故で亡くなったのかはまた別の話になるが、渡知郎おじさんはまるで夢物語みたいで子供の頃はさぞ楽しかったと語っていた。

質屋を畳むと同時に渡知郎おじさんは来ることはなくなってしまったそうだが、親父が言うには「腐れ縁」と言っていたあたり、何かと縁はあったようだ。とはいえ、その後は亡くなるまで会うことはなかったそうだ。

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