君と小さなウエディングベル
宮浦透
本文
今から一年ほど前、旅行船が遭難した。
未だに助けが来ず、百人前後の旅行客が無人島に流れ着いた。
僕は彼女と二人旅行に来ていた。
皆が食料や水不足でバタバタと死んでいく中、僕と彼女だけは生き延びた。
昔から僕は本が好きだった。
おかげで生きるための知識には困らず、今もなおここで二人暮らしている。
「ここままずっと変わらず死んでいくのかな」
一年ほど前、とは言うものの正確に言えるものではない。
流石に一年も経てば電子機器などは尽きていくし、転がる死体の山から使えるものを拝借しても、限界がある。
これからの不安は大きいものだ。
この旅行が終われば結婚式を挙げるつもりだった。
綺麗なチャペルで、大勢の家族に囲まれて幸せな人生を送るつもりだった。
しかしそれももう叶うことはない。
おそらく家族は僕を死んだと思っているし、僕ももうそこまで長くは生きれないことはわかっている。
「せめてもの報いか…」
僕は立ち上がった。
小さなベルのキーホルダーを、君の手に持たせた。
君はその腐敗臭をもろともしないような綺麗さで、小さなウエディングベルを手にした。
君はもう、いない。
君は優しかった。
死にかけた人たちを助けたり、食糧を分けたり、死んだ人を火葬してあげている様子も見た。その度君は涙を流した。
そうしているうちに彼女は病気になった。栄養失調だと思う。自分の最低限の食糧も分けていたのだ。
気づけば彼女は死んでいた。
おそらく、僕は優しくなかった。
助けられなかった不甲斐なさと、自分の愚かさを恥じた。
しかし自分を呪えなかった。
「ごめんな」
こんな人間でごめん。と懺悔と共に彼女の口へキスをした。
これでもう恐らく君の元へ行けるだろう。
右手に握ったウエディングベルを、僕も優しく上から包み込んだ。
悔しいが、ここで僕の人生は幕を閉じるとしよう。
このメモ書きが発見されたのはさらに一年後。ヘリコプターが空から船を発見したことから事態が進んだ。
多くの死体が山のように積まれている場所から少し離れて、二人の死体が抱き合うように死んでいたと当時その無人島に救助に来た人が答えている。
君と小さなウエディングベル 宮浦透 @miya_to
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