第3話『格差社会を生きる』

 実家に泣きついて、当たり前の説教されて、どうにか当面の生活費は確保することが出来た。両親からすれば私みたいな娘は可愛くもなんとも無いだろうけど、孫の風香にひもじい思いはさせたくないんだろう。風香様様やね。さすがにパチンコで負けて困ってるとは言えんかったけど。

 私の両親も既に後期高齢者。わずかばかりの年金暮らしだから、あまり負担をかけたくないんだけど、背に腹はかえられん。いい年こいて、親に頼らなければならんというのは情けないけど、飢え死にするよりはマシだ。

 第一に、私が駄目になったら風香が巻き添えを食ってしまう。今風香の面倒を見られるのは私しかいないんだから。風香の為なら、親に説教されるのも我慢出来る。いい年こいた大人が、無職になって貯金も無いとか、無計画にも程があるって、それは私自身が一番よく分かっていることだ。

 でも、言うは易し。職探しだって、別に選り好みもしてないし、高望みもしていない。私に出来そうな仕事には積極的に応募している。それでも採用されないってのが現実なんだからしょうがない。

 どうしてこうなった?クビになったパン工場のバイトも、別に私に非がある訳じゃないし。会社の都合で一方的にクビを切られただけだ。私は何の問題もなく、順調に仕事に励んでいただけだし。正社員様のご都合に、私らバイトは従わなくちゃならんとか理不尽過ぎるだろ。バイトの一人一人にだって生活があるんだ。守らなくちゃならん家族だっているんだよ。やってる仕事は同じなのに、会社の扱いは天と地程に差がある。

 そらね、私だって正社員として働きたいよ。でもさ、雇ってくれる会社が無いんだよ。どこの会社に応募しても、返事は一緒。まともに相手をしてくれない。何が一億総活躍社会だよ。女性の社会進出って、どこの世界の話なんだ?アレか。私が高校中退なのが悪いのか?そんなに学歴あるヤツが偉いのか?こっちは学歴が無い分、人より早く社会に出て苦労を重ねてるってんだよ。遊び半分でやってない。生活の為に、いつだって真面目に働いとるわ。

 以前バイトした別の工場ではこんな話も聞いた。バイトでも長く働いてたら正社員雇用しなくちゃならんから、定期的にクビにして、人材の入れ替えをやるんだとか。はぁ?ナメとんのか?そんなに会社に都合の良い、捨て駒だけが欲しいのか?私らバイトがいないと操業出来ん程に仕事があるんじゃないのか?真面目に与えられた仕事をこなしていても、正社員になるチャンスを与えずクビにするとか、どんだけ身勝手なんだよ?そんな会社は潰れてしまえ!

 既に四十を越えた私には、もうバイト生活も厳しいだろう。何とかして正社員として就職したいところなんだけど…。早く安定して働ける仕事に就きたい。気持ちは焦るが、空回りしてばかりだ。中年フリーターなんて惨め過ぎる境遇は、受け入れたくない。こんな現実から早く脱却したい。

 でも私は学歴も無いし資格も無い。おまけに無駄に年を重ねてる。今更学校に行くのは現実的じゃないし、せめて何か資格を取るべきだろうか?でもなぁ~。資格を取るのもタダじゃないし、そもそも何の資格を取れば就職に有利なのか?それがサッパリ分からん。私自身、何の仕事をやりたいのかも未だに定まってないしなぁ~。結論として金を稼ぎたいってのはあるけど、その手段が見えない。今迄やってきた仕事も、生涯やりたい仕事か?と問われれば返事に困る。元々、人生に目標も何も持たずに生きてきたから、今後のことを考えても何も思いつかない。強いて言えば、今は風香を立派な社会人に迄育てるってことか。風香が大人になって自立する迄、それ迄は私が何とかしなくちゃならん。私一人になれば、後はどうなろうと構わない。最悪、生活保護でも受ければいいだろう。風香が成人する迄、後十四年かぁ~。それ迄私は頑張れるんだろうか?


