第5話 「うん」ちゃうやろが「イエス」やろが!⑤
⭐️うんいえ⑤⭐️
前回までのあらすじ。
同級生の恫喝に恐れ慄いた俺は、その日から一生英語で喋るようになってたまるかいい加減にしろ今回は後日談と感想です以上!
🎓🎓
「今日から一生英語で喋れや!」
「うん」
「うんちゃうやろがイエスやろが!」
「イエス」
生まれて初めて、誰かに対して強く下を向いた。
その数十分後には、俺は普通に授業を受けていた。パソコンの授業だったのをよく覚えてる。その時の精神状態はよく覚えていないけれど、とにかく無心にキーボードを打っていたような気がする。パソコンは割と好きだった。学校でやらされるような課題は退屈だけど、キーボードやマウスで入力したことが画面に反映されるのはなんだか楽しかった。パソコンが家にあるのが当たり前じゃない時代だからこその楽しみだ。
とにかく、俺はそこに意識を向ける事によって逃避を試みていたのだろう。ひどいことを言われるよりも、殴られるよりも辛いことから。
だから、授業の後半になって、一瞬気を抜いた瞬間、目から涙が溢れてきた。
『俺は誰にも負けない』
そんなことを思ってイキがって、自分は凄いんだと鼓舞して生きてきたくせに。なのにあんなにも情けない態度を情けない理由でとってしまった。
自分のことを嫌いになる。
それは何より怖くて辛いこと。酷いこと言われたら辛いのだって同じ理由だ。『そんなことを言われるようなダサい奴』に自分がなってしまうから辛いのだ。だから、自分の心を自分から差し出すようなその行為は、胸を抉られるように辛かった。そして、そのことで涙を流した事も情けなくて余計に辛くなって。俺はついにキーボードを退かせて机に突っ伏して嗚咽した。せめてクラスの皆にバレないよう、声を押し殺して、顔を上げないで泣いたけど、絶対皆にバレてたと思う。
🎓🎓
そしてここからしばらくして、事態はあっけなく収束した。
見ていた誰かが先生にチクり、俺と岡町グループは別々に呼び出された。
生徒指導室で先生と二人きり。理科の河村先生は少し怒ったように言う。
「お前、そんなことなってるんなら言え」
その声色から、本気で心配してくれていたっわかって、ちょっと心にあったかい物が混じる。だけど俺はぶっきらぼうにこんな風に言い返す。
「別に知らんやん」
恥ずかしかったのだ。イジメられたから、先生に助けられる。自分の人生にそんなことはあってはならないという焦燥感と、『これで終わる』ってホッとした気持ちが入り混じって、なんだか照れ臭かった。だからそれがバレないように、無駄に不機嫌そうに返したんだ。先生、ごめんな。
その後もしばらく本気で先生から怒られ、その次の日から岡町グループからの襲撃はパッタリとなくなった。
先生達と岡町グループの間でどんなやり取りがあったのかは知らない。だけど、とにかくそれで事態は終わった。先生達は俺のためにガチで真剣に動いてくれたのだろう。あの頃の俺はカッコつけるために不貞腐れて何も言わなかったけど、先生達には本当に感謝している。
そしてこの出来事をきっかけに、『他人からどう思われるか』の重要性がかなり重いウエイトを占めるようになった。
嫌われるという事象、それと惨めな気持ちというのがどうやら脳内でガッチリととながってしまったらしい。
いや、多分本当はもっと幼い頃からそうだったのだろう。小さな頃から、唯我独尊を貫く事に拘っていた。人からどう思われるかに振り回されるのが異様に嫌いだった。つまりそれは、俺の本質が人からどう思われるかにやたらと敏感で、それに振り回されているということの裏返し。
それがこの時から、更に強く意識されたのだろう。絡まれてる自分、引き摺り回されてる自分、ビビってる自分。本当に見られるのが嫌だった。だから必死で探した、誤魔化す方法を。
いや、もっというと、俺がこの頃厨二病になって、荒れたメンタリティに憧れを抱いたのも、そういうのが根源にあったのだろう。弱いから、弱いことを自分で知ってるから、それを覆い隠すための器が欲しかった。
そして今回、それを砕かれた。だから、もっと強い器を作らなきゃ、そう強く焦ったのだろう。
そこから俺は学生時代の間、ずっと試行錯誤した。周りの人間に語る思想とか、自分と違うタイプの人間をどう扱うかだとか、みんなが逆らえない陽キャの帝王みたいなやつにどんな態度で接するか。なんてことを色々な角度から実験して、それらが及ぼす、『自分自身の見え方への影響』をずっと観察して、行動を微調整した。
そんな、人生のターニングポイントの記憶だ。
多分きっと、岡町も、細山も、必死だっただけだったんだと思う。なんだか不安で、なんだけムカムカして、だけどどうしていいかわからない。
今までやっちゃいけないと思っていたことをやるとなんだかスッとして、強くなったような、輝けたような、そんな不思議な気持ちになる。そしてその行為に依存したり、向き合ったりしながら人は皆それぞれのやり方で大人になってく。その方向性の違いでぶつかり合って、時には傷つける事もあった。
そう思うと、これはこれで青春の愛おしい記憶だ。
なんて、そんな言葉を過去の自分に贈ってやろう。
『イジメられていた』
っていう事実から、
『情けない』
ってラベルを剥がして、
『頑張った』
って名前をつける。
そんな風にして、過ごした時間に魔法をかけて生きていこう。そう、強く思った。
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