第15話『ファミレス・ランチ』

 悶々とした、モヤモヤスッキリしない気持ちのまま、次の懇親会の日を迎えた。浦沢さんが言った通り、いつもの居酒屋ではなく、日曜の昼下がりに会社近くのファミレスへ集合したのだ。

 独身の人は一人で、既婚者はパートナーや子供を連れて集まった。もちろん私は、風香と一緒に参加する。会社の人達とお食事会をすると話したら、風香は結構興味を持ったようで、昨夜は中々寝てくれなかったのはここだけの話だ。子供にとってそんなに楽しいイベントとは思えないんだけど、風香の夢を壊すのも野暮ってもんだろう。

「今日は皆さん、よく集まって下さいました。いつもとは違ってご家族も一緒に、ファミレスでランチを楽しみながらの懇親会となります。最初は仕事の話をしますので、ご家族の方は退屈かもしれませんが、当社でどんな仕事をやっておられるのかを改めて知って頂けると思いますので、どうか最後までお付き合いをお願いします」

 そう浦沢さんは開始の挨拶をした。言ってみれば、授業参観の逆バージョンといったところか。奥さん(あるいは旦那さんや子供)に、会社でどんな仕事をやっているのかを発表するみたいな。

 そしてその後は、まったりランチを楽しみましょうって感じか。私が会社でどんな仕事をやっているのかを、風香に知ってもらう良い機会だ。ここは風香の母親として、良い格好しなくちゃならんな。

 しかし…、結局のところ、浦沢さんの真意は分からないままだ。こうして社員と、その家族をファミレスに集めた訳だが、本当に、単に親睦を深めたいだけなのか?家族まで集めて親睦を深める意味ってあるのだろうか?私の考え過ごしだったら良いんだけど、本当に、私のことが目当てだとしたら、どう対応すれば良いんだろう…?


 業務内容の話も一通り終わり、皆んなでガヤガヤ話しながら食事に入る。日曜の真昼間だから、どこのテーブルも騒がしく、ウチらが多少騒いでも問題無いだろう。まぁ、だからといって、子供を野放しにする訳にはいかんが。

「ママ~、コレ美味しいよぉ~♪」

 風香はドリンクバーで、何やらいくつかの飲み物をブレンドして来たらしい。一体何と何を混ぜたら、そんな毒々しい色に変わるんだ!?でも一口飲ませてもらうと、意外と想像したより美味しかった。正体不明なジュースなんだけど、まるでカクテルみたいだな。風香にこんな才能があるとは思わなかった。

 しかし、今日は仕事絡みとは言え、風香と一緒にファミレスに来るのも久しぶりだなぁ~。別れた旦那はファミレスのビーフシチューが大好きで、三人で行く度に毎回飽きずに食べていたっけ。まだ小さい風香はお子様ランチが定番で、私は毎回、季節のオススメ料理を頼んでいた。

 離婚してからは節約する為に、外食とか全然しなくなったからなぁ~。私もちゃんと正社員として働くようになったんだから、たまには風香を連れて外食でもさせてあげなくちゃな。

 ふと周りを見ると、社員の家族同士もそれなりに交流しているようだった。ほとんどの家族は初対面同士みたいだけど、やはり同じ会社の社員という繋がりがあるからか、普通に仲良くしておいた方が良いだろうしね。

 ちょっと会話がぎこちない感じの人もいるけど、私だって人のことは言えない。会社では仕事に関わることだから、多少無理してでもコミュニケーションを取っているけど、そういう繋がりが無かったら、ほとんど会話すらしないだろう。

 皆んな良い人達だとは思うし、会社でやるWebの仕事自体は面白いと思うんだけど、本音を言うと一人でパチンコでも打っているか、風香と二人だけでいる時の方が気が楽だ。私って、社会不適合者なんだろうか?何か、ポツンと一人だけ、エアポケットにハマっているような錯覚を感じた。私はココで、何をやっているんだろう?