 翌日。風香は今日も元気に学校へ行った。私も働きに出たいが仕事はまだ決まらない。昨日応募した会社も、返事が来る迄に早くても2~3日はかかるだろう。その間何をしよう?別の仕事を探すのも一つの手だが、昨日の会社に採用された場合を考えると、迂闊には動けないな。

 時刻は朝の8時半か…。パチ屋の開店時間には余裕で間に合うな…。イヤ、今打ちに行くのはマズいだろう。生活費もギリギリだし、何より応募した会社から連絡が来るかもしれない。あ、でも、普通郵便で送ったから、今日相手に届くとして、連絡来るのは明日になるのかな?そうなると、自由がきくのは今日だけということになる。1パチ甘デジ程度なら、軽く遊んでも良いかな…?う~~ん…。ちょっとだけ、本当に軽く、1パチだけ打って来よう。予算も3千円程度なら十分だろう。それ以上は使わない。それなら大丈夫。うん、そうしよう。


 パチ屋の開店待ちに並ぶと、何とも言えない高揚感がある。列に並ぶ常連らしきお爺ちゃんお婆ちゃんが、昨日は出たとかハマったとか、笑いながら話している。この店は4パチはあまり客付きが良くなく、1パチコーナーの方がいつも賑わっているのだ。この人達も恐らく、朝から1パチを打つ為に並んでいるのだろう。金に余裕があれば、私も4パチの方で勝負をしたいのに…。何とも言えない、屈辱を感じる。

 とりあえず、仕事が決まってお金を稼げるようになれば、堂々と4パチを打てばいい。それ迄は1パチで我慢だ。軍資金は限られてるんだからしょうがない。財布に無理の無い遊び方をすればいい。そう、自分に言い聞かせる。…何か惨めだな。

 そしていよいよ開店時間。一気に客がなだれ込む。私もどうにかお目当の台を確保出来て一安心だ。後は当たりを引けるか?連チャンしてくれるか?こればかりは実際に打ってみないと分からない。とにかく、運を天に任せてハンドルを握る。頼むから来てくれよ~。出来るだけ低投資で当たっておくれ~…。


 結果は大勝利。投資4百円で当たりを引いて連チャンに入り、これが伸びる伸びる。12連チャンして持ち玉確保。この後は現金投資も無く持ち玉だけで回し、最終的には1万2千発稼ぐことが出来た。どうして4パチを打った時に、このヒキが来なかったのか…。まぁ、愚痴は言うまい。今日これだけ勝てたのだから良しとしよう。

 とりあえず、金があるうちに米やらタバコやら買っておくか。風香のおやつも何か買っておこう。1パチとはいえ、勝った後の買い物は気分が良い。負けた時はスマホで電卓弾きながら、残った金で何が買えるか、セコく計算しながら買い物するからなぁ~。今日はお肉も酒も買っちゃえ。この次いつ勝てるか分からんし。それでも値引き品を探すのが、貧乏ったらしくて嫌になるけど。

 買い物カゴにあれやこれや放り込んでいたら、かなり重たくなってきた。さすがに買い過ぎか?でもまぁ、こうしてまとめ買いしておかないと、後で困るしな~。保存のきくものはストックしておかなければ。

「あら、玖珂沼さん」

 ふと声をかけられたので振り向くと、裕子ちゃんのママがいた。うぅ…、あまり会いたくない人にバッタリ遭遇してしまった。

「あぁ、どうも。こんにちは」

 愛想笑いが引きつってやしないか不安になる。どうやら自然な笑顔にはなれたようだ。

 裕子ちゃんのママは、私より3つ年下だったはずだ。でも、たった3つしか違わんのに、随分若く見える。30前後と言っても違和感無いだろう。ナチュラルメイクも板についていて、着ている服も小洒落た感じがする。何なの?この差は。

「いつもウチの裕子がお世話になっています。風香ちゃん、とても良い子だから」

「いえ、ウチの方こそお世話になっています。裕子ちゃんが風香と仲良くしてくれてるみたいで有難いですよ~」

 社交辞令だけで済めばいいんだけど。変な方向に話が進まないうちに、この場を去りたい。

「玖珂沼さん、今日はお仕事お休み?母子家庭だって聞いてますけど、何かと大変でしょう?」

 イヤな流れになってきた…。買い物カゴを持つ手が震えてる。手のひらに汗がにじんできた。

「えぇ、まぁ、そんなところです」

 早くこの場から逃げ出したい。こんな空気から解放されたい。お願いだから、それ以上は突っ込まないで…。

「もし困ったことがあったら、相談して下さいね。私に出来ることなら、お力になりますから」

 そんなこと言われても、金貸してくれなんて言えないからなぁ~。仕事紹介して欲しいと言ったとしても、裕子ちゃんのママは専業主婦だし…。

「ありがとうございます。お気持だけで十分です」

 そう言うより他に無かった。ドッと冷や汗が出たわ。挨拶もそこそこに、話を切り上げる。裕子ちゃんのママみたいに、良い旦那さんと幸せ一杯の家庭を築いている人には、私なんかの苦労は分からんだろう。きっと人生順風満帆、苦労と言えるような経験も無いんだろうなぁ…。

