第2話 ベッドの下から


日曜日の昼下り。


私、扇形薫せんがたかおるは、自分の部屋のベッドの上でごろごろしていた。昼食を食べてから、何となく気分が悪い。動き出す気分になれなかったのだ。

ごろん、と寝返りをうつ。だらん、と、力の抜けた左手が、ベッドを越えて空に伸びる。

ふっと思い浮かんだ。

このベッドの下には何かがいて、上で寝ている私の手や足を掴んでベッドの下のどこか知らない場所へ連れて行ってしまうんじゃないか、って。

そんなこと、起こるわけない。頭では分かっていても、そういう考えが浮かぶのは止められなかった。

気分が悪いせいかな。お祖父ちゃんと勾楼こうろうのところへ行ってみようか。

勾楼は人の姿をした、お祖父ちゃんが持つ勾玉の付喪神つくもがみ

きっと二人で、のんびりお茶でも飲んでるに違いない。その場面が簡単に思い浮かんで、私は小さく笑ってしまった。

ちょっと力を込めて、えいっと起き上がる。すっと視線をずらして、足元の方を見た時、息が止まりそうになった。

ベッドのへりに、黒い手がある。

伸ばしていた足を引っ込めようとしたけど、間に合わなくて、足首をしっかりと掴まれた。

ゾッとするほど冷たい。

そのまま、凄い力で下に引っ張られた。

「わっ!!?」

怖い、というより、何故?という気持ちでいっぱいになる。

ベッドの下へ引っ張られたのに、私の足はフローリングにはぶつからなかった。

必死でへりに掴まりながら足の方を見たら、ベッドの下はフローリングではなくて、真っ黒な穴みたいになっている。もう腰近くまで、私の身体は穴の中に埋まってるみたいな感じになっていた。

黒い手は増えてた。いくつもの手が、私の身体のあちこちを掴んでいる。少しずつ下へと沈んで、身体に力が入らない。へりを掴んでいた手を剥がされた。ぎゅっと目を閉じて、私は勾楼の名前を叫んだ。

「薫!!」

暖かい手に掴まれて、ふわりと浮いた感覚がした。

目を開けると、私は勾楼に片手で抱えられてた。

勾楼は黒い手に向かって何かを投げると、手はそれをぐしゃっと鷲掴みにして穴に引っ込んだ。他の数多の手も、穴へと戻って行く。最後の一本が穴の中に戻ると、穴自体も消えてしまった。

何事もなかったように、フローリングの床が普通にある。まだ声も出せない私を、勾楼は横抱きに抱え直してくれた。

「大丈夫かい?薫」

「……今の、なに?」

「さてね。私だって知らないよ。まあ、良くはないモノだろうね」

床を見ている勾楼の眼差しは冷たくて、何だか怖い。

私はもう一つ聞いた。

「さっき勾楼が投げたの……あれは何?」

「ああ、あれかい?あれは、薫が先に作った雛人形のお雛さんの方さ」

「雛人形……」

二月の末に学校の授業で作ったもの。覚えている。紙で作った簡単な物だったけど。

「薫が作ったものだからね。十分に事足りただろうさ」

何に、とは聞かなかった。多分、私の身代わりに投げたんだ。

急に現実感が戻って来て、少し泣いた。

勾楼は、怖かったね、と笑いながら私の腕をぽんぽんと撫でる。

私は自分のベッドを見下ろす。もう何もないベッド下。

「あいつらは、薫の作った雛人形を薫だと思って去ったんだ。もう現れたりしないよ」

「うん……」

そういうものなのか。勾楼が言うなら大丈夫な気がしたところで、私は大事なことを言っていないことに気付いた。

「助けてくれてありがとう、勾楼」

勾楼は照れたような顔になってそっぽを向く。

「全く困ったお嬢さんだよ、お前さんって子は」

照れ隠しだ、と直ぐに分かったから、私は少し笑うだけにした。


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