M5-M6
(ライターを火散る。安い火にタバコを当てる。灰になっていく)その音から遠ざかる。
「何か面白い音は録れましたか」
「窓を割るより? そう簡単には集まらないって。腕もこうだし。この辺くらいかな」
『厚みのあるプラスチックが衝突、飛散する』
「暴力ということしか分からない」
「隣の子がタブレットを叩き割った音だね」
「クラスの治安終わってるんですか?」
「さすがにそろそろ私から聞いて良いと思うから、もし気が乗らなかったら答えてくれなくても良いことを、一旦聞くんだけどさ」
「タバコですか。雨乞いです」
「あっさり。私の入念な予防線は一体」
「確かにグダグダ話されていましたね。それに比べて私の方は、先輩の意図を読み切った鮮やかな回答でした。──雨乞いです」
「自力で繰り返さなくていいから。自信が凄いな」
「共感呪術って聞いたことありますか? 古代から世界中で見られる行為なので、直接は知らなくてもピンと来るかも知れません。呪術という言葉は概ね、人為的に制御できないつまり神の領域にある自然現象なんかを人間の手で引き起こす超自然行為を指しますよね。共感呪術はその類型の一つとして呼称されているものです。もちろん例は多岐に渡りますが、分類の特徴は望まれる現象を儀式そのものが模倣することにあります。雨乞いで言えば、たとえば水に浸した木の枝を高く掲げながら振ることで──」
「うおー、なんか講義が始まっている。早過ぎて手厚すぎる。先輩全然追いついてない」
「──そうですよね。私の言うことなんて、信じられるわけがない。全部忘れて下さい」
「ウソウソ、共感の雨。オーケー。完全に理解しています」
「ですよね。日常においては神の司る領域である降雨という現象を、人間の手で再現することで、あたかも制御しているような構造を作る──解釈は様々に考えられますが、これが共感呪術の一面とされています。農業や牧畜、人の営みに直結する雨乞いは世界各地で特に多くの手法が観測されていて、その類例の一つが雲を再現することです。つまり何かを燃やして──」
「煙を立てる。そのためのタバコ」
「良い理解です」
「やったー」
「理屈で言えば焚き火でも熾す方が煙も盛大に出るわけですが、それでは当然目を引きますから、少なくとも学校では難しい。そこまでは目立たず、個人が持ち込めるもので、さらに行動に非日常性があれば呪術としてなお良い。その答え、というわけです」
「折り返し地点までは納得した、と思いたい。これがオマジナイというのは飲み込もう。手掛かりもない状態よりは過ごしやすいよ。この学校が特別雨が少ないなんて印象もないけれど、それも一旦置こう。シヅカちゃんは雨を呼んでいる、オーケー。で、その目的は?」
立ち上がり歩く。(ライターを火散る。安い火にタバコを当てる。灰になっていく)その音から遠ざかる。
「さて」
「いやいやいや、今のは?」
「追い雨乞いです」
「追い雨乞い! そういうのもあるんだ。でも一日一本じゃないの?」
「なんですかそのルール、知らない。話の腰を折らないで」
「厳しい」
「どのぐらい降ると思いますか?」
「好奇心からの犯行だった」
「あ、すみません。そういうことではなくて、話の流れとしての質問です。仮に雨乞いが成立したとして、どの程度の範囲に、どの程度の降雨量があると先輩は考えますか」
「ええー、実例を知らないからなんとも言えないけど……。因果関係とさっきのロジックを前提に認めるなら、現象を制御下に置いた人次第だよね。コントロールできるなら。つまり雨は、望まれる場所に望まれる量が降る」
「先輩の知性を変な話に付き合わせるの、楽しいですよ」
「変という自覚はあるんだ。久しぶりの安心材料」
「私が望むのはすごい雨です。めっちゃすごい雨」
「めっちゃ」
「めっちゃ。大きな雨粒が大量に、幕が覆うように降って、視界が真っ白になって、手を伸ばせば指先も見えない雨。屋根と窓を叩きつづける音で人の声も、私自身の頭の雑音も聞こえなくなる雨。気圧なんか900hPaぐらいになって、家に帰るどころか身動きもできないような雨。感覚が物量に圧倒されて、入力が大きすぎて停止するような雨。何も出来ないし何も考えられない、外の世界だけじゃなく身体も頭も制圧されるような雨です」
「大災害だ」
「しかし罪には問われない。そこが気に入っています。よそと違ってこの国に呪術を裁く法はなくて、私は我が身の可愛い小悪党ですから」
「でも私は困るし、話を聞いたからには怒るよ。君はまた人に迷惑を掛ける。何も聞こえないのは特に良くない」
「耳に頼りすぎですよ。そばにいる先輩がそんな考えだから、始めてから今日まで一度も降らないんでしょうね」
「こっちが責められるんだ。意外。でも本当に動けないくらい降ったら、雨の量もコントロールできなくなるよね」
「……あっ」
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