M3

(ライターを火散る。安い火にタバコを当てる。灰になっていく)その音から遠ざかる。


 『金属同士が細かく何度もぶつかる音』


「ビビった。なんの音ですかそれ」

「んー? 火災報知器だね」

「鳴らしたんですか? このために? クソバカじゃないですか」

「やらないよ、シヅカちゃんじゃないんだから。目覚まし時計の音を録って、ちょちょっとイジって作りました。本物だと思ったでしょ? 私は天才なのかも知れない」

「はあ、そういう遊び方もあるんですか。誰がクソバカだ?」

「胸に手を当てて考えて欲しい」

「なんで買ったんですか、そのおもちゃ」

「お、聞いちゃう? ついに聞いちゃう? 気になってたよね」

「基本うざいなこの人」

「いやまあ、なんでって言うほどのことはないんだけどね。卒業する前に残しておこうと思って。女子高生を取り巻く、日常の環境音を」

「ニッチな素材。でも売れそうですね」

「販売の予定はない。私ね、学校楽しいの。毎日。友だちも少しはいるし、それとは別に見てて面白い連中もいるし。でも人間って、何でも忘れるでしょ。どんなに楽しい放課後も、綺麗に決まったロングシュートも、次の瞬間から、むしろその瞬間にもどんどん薄れていく。それは人間の生理として仕方のないことだし、それで思い出の価値が下がる訳でもないんだけど、やっぱり消えちゃうのは嫌だなって思ったの。だから、録音」


 『オグマ・シヅカです』

 『ミヨシ・ヒイです』


「たとえばこれを聞いたら、初めて会った日のことを思い出すでしょ」

「一昨日なので忘れる方が難しいですが」

「今日はね。でも一年後、十年後、百年後は? 難しいはずの忘れることが、いつかは絶対に起こるんだよ。だから。消える記憶は制御できないけど、身体の外に取っ掛かりがあれば、あとからでも思い出せる──かもしれない」

「ロマンチック」

「むしろリアリスティックのつもりだけどね。脳みそに期待しないって言って、脇から操ろうとしてるわけだから。私は私の記憶能力を全く信用していない」

「バカの都々逸」

「どどいつって何?」

「忘れていいです。でもそれならマイクとスマホだけで良いですよね。サンプラーっていうと、ちょっと調べただけですけど、作曲なんかに使うみたいですが」

「今日は詰めてくるねー。ま、でもそう。ここだけの話、興味はあるよ」

「そういう学校に行くとか?」

「その辺りが難しい話、気軽には周りに言えない話になるよね。面白そうって思ったのもつい最近で、準備も何もしてないし。とはいえ他にやりたい勉強もないし。でも歩く不祥事と絡んでるし」

「なるほど。素材にするなら火災報知器も生音が良いと」

「一理ある。共謀者になっちゃうのでやめて欲しい」

「校舎内の聞きにくい音だと、あとは……スプリンクラーとか、あ、窓も割りたいですよね。聞いてみたい。きっと需要があります」

「学生生活最後の一年が」

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