「玖珂沼さん、ちょっと良いですか?」

 不意に、浦沢さんから声を掛けられた。ちょっと身構えてしまったけど、他の人の視線もある訳だし、妙な展開にはならんだろう。

「はい、何でしょう?」

 努めて冷静に、声が震えないよう気を付けながら返事をする。

「そちらが玖珂沼さんのお子さんですよね?初めまして、浦沢です」

 浦沢さんはそう言って、爽やかな笑顔で風香の顔を見た。

「風香、この人はママが働いている会社の社長さんで浦沢さんだよ。ちゃんとご挨拶してね」

 私がそう促すと、風香は笑顔で応えてくれた。

「こんにちは~、玖珂沼風香です」

 風香は物怖じせずに、キチンと挨拶をしてくれた。浦沢さんみたいにまだ若い男の人なら、風香も多少は親しみ易いのかもしれない。確か、風香の担任の先生も同じぐらいの年齢だったはずだ。

 緒方さんと初めて会った日は、あんなにモジモジしていたのになぁ~。まぁ、風香も既に小学2年生だし、少しは成長したのかもしれない。

「風香ちゃんっていうんだね。今日はママのお仕事のお話聞いて、どうだったかな?まだちょっと難しかったかな?」

 浦沢さんはそう言って、風香と向き合っている。何だか私の方が緊張してしまうな。浦沢さん、風香に妙なことを言わなきゃ良いんだけど…。

「あのね、風香のママはお仕事頑張っているんだよね?ほーむぺーじを作るお仕事?難しいんだよね?」

 風香はたどたどしく、浦沢さんに質問する。普段家にいる時に、私がどんな仕事をやっているのか、風香には噛み砕いて話してはいるんだけど、完全には理解していないだろう。

「そうだね、風香ちゃんのママはいつもお仕事頑張っているよ。夜になってもみんなと一緒に残業して、遅くまで一所懸命お仕事をやっているんだよ。風香ちゃんのママは偉いね」

 何か褒められてしまい、少し照れるな。でも、風香は満足したような顔をしてくれたので嬉しいかも。

「風香のママはいつでも頑張っているんだよ~。おウチにいる時も風香の為に頑張っているんだよ~。だから風香ね、たくさんママのお手伝いしているの~」

「そうか~、風香ちゃんママのお手伝いしているんだね。偉いよ、風香ちゃん」

 浦沢さんはそう、風香のことも褒めてくれた。確かに、私が頑張っているだけじゃなく、風香が家のお手伝いを頑張ってくれているから、私も会社で残業出来る訳だしね。本当に、風香は良い子で助かるわ~。私の自慢の娘だわ。

 しかし、浦沢さんはどういうつもりで風香と話しているんだろう?単に社員の子供という程度の認識なら構わないんだけど、もしも下心や裏があるのなら、ちょっと面倒なことになりそうなんだけど…。

 私の考え過ぎだろうか?取り越し苦労ならそれで良いんだけど、不安が的中したらどうしよう?まだ私は、浦沢さんに対しての気持ちがハッキリと出ていない。私はこの人をどう思っているのか?少なくとも悪くは思っていない。恋愛対象として考えた場合にどうなのか?すごく悩むところだ。相手はまだ若いし会社の社長だから、どうしても一歩引いてしまうな。

 まだ若かった頃なら迷わず受け入れるのかもしれないけど、こんなオバサンになった私じゃなぁ~…。世間からも金目当てなんでしょ?なんて言われるだろうし、とてもじゃないけど、私は浦沢さんに釣り合う人間とは思えない。

 …何で私は、こんなことで悩んでいるんだろう?浦沢さんが年上の女性が好きだって話を聞いて、ちょっと他の人より特別扱いされているように感じた。ただそれだけなんだよ。別に浦沢さんから告白された訳じゃない。まだ浦沢さんが、私に気があるって確定した訳じゃないじゃんか。やっぱり私の取り越し苦労なんじゃないのか?そんなに深く悩まなくっても良いんじゃないのか?

