第8話『落ちる』

 前の会社を試用期間だけでクビになり、新しい仕事を探してはいるが中々決まらない。ネットの求人情報だけじゃなく、またハロワにも通っているんだけど、採用してくれる会社は未だ現れない。せっかく事務の仕事を経験したんだから、今度も事務員として就職したいってのがあるんだけど、わずか3ヶ月では実績として認めてもらえんのだろうか?

 まぁ、事務員だけにこだわらず、私に出来そうな仕事があれば片っ端から応募しているんだけど、どういう訳だか一向に採用されない。やはり私の年齢だと、一旦失業すると再就職は厳しいのだろうか?適当なアルバイトで食い繋ぐという手もあるだろうけど、やはり正社員を目指したいからなぁ~。気持ちは焦るが、急いては事を仕損じると言うし、変な仕事で採用されてもしょうがない。

 でも、現実問題として、収入が途絶えるのだけは避けたいところだ。何とかしてどこかの会社に入れないものか…。悩ましいところだけど、やはりもっと妥協するべきだろうか?無職の状態が長く続くのはマズいからなぁ~。前の会社から振り込まれる給料もたかが知れているし、早いとこ新しい仕事に就かねばならん。収入源の確保、これを第一に考えなくちゃ。


 自宅であれこれ考えていてもしょうがないので、気分転換にパチンコを打つことにした。応募した会社から連絡があれば良いんだけど、ただ待っているだけだと不安になって仕方がない。結局、風香がいない時間は、パチンコしか無いんだよなぁ~。何か落ち着くし、パチンコ打ってる間だけは不思議と頭痛も起こらない。

 今日も馴染みのパチ屋は、常連客で賑わっている。相変わらず4パチの方はガラガラだけど、1パチの盛況ぶりは変わらないな。私も1パチコーナーで目当ての台に座り、サンドに諭吉を突っ込んで玉貸しボタンをプッシュする。今日は勝たせてもらえるだろうか?短期間ではあるが働いた分の収入があるから、今日はライトミドルに挑戦する。甘デジに比べると初当たりが重いけど、出玉にそこそこ期待出来るし、連チャンした時の爽快感は堪らない。まぁ、『連チャンすれば』の話だけどさ。当たりはまだか、まだ来ないのか、玉貸しボタンを押す度に祈りを込める。1000円辺り80回転程回っているから、回転率は良い方だろう。せめて、確率分母内に当たって欲しいところだけど…。


 とりあえず、無事に初当たりはゲット出来たがショボ連で終わり、どうにか投資を回収出来る程度の出玉しか稼げなかった。まぁ、マイナスになるよりはマシだと思うべきか。パチンコで勝っている人達は、どんな打ち方をしているんだろう?やはり私とは、台選びから違うんだろうか?私なんか、基本的に打ちたい台を優先的に選ぶからなぁ~。勝負に徹するなら『海』を打てって話を聞いたことがあるけど、アレは打ってて面白く無いからなぁ~。何か演出が退屈で眠くなるし、ジジババ専用機って印象しかない。スペックを見ても、特別打ち手に有利な性能とは思えないし、何でアレで勝てるのか分からない。その辺を理解出来れば、私もパチプロになれるのだろうか?何か、考えるのが面倒臭いから、別にパチプロになれなくても良いけどさ。

 時間的にちょっと早いけど、下手に粘って持ち玉減らすのも勿体無いから終了することに。サッサと換金済ませてスーパーにでも行くか。今夜のおかずは何にしようかな~?何か安い食材があれば良いんだけど。今朝はハムエッグだったから、夜は和食でいこうかな?野菜の煮物にするか、焼き魚でも良いかな~。風香は何でも美味しいって言ってくれるから本当に助かる。普通、風香ぐらいの年なら、野菜の好き嫌いを言いそうなもんだけど、何でも美味しいって言って食べてくれるんだよなぁ~。本当に手間の掛からない子供で良かった。


 自宅に帰ると、まだ風香は帰っていないようだった。正確には、ランドセルが置いてあるので、一度帰宅してから遊びに行ったようだ。まだ夕飯には早いし、慌てることもない。ちょっとパソコンでメールの確認でもしておくか。

