第10話 幽霊談議


本がたくさんあるお祖父ちゃんの部屋。


「ねぇ、勾楼こうろう

「何だい?かおる

私・扇形薫せんがたかおるは、勾楼に声を掛ける。読んでいた本が丁度終わったから、勾楼は直ぐ私の方を向いた。彼は、お祖父ちゃんの持つ勾玉の付喪神つくもがみ

私も、お祖父ちゃんの部屋で怖い話の本を読んでいて、読み終わったところだった。

今は夕飯の後で、夜中って訳じゃないけどやっぱり夜に読むと怖さが倍増する気がする。

「ーー幽霊、って何で白い服を着た髪の長い女の人が多いのかな?」

勾楼は、凄く分かりやすくきょとんとした顔をする。

ややあって、呆れたような感心してるようなよく分からない溜息をつかれた。

「また変なことを考えているね、お前さんは」

「……変、かなぁ」

そんなにたくさん怖い話を読んでる訳じゃないけど、昔話でも現代の話でも、髪の長い女の人の幽霊は多い気がする。

「まぁ、確かに茶髪にショートカットで日焼けしてるオレンジの服着た女の幽霊、なんて珍しい話に聞こえるね。これは例えだけどさ」

それは元気いっぱいな感じの幽霊だ。祟らなさそう。失礼かな。

「でも、どの話でも怖いなあ。髪の長い女の人の幽霊って。何でだろう」

自分の髪に手をやる。私の髪色は明るいし長くもない。このまま化けて出たところで怖がられはしない気がする。

「黒いから?」

「ショートカットの黒髪だってごろごろいるじゃないか」

「そっか。長さもセットじゃないとダメなんだ」

自分で言ったけど、よく分からなくなってきた。勾楼が顎に手を当てる。

「……ふむ。とりあえず容姿だけで考えるなら、“顔”が見えるかどうかも関わりそうさね」

「顔?」

「幽霊話に出て来る女の幽霊、ってのはさ、顔が隠れている、あるいは見えにくいんじゃないかい?最初は、さ」

「……そうかも」

最初は、俯いてるとか、髪が顔に掛かってよく見えない、みたいな書かれ方が多いような。

夜にそんな人見たら、顔が隠れてなくても表情なんてパッと見ないとも思うけど。

勾楼は続ける。

「私は付喪神だから人間の心理なんてあんまり分からないけどさ。“顔”が見えない、“表情”が分からないものは怖いんじゃないかい?普段マスクや化粧したって、顔面全部見えなくなるわけじゃないだろう?大抵の生きてる人間ってのは」

「うん。最低でも目は見えてるよね、普通」

勾楼が頷く。

「それが。全部髪で隠れて、目どころか前後も分からない、ってんじゃ普通じゃないし、気味悪いだろう?それに、分からないからこそ、想像しちまう」

「想像、」

勾楼は薄く笑う。

「例えば、さ。薫が夜道で、今言ったみたいな長い髪で顔が隠れた幽霊みたいな女に遭遇したとして。そこで直ぐ逃げ出したとしても、考えちまうんじゃないかい?ーーあの女はどんな顔を、表情を、しているんだろう、ってね」

ドキリとした。

見えないから、分からないから、勝手に想像してしまう?でも、その通りかもしれない。

「……きっと怖い顔をしてるに違いない、って絶対に思っちゃうな……」

「異様だと感じるものを見ちまったら、大体良い想像は働かないもんだろう?自分で恐怖を生んで拡げてしまうのさね」

ニヤリと笑う勾楼に、私は直ぐ言葉を返せない。でも、笑っていた勾楼は直ぐ真面目な表情になる。

「と言っても、こういう場合は逃げる離れるが正解だけどね。生死問わず関わらない方が良いさ。顔を見てやろう、確かめようなんて思わないことだよ」

したくない。顔を確かめるだなんて、そんなこと。頷く私に、勾楼は苦笑いを浮かべる。

「まあ、後は。そうだねぇ。こんな姿で現れたら怖い、って念が反映されてる、とか」

ん?どういうこと?

