2.恥ずかしくないです!

 観念かんねんして、部屋の照明をける。暗い中に燈籠とうろうの明かりだけでは、ペースを持っていかれるばかりだった。


「繰り返しますけど、ホントもう、勘弁かんべんしてくださいよ……私、年齢=彼氏いない歴の陰キャボッチですよ? 私なんかにいてたって、男性から縁遠えんどおくなるだけですよ」


「だいじょーぶ! そこはほら、百戦錬磨のあたしたちが完全憑依かんぜんひょういでサポートするから!」


「腕が鳴ります」


「怖すぎますよッ! 特におそでさんは、男性運、極悪ごくあくじゃないですかッ!」


 四谷怪談よつやかいだんにおけるおそでの夫、佐藤さとう与茂七よもしちは、主君の仇討かたきうちのために出奔しゅっぽんしたは良いが、独身気分に浮かれて風俗通いにハマり、その出奔しゅっぽんのせいで生活苦から風俗堕ちしたおそでと、売春宿で客とじょうとして鉢合はちあわせるという、冥府魔道めいふまどうなシチュエーションが爆誕ばくたんする。


 また、美人でそこそこ評判になってしまったおそでに、実の兄妹ながらそのことを知らない直助なおすけ権兵衛ごんべえがストーカー化する地獄絵図も、同時展開する。


「お恥ずかしい限りです。なればこそ、恋愛自由化の現代、本当に素敵な殿方と快楽の極限を追求したいのです」


「不穏な単語が混じりましたよ?」


「わ、私もですっ! 私も、セックスしてみたいですっ!」


「ぶっちゃけましたね、おきくさんッ? 現代の女性だって、そこまで露骨ろこつに言いませんよ!」


「横文字を使うと、な、なんかハイカラで、恥ずかしくないです!」


錯覚さっかくですッ! 私の身体でそんなこと口走られたら、たまったもんじゃありませんよッ!」


「で、でもでも私、色っぽい展開とか全然なしで殺されちゃったんですよ! その後も口先でごまかされて、あんまりなんです……っ!」


「それは、まあ……確かに、扱いが雑なとこありますけど……」


 皿屋敷さらやしきのおきくは、スタンダードバージョンでも、お坊さんに、十枚、と合いの手を入れられて冗談のように納得する。


 落語らくご小噺こばなしでは、お坊さんの南無阿弥陀仏なんまいだーに、九枚だって言ってるでしょう、と答える駄洒落だじゃれオチや、見物客に毎日押しかけられて、明日はお休みをもらいたいのでまとめて十八枚まで数えます、などとサービス精神を発揮したりもする。


 さすがにちょっとしんみりするさくらとおきくに、おつゆが、ふんぞり返って鼻息を吹いた。


「だからさ、さくらちゃんもおきくちゃんも、あたしがドーンと面倒見てあげるって! 亀甲船きっこうせんに乗ったつもりで任せてよ!」


「そんなの乗ったことないですッ! ど、どんなプレイさせる気ですかッ? 大体、きしてるだけで命も吸い取るおつゆさんが、現代じゃ一番タチ悪いですよッ!」


「キャッチ&リリースするから! 死ぬまでは行かないようにするから! イクけど。イカせるけど。なんちゃって、ウケるーっ!」


「だます努力くらいしてくださいよッ!」


 牡丹燈籠ぼたんどうろうのおつゆに至っては、死因も黄泉返よみがえる方法も、ただ恋あるのみ、という馬力がすごい。そう考えると一番、イメージの剥離はくりがおとなしかった。


 さくらは、苦労して何回か、深呼吸を繰り返した。Tシャツの中で動く、ささやかな胸がもの悲しい。


 できるだけ見ないふりをしていたが、美女と美少女の三人の、ゴスロリメイド服の胸もロココドレスの胸もチャイナの胸も、ものすごく立派でピチピチだ。


 この世もあの世も不条理だ。さくらが、やさぐれた。


「いくら私が霊媒体質れいばいたいしつだからって……探せば他に、もっと優良物件ありますよ……イチャイチャしたいなら幸せな新婚夫婦とか、男漁おとこあさりなら銀座のホステスさんとか、道具は用途に合ったものを選ぶべきですよ……」


「そういう考え方も、しないでもなかったけどさ。あたしたちにも一応、都合つごうみたいなもんがあってね」


「具体的には、憑依ひょういに年齢制限があるのです。生前の自分とあまりに離れた年代のかたには、霊障れいしょうは及ぼせても、身体を乗っ取るまでは難しいのです」


「ですから、不穏な単語が混じりましたよ? もう隠す気もないんですか?」


「昔は、その、結婚も奉公ほうこうに出るのも早くて……わ、私たち、こう見えて享年きょうねん、ティーンエイジャーなんです」


「無理して横文字を使わないでください。むしろ死語です、それ」


「つまり、二十歳になる前の女の子じゃないと、うまくいかないのよ。さくらちゃん、まだ半年ちょっとは十九歳だよね? 最近の若いは経験が早いって言うけど、探してみると、なかなか良い条件がいないのよねー」


「殿方のがわにも問題があると言いますか、骨がなさそうと言いますか」


「そりゃ皆さん、信頼と実績のメガトン地雷ですからね。十代の男の子にはキツいですよね」


 精一杯の嫌味いやみきながら、少し情報を整理する。


 相変わらず、やさぐれたままのさくらの目に、それでも、芥川あくたがわ龍之介りゅうのすけの糸っぽいものが見えた。


「じゃあ……次の誕生日まで逃げ切れば、私は助かるんですね?」


「そんなたたりみたいに言わないでよ、水くさいなあ」


「一〇〇%ピュアなたたりなのに、自覚ないんですね。それから、水くさいの使い方、完全に間違えてますからね?」


 無駄だと分かっていても、言わずにはいられなかった。これが若さよ、と、さくらは心の中で涙と鼻水を拭いた。

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