第18話『チャンス?』

 浦沢さんに対する気持ちもハッキリしない、三原さんが浦沢さんをどう思っているのか、私に対してどう思っているのかもハッキリしない、そんなスッキリしない日々が続いた。

 それでも仕事の波は容赦無く押し寄せて来る。私は私で、与えられた役割をこなさなくちゃならん。今の私は会社員なんだから。お給料もらう為には、キチンと仕事をしないとな。

「幸子さん、リンク先間違ってますよ。サイドナビのここの所」

「あ、スミマセン。修正します」

 うっかりミスをやらかしてしまったか。イカンなぁ~。仕事中は余計なことを考えないようにしないと。ただでさえ私は、Web業界に出遅れて入ったんだから、もっとしっかりしなくちゃならん。

 ふと気になったんで三原さんの方に視線を向けると、彼女はサッと視線を逸らした。もしかしたら、私のミスを嘲笑していたのかもしれない。

 イヤイヤ、考え過ぎじゃないか?いくら何でも、そこまで気にしなくっても良いんじゃないだろうか。でも、どうしても意識してしまうな…。

 向こうがどう思っているのか分からんし、だからといって直接聞き出そうにも、上手いやり方が思い付かない。ストレートに問いただして、もし私の勘違いだったら申し訳ないからなぁ~。

 三原さんは、会社の懇親会でもあまり発言しない。人に何か聞かれたら普通に返答するけど、それ以上話を膨らませるようなことはしない人だ。

 自分から積極的にコミュニケーションを取らないということでは、私と同じタイプの人だと言えるだろうけど、だからといって、彼女と仲良くなれるとは思えない。間に浦沢さんの存在があるっていうのもそうだし、どうも彼女とは馬が合わない感じがする。

 世代が違うってのもあるし、彼女の趣味の話とかも聞いたことが無い。まぁ、私はパチンコが趣味なんで、あまり人様に熱く語ったりは出来ないんだけどさ。

 それでも同じ会社の社員なんだから、ある程度は仲良くしなくちゃならんだろうなぁ~。どうしたら仲良くなれるんだろう?浦沢さんのことを抜きにして考えたとしても、上手いやり方が思い付かない。

 無理してコミュニケーション取ったとしても、良い結果は期待出来ないだろうし、こういうことは自然な流れに任せておけば良いのだろうか?


 今日は月に一度の社内会議の日。滞りなく会議は済ませて、例の居酒屋で懇親会に入る。さすがにもう、私をネタに乾杯することもなく、何だか肩の荷が下りた気分だ。

「幸子さ~ん、呑んでますかぁ~?」

 今日も片岡さんは、顔を赤くして酔っ払っている。この人の酔っ払いぶりも定番になっているな。

「片岡さん、ご機嫌ですね~。何か良いことでもありましたか?」

 そう言うと、片岡さんはイマイチ締まりの無い顔を微妙にキリッとさせて、

「何もありませ~ん。僕はただ、馬車馬のように働くだけで~っス!昼は馬車馬、夜は種馬で~っス!」

 片岡さんも独身で彼女もいないようだし、本音を言うと少し寂しいんだろうな。だから飲み会では羽目を外して明るく振舞っているんだろうと思う。

 まぁ、この明るさがあれば大丈夫だろう。お酒の力を借りなきゃならんというのは、私にとっても課題と言えることだけど。

「三原さん、例のスクリプトは良く出来ていましたね~。あの時僕は、すっごく感心しましたよ~」

 今度は三原さんに絡んでいる。でも彼女は、淡々と受け応えるだけだ。

「あれぐらいは大したことじゃ無いですよ。ちょっとPythonをかじった程度の知識があれば、誰でも書けますから」

 彼女はそう言って、レモンサワーをチビチビ飲んでいる。この人の酔っ払った姿は、今の所一度も見たことが無い。

 そんなに無茶な呑み方はしないし、ちゃんと自分でアルコールの許容量を把握して呑んでいるんだろう。まだ若いのに感心なことだ。私も見習わなくちゃならんな。

「浦沢さんもぉ~、もっと三原さんを褒めてあげても良いんじゃないっスかぁ?」

 片岡さんは、今度は浦沢さんに話を振る。本当に、トコトン絡み酒だなぁ。浦沢さんも、少し困ったような笑みを浮かべている。

「まぁ確かに、今回は三原さんの頑張りのお陰で、クライアントの要求に応えることが出来ましたからね。良い機会だから、社内でプログラミングの勉強会でもやりましょうか」

 浦沢さんはそう話す。プログラミングの勉強会かぁ~。自分一人で勉強するのは厳しいけど、勉強会に参加すれば、色々と教えてもらえるだろうから勉強も捗るんじゃないかな?もし本当にやるのなら、私も参加させてもらおうかな…?

