第9話 拗ねて拗ねられて

※8話 守り石VS の直後回です。


「随分くたびれているね、こうさん」

勾楼こうろうは、真幌まほろの部屋に入るなり、部屋の主にそう笑いかけられた。のっそりと、勾楼は真幌を見る。さらさらと、美しい黒髪が揺れた。見目の良い顔が、曇っている。

「……聞いてくれるかい?真幌」

「もちろん。お茶淹れるね」

にこにこと笑ったまま、真幌は手際良く二人分の茶を淹れた。

そしてーー

「ふうん。あの露店、昼でも開くの」

「何の気まぐれだかね。それもだけど、清水石しみずいしさ」

「あの石も大層貴重で美しいものだよね。それに嫉妬されちゃったの?」

勾楼は不意に、真幌から顔を逸らす。

「……私に、良い持ち主がいるのが妬ましいとさ」

真幌は目を丸くする。

「良い物に出会えたのは僕の方で、僕の方が幸運なんだけどなあ」

不思議そうに茶を啜る真幌を、しかし勾楼は直視することが出来ない。照れである。

「ーーでも、かおるが清水石を興味津々で見てたのが面白くなかったんでしょう?勾さんは」

にこにこと笑う真幌に言われ、勾楼は言葉に詰まる。

清水石は、日常ではまず出会えない摩訶不思議な、異界の石だ。見た目の美しさといい、普通の人間の子である薫が興味を惹かれるのは、何ら不思議なことではない。

それでも。同じ石の類としては、やはり少々、いやかなり、面白くない。所謂、嫉妬というもの。

「……守り石なら、私が居れば十分さね」

「うんうん。そうだね」

優しく肯定しながらも、真幌は面白そうに笑っている。

「勾さんも拗ねちゃうことがあるんだねぇ」

「……拗ねちゃいないよ」

「そういうところだよ」

からからと、真幌は笑う。勾楼はそっぽを向いたまま、清水石に言われたことを反芻する。

真幌には話していないこと。


『この娘が持ち主になってくれたら良いのに』


ゾクリとした。

清水石の水を本当に薫が飲んでしまったら、自らの領域へ取り込むつもりなのだろう。そう思わせるほどの感情が籠もった言葉だった。

勾楼は頭を一つ振る。そんなことはさせない。見ていた真幌が不思議そうな顔をした。

「どうしたの?」

「いや。ーー真幌も薫も、私が居ないとダメだねぇ、って話さ」

まだ顔を逸したままの勾楼を見、真幌はやがて快活に笑った。

「勾さんらしいね」

笑い声を聞きながら、ようやく勾楼は真幌へ顔を向ける。

穏やかな笑みを浮かべている付喪神つくもがみを見て、真幌も少しホッとしたような心境になった。

(僕が持ち主になって良かった、のかな)

真幌は勾楼と初めて会った日に思いを馳せながら、再び茶を啜ったのだった。



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