第6話 雨と


夜半。

しとしとと、穏やかな雨が降っている。

耳を澄ませば、葉や花、屋根や壁、外の世界で走る雨粒の音が聞こえそうな、静かな晩である。


扇形真幌せんがたまほろは、布団の中でぼんやりとその雨の気配を聞いていた。

まだまだ夜は深い。

空気もしっとりと水分を纏っているようで、僅かに重たく感じる。それもまた、眠気を促した。

(雨が降っていると、何でこんなに心地良いんだろうね……)

気分良く、うとうとと意識を手放しかけた時、何か声が聞こえた。

窓の向こうからだ。

「強い力の匂いがするなあ」

「雨の日は分かりやすい」

「この家かな」

「この家だろう」

「美味そうだ」

人ではない多数の気配。嗄れて濁った声がいくつも、楽しげに話している。この、自分の家のことを言っている、と思った瞬間に真幌の身体は動かなくなった。声も出ない。

(困ったなあ……)

実際に窓の外のモノたちが入って来られるかは分からないが、窓際で寝ているために、距離は近い。

声が、窓の直ぐ向こうまで近付いて来た。

「この向こうだ」

その声と共に、身体を縛る力が強まる。

「ーーッ」

(人には優しくするもんだよ……)

身体を上から押さえつけられているような、強い圧迫感。耳鳴りが止まない。せっかく心地良く雨を楽しんでいたというのに。

「ーーうるさいねぇ」

涼やかで、それでいて面倒くさそうな声がした。

長身な影が、真幌と窓の間に立つ。

(こうさん、)

真幌の持つ勾玉の付喪神つくもがみ勾楼こうろう

彼は、おもむろに窓へ手を翳す。

「ーーとっとと失せな」

ぎゃ、と短い悲鳴が聞こえた。窓の向こうにあった数多の気配が消え失せる。

同時に、真幌の金縛りも解けた。

やれやれ、と面倒くさそうに首を振った勾楼は、真幌へ視線を向ける。

「大丈夫かい?真幌」

「……助かったよ。ありがとう、勾さん」

ようやく、真幌は息をついた。

「雨の晩だからね。仕方ないさ」

ふ、と小さく笑う気配に、真幌も笑みを浮かべる。

「今ので疲れちゃったから、もっとよく眠れそうだよ」

「こうやって訪うモノがなけりゃあ、雨夜は悪くないけどねぇ。ーーゆっくり休みなよ」

言い終えて、その姿がするりと消える。

真幌はくすりと笑うと、枕元の桐箱に入った勾玉を撫でた。

「おやすみ、勾さん。起きたら紫陽花を見に行こうかな」

楽しい散歩になりそうだ。

真幌はもう一度目を閉じて、雨と紫陽花に思いを馳せる内、今度こそ眠りについたのだった。

呆れたような、でも優しい響きの小さな笑い声が起きたが、誰も気付くことなく夜は過ぎたのである。


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