第9話『真っ当な人』
脳検査で異常が無かった為、お医者さんに言われた通りに精神科を受診した。結論を言うと、私はうつ病なんだそうだ。マジかぁ~…。何かの間違いであって欲しかった…。
「玖珂沼さん、とりあえず頑張るのはお休みしましょう。今の玖珂沼さんの状態では就労不可ですので、しばらくは就職活動もしないで、ゆっくり静養して下さい。生活保護を受けているのでしたら、生活に困ることも無いでしょうからね」
精神科のお医者さんは、そう話してくれた。そりゃ確かに、生活保護があるから働かなくても生活出来る訳だけど、それ以前に、私がいつの間にかうつ病になっていたってことがショックだ。一体いつからなんだ?頭痛に悩んでいたのはかなり前からだと思うけど、全然自覚が無かった。でもまぁ、過去に自殺未遂をやったこともあるし、今でも自殺願望はあるからなぁ…。
何か色んな薬の処方箋を出された。精神科で処方される薬なんて初めてだ。全部タダだから金銭的な負担は無いけど、これは精神的に来るな…。自分の置かれた状況と今後のことを考えるだけで憂鬱になる…。
とりあえず、就職活動出来なくなったってことを役所のケースワーカーに話しておかなければと思ったんだけど、ここでまさかの展開になる。
「玖珂沼さん、精神科のお医者さんにうつ病だと診断されました~、就労不可だと言われました~って、だからと言ってハイそうですかという訳にはいかないんですよ」
え?
「うつ病なんて関係ありません。就職活動は続けてもらいます。1日も早く、生活保護から抜けられるように努力して下さい」
この人は一体、何を言っているんだ?私はお医者さんからうつ病だと診断されて就労不可だと言われた。就職活動もやらないでゆっくり静養するように言われた。それなのに、この人は私に努力しろと言っている。何で?意味が分からない。
「イヤ、でも、お医者さんから就労不可って言われたんですけど?病気を治すのが先なんじゃないんですか?」
そう言ってもケースワーカーは聞く耳持たないといった感じで、
「就職活動しながら病気を治して下さい。何もせずに生活保護で、のん気に生活出来ると思ったら大間違いですよ」
なんて言い放った。何かスゴい上から目線で抑えつけるような物言いだ。何なの?この人は。
でも、言い返そうとしても考えがまとまらない。言葉に詰まってしまう。何か言わなきゃ、何か言い返さなくちゃと思うんだけど、言葉が出ない。屈辱だ…。明らかに見た目でも分かる小娘に言い負かされている。言葉で抑圧されているのを感じる。何でこんなことになっちゃったの?自分がうつ病だと知ってショックを受けて、今度は役所の人間にもっと努力しろと言われてストレスを感じている。一体、何がどうなっているのかも分からない。何だか情けなくて泣きたくなって来た…。
自宅に帰る。風香はまだ帰っていない。とりあえず、薬局で出してもらった薬を整理して、冷蔵庫から出した缶チューハイを飲み始める。これから先、どんな顔をして風香に接したらいいのやら…。
イヤ、風香には今まで通りに普通に接すれば良いのか。問題は役所の対応だよなぁ~。正直言うと、もう何もかもが面倒臭い。何もやりたく無い。このまま自宅に引きこもっていたい。でも、それじゃぁ生活が成り立たないってのは分かっている。どうしたら良いんだろう?ケースワーカーの言いなりになって就職活動を続ける?お医者さんの言った通りに静養する?どっちが正しいのか分からない…。
イヤ、何で私はこんなことで悩んでいるんだろう?何故悩まなくちゃならないんだろう?役所のケースワーカーの言ってることは、明らかにおかしいよな。医者に就労不可って言われているのに就職活動やれって、どう考えてもおかしい。生活保護を受けていることが引け目になっているからって、役所の言いなりになることも無いんじゃないのか?こういう時、どうしたら良いんだろう?弁護士を雇って訴えるか?でも、そんなお金は無いからなぁ~…。結局、金を握っているヤツが正義ってことなのか?私みたいな貧乏人は、何を言われても大人しくハイハイ言って、言われた通りにするしかないってのか?納得出来ないけど、抗う術が無いな…。
