M8

(ライターを火散る。安い火にタバコを当てる。灰になっていく)その音から遠ざかる。


「最後の一本だし、せっかくだから吸っちゃう?」

「一、途中に不燃物があるので実用は難しいと思います。二、最後にせっかくだから、で余計なことをするのがとても素人臭くて非常にダサいです」

「うおー、ボロクソに言われている。絶対私の方が善良な市民なのに」

「ところでせっかくなので気になっていたことを聞くんですが」

「私は素人を責めないよ」

「曲は出来たんですか?」

「うるさいなこれだから素人は。何も分かっちゃいないくせに簡単に言いやがってよお」

「質問を変えます。今日のお弁当、どうですか。最初と比べて味が良くなっていませんか」

「え、どうだろう。味覚を再生する装置は持ってないから……。ごめん、変わってない気がする。分からない」

「そうですか。回答ありがとうございました」

「さすがに答え合わせは欲しいですけど?」

「私が作りました。というか実のところ、昨日から私でした。親が家を出たので」

「手料理の嬉しさとそれどころじゃなさで心が裂けそう」

「ふふ、うっかりですよね。卒業したら私が出るつもりだったんですが、先を越されちゃいました」

「その明るさはむしろ心配になるよ」

「大丈夫ですよ。生活費は貰ってますし、連絡も取れていますから」

「だからってお弁当は無駄な負担でしょ。もうやめなよ。やめて良いし、やめて欲しい。早く言ってくれれば良かったのに」

「罰なのに? 口止め料でしたっけ。録ってましたよね?」

「いまさら冗談を言質にするな、バカ。それとも謝って撤回しようか? それで気が済むなら望むところだけど」

「こちらこそ冗談です、すみません。手間だったことは否定しませんが、先輩が食べると思えば作るのも楽しかったですし、むしろ気晴らしになって、ありがたかったんですよ」

「そういうこと言うんだ。先輩は気持ちも頭もぐちゃぐちゃだよ」

「ざまあ見ろですね。タバコは使い切りました。雨乞いも爆発も起こらないまま、入手ルートが出て行ってしまった。気晴らしだったお弁当作りも取り上げられた。3/4が先輩のせい。最後に関しては、先輩ならそう言うだろうなと分かった上での種明かしでしたが。とにかく私には、もう屋上に来る理由が無い。結局、最初に疑ったとおりでしたね。先輩のせいで、私の悪事は無意味になってしまいました」

「そうだね。いよいよ私と遊ぶしかない」

「──優しさにも、ふてぶてしさにも、やっぱり他に友だち居ないんだな、とも取れる発言ですね」

「何でも良いよ。理由とかいう奴もどうでもいい。私はシヅカちゃんと一緒にいることが、その時間も、会う前に何を話すか考える時間も、次会うまでに思い返す時間も、全部楽しいし、好きだから」

「それは楽しいでしょうね。私みたいな危ない奴」

「そういう話じゃない──ないこともない。確かにシヅカちゃんといれば凄いことが起きそうだとは思うけど、別に何も起きなくたって良いんだ。君が危ない人じゃなくても、私は友だちでいたいよ」

「──今のも録ってるわけですよね。ちょっと恥ずかしくないですか。病的では?」

「返事!」

「マイクを切るなら言ってあげます」

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