 応募した会社から何か返事が来ていれば良いのだけど…、そう思ったが、来ているのは例によってお祈りメールばかり。郵便受けもDMばっかりだったし、一つも良い返事が来ていないのが現実だった。これはマズイな…。いい加減新しい仕事に就かないとマジでマズイ。失業手当も出ないし、前の会社から振り込まれる給料も限られている。貯金も全然無いし、このままじゃお先真っ暗だ。

 こうなったら…生活保護に頼るしかないか?う~ん…、それはなぁ~…。しかし現実問題として、収入が途絶える可能性が高くなって来たんだからなぁ…。やはり恥ずかしいとか世間体とか、そんなのよりも、風香と私が生きる為の選択をするべきなんじゃないのだろうか?

 ここはやはり、開き直るより他に無いんじゃなかろうか。利用出来る制度があるなら、積極的に活用するべきだろう。私だって努力はしている。私に出来そうな仕事には積極的に応募しているんだ。それなのに全然採用されないし、失業手当も貰えないんだから、生活保護に頼るより他にないだろう。実家の両親に頼るのだって、さすがに限界がある。いつ迄も親に頼ってばかりじゃ申し訳ないし、サラ金や闇金に手を出すよりはよっぽどマシだ。あんなのに手を出したら、それこそ身の破滅だと思う。そう考えると、やっぱ生活保護に頼るしか無いかな~。明日にでも役所に行ってみるか。


 次の日。区役所の担当窓口に行って生活保護を受けられないか相談する。対応してくれた人は何だか無愛想な女の人で、年齢は私よりも随分若いようだ。今私は失業中で収入が途絶えてしまうこと、貯金がほとんど無いこと、実家の両親を頼るのも限界になって来ていることなどを話す。

「それでは、先ずハローワークに行って、何か給付・貸付制度を利用出来ないか相談して下さい」

 はぁ?何それ?私は失業手当も何も出ないから、こうして役所に相談に来たんですけど?

「イヤ、もうハローワークには行ってるんですけど?失業手当も何も貰えないから、生活保護の相談に来ているんですが?」

 食い下がると担当の人は表情一つ変えず、

「生活保護はあくまで最終手段ですから。他に利用出来る制度があれば、先ずそちらを利用して頂きます。一応、確認の為に相談に行って下さい」

 そう言い放った。何なのコレは?とにかく、言われた通りにするしかないかとハロワに行って相談してみるが、やはり私が利用出来るような制度は無いそうだ。これなら役所の姉ちゃんも納得してくれるだろう。

「次は社会福祉協議会に行って、貸付金制度を利用出来ないか相談して下さい」

 社会福祉…何だって?ハロワの次は、その社会福祉何たらに行けって言うのか。これって、単にたらい回しにされているだけなんじゃないのか?

 それでも役所からの指示には従うべきだろうと、指定された社会福祉協議会とかいう所に行って相談してみるが、貸付金制度はすぐお金をくれる訳じゃなく、申請から審査、振り込みまで相応の日数がかかるということなので、私が利用出来るものでは無いことが分かった。

 今度こそ大丈夫だろう。もう、これ以上たらい回しにされるのは御免だ。そう思ったら、今度は別の注文が来た。

「それではこちらの書類に記入をお願いします。絶対に虚偽の申告はしないようにして下さい」

 渡された書類をみると、同意書とか親族の名前と住所を書くものなんかがあった。

「この親族の住所とか書くのは何ですか?」

 そう質問すると、

「親族の方に玖珂沼さんの生活を支援して頂けないかの確認を取ります。ご両親や兄弟の方全員分を記入して下さい」

 何て面倒な…。イヤ、それよりも、家族全員に生活保護を申請したことが知れ渡るのか。恥も外聞も無いとは思ったものの、これはかなり情けない話だ…。まぁ、今更家族に知られたからといって、大したことは無い…かな?兄さんはともかく、両親は何て言うだろう?怒られるだろうか?でも、これ以上両親に金銭的な負担をかけたくはないし、かと言って、自分の力ではどうしようもないからなぁ~。とりあえず、家に帰ったら電話でちゃんと話しておこう。何か、また頭が痛くなって来た…。


