第13話『生きること』

 職業訓練は無事に修了し、意外と立派な修了証をもらった。ちゃんと資格も取ったし、先生からも、プロのWebデザイナーとしてやっていけるだけのスキルは身に付いているとお墨付きを頂いた。だけど、緒方さんはもういないんだ…。

 それでも私は、前に進むしか無い。私が緒方さんの分も、精一杯頑張って生きよう。勝手な思い込みかもしれないけど、今の私はそうするより他に無いと思う。何より、私は風香の為に頑張らなくちゃならん。私は、私と風香の生活を守らなければならんのだから。いつまでも生活保護を受けてなんかいられない。早く再就職先を見つけなければならんし、うつ病なんかを理由に甘えてばかりもいられない。ケースワーカーの言いなりになる訳じゃないけど、私にだってプライドがある。私はまだまだ頑張れるはずだ。

 職業訓練を終えて就職活動を再開したんだけど、中々新しい仕事が決まらない。せっかくWebデザインの勉強をしたんだから、Web関連の仕事で再就職したいところなんだけど、中々採用してくれる会社が現れない。先ず、書類選考で落とされるのがほとんどで、面接にすら行けないというのが現実だ。やはり、私の年齢だと新しい分野での再就職は厳しいのだろうか?それでも懲りずに応募し続ける。きっと努力は報われるはずだ。そう信じて、今日も応募し続ける。


 職業訓練を終えて1ヶ月が経った。未だ私を採用してくれる会社は現れない。役所のケースワーカーからは、もっと採用されやすい仕事に応募しろなんて言われているけど、採用されやすいって、裏を返せばクビになりやすい仕事ってことなんだよなぁ~。こっちは採用されることがゴールなんかじゃない。採用された後も、継続して安定した仕事が出来るかどうかが重要なんだから。採用されたは良いけど、即行でクビになりました~なんて洒落にならん。そうなった場合にまた生活保護で助けてくれるのか?ってのが心配だ。もしそうなっても、役所は冷たく、事務的に処理するだけだろう。所詮、役所の人は現実を知らないんだよ。公務員として安穏とした仕事を続けているような人には、民間企業に勤める者の苦労なんて分かる訳がない。そんな人が言うことを、まともに受け取る必要は無い。私は私と風香の為に、幸せを掴めるような仕事を選ぶべきなんだ。

 とにかく色んな会社に応募しまくった。ネットの求人情報も毎日チェックしているし、ハロワにも週2以上のペースで通っている。これだけ応募しているんだから、いい加減採用してくれよと思うけど、まだ面接にすら進めないのが現実だ。無謀なチャレンジだろうが何だろうが、とにかく応募し続ける。まるで、パチンコのMAXを打つような心境だ。成功確率は400分の1ぐらい?上等じゃないか。他人から見れば明らかに無謀な挑戦だろうと私はやってみせる。必ず再就職してみせる。女の執念を見せてやろうじゃんか。

 そんな私の決意が通じたのか、ようやく面接してくれる会社が現れた。もちろん、Webデザインの仕事で、正社員前提での求人だ。会社規模は小さく、全従業員合わせても15人しかいないような小さいベンチャー会社だ。面接をしてくれたのは社長なんだけど随分若い人で、見た目の印象からは20代だと思われる。相手が年下だろうと関係無い。とにかくベストを尽くそう。

「弊社の情報は以上になります。何か質問は御座いますか?」

 会社説明は淡々と進められた。まぁ良い。とりあえず、何か質問しておかないと。

「御社で活躍されている方は平均年齢がかなり若いようですが、私の年齢でも問題無いでしょうか?私としましては、上司になる方が年下でも全然構いませんが」

 この辺は先にチェックしておいた方が良いだろうという質問を投げてみた。まぁ、無難な質問じゃなかろうか。

「そうですね。弊社では特に年功序列といった制度はありませんし、実力次第で、年齢は関係無くご活躍して頂けると思います」

 それなら何も問題無い。外向けの、言葉だけでなければ良いんだけどさ。

「それでは、玖珂沼さんの経歴についてご説明をお願いします」

 今度はこちらのターンだ。落ち着け落ち着け、焦る必要は無い。私の経歴について、これまで経験してきたことを、分かりやすくまとめて話せば良いんだ。私を雇えばどんなメリットがあるのか、それを精一杯プレゼンすれば良い。