次の日。風香を学校に送り出したら、ダルい体を無理矢理引きずりハロワに向かう。正直、役所の言いなりになるのは気に食わないけど、下手に逆らって生活保護打ち切りとかなったら洒落にならんからな。ここは私が辛抱すれば話が収まるんだから、多少無理してでも仕事を探そう。
今迄と同じく検索機をポチポチ操作すると、求人情報は山程あるのに、私が応募出来る仕事は中々見つからない。どこの会社も毎度のことながら、やれ学歴が~、実務経験が~と、応募条件を出しているのが現実だ。そういった条件を差し引いて残るのは、ロクでも無い低賃金の仕事ばかり。下手したら、生活保護より状況悪くなるんじゃないのか?という仕事しか残らない。何か、スゴい無駄なことをやっている気がする…。
こんなことを続けて何の意味があるんだろう?まともに考えたら、生活保護を受けるより、普通に仕事をやる方が良いに決まっている。それなのに、現実には生活保護よりも条件の悪い仕事ばかり出てくる。生活保護を抜けたら、税金だって払わなくちゃならんし、医療費や保険料だって払わなくちゃならん。負担が増えるのに収入は上がらないって、どう考えてもおかしいでしょ?そんなことになるなら、生活保護のままでいたいって思うのが普通だと思う。でも世間的には、生活保護受給者よりも、普通に働いている人の方が立場は上だと思う。
どうしても、働きたいって意欲が湧かないな…。働くことにメリットを見出せない。学歴も資格も無い私には、まともな働き口が無いし、無理をして仕事に就いても、劣悪な労働環境しか待っていないような気がする。でも、このまま仕事に就かないでいると、ケースワーカーに何を言われることか…。
そんなことを考えていたら、ハロワのチラシが目に入った。今までは全然気に留めていなかったんだけど、職業訓練の案内チラシがたくさん置いてある。適当に気になるのを手に取ってみると、受講料は無料で(テキスト代は必要らしい)、就職活動に役立つ勉強が出来るらしい。ハロワの窓口で詳しい話を聞いてみたら、条件を満たしていれば職業訓練を受講するだけで給付金をもらえるんだとか。これは良いんじゃないか?仕事に役立つ勉強をタダで受けられて、尚且つ給付金ももらえるとか。学歴も資格も無い私でも、何か就職活動で有利になるものを身に付けることが出来るんじゃないだろうか。
これは良いと思い、早速申し込む。何かよく分からんけど面白そうだと思い、Webデザイン講座とやらを選んでみた。これで手に職つけられるのなら話が早い。しかも、勉強しながらお金をもらえるとか、何て素敵な制度だろうか。今迄チェックしなかったのは悔しいけど、これを機に有効活用出来れば結果オーライだ。
問題は、役所のケースワーカーが何て言うか?ちょっと不安になったんだけど、話をしてみるとすんなりオーケーしてくれた。無駄に遊ばせておくよりはマシだと判断されたんだろうか?まぁ、こちらとしては、今の精神状態で無理矢理働きに出されるよりは助かる。給付金については、もらえた場合、収入申告して生活保護費からさっ引かれるそうだが、まぁ、これは仕方あるまい。後は無事に受講出来るかどうかってところだけど、こればかりは祈るより他に無い。世の中景気が悪いからか、職業訓練の受講希望者はたくさんいるらしく、結構な競争倍率らしい。本当に、頼むから受かってくれ…。
幸運なことに、職業訓練の受講が決まった。競争倍率7倍とか聞いていたから、正直ダメなんじゃないのかと思ったけど、どうにか訓練を受けられることになり一安心だ。これから半年間、Webデザインの勉強をすることになる訳だけど、この訓練で勉強することを、就職活動に活かせれば良いんだが…。