 ここは気持ちを切り替えよう。私は浦沢さんの会社で働いているだけ。社長と社員という関係であって、それ以上でも無いしそれ以下でも無い。何か言われたら、その時考えれば良い。そう割り切って考えよう。


 懇親会も終わりの時間が迫って来た。みんな食事の方はとっくに済ませていて、のんびりまったりとお茶している段階だった。

 社員と家族同士のコミュニケーションも十分取れているようで、共通の趣味の話題だとか仕事や家庭のお悩み相談、そこかしこで連絡先の交換をしている人達が見受けられた。

 恥ずかしながら、私も何人かのご家族と連絡先を交換している。多分、私から連絡するようなことは無いだろうけど、一応、いつ相手から連絡が来てもビビらないよう気を付けておこう。

「それでは、宴もたけなわですが、そろそろ終了のお時間となります。会社の懇親会としてはこれで終了となりますが、もし意気投合された方がいましたら、この後の行動はご自由にどうぞ。では、一旦締めさせて頂きます」

 浦沢さんが締めの挨拶をやると、自然と皆んな拍手をした。とりあえず、今回の懇親会は成功だったんじゃなかろうか。最初に話を聞いた時は、ファミレスで家族も交えて懇親会って、一体どうなるんだろう?と思ったけどさ。

 まぁ、終わってみれば大したことは無かったか。別に身構える必要も無く、平和にランチを楽しむことが出来た。風香も色んな人と話していたけど、私が余計な心配をする必要も無かったか。

「ママ~、風香ね、色んな人とお話ししたよぉ~」

 風香もそれなりに楽しめたようで良かったかな。大人ばかりの懇親会だと思っていたけど、何人かは子供連れの人もいたので、風香もそれ程退屈はしなかったようだ。

「そう、良かったねぇ風香。それじゃ、帰ろうか。途中でスーパーに寄って、買い物して帰ろうね」

 すっかりこのまま帰るつもりだったんだけど、浦沢さんに呼び止められた。

「あ、玖珂沼さん…と、風香ちゃん。ちょっと待って下さい」

「はい、何でしょう?」

 一体何だろう?と思ったら、浦沢さんは、

「玖珂沼さんは母子家庭ということでしたから、ちょっと心配だったんですよ。でも、今日色々お話し伺って、僕が思ったよりお二人とも、強くたくましく生活していらっしゃるんだなぁ~と思いまして。それでも、何か困ったことがありましたら、いつでも気軽に相談して下さいね。僕に出来ることでしたら何でも協力しますので」

 浦沢さんはいつもと同じ、爽やかな笑顔でそう言った。それなら給料値上げして下さいと言いたいところだが、その辺は言わない方が良いだろう。

「ありがとうございます。気を遣ってくれるだけでもありがたいですよ~」

 やはり私の取り越し苦労だったか?母子家庭で苦労が多いだろうと思って、気を遣ってくれていただけなのか?ホッとする反面、少し残念な気持ちもある。イヤ、17才も年下の人に、何を期待していたんだか。

 でも、どこかで誰か男の人に好かれたいって気持ちは、こんな私にも残っているのかもしれない。旦那と別れて風香と二人になり、恋愛どころじゃなくなってしまったけど、職業訓練で緒方さんに出会った。

 こんな私に緒方さんは付き合って下さいって言ってくれた。あの時、私の中で燻っていた恋愛の火が、一気に再燃したんだと思う。

 そして新しい会社で仕事を始めて、新しい出会いがあった。浦沢さんは年上好きだって話を聞いて、ちょっと特別扱いされているように感じて、私は勝手に期待していたんだと思う。

 なんてことはない。私の一人相撲だった訳だ。考えてみればマヌケな話だよ。そもそも17才も年下の会社社長と私の恋愛なんて成立するはずがない。何か、そんなことで悩んでいた自分が恥ずかしいな。

 悩みも解決したことだし、これからは変なことを考えずに仕事に取り組めそうだ。私には風香がいる。今は私のことよりも、風香との生活を守ることだけ考えれば良いんだ。緒方さんにかけられた恋愛の魔法は、もうとっくに解けていたんだよ。私はもうどこにでもいる、ごくごく普通のシングルマザーに戻ったんだ。これからは自分の役割を全うするだけだ。ただそれだけの話なんだ。

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