 すると片岡さんが、

「それならぁ~、講師は三原さんにお願いしましょうよぉ~。三原さんならPythonのスペシャリストですしぃ~。僕はPHPをやりますよぉ~」

 …何だか面倒臭い話になって来たぞ。三原さんが講師役を務める勉強会に参加する?それも何かイヤだなぁ~…。

 でも、参加すれば無理矢理にでもコミュニケーションを取らなきゃならん訳だし、三原さんのことを知る機会にもなるだろう。これを良い機会と捉えるべきか否か…。

 そんなことを考えていたら、三原さんが、

「私は別に、Pythonのスペシャリストでも何でも無いですから。講師役を務める程、熟達している訳じゃないですよ」

 と、やんわりと否定した。まぁ、三原さんの立場もある訳だし、そう簡単に話は進まないか。それなのに片岡さんは、

「またまたぁ~、そんな謙遜しなくても良いじゃないでスかぁ~。僕から見れば、十分スペシャリストっスよぉ~」

 なんて言っている。この人は、仕事はバッチリだけど、呑みの席では超が付く程テキトーな人だからなぁ~。その場のノリで発言するから、周りはリアクションに困るんだよ。

「とにかく、私は講師なんて出来ませんから。勉強会ってだけなら別に、講師がいなくても、参加者同士で教え合えば良いんじゃないですか」

 三原さんはそう、キッパリと断る。日頃、必要最低限のコミュニケーションしか取らない、彼女らしい答えだな。

 すると浦沢さんが、

「講師役を誰が務めるかは置いておいて、何らかの形で勉強会をやりたいですね~。僕も簡単なスクリプト程度なら書けますけど、本格的に勉強してみたくなって来ましたし。仕事に役立つスキルは多い方が良いですからね」

 私も浦沢さんの意見に同意する。これから先のことを考えると、手に職つけておいた方が良いに決まってる。三原さんレベルになるまで、どれぐらいの努力が必要なのか分からんけど、Webページのコーディングしか出来ないってんじゃ、この先仕事にあぶれてしまうかもしらん。

 自宅で自分一人で勉強するんじゃ限界が見えて来たところだし、会社で勉強会を開いてくれるのなら、ありがたく話に乗らせてもらいたい。

 ただ…、問題はいつやるのか?だよなぁ~。毎日のように残業ばかりしているから、平日仕事の後で、って訳にはいかんだろう。

 でも、休みの日は休みの日で、私は家事をやらなきゃならんし風香のこともあるんで、参加するのは厳しいかもしらんな。

 でも、どうにか都合を付けて、参加したいってのが本音だ。こんな私でも向上心ぐらいはある。何より、仕事=収入に直結することだから、尚更勉強したい気持ちが強くなって来ている。

 昔学校に通っていた時は、勉強なんて面倒臭いだけだと思っていたけど、いざ社会に出ると、学歴が無いから苦労の連続だし。職業訓練ではWebの基礎的なことしか勉強出来なかったから、三原さんみたいにプログラムも書けるようになりたいな~。そうすれば、私なんかでも会社に必要とされる人材になれるんじゃないだろうか。

「もし、本当に勉強会を開くのなら、私も参加したいです」

 とりあえず、参加の決意表明だけはしておこう。言うだけならタダだし、本当にやるのなら是非参加させてもらいたい。新しいスキルを身につければ、今後の為にもなるしな。三原さんに対抗意識を持っている訳じゃ無いけど、私もプログラムを書けるようになりたいな~。

 すると浦沢さんが、

「玖珂沼さん以外にも参加したい人いますか?この際だから、やる前提で話をしちゃいましょう。Python以外にも、Webに役立ちそうな言語は積極的に勉強するってことで、何か意見のある人はいませんか?」

 そう言ってくれた。いよいよ本気で挑むことになりそうだぞ。ところがここに来て三原さんが、

「それなら私も参加します。講師は引き受けませんけど、一参加者として勉強させて頂きたいです」

 なんて言ってきた。何で今更そんなことを言うの?まさか、私が参加表明したからか?イヤ、まさかなぁ…。

 しかし、講師役を拒否していた三原さんが、一参加者として加わるとなれば、彼女とコミュニケーションを取るチャンスとも言える。一緒に勉強して少しは親しくなって、本音で話をしてみれば、「何だそんなことか~」と、彼女と打ち解ける可能性もある訳だ。

 まぁ、そうなれば良いんだけど、もし私の予想が悪い意味で当たっていたら、それはそれで面倒だな…。

 もし本当に、三原さんが浦沢さんのことを好きなんだとしたら、私はどうすれば良いんだろう?浦沢さんには三原さんみたいな人がお似合いだってことは分かっている。でも、だからといって、三原さんが浦沢さんと付き合うようなことになるのを想像すると、何か、どこかがスッキリしない。私は浦沢さんを好きなんだろうか?浦沢さんを三原さんに取られたくないと、本心では思っているんだろうか?

 分からない…。自分で自分のことが分からない…。私は一体、何をどうしたいんだ?いい年こいた大人が、何でこんなことで悩んでいるんだよ。いい加減、大人にならなくちゃ。何も知らない処女じゃないんだし。

 今まで散々出会いと別れを繰り返し、現実を疲れ果てる程に味わってきた。色々経験してきた結果がこれか?あまりにもお粗末過ぎるじゃんか。

 緒方さんの時は多少迷いがあったものの、告白されてすぐに心を決めることが出来た。でも浦沢さんは、イマイチ口説かれている実感がわかなかったんだよなぁ~。

 やっぱ年の差があるからだろうか?現実感が薄い気がするんだよなぁ。もっと何か、ハッキリと気持ちを固められるようなことがあれば良いんだけど…。

 浦沢さんは本当に、私に気があるのかなぁ?あの時、酔った勢いだけで口説いてきたのなら残念だ。

 …イヤ、残念だと思うってことは、私は浦沢さんを求めているってことか?本心では、浦沢さんから口説き落とされるのを期待しているのか?

 どうなんだろう?こんなオバサンになっても、若い男の人と縁があるって本気で思っているんだろうか?何だか自分が恥ずかしいような気もするけど、本音はどうなんだろう?打算的なことじゃなく、本当の本心はどうなんだろう?私は心の底から浦沢さんを求めているんだろうか?

 分からない…。ウダウダ悩んでいても仕方がないってのは分かっているけど、答えが見つからない…。魔法でシャラランランって、簡単に答えが見つかればいいのにな…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る