第7話『風香』

 週末、日曜日に風香を連れて遊園地に行った。遊園地なんて何年ぶりだろう?既にクビが決まった仕事ではあるが、一応給料が出ているので、たまには気分転換も良いだろうと思い遊びに来たのだ。

 この前面接を受けた会社は予想通り不採用だったけど、既に別の会社にも応募し始めている。これから先のことを風香とキチンと話しておきたいってのがあるから、今日は特別サービスだ。

「風香ね~、次はアレに乗りたい~♪」

 風香も久しぶりの遊園地にはしゃいでいる。確か前に来たのは、離婚する前だったかな?あの頃は生活の不安も無く、呑気に楽しんでいたはずだ。それが今は、再び失業の危機に直面し、右往左往する毎日。まぁ、こんな状況だからこそ、息抜きする日があっても良いんじゃなかろうか。今日ばかりは風香と一緒に遊びまくろう。

「風香~、あんまり走らないで~。ママと一緒にいなきゃダメだよ~」

 こんなの随分久しぶりだなぁ~。土日は仕事が休みでも、家のことをやらなくちゃいけないし、風香が友達のところに遊びに行けば、私は一人でパチンコに行く。親子の時間を確保しなくちゃとは思いつつ、てんでバラバラに行動していた訳だし。こういう時間って、本当に大切だと改めて認識する。

「ママ、今度はジェットコースターに乗りたい~」

「う~ん、ジェットコースターに乗るには風香の身長足りないんじゃないかな?ホラ、あそこに身長を計る目盛りがあるでしょ」

「じゃぁ、あっち。グルグル回るのに乗る~」

 次から次へと、風香のリクエストに応えてアトラクションに乗り続ける。目が回りそうな勢いだ。風香はまだ小さいから乗れるモノが限られるけど、動きの激しいものでも躊躇なく乗りたがる。こういうところは別れた旦那に似たのだろうか?アイツも遊園地の絶叫マシンとか平気で乗ってたからな~。私はこういうのあまり得意ではないので、カメラを構えていることの方が多かった。まぁ、あの頃は良かったなんて振り返ってもしょうがない。過去は過去でしかないんだから、今と未来を大事にしないと。

「風香~、もうお昼だから。そろそろお昼ご飯食べようか」

「は~い、ママ」

 遊園地内のフードコートで食べると高くつくので、自分でお弁当を作って来た。飲食費にお金を使うよりは、こういうところで節約して、少しでも遊びに使えるお金を確保したい。風香の好きな鶏の唐揚げやだし巻き玉子、ツナマヨおにぎりなんかを用意した。

「風香、お弁当美味しい?」

「うん、美味しいよママ」

 朝早起きして作った甲斐があったってもんだ。風香が美味しそうに食べている姿を見ると、こっちまで嬉しくなる。

「ママ、風香ね~、ご飯食べたらコレに乗りたい♪」

 遊園地のアトラクション解説のパンフレットを指差しながら、風香はおにぎりを頬張っている。余程遊園地に遊びに来たのが嬉しかったんだろう。頭の中ではこの後も、色んなアトラクションに乗る計画を思い描いているようだ。

「うん、良いよ~。途中でお腹空かないように、ちゃんとご飯食べてね」

「は~い、ママ」

 こういう場所に来ても、風香はとても聞き分けの良い子供で助かる。本当に、私が思っているよりも風香は成長しているんじゃないのだろうか?もしそうなら、私が仕事で帰りが遅くなっても、良い子でちゃんとお留守番出来るのかもしれない。そうであれば助かるんだけど…。


 色んなアトラクションに乗りまくって遊び倒し、もう日が落ちて来た。風香も1日中遊び回って、十分満足しているようだった。

「風香、今日はもう、帰ろうか」

「うん、風香お腹空いちゃったよ~」

 お昼に十分食べたはずなのに、風香はもうお腹が空いたのか。まぁ、帰るにはちょうど良い頃合いか。風香に付き合って色んなアトラクションに乗ったので疲れたけど、こういう疲れは悪くない。またいつか、お金に余裕が出来たら遊びに連れてこようかな~。風香が喜んでくれるのなら、この程度の出費は安いもんだ。パチンコで負けるより、余程有意義なお金の使い方だよなぁ~。


 帰宅して晩御飯を食べて、お風呂に入った後、風香と話をする。これから先、私が仕事で残業して、帰りが遅くなっても、風香は一人でお留守番出来るのか?正直なところを聞いてみた。

「風香、大丈夫だよ~。一人でお留守番出来るよ~」

「本当に大丈夫?ママが居なくても寂しくない?」

 風香が言う大丈夫は、本当に大丈夫なんだろうか?親バカなのかもしれないけど、やはり心配してしまう。

「風香ね、ママのお手伝いするから大丈夫だよ~。ちゃんと良い子でお留守番するから~」

 やっぱ、私の取り越し苦労なんだろうか?風香はまだ小学1年生だけど、意外としっかりしている?親として、風香の言葉を信用するべきだろうか…?