「何?それ」

「……これは“場所”の話だけどね。ーー何でもいいけどさ、人が死んでいたり心霊スポットみたいな場所があるとして。そういう場所ってのは真偽問わずいろんな噂がついてる。よくあるだろう?それこそ女の霊が出るだの音がするだの」

「うん」

「中には。この場所ではこういうことが起こった、だから“こういう姿の幽霊が出るかもしれない”。話を聞いた大勢の人間がそう考えちまったから、生まれた化け物もいるかもしれないねぇ、ってことさ」

それはつまり。

「人が幽霊を生む、ってこと?」

「幽霊、も入るかもしれないが、こういう場合は物の怪や化け物も入るよ」

どのみち怖い。

「ええと。元は何も無い場所だったけど、みんなが“こんなお化けが出たら怖いな”って思って噂したら、それが本当になって出たお化けもいるかもしれないの?」

瓢箪から駒。嘘から出た真。嫌すぎる。

「大まかに言えばそうだね。ーー言霊ってやつは、馬鹿に出来ないよ」

勾楼は、笑う口元に人差し指を立てた。

「それじゃあ。みんな“長い黒髪で白い服を着た女の人”が怖いな、って思ってるからそういう幽霊が多くなる……?」

「私の意見さ。あちらさんの事情は知らないよ。でもこの時代になっても、幽霊の定番姿は潜在的に皆似たようなものを留めてる。なら、そういうことが起きても不思議じゃないんじゃないかねぇ」

何となく、分かったような。分からないような。

髪の長い女の人の幽霊が怖いのは、怖いものを想像させるような姿だから、自分で勝手に想像してしまって勝手に怖くなるから。

それが多いのは、何か出そうな場所で、こんな幽霊やお化けが出そうだって話してたらどんどん拡がって、いつか本当になってしまうこともある。で、みんな“こんなお化けは怖い”って姿が似てるから。

うーん……でもやっぱり。

「何にしても怖いね」

「分からないものは怖いさ」

言った時。

部屋の戸が開いた。お祖父ちゃんが入って来る。ちょっとドキッとした。

「あれ?二人だけ?」

「え?」

「あん?」

不思議そうなお祖父ちゃんの声に、勾楼と二人、変な声が出る。

「いや、開ける前に、中から薫と違う女の人の笑い声とかうんうん、って声が聞こえたから……お母さんも居るのかなって思って」

私は直ぐ勾楼の顔を見る。少しばかり、私から目を逸らす勾楼。悲しいけど、私はそれで確信してしまった。

最初から、この部屋には私と勾楼だけ。私は女の人の声なんて聞こえてない。

「……勾楼、その女の人がいるって知ってた?」

「……怪語れば怪至る、ってやつさね」

私の目を見て言ってほしい……。

「いつから居たの?」

「顔が見えるかどうか、って辺りかね」

「最初から居たんだ……」

勾楼は、呆然とする私をやっと見て、薄く笑う。

「今はもう居ないよ。ふらっと現れて無害そうだから放っておいたが、私が居て薫に手出し出来るわけないだろう」

それは……そうかもしれないけど……いやそうだけど……。やっぱりこういう時、勾楼は付喪神で人とは違うんだなと思ってしまう。

「それ……どんな女の人だったの?」

「聞きたいかい?……もう薫には分かっていそうだけどね」

挑戦するような勾楼の眼差しと笑みに、私は降参した。きっと聞かない方がいい。もう居ないなら尚更。

「……もういいです……」

「さて、お開きにしようか」

何も無かったように、勾楼はパンと手を叩く。

「……今日はお祖父ちゃんの部屋にこのまま泊まる……」

ここから一人で寝るのは流石に怖い。がっくり項垂れた私を見て、お祖父ちゃんが笑い出した。


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