M7

(ライターを火散る。安い火にタバコを当てる。灰になっていく)その音から遠ざかる。


「今日も降らないねえ。大雨どころかにわか雨もない。五月で一週間しっかり降らないって、もはや珍しいでしょ。雨乞い逆効果?」

「あ、その話は無しで。嘘なんです。言い忘れていました」

「急ハンドル」


 『「私が望むのはすごい雨です。めっちゃすごい雨」』


「やめてください。忘れてください」

「ふふっ、いまさらそんな照れなくても。私しか知らないんだからさ」

「あのタバコ──最初は九本あったタバコですが、実は一本だけ爆弾が仕込まれてるんです。入れたのは私ですが、どれなのかは私にも分かりません。分かりませんでした」

「話進めちゃうんだ。え、全然意外な言葉出てきたけど」

「正確には感熱式のセンサーですね。爆弾自体は校舎の中に仕掛けてあって、それを起動するための装置が入っています」

「絶対に爆弾って言ってる。やば。あと何本だっけ?」

「箱に残っているのがラストワンです。最後の一本まで当たらなかった。先輩は引きが強い。本当は話すつもりもなかったんですが」

「じゃ、雨乞いの話は何だったの? 好きだったのに」

「すみません。変わっていると思われたくて咄嗟に嘘をつきました」

「格好悪い告白。いやまあ、そういうことにしたいならそれは良いけど、今の話の方が変じゃない?」

「かも知れません。とはいえあの場でこんな話をしても信じられなかったと思うんです」

「それは、まあ、うん。今も全然驚いてるし」

「不安になりますよね。でも大丈夫です。爆弾は校舎の二階、二年の教室に仕掛けたので、先輩に実害はありません。黒板の裏に隠せる量ですから起爆しても教室が荒れるくらいで、校舎が崩れるようなスペクタクルは起こりませんし、屋上にいれば一瞬の地震としか感じないはずです。放課後とはいえ間の悪い怪我人は出るかも知れませんが」

「へえ」

「もちろん痕跡はありません。製造も設置も私一人で慎重にやりました。今回はさすがに事故には出来ないので、警察向けに非実在の犯人も用意してあります」

「ふうん。シヅカちゃんは賢いね」


 『金属同士が細かく何度もぶつかる音』

 『枝分かれした水流が上から下に落ちる音』

 『薄く硬質な静物が質量の衝突を受け、割れる』


「先輩、ひょっとしなくても萎えてますか」

「げんなりだね。自覚があるならやめなよ。面白がれるラインぶっちぎってるし、反応に困る」

「雨乞いとは違いますか」

「違うね。全然違う。言っても現実味が薄いし、自然現象に縋っちゃうところに可愛げがあった。爆弾は全部が逆。ただ乱暴なだけ」

「仰るとおりです。先輩は正しい。そんな人が近くにいたから、最後まで当たらなかったのかも知れません」

「また人を魔除けみたいに」

「誉めてるんですよ。でもそれも今日までです。所詮は不確定な呪術と違って、爆破は面白みのないただの暴力。明日は学校来ちゃダメですからね」

「──本当にあるの?」

「ずっとそう言っています。やっと伝わりましたか」

「そっか、そっか」


 『灰になっていく』


「じゃ、行きましょう」

「自首ですか? なるほど、それも良い形ですね」

「いや、爆弾とやらを解除しに。二年の教室ね。案内して」

「正気ですか。こんなやつ見捨てて下さいよ」

「やだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る