 家庭訪問やら銀行の預金チェックなんかをクリアし、生活保護の申請から2週間程経った日、役所から生活保護の申請受理通知が来た。助かった~。これでどうにか食い繋げるか。風香と二人、飢え死にしなくて済んだよ~。正直ホッとした。

 とにかく、生活基盤は維持出来るようになったんだから、早く新しい仕事を見つけよう。そうすれば生活保護なんてオサラバだ。私は、前にも増して、仕事探しに精を出す。何か良い仕事は無いものか?私でも応募出来る仕事、私でも務まりそうな仕事は無いか?役所からは就職活動の実績を報告するように言われているし、とにかく応募しまくる。そうして日々は過ぎ去って行く…。


 ある日、役所の担当者(ケースワーカーと言うそうだ)と話していた時に、こんなことを言われた。

「玖珂沼さん、今は特に通院している病院無いんですよね?歯医者さんとかは大丈夫ですか?」

 幸いなことに、私も風香も健康そのもので、病院とは縁の無い生活をしている。何でそんなことを聞かれたのかと思ったら、

「生活保護を受け始めたら歯医者さんに通い始める人、結構多いんですよ。医療券で診察費がタダになりますから」

 タダ!そういやぁ最初に説明受けたけど、病院での診察費が、保険の範囲内だったら自己負担ゼロだって言われてたっけな。そうか、タダで診察受けられるのなら、生活保護を受けている今のうちに病院行った方が良いだろう。貧乏性な私は、早速医療券を発行してもらった。

 私も風香も、歯にガタがきている訳じゃ無いけど、歯科検診と歯石の除去をやってもらう。私はタバコを吸うから、特に念入りにやるようお願いした。タバコのヤニは、普通に歯磨きするだけじゃキレイにならないんだよなぁ~。

 何か色々やってもらったけど、全部保険の範囲内だったので無料。タダで病院に行けるなんて、何かスゴい得した気分だ。それならばと、今迄は病院に行く程じゃ無いと思っていた、頭痛についても病院でちゃんと検査してもらうことにした。もし何か異常が見つかっても、タダで治してもらえるなら良いだろう。私はそう、軽く考えていた。

 何か脳のMRI検査とかしてもらう。普通に国保で自己負担3割だと、いくら払うことになるんだろう?頭痛薬とか処方箋出されても、薬代だってタダになるらしいから怖く無い。まぁ、脳腫瘍とかだったらイヤだけど。

「玖珂沼さん、気分が落ち込んだりしてますか?悩み事とかありませんか?」

 ん?何のことだろう?まぁ、いつまで経っても新しい仕事が決まらず、落ち込んだり悩んだりはしているけどさ。

「まぁ、仕事が中々決まらなくて、落ち込んだり悩んだりはしていますが」

 そう答えると、今度は

「頭痛以外に体のダルさですとか疲れやすいですとか、肩コリなんかもありますか?」

 これは…何の診断だろう?まぁ確かに、先生に言われている通りなんだけど。

「ありますけど…、これも頭痛と関係あるんでしょうか?」

 そう聞くと、先生は面と向かってこう言った。

「玖珂沼さんの脳検査については特に異常ありませんでした。疑いがあるのは、うつ病ですね」

 はぁ!?私がうつ病!?

「頭痛が酷いということでしたが、脳に異常はありません。検査前に玖珂沼さんが仰った、脳が締め付けられるような痛みというのは、典型的なうつ病患者の症状なんですよ。一度精神科か心療内科の先生にご相談された方が良いかと思います」

 うつ病って、何か色々とヤバい病気…だよね?私がうつ病?嘘でしょ?イヤイヤ、違うでしょ?でも、お医者さんの診断だからなぁ…。何か気が進まないけど、今度は精神科の先生に診てもらうしかないのか…?何か、めっちゃ不安になって来た…。

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