M4
(ライターを火散る。安い火にタバコを当てる。灰になっていく)その音から遠ざかる。
『金属同士が細かく何度もぶつかる音』
「こう聞くとやっぱり実物は違うね」
『枝分かれした水流が上から下に落ちる音』
『薄く硬質な静物が質量の衝突を受け、割れる』
「もう来ないと思っていました」
「人間関係はそう甘くないということだよ小熊クン。無事を確かめないとこっちの気が済まなかった、というのもあるけど。パトカー来てたし、いよいよしょっぴかれたんじゃないかって。余罪も出まくりかなって」
「そういうヘマはしません。どう見てもセンサーの誤作動ですし、仮に捜査されても外部からの悪戯的な攻撃──に見えるようにしてあります」
「だから君は悪くないとでも? 迷惑する人は居るでしょ」
「大人のことはどうでも良いです。命を預かってる癖に、古いシステムを放置している方が悪い」
「減らず口は可愛くない。あと大人だけじゃなくて生徒も水を被ってるからね。私も」
「くたくたのジャージ、意外と似合ってますよ。自宅って感じです」
「あんたもじゃい」
「もし、仮に、万が一、何かの手違いで私が睨まれたとしても、先輩にご迷惑が掛かることはありません。クラスで浮いている一人が勝手にやった、ありがちな話になりますから」
「出て行くのを黙って見送れって? 私の良心はどうなるのよ」
「んー、なるほど。そこは計画から漏れていました」
「バカ」
「まあでも、捕まりませんから。大丈夫です」
「もう来ないと思ってました。なら、どうして今日はタバコを燃やしてなかったの?」
「それも言われてみればという観点です。先輩を見るまで火を付けることも忘れていました。責任は感じていましたが、こんなことが償いになると思うほどズレてはいません。本当にただ、思い付かなかっただけです」
「責任は感じていましたが?」
「──人力サンプリングやめてください。自問自答はこっちのテンポでやります」
「いいから」
「押しが雑だな」
「責任は感じていましたが。いましたが? どうして?」
「それは、まあ、当然じゃないですか。窓の音は別の機会で考えていたのに、三年の誰かが驚いて割ったと聞きましたから」
『薄く硬質な静物が質量の衝突を受け、割れる』
「しかもそれがまさかの私っていうね。見てこの吊ってる腕。どう思った?」
「やっぱりな、と。そんな気はしていました」
「驚け!」
「どこで怒鳴ってるんですか。救急車は来なかったから大した怪我じゃないはずとか、肘で割るなんて冷静だなとか、よくビックリしたで通ったなとか、色々考えてたんですよ。リアクションを取る余力がなかったんです」
「せめて君の先輩が窓を割った理由を考えて欲しかった」
「それは分かりますよ。生音の緊張感は格別ですから」
「やっぱり突き出そうかな。この自供は証拠になるし」
「良いですよ。私は先輩を売りません」
「その態度がムカつくって話ね」
(手間取りながら包帯を解く)
「読みの正しさは認めるよ。破片が二の腕を掠めただけだから、大げさに吊るような怪我じゃない。我ながら上手くできた。保健室では、そっとしておかないと跡になるかもって言われたけど」
「それが脅しに──私の弱みになると? ちょっと自信過剰じゃないですか」
「傷つくことを言うね。誰かのおかげでもう傷ついているというのに。生涯残ってしまう傷が」
(テープとガーゼを一気に剥がす)
「いっ痛」
「分かりました。ごめんなさい」
「見てこれ。開閉する。グロ」
「やめなさい。イカれてんのか」
「グロいの苦手?」
「好きな方がイカレてますよ。平気な奴もバカです」
(ガーゼを押し当て、テープを貼り直す)
(スムーズに包帯を巻き直す)
「私にどうしろと。自首すれば良いですか」
「バレないんでしょ。じゃあそういうのはいいよ。罰は私が与えます。差し当たっては、ご飯を食べさせて貰おうかな」
「なんで利き腕でやったんですか」
「だから利き腕でやったのかも」
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