乙女カルテット!! 〜愛と欲望は時を越える、かも知れない〜

司之々

1.ここでも一肌脱ぎました

 カラン、コロン。カラン、コロン。


 草木くさきも眠る丑三うしみどき、まっくらな部屋に、どこからともなく駒下駄こまげたの音が響いてくる。


 都内の賃貸ちんたいワンルームだ。八月の熱帯夜ねったいやに、エアコンの孤軍奮闘こぐんふんとうが悪い。


 この春に奇跡の合格、念願の一人暮らしを始めたばかりの女子大生、高崎たかさきさくらは、頭からかぶったタオルケットの中できつく目を閉じ、耳をふさいだ。


 駒下駄こまげたの音は、それでも続く。


 カララ、コロロ、カララ、コロロ。カラコロカラコロ、カラコロカラコロカラコロカラコロ……カコン! カコココンッ!


YOUゆーっ!」


「きゅ、九枚っ!」


「おかしいですよ、いきなりッ!」


 見事なタップダンスを披露した駒下駄こまげたと残念な発音のシメ、唐突なラストカウントに、さくらは思わずタオルケットをはね上げた。


「で、でも、その……現代の人は、最初からクライマックスじゃないと、お話を聞いてくれないって……」


「ライトなノベルはそうかも知れませんけれど! 私は国文学科です! 長文読解どんとこいですよッ! 逆に、ラップやヒップホップはノーセンキューですッ!」


「なによー、ノリ悪いわねえ。俳句や短歌だって、ラップの元祖みたいなもんじゃないの」


「ぎゃーッ! それ言いますかッ? お天道てんとさまが許しても、社会倫理コンプライアンスが許しませんよッ!」


「皆さま。さくらさまのおっしゃりようも、一理あります。冥土メイドみちに迷った身なれど、わたくしたちも神州大和撫子しんしゅうやまとなでしこはしくれ。美意識だけは、高く持っていたいものです」