「なるほど…。玖珂沼さんの経歴についてはよく分かりました。それでは、弊社を志望された理由についてお伺いしたいのですが」

 やはりそう来たか。でも、答えは用意している。

「はい。御社の企業理念である、『生きるということは、仕事をやり価値を生み出すこと』というのに共感したことが大きいのですが、何より、職業訓練でWebデザインの世界に触れたことが大きいです。今までの仕事では経験したことがない、クリエイティブな分野での仕事がとても魅力的に感じまして。そして…、これは個人的な話ですが、大切な人と誓い合った目標でもあるんです」

 つい、緒方さんのことを言ってしまった。でも、本当の話だし、まぁ良いだろう。

「大切な人…ですか?」

「はい。…もう、亡くなってしまいましたが」


 面接の感触としては、結構良かったんじゃないかと思う。とりあえず、私に出来ることはやり尽くした感じだ。後は良い結果が来ることを祈るより他にないか。

 しばらく自粛していたんだけど、久しぶりにパチンコを打ちに行く。パチンコ屋なんて何ヶ月ぶりだろう?数ヶ月店に行かなかった訳だけど、店に入るといつの間にか、私のお気に入り台が撤去されていて、軽くショックを受けた。何だか寂しいけど、世の中はちゃんと動いているってことなんだよなぁ~。

 気分を新たに、新しく導入された甘デジを打つことに。スペックを見ると、イマイチ微妙かな~?と思ったんだけど、データカウンターの大当たり履歴を見ると、そこそこ連チャンした記録が残っているので、丸っ切り勝てない台という訳でも無さそうだ。とりあえず、諭吉を突っ込み打ち始める。

 回転率はどうだろう?1千円で22回転?何これ?回るじゃん。てゆーか、この台はボーダーいくつなんだろう?そんなことを考えていたら、何だかよく分からない演出で当たった。初めて打つ台だからよく分からんけど、どうやら確変にも入ったらしい。

 これはツイているな~。現金投資1千5百円で初当たりをゲットして、確変直撃とはねぇ~。しばらくパチンコを打っていなかったから、運気が良い感じに貯まっていたのだろうか?

 その後、連チャンにも恵まれて、怒涛の勢いで18連チャン。出玉も余裕で1万発超えして、昼前には華麗に終了する。せっかく景気良く勝てたんだから、タバコでもまとめ買いしておくかな~。今日の晩御飯は、風香にも少し贅沢なおかずを作ってあげよう。

 そんなことを考えていたら携帯に着信アリ。誰だろう?知らない番号からの着信だ。

「はい、玖珂沼です」

「あ、もしもし、玖珂沼さんの携帯でよろしかったでしょうか?」

 電話をかけて来たのは、この前面接を受けた会社の人だった…。


 嘘みたいだけど、現実だった。私は面接をクリアし、希望通りにWebデザイナーとして採用されたのだった。本当に、夢みたいだ…。夢ならこのまま覚めないで欲しい…。

「先ずは、デザインチームの一員として、コーディング作業から手掛けて頂きます。徐々に仕事に慣れて頂いて、ゆくゆくはデザインの方も手掛けて頂ければと思いますので、頑張って下さい」

 そう説明してくれたのは、面接もやってくれた社長の浦沢さん。この人は、この若さで会社のトップを務めているんだから、相当仕事が出来る人なんだろう。まぁ、実際の年齢はまだ聞いてないんだけど、どう見ても20代前半にしか見えない。

 職場に入ると、やはり先輩社員は皆年下しかいないようで、私一人だけ浮いている感じだった。どんな環境だろうと、やってやろうじゃんか。

「玖珂沼です。よろしくお願いします」

 臆することは無い。引け目を感じる必要も無い。私はこの会社の一員として新たに迎え入れられたんだ。堂々と自分の役割を果たせば良いんだ。

「玖珂沼さん、よろしくお願いします。チームリーダーの片岡です」

 チームリーダーの人もやはりまだ若い人で、見た目の印象では30代前半だろうか。顔立ちは若いけど、額の方から軽くハゲかかっているのが目に付いた。

 チームリーダーから会社での業務について軽く説明され、一息つく間も無く仕事に入る。今このチームでは、とある企業のWebサイトをリニューアルしているんだとかで、全員で手分けしてコーディング作業をやっているらしい。

「入社直後で申し訳ないですが、作業は山程ありますので。玖珂沼さん、残業とかお願い出来ますか?」

「はい、大丈夫です」

 こうなった時に困らないよう、風香にはちゃんと前もって言い聞かせてある。今では家事の手伝いも色々やってもらっているし、晩御飯の下準備も済ませてあるので大丈夫だろう。とにかく、今は我武者羅に働くしか無いな。今度こそ試用期間で切られないように頑張ろう。


 ひたすらテキストエディターでコーディング作業をしていたら、いつの間にか夜になっていた。初日だからといって張り切りすぎたかな?ほとんど休憩無しで作業に没頭してしまったし。

「玖珂沼さん、今日は初日ですし、あまり飛ばさないで、この辺で上がりましょう。ご都合良ければ、玖珂沼さんの歓迎会をやろうかと考えているんですが」

 え?歓迎会?マジですか~?