「それじゃぁね、風香がちゃんとお留守番出来るか、ママのお手伝い出来るか練習してみようか。明日からママが、風香にご飯の作り方とか教えてあげるから。風香が一人でもちゃんと出来るように頑張ってみようね」

「うん、風香頑張るよ~」

 やっぱり私が勝手に、風香のことを過小評価していただけかもしれない。子供の自主性を高められるかは親にかかっているだろうし、何でもやらせてみないと分からない。何だか、凄い遠回りしてきたのかもしれないなぁ~。風香がお留守番だけじゃなく私の代わりに家事も出来るのなら、私も仕事で残業とか出来るだろうし、もっと早く気付くべきだったか。とにかく、風香は私が働く為に協力する意思があることは分かった。風香の言葉を信じよう。


 翌日。朝のうちに、風香に晩御飯の支度について教えておく。出来るだけ私が下準備をしておいて、後は簡単な、レンジで温めるとか、炊飯器のスイッチを入れるだけという状態にしておいた。このぐらいなら風香みたいに小さい子でも出来るだろう。

「うん、風香分かったよ~。今日は風香が晩御飯作るからね~」

 頼もしい限りだ。ここは風香を信じて、私は仕事を頑張ろう。まぁ、今の会社では今更残業する必要無いけど、これから仕事探しや面接に時間を割けるようになるなら助かるし。

 その日の仕事は特別忙しいという程でもなく、いつも通りの消化試合。定時迄キッチリ自分の作業を進めたらサッサと上がらせてもらう。果たして、風香はちゃんと一人でご飯の支度とか出来ているのだろうか?いつもより急ぎ足で自宅に帰ると、風香はちゃんと大人しく、私の帰りを待っていてくれた。

「ママ、おかえりなさ~い。風香ね、ちゃんと一人でお留守番してたよ~」

「ただいま風香。一人でちゃんと出来た?エラいね~」

 台所をチェックすると、ちゃんと言われた通りに炊飯器のスイッチを入れてご飯を炊いていたようだ。おかずもレンジで温めて、テーブルの上にキチンと並べてある。ちゃんと私が帰る時間に合わせて、風香は自分で晩御飯の用意をしてくれたみたいだ。何だ、やっぱり風香はちゃんと自分で出来るんじゃないか。私が一人で、勝手に余計な心配をしていただけだったみたいだな。これからはもっと、風香に色んなことを手伝ってもらおうかな~。包丁使ったり火を使ったりはまだ危ないだろうけど、簡単な家事なら任せられるかもしれない。風香がお手伝いを頑張ってくれるなら、私も新しい職探しを頑張る事が出来る。風香が私の子供で本当に良かった。


 それから1週間が過ぎた。今の会社に勤めるのも、もうすぐ終了。色んな会社に応募してはお祈りを頂きを繰り返し、ようやく面接してくれる会社が出てくれた。例によって業務後の夜に面接がセッティングされたので、帰りが遅くなってしまうけど、風香もお手伝いに大分慣れてきたようなので心配は要らないだろう。

 面接の感触としてはワリと良く、今回はイケるんじゃないだろうか?もう「残業出来ません!」なんて言うのは止めたんだし、これで採用してもらえなければ本当に困る。後は結果を待つのみか…。

「ママ、おかえりなさ~い」

「ただいま、風香。遅くなってゴメンね~」

 面接で大分話し込んだから夜遅くなってしまったけど、今日も風香は良い子でお留守番してくれていたようだ。だが、風香の膝に絆創膏が貼られているのに気が付いた。

「風香、それ、どうしたの?ケガしちゃったの?」

 一体何があったんだ!?転んで擦りむいちゃったのか?

「あのね、風香ね、学校で転んじゃったの。体育の時間に風香転んじゃったの。それでね、保険の先生が消毒して絆創膏貼ってくれたんだよ」

 そうだったのか。まぁ、ちょっと転んで擦りむいた程度なら大したことないだろう。私はこんなことで学校に怒鳴り込むようなモンスターペアレントじゃないし、この時はそれ程気にしていなかった。


 次の日。仕事中に携帯が鳴る。誰だろうと思ったら、風香が通っている学校からだった。一体何だろう?