「だったら銀髪ショートそでゴスロリメイド服なんてやめてくださいよッ! 駄洒落だじゃれですかッ? 昭和生まれのオヤジですかッ?」


「わたくしは元応げんおう(1319-1321)の生まれです」


「私、か、寛永かんえい(1624-1644)です」


「あたし延享えんきょう(1744-1748)ね」


「そうですよねッ!」


 霊障れいしょうには、段階がある。


 感覚だけや音、物の移動なんかの第一段階、意味のある言葉が聞こえる、受信態勢ができてしまった第二段階に続いて、会話や視覚の相互認識、チューニング完了が第三段階だ。


「いいかげんにしてくださいよ、毎晩毎晩……いくら頼まれたって、身体を貸すなんて、いやに決まってるじゃないですか!」


「水くさいなあ。あたしたち、もう友達じゃん!」


「頼む方の台詞せりふじゃないですよ! 有名人だからって、図々しいのは帳消ちょうけしになりませんからねッ?」


 部屋の空中に浮かぶ、牡丹印ぼたんじるし燈籠とうろうの明かりに、華やかな計三人の美女と美少女が、やはり浮かび上がっていた。


 中途半端ちゅうとはんぱなボサボサ髪、寝巻き代わりのTシャツ半パンなさくらにくらべれば、それこそ段違いの華やかさだ。


 ただ、その方向性が、少しとっらかっていた。さくらはとりあえず、銀髪ショートの美女をジトリとにらむ。


「おそでさん……そもそも、なんでおそでさんが、そこに混じってるんですか? あなたは、普通に殺されただけでしょう?」


「お姉さまの代理です。最終的にいろいろなかたきったのが、わたくしの仕込みでしたので、ここでも一肌脱ぎました」


「どういう理屈なんですか、それ……」


「お姉さまは、いわゆる好きの愛憎あいぞういまだにこじらせておりまして。迂闊うかつにお呼びすると、誰彼だれかれかまわずたたってしまわれるのです」


「まあ、聞いたことありますけど……」


「それにわたくし、武家出身の人妻、献身的けんしんてきで妹属性も高いですし。お姉さまより、現代に需要があると思いまして」


たたられますよ、まず最初に」


 四谷怪談よつやかいだんの公演で、安全祈願が必要な逸話いつわは有名だ。さくらが、眉間みけんのシワをもみほぐす。


「妹属性だからショートカットのそでゴスロリって……外してはいないですけど。でもおそでさん、風俗店でお客さん手玉に取って、実のお兄さんとも本人に隠してやっちゃってますよね? どっちかって言うと、腹黒キャラのイメージですよ?」


「皆さま、あんまり簡単にだまされるので、だんだんおもしろくなってしまいまして。それに、近親者同士は身体の相性も良いと、光源氏ひかるげんじさまがおっしゃってましたし。つい」


「おっしゃってませんッ! 国文学科なめないでください、風評被害ふうひょうひがいですよッ!」


 淡々たんたんとした暴言にたまりかねて、さくらは次に、Dで始まるネズミランドのプリンセスみたいな金髪美少女へ、湿しめった視線を移した。


「おきくさんはおきくさんで……どうしてそんな、ふわふわ金髪にピンクのフランス調ロココドレスなんです? むしろあなたの方が、プロのメイドさんですよね?」


「が、がんばって現代に順応じゅんのうしたんです……! 女の子ならみんな、プリンセスにあこがれるじゃないですか! 私だって、好きで下女げじょをしてたわけじゃありませんよ……!」


「ちゃんとした奥さんや、えらい人の側室バージョンもあったじゃないですか。確か」


「そ、そういう皆さんは、それなりにかたきってもらえたり、まつられたりして、成仏じょうぶつしてしまわれました……」


「え? バージョン違いも、全員いたんですか? お皿を割った人だけでアイドルグループできますよね、それ?」


 播州ばんしゅう番町ばんちょう牛込うしごめ尼崎あまがさき、あちこちの小噺こばなしまで入れると、皿屋敷さらやしきはけっこうな大所帯おおじょたいになる。


 数えるのを途中であきらめて、さくらは残った一人の、キレッキレのスリットからのぞく太ももに、投げやりなため息をもらした。


「おつゆさんは……一応、黒髪なんですね。ポニテと、まっ赤なチャイナドレスはアレですが」


原典げんてんリスペクトよ! あたし、ほら、美脚自慢びきゃくじまん大陸渡来たいりくとらいのサキュバスキャラだから!」


「チャイナドレスは満州まんしゅうの騎馬服から近代に派生したもので、げんの時代、明州ベトナム北方が舞台の牡丹燈記ぼたんとうきとは、これっぽっちも関係ありませんよね?」


「だから仔馬の尻尾ポニーテールと、合わせ技一本って感じでさ! これを、こう、ここぞって時にファサってほどくと、効果テキメンなのよね!」


「もう、なにがなにやら。サキュバスキャラって……そんなジャンルができたのも、ごく最近ですよ?」


「時代があたしに追いついた! もー、鼻高々はなたかだかよね! 元祖! 本家!」


温泉饅頭おんせんまんじゅうですか。それに、あなたこそ、なんの未練みれんがあって迷ってるんです? どのバージョンでも、最後は男性のこと、道連れにしてますよね? 罠にめたんじゃ愛情的に満たされないとか、そういうアレですか?」


「んー? まあ、アレはアレで良かったよ! 基本、エスだし。でも、あたしを選んで出てきてくれたのも、グッときちゃったなあ! 次のオトコは、どんな顔してくれるかなあ?」


「あ。あなたの場合は、全部のバージョンが同一犯なんですね。恋愛体質のサキュバスキャラって、蝗害こうがいみたいですね」


 聖書でも、世界の終わりはいなごの大群がつれてくる。荒野にのような男たちが果てている情景を想像して、さくらはげんなりとした。

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