 所詮、住む世界が違うんだよ。真っ当な人生を歩んで、真っ当に結婚して、幸せな家庭を築いた人には分かるまい。私なんか、高校中退、まともに就職出来ずにフリーター。バイト先でナンパされて付き合うようになって、何となく流れで結婚した。そんなもん、比べる迄もない。

 今思えば、普通で良かったんだよ。普通に進学して普通に就職して、普通に誰かと恋愛して普通に結婚する。そんな人生で良かったんだ。後悔先に立たずとはよく言ったもんだ。あの時の私は、何故選択を誤ったのか?何故『普通』の人生を選ばなかったのか?

 もちろん、風香を産んだことは後悔していない。でも、明らかに私は、人生の選択を誤っている。その後悔のツケが今なんだから。


 スーパーから帰宅して、買ってきたものを片付けていたら、何だか遣る瀬無い気分になる。晩酌用に買った缶チューハイを開けて、一気に飲んだ。私は一体、何をやっているんだろう?仕事もしないで朝からパチンコ。セコく勝った金で買い物して、昼間から酒を飲んでいる。明らかに駄目人間だよなぁ…。どうにかしなくちゃ。早く何とかしなきゃ。気持ちは焦るけど、具体的な打開策が思い浮かばない。

 仕事は応募し続ければ、何か一つぐらいは採用されるだろう。いくらなんでも、このまま無職で終わるはずがない。終わってたまるか!

 問題なのは、せめて人並みの、普通の生活が出来るかどうか?だよ。贅沢は出来なくても、可能な限り風香に不自由な思いはさせたくない。学校から帰ったらおやつの一つも用意しておいてあげたい。友達が持ってるオモチャを風香だけ持ってないなんてことで、惨めな思いはさせたくないし、たまにはどこかに遊びに連れて行ってあげたい。結局、世の中金なんだよなぁ~。

 裕子ちゃんの家は良いなぁ~。パパさんは良い会社に勤めて高収入で、お金に不自由してないっぽいし、庭付き一戸建てで悠々自適の生活をしている。休みの日には家族で出かけたり、ホームパーティーなんかもやっているらしい。

 それにひきかえ、私は新しい仕事も決まらず失業手当と別れた旦那からの養育費、困った時には両親に泣きついて借金している。遊びに使う程金の余裕は無いから、セコく1パチを打って端金を稼いで喜んでいる。セレブと底辺みたいな差があるな…。どれだけ頑張ればこの差を埋められるんだろう?一生かけても無理な気がする…。こんな私が生きていて良いのかなぁ…?

 風香が産まれるずっと前、まだ独身だった頃、自殺しようとしたことがある。パチンコで負けが続いて生活苦になり、私みたいな駄目人間は生きる価値も意味も無いだろうと思ったからだ。手首にはその時の傷痕が今でも残っているので、私は夏でも長袖を着ている。

 当時、住んでいたアパートで自殺すると、部屋が事故物件になって大家に迷惑かけるだろうと思い、深夜に人気の無い公園でリストカットしたのだが、意外なことに病院のベットで目を覚ました。後で聞いた話によると、たまたま通りがかった人が通報してくれたそうだ。色んな人から説教されたけど、とにかく両親には知らせないでくれと懇願したのを覚えている。私なんかの為に、無駄な心配はかけたくない。

 今でも自殺願望が無い訳じゃないけど、風香のことを考えると『生きる』という選択肢しか許されないような気がして、どうにか踏み止まっている。風香がいなかったら、とっくに人生を終わらせていたと思う。そういう意味では、風香に感謝しなくちゃな。

 2本目の缶チューハイを開ける。酒でも飲まなきゃやってられない。でも、みっともなく酔っ払った姿を、風香に見せられないよなぁ~。まぁ、風香が学校から帰る迄には酔いも覚めてるだろう。

「パンプルピンプルパムポップン」

 これ、何のアニメのヤツだったっけ?私が魔法を使えたら、今よりずっと幸せになれるのかなぁ~?私、何やってるんだろう?何だかまた、頭が痛くなってきた…。

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