第4話 「うん」ちゃうやろが「イエス」やろが!④

 前回までのあらすじ。

  

 毎日殴られてる雪田くんは、殴られても逆らい続けてる自分に酔っ払って『かーーっくいー!』ってなってる超絶厨二病野郎を堪能してます以上!


 折れないこと、それは俺の中で大切なことだった。


『こういう人になるのが正しい』


 それを相手が誰であろうと勝手に決めさせないこと、それは俺がヤンキー漫画にハマる前から大切にしていたこと。


 だから、怖いからって、辛いからって、間違ってもないのに下を向くなんてことは絶対にしちゃいけないことだったのだ。


 心理学的な分析の進んだ今の時代なら、その感情には、『自己肯定感を守るための本能的な行動』なんて長い名前がつくのかもしれない。


 だけどあの頃の俺の中にあった心は一つ。


『その方がかっこいいから』


 である。


 俺はかっこよくありたかった。その事に、病的なまでに拘っていた。


 多分きっかけは小学校中学年の時。


『死んだらどうなるんだろ? 天国に行くって大人は言うけど天国には永遠にいなきゃならないの? 生まれ変わり? それって何回くらいするの? そもそも時間って終わるの? 永遠って何? 終わるのも怖いし、無限にループするのも怖い、どうすればいい?』


 みたいなことで悩んで俺はずっと悩んでて、やたらと怖くなった時期がある。その日から俺は、“主人公である事”への拘りを病的なまでに加速させた。


 消えてしまうのが怖いから、この世界を残酷なものだと思いたくないから、俺が思ってる様な怖い結末になってほしくないから。


 だから俺は、ハッピーな主人公になる。バッドエンドもあまりのバカバカしさに裸足で逃げ出してしまう様な、そんな最強の主人公になる。そうすればきっと、俺が思ってる様な怖い未来にならない。


 何の根拠もないけど、そう思うことを救いにしていた。それに、憧れを追いかけて夢中になるという行為は全てを忘れさせてくれた。


 あの頃から俺はずっと、『かっこいい』と『恋心』のジャンキーになってた。


 だから俺は、負けちゃいけなかった。本当は怖くて、辛くて、終わって欲しかった。だけど俺は主人公じゃなきゃいけないんだから、負ける事も、大人に助けを求める事も出来ないと思ってた。なのにやり返す勇気はない。そんな矛盾した状態から一歩前に進んだきっかけはこんな出来事。


 🎓🎓


「おい! 雪田おい!」


 昼休み、俺はいつものように岡町グループからハイテンションに暴行を受けていた。相変わらずそこまでヤバい事はされず、引き摺り回されて身体を机にガンガンぶつけたりとか脚や腰を蹴られたりとかその程度。


「雪田ーー!」


 そして、この日の岡町はなんかやたらと機嫌がよかったのか、やたらと高いテンションで俺を掴んで黒板に叩きつける。


「うっ」


 この時の感情を、よく覚えてはいない。辛くて、負けてしまいたかったのか、負けそうな自分が許せなかったのか、いや、多分その両方だったんだろう。


 そして、そんな俺の心など知らず、機嫌のいい岡町はよく通る声で叫ぶ。


「おいお前! これから一生英語で喋れやぁー!」


 突然の意味のわからない要求。まぁ簡潔に言ってこれは岡町のギャグだ。いきなり関係ない事を言い出してシュールなウケを狙っているのだろう。だけどこの時の周りの反応だとか空気感は覚えていない。恐怖と苦痛に疲れ果てた俺の脳には、この言葉が圧倒的な“命令”として届いていた。


 だから俺は、


「う、うん」


 一生英語で喋るわけなんかないし、岡町がノリで言ってるだけなのもちょっと考えればわかる。なのにこの時の俺は、なぜかそう答えてしまった。多分、判断能力は鈍っていた。こんな本気度のかけらもない滑ってるノリにマジでビビって頭を下げるなんて損しかしない。舐められて、物事を言葉通りに受け取るバカだと思われて、人としての尊厳がなくなって、本当にいいことなんてない。


 だけど、この時の俺はとにかく疲れていた。そんなことも判断できなくて、『逆らうのが怖いから頷こう』そんなサルでもしないような短絡的な結論に身を任せて、うなづいてしまった。


 そんな俺のアホなリアクションに対して岡町は叫ぶ。


「うんちゃうやろがイエスやろが!」


 その時の岡町の声は今思い返すとどこか弾んでいて、気に入らない奴をシメてるという状況、仲間にウケてるという状況なんかが色々ミックスした結果ハイになっていたのかもしれない。だけどそれに対する俺の返答はもちろんこうだ。


「……イエス」


 この日俺は、生まれて初めて心が折れた。

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