3.乙女カルテットの結成ね!

 心の外でも、少し鼻水が出た。それでも自棄やけのヤンぱちで、さくらが笑う。


「なんだ……良かった! そんな条件なら私、もう勝ったも同然ですよ! たった半年ちょっとで彼氏作ってイチャラブなんて、私にできっこありませんよッ! 絶対、確実、安心の無理の無理無理ですッ! あー、心配して損しましたッ!」


さくらさま。そんなに御自分を、卑下ひげなさるものではありません」


「皆さんのせいですからね、このメンタルダメージ! 一人だったら、課題の南総里見八犬伝でも読んで、ゲン×信乃シノで幸せにもだえてましたからねッ?」


「あ! わ、私、毛野ケノ×小文コブです……っ!」


「いや、それもどうかと思うけどさ」


 おつゆがあきれて、またすぐに、悪い顔になる。御丁寧ごていねい牡丹印ぼたんじるし燈籠とうろうが、チャイナドレスの胸元にいそいそとただよってきて、美女の悪い顔を逆光に浮かばせた。


「でも……んっふふふふふふ! さくらちゃんたら、このに及んで照れなくても良いじゃないの! あたしたち四人の仲なんだし!」


「引きずり込まないでくださいッ! な、なんですか? 急に、照れるとかなんとか……」


「あ、あの……三波みなみまどかくん、ですよね? イケてます! さくらさん、すっごく良い御趣味です!」


「な……ッ? え……? え? な……ッ?」


 おきくがぶっ込んできた名前に、さくらが、目と口を限界まで開いて、声を裏返らせた。


「なぁ……ッ?」


「電気工学科、同期の一年生。顔良し、頭良し、性格良し。高校時代は剣道部に所属、あまり強くはなかったようですが、手首と背中の意外なたくましさが好印象です」


 おそでが、そでくちびるをあざとく隠し、ほくそ笑む。


 続くおつゆ喜色満面きしょくまんめんに、芸達者な牡丹印ぼたんじるし燈籠とうろうが、今度はキラキラとミラーボールのように輝いた。


「しかも! 最近の趣味はベランダ菜園、毎日のランチに手作りサラダ持参もキュンポイント! ライバルかなり多数! なによ、もー! さくらちゃん、なんだかんだ言って超・高め狙いじゃん!」


「ちょ……ッ? ま……ッ? ななななななななッ? な、なにを……ッ? だ、大学ッ? 大学、いてきてたんですかッ?」


「わたくしどもは地縛霊ではありません。昼でも、霊障れいしょうがなくても、そこにいないとは限りません」


「プ、プ、プライバシーッ! 基本的人権ッ! 日本国憲法の精神の自由ッ! そういうの、諸々もろもろの侵害ですッ! お天道てんとさまが許しても、社会倫理コンプライアンスが許しませんよッ!」


 さくら沸騰ふっとうする。


 大学で一度だけ視線が合ったあこがれのきみ、始まるまでもなく終わってる青春の一ページのレトルトパウチ、もといラミネート加工済みの微笑ほほえみが、さくらの頭とぐるぐる目玉と、ほおを押さえた両手の隙間すきまから湯気ゆげ噴出ふんしゅつさせた。


「み、三波みなみくんは……三波みなみくんは、そ、そそ、そう言うのじゃないんですッ! わ、私なんかが、そんな、大それた、おこがましい……ッ?」


「うん! さくらちゃんじゃ、全然レベル合ってないね!」


「他人に言われる筋合いねえですよッ!」


 かなりガンギマリの声が出た。


 やなぎの葉っぱもゆれないドコ吹く風で、美女と美少女の三人がドヤ顔を並べる。


「そこで、わたくしたちです。人妻妹・情熱系のわたくしおそで、夢見る少女・純情派のおきくさま、しっとり悪女・旅情編のおつゆさま。健全な殿方なら、どれか一要素は、性癖にぶっ刺さろうというものです」


「なんで、渋い刑事ドラマ風なんですかッ? せせ、性癖とか、三波みなみくんをけがらわしい目で見ないでくださいよッ!」


「一人は、み、みんなのために! みんなは一人のために、ですよ! さくらさんっ!」


フランスつながりですかッ? それ言ってみたかったんですかッ?」


「とーぜん、さくらちゃんも入れて四銃士、乙女カルテットの結成ね! 力を合わせて、さくらちゃんの初心うぶいカラダで、三波みなみくんをガッチリしっぽりくわえ込むわよっ!」


「じょ、じょじょ、冗談じゃありませんよッ! 私を社会的に殺す気ですかッ? そもそも、おそでさんとおつゆさんは乙女じゃないですよねッ? カルテットもクソもないですよねッ?」


「乙女とは生きざまです。鼓動こどうの高鳴りにすべてをかける姿勢です」


「死んでますよねッ? 鼓動こどうも止まってますよねッ? かなり昔にッ!」


「心のまくは永遠のピンク! なんちゃって、ウケるーっ!」


「やかましいですよッ!」


「さ、さくらさん! がんばって、一緒に、三波みなみくんでヴァージンを卒業しましょうねっ!」


「言って良いことと悪いことがありますよッッ!!」


 社会倫理コンプライアンスな叫びが、むなしく響く。


 草木くさきも眠る丑三うしみどき、都内の賃貸ちんたいワンルームに、陰キャぼっち女子大生の悲痛な声が木霊こだまする。


 女三人寄ればかしましく、残り一人の主観的惨劇しゅかんてきさんげきの幕は、どうやら上がらざるを得ないようだった。



〜 乙女カルテット!! 東西とざい東西とーざい 〜

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