「あ、はい、私は大丈夫ですが」

 こんなの初めてじゃなかろうか?イヤ、昔フリーター時代の若い頃にはあったか。私みたいなオバサンの為に歓迎会を開いてくれるなんて嘘みたいだ。有り難い話じゃないか。


 会社から少し歩いたところにある居酒屋で、細やかながら歓迎会を開いてもらえた。どうやらこの会社は、この居酒屋で飲み会をするのが定番になっているらしい。

 参加者は私を含めて8人だけど、他のメンバーは社外に派遣されているんだとかで、月に一度開かれる社内会議の日以外は、基本的に派遣先で直行直帰なんだそうだ。

「それでは、新しく入った玖珂沼さんに乾杯!」

 社長が乾杯の音頭を取ってくれた。何だかちょっと、恥ずかしい。

「改めまして、玖珂沼です。バツ1で娘が一人いるようなオバサンですけど、よろしくお願いします」

 皆んなから拍手される。悪い気分はしないけど、やはりちょっと恥ずかしいな。若い頃はその場のノリに合わせられたけど、この年になると少しまごついてしまう。

「ウチは小さい会社ですからね。こうして社員同士の親睦を深める飲み会は、積極的に開いているんですよ。基本、何も無くても月一で開催していますので」

 そう浦沢さんに説明される。そういう会社なら、私も割り切って楽しませてもらおうかな。普段ロクに他人と関わらないようにしてきたけど、これからはこの会社でお世話になるんだから。しっかりコミュニケーションを深めておかないと、また変な言いがかりを付けられるかもしれんし。


「玖珂沼さんはぁ、今彼氏いるんですかぁ?」

 大分酔いも回って来た頃、片岡さんから唐突にそんな質問をされた。片岡さん、酒癖悪いのか?

「イヤ~、そんな浮いた話は無いですよ。片岡さんは独身ですか?彼女いるんですか?」

 とりあえず、会話に合わせておこう。変に絡まれても厄介だし。

「僕のことなんかど~うでも良いんスよぉ~。そぉんなことよりぃ~、浦沢さんは年上女性が好きなんスよぉ~」

 そうなのか?でも、さすがに私みたいのは恋愛対象外だろう。しかし、片岡さん悪酔いするタイプの人なんだな。いわゆる絡み酒ってヤツか。

「片岡さん、ちょっと飲み過ぎですよ。酒は呑んでも飲まれるなってね」

 浦沢さんも結構呑んでいるはずなんだけど、極めて冷静に対処している。きっと同じ会社の人として、付き合いが長いんだろう。

「スミマセンね、玖珂沼さん。片岡さん、酔うとハメ外すタイプの人なんですよ」

 同じチームの長嶺さんも、ちょっと苦笑している。この人も、お酒には強いみたいだ。

 すると浦沢さんが、

「まぁ、今日は無礼講ということで。玖珂沼さんも、ジャンジャン飲んじゃって下さい」

 うぅ、そんなこと言われると、根が貧乏性な私としては飲まざるを得ない。でも、一応私は年長者なんだから、みっともなく酔っ払った姿を晒す訳にはいかんよなぁ~。やはり、程々にしておくべきだろう。

 第一に、家では風香が私の帰りを待っているんだから。晩御飯の支度は済ませているとはいえ、なるべく早く帰らなくちゃな~。

「浦沢さん、私はそろそろ帰ります。娘が心配なもので」

「あ…、そうですか…。そうですよね、お子さんがいるんですよね」

 浦沢さんは一人でそう言って頷いている。他の人にも挨拶だけはして、一足早く引き上げることにした。

 今日は久しぶりの飲み会、そして久しぶりの労働だった訳だが、結構楽しかったかな~。もちろん緊張はしたし疲れもしたけど、それ以上にWebデザインの仕事に関わったということ、そして久しぶりに味わう、自分が主役の歓迎会。この会社に採用されて良かったと思う。

 お酒に酔った時に感じる高揚感は、まるで魔法をかけられたような気分になる。普段は他人とロクにコミュニケーションを取らない私でも、お酒の力を借りれば多少は気楽に話せるようになるし。酒は百薬の長と言うけれど、私にとっては魔法の媚薬かもしれない。さすがに仕事中にお酒を呑む訳にはいかんから、普段もちゃんと、他人と接することが出来るよう頑張らなくてはならんな。

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