「はい、玖珂沼です」

「もしもし、玖珂沼さんですか?風香ちゃんが大変なんですよ!クラスの男の子とケンカしちゃって…」

 はぁ!?風香がケンカ!?一体何があったんだ?頭の中が真っ白になる。訳が分からない。イヤ、とにかくこうしちゃおれん。今すぐ学校に行かなくちゃ!

 仕事を早退して急いで風香の学校に向かう。何があったっていうんだ?風香がケンカするなんてあり得ない。あんなに良い子なのに、ちゃんと友達と仲良くしているし、トラブルを起こすような子じゃない。私はそう信じている。きっと何かの間違いだ。多分、相手が悪いんだ。ケンカの原因は風香じゃない。そうだ、そうに決まっている。

 やっとの思いで学校に辿り着き、真っ先に職員室に行くと、先生から保健室に案内される。風香、ケガさせられたのか?イヤな予感がプンプンする。心では一生懸命否定しながらも、悪いイメージだけが頭の中を支配する。とにかく無事であって欲しいと願う。

 保健室に入ると、風香はベッドの上にちょこんと座っていたが、その顔は笑顔ではなく泣き顔だった。見た感じ、特に大きなケガはしていないように見える。

「ママ!」

 私を見るなり、風香は飛び付いてきた。落ち着け落ち着け、何があったのか、風香からちゃんと話を聞かないと。

「風香、どうしたの?何があったの?ママに教えて?」

「風香悪くないよ!健志くんが悪いんだよ!風香に意地悪言うから、風香ね、違うよって言ったんだよ!そしたらね、健志くんが風香を突き飛ばしたの!」

 一体何があったんだ?タケシ君ってのと何か言い争いになったみたいだけど、風香がケンカする程に、よっぽど酷いことを言われたんだろうか?

 すると、先生に袖を引かれ、小声で話し掛けられる。

「玖珂沼さん。風香ちゃん、健志君にご家庭のことを悪く言われて、カッとなっちゃったみたいなんですよ。お父さんがいないとか、お母さんがお仕事で帰りが遅いことなんかを」

 何でだ?何でそんなことでケンカになっちゃうんだ?聞いた話だけでは詳しいやり取りが分からないけど、子供ってそんなことでケンカしちゃうもんなの?そもそも、そのタケシ君は何で風香に意地悪なことを言ったんだ?全然話が見えない。

「とにかく、風香が原因でケンカになった訳じゃないんですよね?ウチの子は悪くないんですよね?」

「それはまぁ・・・、そうなんですが、出来るだけこういうことは起こらないよう、風香ちゃんによく言い聞かせて下さいね」

 先生は何だか気まずそうに、そう言った。これじゃぁ風香にも責任があるみたいな言い方じゃないの…。でも、ここで私が目くじら立ててがなり立てると、風香の学校での立場が悪くなるかもしらん。ここは穏便に済ませるべきなんだろうか?スッキリしないけど、家に帰ってから風香と話をするべきだろうか…。


 結局、その場では事を荒げることもせず、大人しく風香を連れて帰宅した。風香はもう泣き止んでいるが、どこかショボくれているのが切なくさせる。

「ねぇ風香、学校で何があったの?ママに詳しい話しを聞かせてくれないかな?」

 きっと風香は悪くない。そうに決まってる。いつも笑顔で友達とも上手くやっている風香が、悪いことなんかするはずが無い。ちゃんと話しを聞けば、それが分かるはずだ。

「あのね、風香ね、ママのこと好きだから。健志くんがママの悪口言ったから怒ったら、『うるさい』って言ってね、風香を突き飛ばしたの。健志くんが悪いんだよ。でも、健志くん謝らないの。だから風香ね、ちゃんと謝ってって言ったの…」

 せっかく泣き止んでいたのに、イヤなことを思い出させちゃったのか、また風香は涙目になってしまった。風香の説明ではイマイチ要領を得ないけど、そのタケシ君との口論がエスカレートしてケンカになったみたいだな。私の悪口って、一体何を言われたんだろう?とにかく、風香は悪く無い。私の名誉の為にケンカしたんだろう。母である私は風香を信じて、味方になってあげなくちゃ。

「風香、悪いことをしてないなら泣かないで。風香が正しいと思ったことを胸を張ってやりなさい」

 そう言って、風香を抱きしめてあげた。私の腕の中で、風香は小さな体を震わせながら、嗚咽の声を漏らしている。今風香に言ったのは昔読んだマンガの受け売りだけど、色んな場面で使える魔法の言葉。実際正しいことだと思うし良かろう。

 いつも笑顔で私を癒してくれる風香。私だって母親らしいところを見せなくちゃ。例え世界中の人が敵になったとしても、私だけは風香の味方なんだからね。今日は泣きたいだけ泣いて良いよ。

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