しかし職業訓練とはいえ、この年になって何かを新しく勉強するってのは、何ともいえない妙な、新鮮さとでも言うべきか?そんな感じがするな。新しい教科書、新しい教室、新しいクラスメイト(?)は…、微妙な顔ぶれだが。まぁ、失業して職業訓練を受けるような人達なんだから、そりゃ皆んな人生に疲れたような人ばかり集まるんだろう。私も含めてな。
先生は見た目で言うと40代だろうか?そんなに年配の人じゃなく私と同じぐらいの年代の人で、どちらかというと受講生の方に年配の人が混じっている感じだった。初日に軽く、全員で自己紹介をやったんだけど、中には会社を定年退職したんだけど、新しい仕事を始めたくて受講するなんていうお爺ちゃんまでいた。隣の席のオジサンは、元は広告デザインの仕事をやっていたんだとかで、中にはプログラマーをやっていたなんて人もいる。本当に色んな人が集まっているな~。
Webデザインの勉強なんて初めてのことだけど、とにかく半年間頑張ろう。頑張って技術を身に付ければ、私にも新しい道が拓けるかもしれない。Webデザイナーか…。何だか工場勤務よりも事務員よりも、ずっと面白そうな仕事じゃないか。もしかしたら、私の人生で初めて目標的なものが出来たのかもしれない。
とりあえず、基礎講座ということなので、Webデザインについて何も知らない私でも、ちゃんと理解出来るような授業内容だった。そもそもWebサイトはどうやって作るのか?根本的な部分から教えられる。授業を受けて、普段何気なく見ているWebサイトも、結構な手間をかけて作られていることが分かった。HTMLとCSSっていうのを、ただひたすら書き続けるそうなんだけど、試しによく見るWebサイトのソースコードを見てみると、膨大な量のテキストが書き連ねてある。さすがにこういうのを一人でやるなんてことは無いらしいが、チームで製作するとはいえ気が遠くなるような作業だな~。かなり面倒な作業かもしれない。
だけど、せっかくこうして訓練を受講出来たんだから、ちゃんと真面目に勉強して、しっかり技術を身に付けよう。そうすればきっと、新しい仕事に就くチャンスはやって来るだろう。風香、ママ頑張るよ。今度こそちゃんとした仕事に就いてみせるから。風香だって学校で勉強頑張っているんだし、私も職業訓練を頑張らなきゃね。
職業訓練を受けるようなのは皆んな大人ばかりだし、訓練所にはちゃんとした喫煙スペースが用意されていた。休憩時間にタバコを吸いに行くのは、私を含めて5人しかいないけど、タバコを吸っている間、手持ち無沙汰で雑談をするのが結構面倒だったりする。前にどんな仕事をやっていたとか、その程度の話なら別に構わんけど、身の上話にまで突っ込まれると返事に困る。他の人達はちゃんと学校を卒業して就職し、何やかんやの事情があって失業しているんだろうけど、私なんかは高校中退してフリーターになり、結婚したもののバツ1になって、仕事も失い生活保護を受けて、オマケにうつ病になっているという、とてもじゃないけど人様に話せるような状況じゃないってのに。
それなのに教室で隣の席のオジサン、原口さんは、私のプライベートな話を聞こうとして来る。何なの?この人は。たまたま同じ職業訓練の同じ教室で、たまたま隣の席になっただけだっていうのに、何でそんな突っ込んだ話をしなくちゃならんのよ?聞かれる度に適当にあしらっているけど、いい加減ストレス限界になりそうだわ。しかも、連絡先交換しようとか言ってくるし。何でそこまで親しくならなくちゃいかんのよ?意味が分からん。
授業を受けている最中も、これが分からん、あれが分からんって、何故か私に質問してくる。そんなの知らねーよ。先生に聞けよ。こっちだって自分のことだけで精一杯だっていうのに、他人の面倒見るような余裕は無いってーの。本当に、いい加減ウンザリだわ…。何だかんだで頭痛のタネが尽きないな…。こんな面倒臭いヤツ、魔法でパッと消し去ってやりたい…。
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